SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第76話 全体集会は睡魔の罠

第41管区治安維持部隊本部は、威圧感をそのまま絵に描いたような悍ましい佇まいをしていた。

無機質なコンクリートの巨大なビルが、鉛色の空を突き刺すようにそびえ立っている。本部をぐるりと取り囲む分厚い外壁の各所には、物々しい見張り台。

そして、こちらに銃口を向けるセントリーガンが据え付けられており、無数の監視カメラが通行人を虫ケラのように見下ろしていた。

 

そんな壁の一角には、交通安全の看板など足元にも及ばないサイズの巨大な電光掲示板が掲げられている。

 

『今月の総鎮圧事案数 1,248件 [前年比+112件]』

『反乱・暴動鎮圧数 42件 [前年比+5件]』

 

血のような赤いデジタル数字がデカデカと張り出され、管区の絶望的な治安の悪さをアピールしている。

さらに、そびえ立った本部の塔には電飾がピカピカと明滅し、どこか焦点の合っていない不気味な造形のマスコットキャラクターと共に、今月の標語が垂れ流されていた。

 

『広げよう 鎮圧の輪 守ろう 管区の安らぎ』

『やめよう 不法電脳アクセス あなたのゴーストが 泣いている』

『110番 鳴る前に行く 予防鎮圧』

 

(予防鎮圧ってなんだ。それはもうただの先制攻撃のテロじゃないのか?)

 

そんなことをぼんやりと考えながら俺は首をかしげる。

見上げれば、群れを成す警備ドローンがまた新たな現場へと飛んでいき、入れ替わるようにボロボロになったドローンが火花を散らしながら収容庫へと吸い込まれていく。

これが、栄えある第41管区治安維持部隊本部の、偽りなき日常の姿である。

 

「……何度見ても悪趣味よね、ここ」

 

心底嫌そうな顔でネオンがため息を吐いた。

 

「まあまあ。一応、うちらの本社なんだから」

「うう……。制服は肩が凝るからキライです……」

「私も、制服に染み付いた機械油をとるの苦労したよー」

 

俺のフォローも虚しく、アイリスは窮屈そうに首元を引っ張り、ルミナも自分の袖の匂いを嗅ぎながら不満を漏らしている。

本部周辺の重苦しい空気を完全に無視するかのように、姦しい声を響かせる面々。

俺たち第3詰所のメンバーだ。

 

さすがに本部長も出席する全体集会ともなれば、普段のようにアイリスをジャージ姿のまま連れてきたり、ルミナが制服を作業着のように着崩したりするわけにはいかない。

規定に則り、三人ともピシッとした制服に身を包んでいる。

 

俺自身、特段の制服フェチ属性はないはずなのだが、普段は緩めの格好をしている女の子たちが、こうして軍装めいたカッチリとした制服を着こなしている姿を見ると「……なんか、すごくいいよね」という謎の感動を抱いてしまう。

特に、アイリスの凛とした立ち姿などは、パンフレットの表紙を飾れそうなほどの見栄えだ。

 ……中身がおっさんゆえの気持ち悪さが漏れ出ているのは自覚しているので、どうか許してほしい。

 

そんな、少しだけ浮ついた俺たちが本部の集合場所である大講堂に向けて歩を進めると、同じ制服を着た治安維持部隊の一般隊員たちと次々にすれ違うことになった。

だが、彼らは俺たちを見ると、大体二パターンの反応に分かれた。

 

一つ目は、俺たちの顔を見た瞬間にビクッと肩を揺らし、モーゼの十戒のように慌てて道を譲るパターン。

二つ目は、あからさまに眉をひそめ、通り過ぎた直後にヒソヒソと陰口を叩くパターンだ。

 

「見ろよ。あれが()()第3詰所のやつらだぜ」

「かわいい顔しておっかないねぇ……」

 

伊達にエルフ耳してるだけあって、俺の聴覚は非常に優秀だ。

彼らがヒソヒソと囁き交わす小声もしっかりと拾い上げてしまう。

まあ、あちらもそれほど遠慮して言っているわけではないから、ネオンたちにもしっかりと聞こえているようだが。

 

「……なんか気分悪いわね」

「かわいい顔って言ってるよ?」

「ルミナ、それあんまりフォローになってないからね?」

 

不機嫌そうに髪を揺らすネオンと、のんきに笑うルミナ。

周囲からこんな腫れ物扱いをされる原因は、痛いほど分かっている。

この前の『ノアの誘拐事件』と『生体パーツ違法調達事件』だ。

 

それ以外にもちょくちょく現場で活躍はしていたが、規模が小さかったり、逆に大きすぎて上層部に揉み消されたりしていたので、他の隊員にまで悪名が知れ渡っているのは前述の二つの事件が原因だろう。

 

ノアの誘拐事件では、犯人制圧の功績もさることながら、不本意にもアイドルデビュー未遂をしてしまったことで、変に俺の知名度を上げてしまった。

こちらとしては名指しで出動要請が入る現状は、本部の方でうまく捌いてほしいところなのだが、本部から言わせれば特定の小隊への指名要請が増えたことは大層めんどくさい事態になっているそうだ。

しかし、あの事件では一応表向きは『お褒めの言葉』をもらった案件なので、本部としても俺を責めるに責められないのが歯がゆいところらしい、とネオンを通じて人伝に聞いた。

 

そしてトドメは、生体パーツ違法調達事件。

あれこそ、俺達が独断専行で上位クリアランスの闇を暴いた事件であり、本部ではこの扱いにかなり紛糾したそうだ。

しかも、あの事件では一時的に罪を着せられて治安維持部隊の一般隊員たちに追われることになったが、逆にアイリスとネオンが彼らを完膚なきまでに制圧してしまうというおまけまでついている。

最終的には統合監査室とサクラデバイスコーポレーション本社からの口利きがあったらしく、功罪を相殺する形で納めてもらったものの、内部からの強烈なヘイトを買ったことは間違いない。

ある程度は覚悟の上で行ったことではあるが、こうやって実際にチクチクと陰口を叩かれると、流石にちょっと気まずい思いにはなる。

 

「流石はヒューマロットだな。部下に仲間を締め上げさせても顔色一つ変えやしない。可哀想に。ジョージの奴なんか、黒い機甲兵に尻を槍で突かれて、いまだに痔が治らないらしいぜ」

「ヤスさんなんか、未だに仲間だと思ったドローンに追い回される悪夢を見ていて、すっかりドローン恐怖症になっているらしいぞ」

 

(いや、本当にうちの子たちがすみません。でも、こっちも必死だったんで勘弁してください!)

 

俺は心の中で土下座の勢いで頭をペコペコ下げた。

だが、曲がりなりにも俺は小隊長だ。俺がここで肩身を狭くして申し訳なさそうにしていると、部下であるアイリスやネオンたちにまで無用な気を遣わせてしまう。

俺は引き攣りそうになる頬の筋肉を気合いで固定し、あまり無い胸を精一杯張って、堂々と大講堂への通路を突き進むことにした。

 

大講堂に到着すると、事務担当らしいヒューマロットの職員に案内され、俺たちは指定された位置に整列した。

俺たち第3詰所の小隊が案内された先は、講堂のほぼ最後方だったため、会場の全体がよく見渡せた。

高い天井の下に整然と並んでいるのは、大体四百から五百人くらいだろうか。

居残り組を引けば、第41管区内の治安維持部隊の八割前後が集まっている計算になる。これだけの数の制服が並ぶと思うと、中々壮観な景色だ。

仮眠室で数時間ほど眠れたとはいえ、まだ鉛のように重い身体を引きずってきた甲斐があったというものだ。

 

だが、全体を見渡していると、なんだか妙なことに気づく。

前列の方にいるのは、制服を隙なく着こなした、まさにパンフレットの表紙になりそうないかにも立派な治安部隊員といった様子だ。

しかし、俺たちと同じように後ろの方に並ぶ隊員たちは、制服こそ着ているものの、どこか似合っていないというか、微妙にだらけた雰囲気を漂わせているのだ。

 

(なにこれ? もしかして問題児順に並ばされている?)

 

そんな失礼なことを思っていると、俺の疑問を察したのか、隣に立つネオンが小声で教えてくれた。

 

「治安部隊の隊員は、大きく分けて二種類いるのよ」

「二種類? キャリアとノンキャリみたいな?」

「ある意味あってるわね。正確に言うと、『志願組』と『徴用組』よ」

「なんか軍隊みたいだね」

 

俺の素直な感想に、ネオンは皮肉っぽく肩をすくめた。

 

「前列にいる人たちが『志願組』。ちゃんと訓練学校を卒業して、正規のルートで入隊したエリートたちね。幹部候補生でもあり、将来の本部や治安維持部隊を背負って立つ人材よ」

 

そう言われてみると、前列の隊員たちの肩にはキラキラとした勲章や階級章を飾っている人もいるし、総じて真面目そうで士気の高そうな面構えをしている。

さっき廊下を通り過ぎる時に、会釈か笑顔の一つでも投げかけておくべきだったかと思ったが、もう遅いか。

 

「でもう一つが、私たちみたいな『徴用組』。この人手不足の時代に、好き好んでキツくて危険で嫌われ役の3K条件を満たした治安維持部隊に入る人なんて少ないから、色んなところからかき集めるの」

 

あ、やっぱりここの労働条件って世間一般から見ても結構厳しい方なのね。

でも、街の平和を直接的に守っていると思うと、割とやり甲斐があっていい仕事だと思うんだけどな。

強いて言えば、この労働量に見合った給料をもっと弾んでほしいところではあるけど。

 

「かき集めるって、例えばどんな人たち?」

「企業スコアが足りなくて困ってる人、スラムのような下層地区から何としても脱出したい人。あとは問題行動を起こして奉仕活動が必要な人や、私みたいに企業の他部門で問題があって左遷された人とかね」

 

それを聞いて、俺は少し背筋が冷たくなった。

そんなワケアリな人ばかり集めて、銃を持たせて治安維持なんかさせていいのかという気もする。

 

「さすがに本格的に危険な思想を持った人はそうそう任命されないから安心して。それに、そういう寄せ集めの部隊を統率するために、小隊長には処罰権限を持った志願組が配置されるのが通例なのよ。そういう意味では、私たちの前の小隊長もそんなお堅い感じだったわね。ビャッコが小隊長になってからは、かなり伸び伸びとやらせてもらって感謝してるわ」

「私の方こそ、皆にいつも助けられて感謝しているよ」

「ふふ、どういたしまして」

 

ネオンがふんわりと微笑みながらそう返してくる。

反乱分子を制圧するための処罰権限なんて、使う必要がないくらいみんないい子たちだ。

小隊長として部下に恵まれているのは、本当に感謝しかない。

 

そんなことをこちょこちょと内緒話していると、急に講堂内の空気が張り詰め、場が静まり返ったのに気づいて慌てて口をつぐむ。

気づけば、前方の巨大なモニターに、勲章をぶら下げた無機質な人影が映し出されていた。

 

さあ、だるい集会のスタートだ。

 

 

「――諸君。我が第41管区の治安は、諸君らの日々の献身とたゆまぬ努力によって保たれている。治安維持の要石として……」

 

前方の巨大モニターに映し出された厳つい顔の偉そうにした本部長(実際偉い)が、抑揚のない声で長々と訓示を垂れ流し始めた。

仮眠室で数時間眠れたとはいえ、俺の身体には長時間労働の疲労が色濃く残っている。

ただ真っ直ぐに立っているだけでも、ふくらはぎの筋肉が微かに悲鳴を上げ、意識が遠のきそうになる。

本部長の言葉は、まるで睡眠学習の教材のように俺の脳を撫でていく。

 

(……長い。中身がない。要するに『お前らもっと身を粉にして働け』ってことだろうに……)

 

欠伸を噛み殺しながらやり過ごしていると、ふと、本部長の声のトーンが一段低くなった。

 

「……だが、昨今の事案において、一部部隊の目覚ましい活躍が見られる」

 

その言葉が出た瞬間、講堂に並ぶ隊員たちの視線が、チラチラと最後方の俺たち――第3詰所の面々へと向けられた。

ノアの誘拐事件や、生体パーツ違法調達事件での一件を指しているのは明白だ。

お褒めの言葉のはずなのに、周りの目が妙に冷ややかで居心地が悪い。

 

「その一方で――」

 

本部長が、画面越しにジロリとこちらを睨みつけたような気がした。

 

「規律から大きく逸脱した、独断専行とも言える行動が見られるのも事実だ。我々はあくまで組織であり、一個人の英雄気取りは管区全体の不利益に繋がると自覚せよ」

 

今度は「チラチラ」どころではない。

前列の志願組たちまでが、一斉にこちらへ非難がましい視線を突き刺してきた。

もはや講堂中のヘイトが第3詰所に集まっていると言っても過言ではない。

アイリスが小さく「グルル」と唸り声を上げそうになったのを、俺は必死に目で制止した。

 

「以上を鑑み、今年度の配置変更をこの後各端末へ通達する。各自、速やかに確認するように。以上」

 

その号令をもって、長くてだるい、そして最後にとてつもなく気まずかった全体集会はようやく終わりを告げた。

「解散」の指示が出た途端、講堂内は緊張から解き放たれ、ざわめきと移動の足音に包まれる。

 

「あー、終わった終わった! 本部長のチクチク言葉、絶対私たち宛てだったよねー」

「気にするだけ無駄よ。それよりビャッコ、端末に配置変更の通知が来てるわよ」

 

ネオンに急かされ、俺はホッと息を吐きながら支給されている情報端末を開いた。

もしこれで俺だけ別の部署に飛ばされたり、アイリスたちがバラバラにされたりしたら、あのブラックなシフトがさらに地獄の様相を呈することになる。

 

恐る恐る画面をスクロールさせ、自分の名前を探す。

あった。

 

【第41管区治安維持部隊 第3詰所 第1小隊】

小隊長:SFTS1005

隊員:月影ネオン、炉崎ルミナ、黒鉄アイリス

 

「……よかった。メンバーは固定か」

 

安堵のあまり、膝から崩れ落ちそうになった。

このメンバーのままでいられるなら、周りからどれだけ白い目で見られようが耐えられる。

だが、その通知画面を横から覗き込んでいたネオンが、不思議そうに首を傾げた。

 

「ねえ、ビャッコ。私たちの所属名、ちょっと変わってない?」

「え?」

 

言われて改めて画面を見る。

今まで俺たちの所属はただの『第3詰所』だった。それが今は『第3詰所第1小隊』と明記されている。

第1があるということは、必然的に第2が存在するということだ。

 

「これって……俺たちの詰所に、新しい部隊が増員されるってこと?」

「そうみたいね。第2小隊のメンバーリストも一緒に添付されてるわ」

「よかった……! これでようやく少しは余裕ができる……!」

 

俺は感極まって天を仰ぎそうになった。

神は、いや本部は俺たちを見捨ててはいなかったのだ。

少しは現場の過酷さを理解してくれたらしい。

だが、手元の端末で第2小隊のリストに目を通していたネオンの顔が、みるみるうちに険しくなっていった。

 

「……でも、この名前の羅列、どこかで見覚えが……」

「ネオンちゃん、どうかしたの?」

 

ルミナが不思議そうに覗き込もうとした、その時だった。

 

「――おいおい、どこの誰かと思えば。ずいぶんと可愛らしい『先輩』がいたもんだ」

 

俺たちの背後で、講堂の出口へと向かっていた隊員たちの人だかりが、まるで捕食者を前にした草食動物のように、サッと左右へ割れた。

そこにできた道の中央を、無遠慮な足音を響かせながら、人影がこちらへ向かって歩いてくる。

 

俺は端末から顔を上げ、声のした方へと振り返った。

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