SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第73話 シン・保護者面談(中編)

上級クリアランス保持者にして、サクラデバイスコーポレーションのヒューマロット生産開発部の部長である白鷺ユズリハ。

彼女は労働者用の安価な『アルコール入り栄養タブレット ドンドンパクパク太郎』をぼりぼりと咀嚼し、酒精により頬をうっすらと桜色に染めながら、妙に据わった目でネオン、ルミナ、アイリスの三人を見据えた。

 

「――というわけだ。お前たちには今から、私の鬱憤を晴らすためのサンドバッグになってもらう」

 

この人は今、はっきりと自分たちに八つ当たりするぞと宣言したのだ。

それは下位クリアランスの者からすれば、事実上の死刑宣告に等しい暴挙だった。

一応、いくら上級クリアランスと言えども、下位クリアランスの者をいついかなる時でも気分次第で斬り捨て御免としていいわけではない。

しかし、その絶大な権力とコネクションをもってすれば、適当な罪をでっちあげて社会的に抹殺することなど容易い。

先日の生体パーツブローカー・ヴァレリオの一件でも、上位クリアランスの権限を持って仲間である治安維持部隊に追われることになった記憶は新しい。

当然ながらそれ相応のリスクもあるし、手間もかかるのでそうそう頻繁に起こることではない。

だが、目の前で安酒のタブレットをかじっている情緒不安定なユズリハが、そんな大人の配慮をしてくれるかどうかは極めて不明瞭だった。

三人の背筋が、一斉にぞっと震える。

警戒度をマックスに引き上げた三人を見て、ユズリハは面倒くさそうにひらひらと手を振った。

 

「いや、そこまで警戒しなくていい。別に物理的にどうこうしようというわけじゃない。ただ、ちょっとした愚痴をぶつける……いや、詰問? 説教? ……みたいな話だ」

 

そう言いながら、何もない虚空を見つめてブツブツと呟き始めるユズリハ。

当然ながら、何も安心できる状況ではない。

むしろアルコールが入っている分、タチが悪いまである。

ネオンがごくりと唾を飲み込みながら、恐る恐る口を開いた。

 

「あの……そういったことは、直接本人に言った方がいいのでは?」

「SFTS1005にか? 言ってるさ。つい先日だって、死にかけたあいつを前に三十分はみっちり説教した」

 

ユズリハは忌々しそうに顔をしかめる。

 

「しかしだ。悲しそうな顔で萎れているのを、こちらが我慢しながら懇切丁寧に命の大切さを説いたのに、返ってきた返事が『もっと企業に貢献したいと思います。今後は体調管理に気をつけ、業務に励みます』だぞ?」

 

その言葉を聞いた瞬間。 ネオン、ルミナ、アイリスの三人は、「あー……」と深く顔を見合わせて、何度も頷いた。

ビャッコの言いそうなこととして、これ以上なく容易に想像がつく光景だったからだ。

限界まで命を燃やした死闘の後でさえ、あの小さな上官の根底にあるのは、どこまでもブレない鋼鉄の『社畜メンタル』なのだ。

てっきり、あの異常なまでの企業への忠誠心の高さは、サクラデバイスコーポレーションが製造段階で完璧に植え付けたものだとばかり思っていたのだが。

 

「そんなわけあるか。なんなんだあの底なしの愛社精神は? 私は確かに、人の役に立てるようにとは言ってきたが、決してあんな都合のいい社畜に育てた覚えはないぞ」

 

そう言いながら、頭を抱えて深いため息をつくユズリハ。

 

「A.R.E.S.の神経負荷による、謎の労働回路のバグ……? なんて恐ろしい副作用なんだ……!」

 

ユズリハは真剣な顔で、ぶつぶつと医療的な仮説を立てて戦慄している。

まさかあの中身が、前世の記憶をひきずった『本物の中年サラリーマン』の魂だとは夢にも思っていないのだ。

この深刻なすれ違いが解消される日は永遠に来ないだろう。

そんな一人で勝手に落ち込んでいるユズリハを見て、ネオンとルミナは小声で囁き合った。

 

「(親戚の子くらいに見ているって言ってたけど、どう見てもあの心配の仕方、母親目線じゃない?)」

「(完全にママがいるね、これ)」

 

権力者としての恐怖はどこへやら。

目の前にいるのは、愛娘の将来(と謎の労働意欲)を本気で案じる、ただの不器用で過保護な母親だった。

 

「はあ……。まあいい、あいつの労働思考については後で徹底的に解析してやる」

 

一人で勝手に落ち込んでいたユズリハだったが、気を取り直すように首を振り、再び空中に複数のホログラム・ディスプレイを展開した。

そこには、第3詰所が関わったこれまでの任務の戦闘記録や、ビャッコの生々しいダメージログがズラリと並んでいる。

それらを睨みつけながら、ユズリハは鋭い視線をアイリスへと向けた。

 

「戦闘記録は大体見させてもらった。おい、そこのちっこいの。黒鉄アイリスとか言ったか」

「ひゃ、はいっ!」

 

突然名指しされたアイリスは、ビクッと肩を跳ねさせ、だぼだぼのジャージの襟を両手でギュッと握りしめた。

 

「お前、ちょっと前の任務でノアの代わりにライブステージに立ってたやつだよな? レコードは見たが、なんであんなことになったんだ。SFTS1005のアイドル衣装の映像が世間に出回ったせいで、上層部であの子の扱いでだいぶ揉めたんだぞ。広報部に回すだのなんだのとうるさくてたまらん」

「あ、あれには色々と深い理由がありまして……」

 

アイリスがしどろもどろに弁解しようとするが、ユズリハはそれを遮るようにディスプレイの一つを指差した。

そこには、治安維持部隊のファンサイトか何かの裏掲示板のデータが映し出されている。

 

「なんだよこの『制圧されたい女の子ランキング1位』って! 治安維持部隊の小隊長だぞ!? 威厳もクソもないじゃないか!」

「そ、それに関しては、ライブをやる前からマニアの間でまあまあ順位が高かったので、私のせいだけでもないんですけど……」

 

アイリスが目を泳がせながら反論すると、ユズリハはギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「あの子の可愛さが世間にバレたら大変なことに……。変な虫がつかないように、あいつの配属先を第一管区の地下防衛線あたりに変更するか……」

「(完全に、自分のお気に入りインディーズアイドルがメジャーになって文句を言う古参ファンの顔だわ……)」

「(しかも強火オタクの同担拒否型だね、あれ)」

 

ブツブツと独占欲丸出しの呟きを漏らすユズリハを見て、ネオンとルミナが呆れたようにヒソヒソと囁き合う。

 

「しかもだ!」

 

ユズリハはバンッ!と机を叩き、今度は戦闘時の配置図をモニターに映し出した。

 

「お前、機甲兵(カタクラフト)乗りのくせになんでSFTS1005に庇われてるんだよ! おかしいだろ! 分厚い特殊装甲の塊に乗っているお前より、生身のあいつの方が毎回ボロボロになって帰ってくるって!」

「ごめんなさいごめんなさい! でも、私が盾になろうとして前に出ても、小隊長が当然のように私を庇ってさらに前に出るんですもん!」

 

アイリスが涙目で必死に弁解する。

だが、企業側の人間であり、コスト管理にも厳しいユズリハは、その言葉を別の意味で受け取ったようだった。彼女の目が、冷たく細められる。

 

「あ? つまりお前は、あのクソ高いアイアン・メイデンの修理費が惜しくて、替えの利くヒューマロットであるあいつを弾除けに出してるわけじゃないんだな?」

 

予算と機材の損失を気にする、嫌味な上官としての詰問。

しかし、その言葉はアイリスの逆鱗に触れた。アイリスはジャージの袖で涙を乱暴に拭うと、バンッと前のめりになって力説し始めた。

 

「当然ですよう! 私は小隊長のためなら火の中水の中! アイアン・メイデンがスクラップになろうが構いません! いつだって小隊長の手足や盾となって、一身にご奉仕する所存です!!」

 

鼻息を荒くして、忠誠心と重すぎる愛を叫ぶアイリス。

そのあまりに狂信的で、どこか湿度の高い言葉のチョイスに、診察室の空気が一瞬ピタリと止まった。

 

「……ご、奉仕って……お前……」

 

ユズリハは、アイリスの放つ「小隊長ガチ勢」特有の異様な熱量に当てられ、ソファーの背もたれにドン引きしたように体を引いた。

いくら自分が生み出した兵器とはいえ、部下から『ご奉仕』などという狂った感情を向けられているとは想定外だったのだ。

 

「私の純真無垢な作品に、変な趣味を植え付けてないだろうな……」

 

親としての純粋な心配と、得体の知れない部下への恐怖が入り混じった顔で、ユズリハはアイリスからスッと目を逸らしたのだった。

アイリスの異様な熱量から逃げるように視線を逸らしたユズリハは、今度は隣で肩をすくめているルミナを鋭く睨みつけた。

 

「次に、炉崎ルミナ」

「は、はいっ」

「お前はなんだ、あの『フォボス』とかいうサイバネアームは!」

 

バンッ!と再び机が叩かれ、空中のモニターに白銀の右腕の設計図と、それに伴う異常な神経負荷の波形データが展開される。

 

「生命変換コアによるクオリアのダメージって、お前は何を考えてるんだ! あんな違法建築みたいな武装を乗せやがって!」

 

医療従事者であり、ヒューマロットの開発者でもあるユズリハからすれば、テロメアを削って出力を引き出す機構など言語道断の欠陥システムだ。

愛娘の体に時限爆弾を埋め込まれたようなものである。

 

「そ、それは本当にごめんなさい! でも、ビャッコちゃんのリクエストに精一杯応えた結果なんです! それに、あれじゃないと地下の化け物を倒して生き残れなかったし!」

 

ルミナも負けじと声を張り上げる。

技術者としての意地と、何よりビャッコを死なせたくないという必死の思いがあった。

 

「だからといって、他にこう、なんかあるだろ! もっと安全なやつが! なんか!」

 

語彙力を失って反論するユズリハに、ルミナは涙目で胸を張った。

 

「ビャッコちゃんが外せと言えば外すし、寿命を削った恨み言を言われるなら甘んじて受け入れるつもりだったもん! それなのに、あの子はあんな顔で私に素直に感謝してくれたんだよ! 外すに外せないよ! 私は、人生かけてビャッコちゃんに尽くすと決めたし!」

「人生かけてって……お前もか」

 

涙ながらに『人生を捧げる宣言』をするルミナに、ユズリハは頭を抱えて低く呻いた。

アイリスのご奉仕発言に続き、ルミナの共犯者としての重すぎる愛。

自分の生み出した純真無垢な作品が、いつの間にか情緒のバグった女たちから巨大な矢印を向けられている事実に、ユズリハは眩暈を覚えた。

 

「だいたい、なんなんだその『ビャッコ』というのは……」

 

ユズリハが忌々しそうにこぼす。

 

「それは小隊長が自称している愛称といいますか」

 

アイリスが答えると、ユズリハは「それは知っているが……」と口ごもった。

それを見ていたネオンが、ふと呆れたように口を挟む。

 

「あの、差し出がましいようですが、ヒューマロットだからと言っていつまでも『SFTS1005』なんて番号で呼ぶのはあまりよくないような。白鷺様も、あだ名で呼んであげたらどうですか?」

 

自分たちのように親しみを込めて名前で呼べばいい。

ネオンの真っ当な提案だったが、ユズリハは即座に顔をしかめた。

 

「嫌だ」

 

その頑なな態度に、ネオンは小さく目を見開いた。

 

(ここまで過保護な母親面をしておいて、やっぱり所詮はヒューマロットを道具としか思っていない上位クリアランスの人間ということ……?)

 

「……それは、なぜ?」

 

ネオンが探るように問うと、ユズリハはプイッと視線を逸らし、気まずそうにボソリと呟いた。

 

「だって、名前を付けて呼んだら情が移るし……」

 

その予想外に情けない理由に、ネオンはがっくりと肩を落とした。

 

「家畜飼ってる人みたいなこと言わないでください……。それに、情が移る云々に関しては、さっきの言動からしてもうとっくに手遅れでは?」

 

呆れるネオンに対し、ユズリハはさらに身を縮こまらせてブツブツと弁明を続ける。

 

「それに、私が急にあだ名で呼んだりしたら嫌がられないかな? 嫌だぞ。今まで番号で呼んでたのに『急に名前で呼んで距離感詰めようとしてこないでよ』とか言われたら……私は三日は寝込んで落ち込むかもしれない」

「反抗期の娘を持つ親ですか……」

「誰が親だ!」

 

大きい溜息をついて肩を落とすユズリハ。

上位クリアランスの冷徹なエリートという皮は完全に剥がれ落ち、そこには娘との接し方に悩む、不器用で面倒くさい一人の人間の姿しかなかった。

 

「まあ、お二人ともそれぞれに譲れない事情もありましたし、自分たちの過ちをちゃんと自覚はしているみたいなので、今回はこの辺で許していただけないでしょうか?」

 

ネオンがこれ以上この面倒くさい『保護者会』を長引かせまいと、適当に話をまとめて強制終了させようと試みる。

 

「まあ、そこの二人の言いたいことは分かった。SFTS1005のことを、ヒューマロットというただの道具と思って好き勝手に扱っているわけではないということは理解したしな」

「もちろんですよう!」

「そうだよ! 大事なビャッコちゃんだもん!」

 

ここぞとばかりにグイグイと詰め寄るアイリスとルミナを、ユズリハはしっしと手で払いのけた。

 

「よかった。じゃあ、本日の面談はこのへんでお開きということで……」

「ああ、待て。最後にもう一つだけあった」

 

逃げるように踵を返そうとしたネオンの背中に、ユズリハの冷たく鋭い声が突き刺さった。

 

「はい?」

「お前たち、このなかにSFTS1005の電脳に『位置追跡』と『体調モニター』の非正規アプリを勝手に仕込んだやつがいるよな」

 

ピタリ。

ネオンの体が、まるで電源を落とされた機械のようにビクリと震えて硬直した。

 

その瞬間、この保護者会の最終ラウンドの鐘の鳴り響く音が聞こえた気がした。

 

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