SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第72話 シン・保護者面談(前編)

あの生体パーツ違法調達事件による激闘から数日後。

都市の夜を彩る毒々しい街の光が、ひび割れたアスファルトを照らし出していた。

普段なら詰所で待機するか、それぞれのプライベートな時間を過ごしているはずの夜。

だが、第3詰所に所属するネオン、ルミナ、アイリスの三人は、揃って夜の街を並んで歩いていた。

 

彼女たちの端末に届いたのは、統合監査局や治安維持部隊の上層部からではなく、都市を牛耳る巨大企業『サクラデバイスコーポレーション』からの直接の呼び出しだった。

しかも、差出人は上級クリアランス保持者。

 

「心当たり……。もしあれなら、こんな回りくどいことしないでしょうし。しかも、ルミナとアイリスまで?」

 

歩きながら、ネオンが手元のデータパッドを不満げにタップする。

画面には『白鷺(しらさぎ)ユズリハ』という見知らぬ名前と、指定された出頭場所の座標が記されている。

普段から非合法なハッキングを息をするように行っているネオンにとって、上層部から目をつけられる心当たりなど両手と両足の指を使っても足りない。

だが、わざわざこの三人だけをピンポイントで指定してくる理由がわからなかった。

 

「もしかして、この前治安維持部隊の人たちをボコボコにしちゃった件でしょうか……?」

 

アイリスが小柄な体をさらに縮こまらせて不安そうに呟く。

地下施設での一件で、彼女はリミッターを解除して正規の部隊を文字通り蹂躙した。

正当防衛とはいえ、やりすぎた自覚はあるらしい。

 

「それなら、あの場にいなかったルミナが入って、小隊長であるビャッコが外れてる理由がわからないわ」

「うーん、私だけなら開発部からパーツを勝手に借りてる件かもだけど……アイリスちゃんとネオンちゃんもいるしね」

 

三人は顔を見合わせる。

思いのほか呼び出される理由は多い(というか全員が何かしらの重罪スレスレの余罪を抱えている)が、この三人共通で、なおかつビャッコだけがいない理由となると心当たりがない。

 

「そもそも、この上級クリアランスの『白鷺ユズリハ』っていう人にも全く心当たりがないんだけど」

「ビャッコちゃんに一応、声掛けとかなくてよかったかな?」

「あ、でもルミナさん。このメッセージの一番下に、小隊長には口外厳禁とありますよ?」

 

アイリスの指摘に、ネオンとルミナの表情がスッと険しくなる。

ああ見えてビャッコは、ヒューマロットでありながら治安維持部隊の小隊長という身分に就いているという世にも珍しい存在だ。

であれば、企業側による内部監査や経過報告の対象になる可能性は十分にある。

ビャッコ一人のシフトの時に、わざわざ部下の三人だけを呼び出して口止めまでする理由。

 

「……ということは、ビャッコに関することでしょうね」

 

ネオンが推測を口にすると、場の空気が一気に張り詰めた。

上層部がビャッコを危険視して排除しようとしているのか、あるいはまた理不尽な任務を押し付けようとしているのか。

 

「そういうことであれば、あなたたち分かってるでしょうね」

 

ネオンが歩みを止め、振り返って二人を鋭く見据える。

言われなくとも、二人の答えは決まっていた。

 

「まっかせて! 万が一の時は、ビャッコちゃんは私が絶対に守るから!」

「小隊長を守るのは私の役目です! いざとなればアイアン・メイデンで企業ビルごと……!」

「あんたたち、ストップ。あの子に関して特段困ったことはないと思うけど、上層部に余計なことを言って、私たちがビャッコの側から外されるような真似されないようにしないと……」

 

暴走しがちな二人をネオンが冷静に窘める。

彼女たちの根底にあるのは、己の命や寿命を削ってでも自分たちを守り、居場所をくれた小さな上官への、重すぎるほどの執着と忠誠だった。

 

「行くわよ。相手が誰であろうと、私たちの小隊長は渡さないわ」

 

そんな物騒な決意を胸に秘めながら、三人は夜の街を抜け、サクラデバイスコーポレーション第41管区支社へと向かって歩みを進めた。

 

 

 

夜の街を抜け、サクラデバイスコーポレーション第41管区支社の威容が三人の前に立ちはだかった。

 

天を突くような巨大なガラス張りのビル群。

普段仕事をしている中層地区の居住エリアとは、吸っている空気の成分からして違うのではないかと思わせるほどの圧迫感がある。

エントランスを抜けると、そこには夜間帯とは思えないほどの活気があった。

磨き上げられた大理石のフロアを、パリッとしたスーツを着こなす、いかにもエリート然とした人間たちが足早に行き交っている。

また、それに交じって行き交うヒューマロットたちも、秘書や労働者として一糸乱れぬ動きを見せる。

 

そんな場所に来た三人は明らかに浮いていた。

特にアイリスはお気に入りのカラフルなジャージ姿だ。

傍から見れば、職場見学に来た学生にしかみえないだろう。

制服姿のネオンはともかく、ルミナの油汚れが染み付いた半ば作業着と化している制服姿も、この無機質で清潔な空間においては完全に異物だった。

 

「小隊長のお見舞いの時に来た時以来ですね、ここ」

 

周囲のエリートたちからの冷ややかな視線を浴びて、アイリスがジャージの襟をギュッと掴みながらぽつりと呟いた。

 

「私もそうよ。ちょこっとだけ、この支社にいたこともあったけど」

 

ネオンが周囲の人間たちをどこか冷めた目で一瞥しながら返す。

 

「ネオンちゃんはここの中央処理部門だったもんね」

 

ルミナが思い出したように手を打つと、ネオンも小さく鼻を鳴らす。

 

「そういうルミナだって、ここの開発部じゃなかったの?」

「私はずっと研究所の地下に詰めてたから、こういう綺麗な建物に来ることはなかったかなー。油まみれのガラクタと一緒の方が落ち着くし」

 

二人の何気ない会話に、アイリスは目を丸くした。

 

「お二人とも、意外とエリートコースにいたんですね……。今はアレですけど」

「アイリス、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

 

天然ゆえの鋭い一言に、ネオンがジト目で睨みつける。

アイリスは「ひっ」とジャージに顔を埋めるようにして身をすくませた。

 

「あはは、事実でしょ? 要するに島流しってこと」

 

ルミナが能天気に笑い飛ばす。

 

「でも、私は今の方が気楽でいいけどね。エリートコースのエスカレーターに乗って息を潜めてるより、ビャッコちゃんの下で無茶苦茶やってる方が、ずっと生きてるって感じがするし」

「……まあ、それは否定しないわ。あんなお人好しで無茶苦茶な上司、他にいないもの」

 

ネオンもふっと表情を和らげた。アイリスも「はいっ、小隊長は最高です!」とジャージの袖を握りしめて力強く頷く。

島流しの先で見つけた、何にも代えがたい大切な居場所。

そして、その中心にいるかけがえのない存在。

 

そんなことを話し合いながら、三人は支社の最奥へと続く専用の長いエレベーターに乗り込んだ。

透明なエレベーターが、都市の夜景を見下ろしながら高層階へと昇っていく。

やがて到着した重厚なフロアの最奥。

冷たい金属の扉の横に、『白鷺ユズリハ』と刻まれた電子ネームプレートが不気味な光を放っていた。

 

部屋の前のボタンを押してチャイムを鳴らすと、「……入れ」と不機嫌そうな声が響いた。

 

(上位クリアランスが機嫌悪いと居心地悪いわ……)

 

ネオンが内心で毒づきながら、代表して重厚な扉を開ける。

 

そこにいたのは、年の頃は二十代後半から三十代くらいと思われる女性だった。

銀縁眼鏡の奥に鋭い眼光を宿し、銀色の髪を無造作になびかせたナチュラルの人間。

白衣の下には肌に密着する多機能のボディスーツという珍妙な格好をしている。

端正な顔立ちの美人ではあるが、その奇抜な服装と、目の下にできた酷いクマがややマイナスといったところか。

彼女の周囲には半透明の空中ディスプレイがいくつも飛び回り、つい先ほどまで猛烈な勢いで作業中であったことがうかがえた。

そんな女性は、空中ディスプレイ越しに鋭い視線をネオンたちに向ける。

 

「お前たちがSFTS1005の部下というやつか」

 

時候の挨拶や前置きも一切なしに話し始める女性。

おそらくこの人物が、白鷺ユズリハなのだろう。

ネオンは極力相手の機嫌を損ねないように、慎重に言葉を選ぶ。

 

「ええ、そうです。本日は私たちのような者に、しかもこんな時間にどのような御用でしょうか」

 

ユズリハが手元の時計を見ると、その針は夜の九時を指していた。

 

「ああ、もう夜だったか。すまんな。ここにいると時間感覚がなくてな」

 

ユズリハは深くため息をつくと、手をパンパンと叩いた。

それだけで空中ディスプレイが全てシュンッと音を立てて収納されていく。

そして頭をガシガシと無造作に掻きむしると、「ちょっと待ってろ」と言い残して部屋の奥へと引っ込んでしまった。

 

取り残された三人は、即座に顔を寄せ合って小声で話し始める。

 

「(思ったよりもまともそうな人かも?)」

「(油断するのはまだ早いわよ)」

 

ルミナの楽観的な言葉を、ネオンがピシャリと制す。

なんせ今まで会ってきた上位クリアランスの人間といえば、芸能事務所社長のゴルドや、生体パーツブローカーのヴァレリオといった灰汁の強い面々ばかりだった。

偏見を持つわけではないが、下っ端からすると『偉い奴は大体何か悪いことをしているだろう』という警戒心が拭えないのだ。

 

「(しかも、あの目つき。悪の科学者みたいな人かもしれないわ)」

「(そんな人が、小隊長になんの用なんでしょう……。ううっ、怖いです)」

 

アイリスがだぼだぼのジャージの袖を握りしめて震えていると、奥からユズリハが戻ってきた。

彼女は部屋の中央にある柔らかそうなソファーにドカッとだらしなく座り込むと、机の上にドンと瓶を置き、「まあ座れ」と顎で対面のソファーを勧めてくる。

三人は顔を見合わせると、曖昧な表情で「いえ、そんな恐れ多い……」と遠慮した。

そんな彼女たちを胡乱な目つきで見たユズリハは、「まあいい」と呟き、机に置いた瓶からボリボリと何かタブレットのようなものを食べ始めた。

 

その瓶のラベルには、でかでかと『アルコール入り栄養タブレット ドンドンパクパク太郎』と書かれている。

 

「(……あれ、おじいちゃんが好きだった安いやつだ)」

「(地下闘技場のボスも好んで食べてましたよ……)」

 

上位クリアランスのエリート女性が、安い労働者用の粗悪なアルコール菓子を平らげるという異様な光景に、三人は思わず息を呑む。

その視線に気づいたユズリハが、「お前たちもいるか?」と瓶を差し出してきたが、三人は慌てて全力で首を振った。

 

「そうか」

 

ユズリハは気にすることなくしばらくボリボリと食べ続け、やがて頬をうっすらと桜色に染めた。

すると、先ほどまでの鋭利な目つきが、アルコールのせいか幾分和らいだようにドロンと濁り始めた。

 

ユズリハは宙をぼんやりと眺めながら、ぽつりと呟いた。

 

「私はこのサクラデバイスコーポレーションで、ヒューマロット生産開発部の部長をしているんだ」

「それは、すごいですね」

 

ネオンが当たり障りのない相槌を打つと、ユズリハは自嘲気味に鼻を鳴らした。

 

「まあ、家柄というのもあるさ。私の家が代々ヒューマロットの開発をしてきた家系でな。お前たち、私の顔はヒューマロットに似ていると思わんか?」

 

そう言われてまじまじと見つめると、確かに彼女の銀髪や端正な顔つきには、ビャッコたちヒューマロットに通じる特徴的な共通点を感じる。

もちろん、目の前の人物は人形じみた美貌というわけではなく、酷いクマやだらしない態度が生活感を感じさせるため、すぐには気づかないレベルだが。

耳の形も人間のそれだ。

 

「あれは私のひい婆さんの遺伝子がベースに使われてるらしい。だから、世にあふれるヒューマロットは私の親族といえなくもない。まあ、だからといって親近感を感じてるわけではないがな」

 

そう言いながら、さらにアルコールタブレットを摘まむユズリハ。

 

「私の最初の仕事は、治安維持部隊や安定防衛機構で転用できる『人に加害できて、それでいてこちらには従順』という矛盾した存在を作り出すことだった」

 

彼女の口から語られるのは、ヒューマロットという存在の闇だ。

 

「だが、それは中々難しくてな。ヒューマロットにデフォルトで組み込まれた人への加害の忌避行動を外しすぎると自由意志が強くなったり、そこを潜り抜けても人を撃つことでのPTSDを発症したりと大変なんだ。そこで開発したのが戦闘補助デバイス『A.R.E.S.』だ。あれは戦闘に関する精神的抵抗を減少させるし、任務に関するガイドもしてくれる。特別な訓練をしなくてもプロの仕事ができるようになるという優れものだ。……だが、神経系に莫大な負荷をかけるからな。それ用にチューニングしたヒューマロットでも、仮想環境で検証した生存率は十%を切るという散々なものだった」

 

そこまで語り、ユズリハは体を揺すった。

 

「そんななか、偶然、成長促進剤の効きが悪い個体がいてな。なんの気まぐれか、しばらく私のもとで教育用DBのテストと、私の小間使いを兼ねて面倒を見ることにしたんだ」

 

ユズリハの目が、遠い過去を懐かしむように細められる。

 

「まあ、手のかからないいい子だったよ。しかも、遺伝子が共通してるせいなのかな。私はあの子を、親戚の子くらいの気持ちで見ていたのかもしれない」

「……」

 

ネオンたちは息を呑んでその話に聞き入る。彼女が誰の話をしているのか、火を見るより明らかだったからだ。

 

「強いて言えば、どこから仕入れた知識なのか、急におにぎりやら納豆やら梅干しを食べたいと言い出したりするのが変わっていたところかな。しかも、天然ものじゃないと微妙な顔をする贅沢舌でな」

 

ネオンたちはその思い出話に顔を見合わせる。

今のビャッコはいつも安くて甘い合成食を文句も言わず食べているので想像もつかない姿だ。

 

「そんなある日だ。A.R.E.S.の適合化テストで、あの子の遺伝子パターンを試してみたんだ。そしたらなんとびっくり、ずば抜けて高い成功率じゃないか。……私は悩んだよ」

 

ユズリハの顔に、深い苦悩の影が落ちる。

 

「神経と電脳に大きな負荷を与えるんだ。廃人になってもおかしくない。しかも、高い適合率といっても、成功率は六割。下手したら死ぬかもしれない。……だが、あの子は言ったんだ。『博士のためなら私やるよ』と。私は最終的には……GOサインを出した」

 

ユズリハは両手で顔を覆った。

 

「恨んでくれて構わない。呪ってくれたっていい。そんな非合理的なことを私が思う日が来るとは思わなかった。……だが、手術が終わった後、あの子は私のことをほぼ忘れていたようだった。他人行儀な、いっそ別人のようになっていたよ。皮肉だな。私のやったことは、あの子から『私を恨むはずの記憶』すら奪ったんだ」

 

そこまで語ったところで、ユズリハは「はあ」と重いため息を吐いた。

 

ネオン、ルミナ、アイリスの三人は、そんなユズリハを内心複雑な思いで見つめていた。

あのような残酷なシステムを作り出し、ビャッコに埋め込んだ張本人であると同時に、彼女は間違いなくビャッコの産みの母と言ってもいい存在だ。

 

これがビャッコが着任した当初であれば、はっきりと嫌悪するだけだったのだろう。

だが、今やビャッコの存在は彼女たち三人にとって大きくなりすぎている。

そんな愛しい上官を産みだしたこと自体を責めるわけにもいかず、何よりも目の前の人物は、親としてそれを深く悔いる仕草を見せているのだ。

上位クリアランスであり、そもそも下っ端が責められる立場じゃないという事情を差し引いても、複雑以外の何物でもない。

 

そんな三人の重い感情をよそに、ユズリハ博士はタブレットの欠片をもう一粒口に放り込むと、「さて」と呟いて居住まいを正した。

 

「そんなわけで、私とSFTS1005の関係は理解してくれたか?」

「ええ、それはもう」

 

ネオンが代表して頷く。

すると、ユズリハの濁っていた瞳に、再び鋭いインテリヤクザのような光が戻った。

 

「で、だ。そんな子が、毎回傷だらけのボロボロになって帰ってくるのを、せっせと徹夜で治療している私のこのやり場のない怒りと気持ちのぶつけ先として、お前たちを呼んだわけだ」

「…………………はい?」

 

三人の声が、綺麗にハモった。

こうして、夜の企業ビルの一室で、過保護すぎる産みの親による地獄の『保護者面談』が幕を開けたのだった。

 

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