SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
サクラデバイスコーポレーション第41管区支社、上級クリアランス保持者専用のオフィス。
先ほどまで、アイリスの狂信的な「ご奉仕」宣言や、ルミナの「人生賭ける」宣言によってカオスな空気に包まれていた地獄の保護者面談は、今や全く別種の緊迫感に支配されていた。
ヒューマロット生産開発部の部長である白鷺ユズリハが、帰りかけていた三人の背中に向けて放った最後の一撃。
『お前たち、このなかにSFTS1005の電脳に位置追跡と体調モニターの非正規アプリを勝手に仕込んだやつがいるよな』
その言葉が落とされた瞬間、ネオン・ツキカゲの時間は完全に停止した。
まるで電源ケーブルを物理的に引き抜かれた旧式マシンのように、ピクリとも動かなくなったネオン。
彼女の背筋を、これまでの裏社会でのハッカー稼業でも経験したことのないような、致死量の冷や汗が滝のように流れ落ちていく。
(バレてる……!? なんで!? いや、相手はサクラデバイスの開発トップで、ビャッコの生みの親……。最高権限を持ってる相手に、私の仕込んだ野良アプリがバレない方がおかしいってのよ!)
内心で絶叫しながらも、ネオンの顔面は引きつったまま固定されていた。
ここで少しでも動揺を見せれば、完全に自白したも同然だ。
しかし、そんな彼女の必死のポーカーフェイスを他所に、隣に立つ二人は純粋な疑問符を浮かべていた。
「? 位置追跡? なにそれ?」
ルミナが不思議そうに首を傾げる。
「私はそんなの知りませんけど……」
アイリスもきょとんとしている。
「……」
一人だけ滝のような冷や汗を流して無言を貫くネオン。
「そうかそうか。この中にはいないか。なあ、月影ネオン」
「……ふぁい」
ユズリハのねっとりとした視線に射抜かれ、露骨に動揺するネオン。
そのあまりに分かりやすい反応を見ながら、ルミナとアイリスの表情がスーッと引きつっていく。
「ネオンちゃん。……まさか」
「はあ!? ネオンさんがやったんですか!?」
アイリスの糾弾に、ネオンは慌てた様子で両手を振り回しながら必死の言い訳を始めた。
「いや、違うのよ! これには海よりも深い訳があって! あの子とこの前『直結』した時に、あの子のセキュリティがあまりに無防備だったから、ついハッカーとしての手癖というか、ちょっと後で驚かしてやろうと思っただけの悪戯心で……!」
「「はあ!?」」
ルミナとアイリスの声が、オフィスの天井を突き破らんばかりに響き渡った。アプリの件など完全に頭から吹き飛んでいる。
「ビャッコちゃんと!?」「直結!?」
次の瞬間、アイリスが震える手でネオンの胸倉をガシッと掴み、そのまま軽々と宙に持ち上げた。
小柄でだぼだぼのジャージ姿とはいえ、彼女は一流の機甲兵乗りだ。
基礎的な腕力も並の人間とは桁が違う。
アイリスの瞳から、完全にハイライトが消え去っていた。
「月影ネオン……。あなたは小隊長の神聖な電脳に、一体なにをしたんですか。正直に言えば、痛みなく送ってあげます」
「ちょっ、首がしまっ……!」
「そうだよ! ずるいずるい! なんで直結する時に私も誘ってくれなかったのさ!」
ルミナまでが地団駄を踏んで抗議に加わる。怒るポイントが根本的にずれている。
「ルミナさんまで何言ってるんですか! これは抜け駆けという重罪です!」
「ごふっ……私は無実よ! あの子の方から不用意に誘ってきたの! それを言うなら、あの子の情操教育はどうなってるんですか!?」
酸素を求めてジタバタと暴れるネオンが、苦し紛れにユズリハへ責任を転嫁する。
すると、ただでさえ不機嫌だったユズリハの額に、青筋がピキリと浮かび上がった。
「はあ!? 逆切れかよ! 親の前で娘と直結したとか、よくもまあ抜け抜けと言えたもんだなこの変態が!」
「『誰が親だ』って言ってたのに、やっぱり自分で親って認めちゃってるじゃないですか!」
「ううっ、私だって小隊長と直結したいのに……ズルイです……」
「はいはい、私もー! 私がいちばん深くまで繋がれる自信あるし!」
「あ、じゃあ私ももう一回だけ……」
「お前ら全員、もう帰れ!!」
バンッ!!とユズリハが怒りに任せて机を蹴り飛ばし、カオスと化した地獄の保護者面談は強制終了となった。
「痛っ、押さないでよアイリス!」
「ネオンちゃん後でログ見せて!」
「見せるわけないでしょ!」
ギャーギャーと騒ぎながら追い出されていく三人の背中を見送り、重厚な扉がガチャンと閉まる。
静寂が戻った部屋の中で、ユズリハはドッと肩で息をしながらソファーに沈み込んだ。
「……疲れた」
残っていたアルコールタブレットを一つかみ口に放り込み、酒臭い息を大きく吐き出す。
だが、その顔色は最初に対面した時よりも、幾分かマシになっていた。
目の下のクマの陰惨さも、少しだけ和らいでいるように見える。
「……まあ、あの子にも、ああやってバカみたいに大事にしてくれる人間や、帰る居場所ができたってことなんだよな」
それは、生みの親として少し寂しい反面、何よりも嬉しく、安堵できる事実だった。
自分が地獄に突き落としてしまった最高傑作は、ただの使い捨ての道具になどなっていなかったのだから。
「さーて……今日はもう寝て、あいつの解析は明日にするか」
ユズリハはそう言って大きく伸びをすると、ふっと口元を綻ばせながら、オフィスの奥の仮眠室へと消えていったのだった。
◆
サクラデバイスコーポレーションの巨大な支社ビルから放り出された三人は、無言のまま夜の街を歩き、近くの薄暗い公園へと足を踏み入れた。
夜間帯ということもあり、人工的な木々が立ち並ぶ公園に他の人影はない。
遠くで都市の環境ノイズが微かに響くばかりだ。
冷たい金属製のベンチに腰を落ち着けると、誰からともなく重い口火を切った。
「……で。さっきはユズリハ博士の勢いに飲まれて有耶無耶になりましたけど。小隊長の電脳に仕込んだ位置追跡と体調モニターの非正規アプリ、今すぐ消すんですよね?」
アイリスが、ジャージのポケットに両手を突っ込んだまま、ジロリとネオンを睨みつける。
「そうだよネオンちゃん。いくらなんでも、本人に無断でそんなストーカーまがいのことするのは、ちょっとよくないと思うなー」
「ううっ、それは分かってるけど……」
二人の正論による包囲網に、ネオンはバツが悪そうに唸りながら、自身の情報端末を開いた。
ホログラム画面には、件の非正規アプリが立ち上がっている。画面の中央では、第3詰所を示す座標の上で小さな光点が瞬き、その横にはビャッコの現在のゆっくりとした心拍数や体温などの生体データがリアルタイムで表示されていた。
ネオンの指が、画面の隅にある『アプリ削除』のボタンの上でピタリと止まる。
「どうしたんですか? 早く押してください」
「……ねえ。どうしても、これ消さないとだめ?」
未練がましく見上げてくるネオンに、アイリスは冷酷な宣告を下す。
「なにを今更言ってるんですか? 小隊長のプライバシーの侵害ですよ。逆に、この状況のなにがいいと思ってるんですか?」
「いいと思ってるわけではないけど、消す前にちょっとだけ聞いてほしいの」
ネオンは姿勢を正すと、いくつかの音声アプリを連携起動させて画面をタップした。
すると、静寂に包まれた夜の公園に、スピーカーから静かな、しかし確かな鼓動の音が響き始めた。
『……トクン……トクン……』
ビャッコのモニターから送られてくる心拍データに合わせて、リズミカルな拍動の音が合成されて流れている。
「……なんですか、これ?」
「あの子の心拍数に合わせて、拍動の音を合成出力するように組んだの。これを聞きながらだと、あの子と一緒にいるみたいで、私すごくよく眠れるのよ」
頬を染めてうっとりと語るネオン。
そのあまりに猟奇的で変態的なライフハックの開示に、アイリスは文字通りドン引きして数歩後ずさった。
「キモイです。さっきの『直結』といい、ハッカーってみんなそんなに性癖歪んでるんですか? 早く消してください。じゃないと、アプリごとあなたの存在をこの世から消しますよ」
「そんな……。これがなくなったら、私は今日からどうやって安眠すればいいのよ……」
「知りませんよ。気絶して意識を失うまで、自分で自分の頭を殴っててください」
シュンと肩を落としていたネオンだったが、アイリスの辛辣な言葉を受けて、ふと顔を上げてぼそりと呟いた。
「……じゃあ、もしこのアプリのアクセス権限を、二人にも共有してあげるとしたら?」
その悪魔の囁きに、アイリスとルミナの肩がピクリと跳ねた。
「ルミナ。これがあれば、右腕の『フォボス』の調子とあの子のバイタルがリンクして、異常があれば遠隔でもすぐにわかるわよ?」
「あ……。そ、それは、技術者としてはちょっと助かるかも……」
「ちょっとルミナさん! 丸め込まれないでください!」
「アイリスだって、ビャッコの居場所が常に正確に分かった方が、いざという時に盾として守りに急行するのに助かるでしょ?」
「うっ」
「主の命を守るべき最強の盾が、主の居場所を常に把握してなくてどうするの? プライバシーって言うけど、五歳の迷子になりやすい子供の見守りアプリだと思えば、むしろ保護者の義務じゃない?」
巧みな詭弁だった。
アイリスの「ご奉仕」という絶対的な保護欲と、ルミナの「開発者」としての管理欲。
ネオンは、二人の最も弱い部分を的確に突き、己の正当性をねじ込んだのだ。
「そ、それは……。でも、やっぱり小隊長に内緒というのは……」
「大丈夫よ。多分あの子なら、後でバレても『私の安全管理のため? ありがとう』って、普通にいいと言ってくれそうな気がしない?」
流石は裏社会も渡り歩く天才ハッカー。
人心掌握の手管も見事なものだった。 ビャッコの底抜けのお人好しぶりを完全に理解した上での、完璧なプレゼンテーション。
数分後。
アイリスとルミナは、それぞれ自身の端末を大事そうに両手で握りしめ、夜の公園に佇んでいた。
その画面には、詰め所で眠るビャッコの心拍数が、等しく表示されている。
ここに、ユズリハ博士という正当な保護者の安心とは裏腹に、三人の重すぎる部下による『後ろ暗いストーカー同盟』が固く結成されたのだった。
◆
「へくちっ!」
その頃。 第3詰所の静かなオフィスで残業の書類仕事をこなしていたビャッコは、可愛らしいくしゃみを一つこぼし、指で鼻をすするとぼんやりと天井を見上げた。
【風邪ですか? マスター】
脳内に直接、戦闘補助システム『A.R.E.S.』の無機質な音声が響く。
「いや、そんなことないと思うけど。誰かがどこかで俺の噂でもしてるのかも」
【非科学的な推論ですね。室温の低下による一時的な粘膜の刺激と判断します】
「うるさいやい」
ビャッコは機械の相棒に悪態をつきながら、温かいコーヒーのマグカップを両手で包み込んだ。
自分が知らぬ間に、産みの親と部下たちの間でとんでもない愛の包囲網が構築されていることなど、知る由もない。
この狂った世界において、彼女の周りだけは、今日も平和で呑気な時間が流れているのだった。
これにて第4章おしまいです。
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