SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
「ひどい目にあった……」
思わず、そんなウンザリした独り言が口をついて出た。
第52ブロックの地下深く、違法な生体パーツ解体工場での死闘。
上層部の汚職を暴くための無茶な潜入任務は、控えめに言っても想像を絶する地獄だった。
クソ野郎の罠にはまって右腕を失い、挙句の果てには規格外の化け物兵器と正面から殴り合う羽目になったのだから。
ちなみに、そのクソ野郎ことヴァレリオは全身骨折で統合監査局の病院に即入院。
入院ついでに、全身いたるところに移植されていた違法な生体パーツは全て証拠品ということで、上位クリアランスの資格と一緒に『没収』されてしまったらしい。
一応、その後の様子を見せてもらったが、脳殻がマウントされたゴミ箱みたいな形状のサイバネボディが裁判を受けている様子はなかなかシュールなものがあった。
ヴァレリオの罪状が、誘拐ではなく、企業の利益を損ねた方に重きがおかれていたことには多少思うところはあるが、その方が重い罪になるのだったら文句は言えない。
ヴァレリオを襲撃したスラムの人たちも無罪放免とはいかないものの、即処刑は免れたそうなので、多少は報われたことだろう。
そんな死闘を潜り抜けた俺は、幸いにもいつもみたいに即入院という事態にはならなかったものの、全身の細胞が悲鳴を上げているような極度の疲労感と筋肉痛が抜けない。
それなりに激しく消耗した自覚はあったので、俺は念のため、いつもの病室を訪れていた。
今回は珍しく自分の足で歩いてこれる状態だったので、「定期検査」という名目でアポを取ったのだ。
白を基調とした無機質な診察室。
自動ドアを抜けて中に入ると、博士はいつものようにデスクのモニターに向かって、何やら複雑なデータを眺めていた。
いつも通り、銀縁の眼鏡の奥の目を細めて眉間に皺を寄せている。
着飾れば美人で通りそうなものだが、白衣の下に肌に密着するボディスーツ(おそらくなんらかの機能があるもの)という珍妙な格好のせいでまともな人なら寄り付かなそうな雰囲気である。
俺はそんな博士の様子を見つつ、ごほんと咳払いして声をかけた。
「入ります。定期検査の予約をしていたんですが」
「ああ……。ニュースは見たぞ。なにやらややこしい事態になっていたが、大丈夫だったかSFTS1005――」
カルテのモニターから目を離し、こちらを振り返った博士。
しかし、その言葉は途中でピタリと止まった。
博士の視線は、俺の顔ではなく、俺の右肩から下――生身のパーツだったはずの場所に繋がれた、真新しい『白銀の右腕』に釘付けになっていた。
「…………は?」
目を見開き、口をあんぐりと開けたまま、博士が完全に呆然としてフリーズする。
まあ、無理もない。
顔なじみの患者が見慣れないクールなサイバネに換装していたら誰だって驚くだろう。
「あ、これですか? 部下が作ってくれたんですけどすごい性能で」
俺は固まっている博士の前で、ウィーン、と白銀の右腕を軽く動かしてみせながら気楽に語った。
実際、あの地下施設で右腕をスパンと斬り落とされた時は、「あ、終わったわ」と本気で思ったものだ。
だが、ルミナがこの最高の腕を即席で組み上げてくれたおかげで、見事に事なきを得た。
課題だった大型火器の発砲時の反動もあっさりと解消したし、新しい必殺技まで撃てるようになった。そしてなにより、この白銀の装甲がめちゃくちゃかっこいい。
失った生身の腕には少し未練もあるが、総合的に見れば完全に結果オーライである。
優秀な部下を持つと上司は助かる。
俺の中の『身内にほしい職業リスト』で、有能なエンジニアの株が急上昇だな、なんて呑気なことを考えていた。
しかし。
そんな俺の気楽な報告を聞いていた博士の顔色が、青ざめた状態から、徐々にどす黒い怒りの色へと染まっていくことに、俺はこの時まだ気づいていなかった。
「正座」
「はい?」
「そこに座れ馬鹿」
博士の地を這うような、ドスの効いた低い声が診察室に響いた。
有無を言わさぬその底知れない迫力に、俺は大人しく冷たい床に膝をつき、背筋をピンと伸ばして正座した。
そこからたっぷり三十分。
地下施設での事の顛末についての事情聴取と、俺の苦しい弁明タイムが始まった。
「よくわかった。お前が底抜けの
どこをどう解釈したらそうなるのかちょっと不本意だが、博士はそう言いながらため息をつくと、俺を正座の刑から解放し、当初の予定通り検査をしてくれることになった。
そして、各種スキャナーを使って全身の精密検査を始めたのだが。
モニターに表示された検査結果の数値を睨みつけた瞬間、博士は先ほどとは比べ物にならないほどの剣幕で激怒した。
「テロメアに不可逆なダメージ!? お前、何を考えてるんだ!」
バンッ!とデスクを強く叩き、博士が怒鳴り散らす。
テロメア。細胞分裂の寿命を決めるアレだ。
あの極限状態を乗り切るためとはいえ、フォボス・オーバードライブを起動した代償は、医学の専門家である博士の目から見ても信じられないほど深刻だったらしい。
完全に寿命の露骨な前借りだ。
寿命削るし体が痛くなると聞くと恐ろしいものがあるが、よくよく考えると前世のブラック企業の労働もまあまあ寿命が削れていた気がするし、前世で事故死したときの痛みに比べればまだ耐えられる痛みだったのであんまり気にしないことにしている。
それに、あの状況で生き残るにはあれしかなかったし、俺はこんな素晴らしい腕を作ってくれたルミナを責めるつもりは微塵もない。
「あ、あの、ルミナも悪気はなくてですね。あくまで生き残るための緊急措置というか……」
必死に部下を庇おうと口を開いた俺に、博士はさらに特大の雷を落とした。
「お前に言ってるんだ!」
「あ、はい。すみません」
ビクッと肩をすくめ、俺は再び小さく縮こまった。
怒れる博士の前では、対スクラッパー戦以上の絶望感がある。
その後は、失われた栄養と体力を補うための点滴を打たれながらの、地獄のような時間だった。
点滴の前半は、命を粗末にするなという博士からのド正論のお説教が延々と続いた。
そして後半は、説教に疲れたのか、あるいは俺の体の状態に絶望したのか、博士が頭を抱えたまま一言も発さなくなり、いたたまれない気まずい沈黙だけが診察室を支配した。
(早く終わってくれ……! 下手に怒られるより沈黙される方が怖いんだよ……!)
内心で冷や汗を流しながら祈り続け、ようやく点滴のパックが空になった。
針を抜き、そそくさと身支度を整えた俺は、逃げるように診察室のドアノブに手をかけた。
「とりあえず、右手の性能が上がったので、今後は体調に気を付けつつ、業務に励んで企業に貢献したいと思います」
俺は直属の上司に報告するような社畜テンプレの挨拶をして、深く一礼してからドアを閉めた。
ガチャリ。
扉が完全に閉まった数秒後。
「あああああ!」
部屋の中から、博士の悲痛な絶叫と、何か硬いものを床に力任せに叩きつけるような凄まじい破壊音が響き渡った。
(……怒ってる上司には近づかんとこ)
触らぬ神に祟りなし。俺は足早に、病室の廊下を立ち去ったのだった。
◆
「ということがあってさ」
第3詰所の静かな仮眠室。
簡易ベッドに腰掛けたビャッコは、疲れたような声でそう締めくくった。
現在、彼女の体は上半身に何も身につけていない状態だ。
寒さを凌ぐように厚手の毛布をすっぽりと被ってはいるものの、ずり落ちた隙間からは、華奢で滑らかな肩のラインや、透き通るような白い肌が無防備に覗いている。
発育途上の幼さの中にも、女性特有の柔らかな丸みと、どこか退廃的な色気を帯びた艶かしさがあった。
だが、その可憐な左半身とは対照的に、右肩から先――生身の腕が失われた接合部には、無骨で冷たいチタン合金の接続端子と、無数の人工神経ケーブルが剥き出しになっている。
生々しくも美しい少女の肉体と、冷徹な機械パーツ。
そのあまりにもアンバランスなギャップは、痛々しくも見る者の目を惹きつけてやまない異質な魅力を放っていた。
そんなビャッコの目の前の作業台で、取り外された右腕『フォボス』のメンテナンスを行っていたルミナが、ふと工具を持つ手を止めてうつむいた。
「ごめんね、ビャッコちゃん。私のせいで」
ポツリとこぼれ落ちた声は、ひどく沈んでいた。
ビャッコから「博士がテロメアの不可逆なダメージにブチギレていた」という話を聞かされたのだ。責任を感じないはずがない。
しかし、ビャッコは全く気にした様子もなく、ふわりと優しい雰囲気を漂わせて首を振った。
「謝る必要ないよ。この腕のおかげで勝てたんだし、こうやって整備だってしてくれてるしさ」
「……っ」
どこまでも穏やかで、労うようなその言葉に、ルミナは思わず唇を強く噛み締めた。
(ビャッコちゃん、優しいな……)
大切な生身の右腕が永遠に失われたのだ。なんにも思っていないはずがない。
しかも、自分の組み込んだフォボス・オーバードライブという禁忌のシステムを使ったことで、彼女は確実に命を削り、寿命まで縮めてしまった。
ルミナはあの極限状態の中、たとえ一生恨まれることになろうとも、絶対に彼女を生かして連れ帰るという覚悟であの腕を作ったのだ。
それなのに、目の前の少女は怒るどころか、自分の体を案じることすらなく、ただひたすらに仲間であるルミナの働きを肯定してくれている。
その優しさが、ルミナの胸の奥をギュッと締め付けた。
ルミナは無言のまま、ビャッコの右肩にあるマウント部からデータ転送用のコードを伸ばし、手元の整備端末へと接続した。
フォボス起動中の、詳しい神経伝達情報を確認するためだ。
しかし、モニターにズラリと表示された戦闘時のログを見た瞬間、ルミナは息を呑んで硬直した。
「……嘘、でしょ」
そこに記録されていたのは、人間の限界をとうに超えた壮絶な数値だった。
戦闘時、恐怖を強制的に抑え込み、闘争本能を極限まで引き上げるための脳内伝達物質『ノルアドレナリン』。
そして、肉体がぶっ壊れるほどの激痛を麻痺させるための強力な鎮痛・多幸物質『エンドルフィン』。
それらが、戦闘補助システム『A.R.E.S.』によって致死量スレスレの異常な数値で分泌され続けていたのだ。
だが、ルミナを最も戦慄させたのはそれではない。
システムによる強制的な痛覚シャットダウンと、致死量の脳内麻薬。
それらすべての防壁を『貫通』して脳に直接届いていた、エラーコードのように赤く染まった莫大な痛覚発生のデータだった。
(あの戦いの最中、ビャッコちゃんは……こんな常軌を逸した激痛を、一人でずっと耐えていたの……!?)
信じられない思いで、ルミナは端末からゆっくりと視線を上げた。
そこには、見た目十歳ほどの華奢な少女が、毛布にくるまりながらぼんやりと中空を半目で見つめている姿があった。
「ふぁぁぁ……」
呑気に、そして少し無防備な様子で、ビャッコが小さくあくびをする。
その平和すぎる横顔を見た瞬間、ルミナの目からポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。
この小さな背中に秘められた重圧や、彼女が背負わされている理不尽な運命。
自分たちを守るためにどれほどの地獄を一人で歩いてきたのかと思うと、胸が押しつぶされそうになったのだ。
「……ねえ、ビャッコちゃん?」
「ん? なに?」
あくびの涙を指先で拭いながら、ビャッコが不思議そうに振り返る。
ルミナは工具を置き、真っ直ぐに、射抜くような強い瞳でビャッコを見つめ返した。
「私は、どんなことがあってもビャッコちゃんの味方だから」
「え? うん、ありがとう?」
突然の真剣な言葉に、ビャッコはきょとんとして首を傾げる。
ルミナはさらに一歩踏み出し、毛布越しの小さな肩にそっと触れた。
「この先の地獄だって、ずっとずっと一緒だから」
「ん? そう?」
ビャッコは曖昧に相槌を打ちながら、内心で首を捻っていた。
(この先の地獄……って、これからの残業や休日出勤に付き合ってくれるってこと? 悪いなあ。でも、せっかくの部下の頑張りを削ぐのも上司として悪いよな。よし、今度うまいコーヒーでも奢ってやろう)
限界まで命を燃やした死闘の後でも、ビャッコの根底にあるのはどこまでもブレない『社畜メンタル』だった。
そんな致命的なすれ違いが起きていることなど知る由もなく。
ルミナの熱く、ねっとりとした湿度を持った視線は、愛しい上官の小さな肩にしっかりと、そして逃げ場のないほど強く絡みつくのだった。
(ビャッコちゃん……私の、私のビャッコちゃん……っ!)
こうしてまた一人、ビャッコの底知れぬ器に脳を焼かれ、覚悟がガンギマリになった仲間が誕生したのだった。