SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
「――どこの誰かと思えば。ずいぶんと可愛らしい『先輩』がいたもんだね」
俺たちの背後で、講堂の出口へと向かっていた隊員たちの人だかりが、まるで怯えた草食動物のようにサッと左右へ割れた。
そこにできた道の中央を、無遠慮な足音を響かせながら、4つの影がこちらへ向かって歩いてくる。
「やあやあ、ご機嫌いかがかな?」
左右に分かれて冷や汗を流す一般隊員たちを気にする様子もなく、先頭を歩く女がニヤリと獣のように笑った。
とにかく、どの女も目が痛くなるほど灰汁が強い。
「へえー。これが
最初に口を開いたのは、派手なピンク色の髪をサイドテールにした少女だった。
規定の制服を着てはいるが、シャツの胸元は大きくはだけ、スカートも限界まで短く改造されている。
いわゆるギャルみたいな感じ。
だが、そんな軽薄な見た目とは裏腹に、彼女の背中には自身の背丈ほどもある巨大な重火器と、およそ人間が背負えるとは思えないサイズの予備弾薬箱がマウントされていた。
「おじさまの魅力の足元にも及びませんね」
続いて冷ややかな声を落としたのは、ぶかぶかのヨレた白衣を羽織り、分厚いレンズの丸眼鏡をかけた、ひときわ背の低い少女だった。
年の頃なら小学生か中学生といったところか。理系チックな見た目だが、その小柄な身体に見合わない不遜な態度で、俺たちを値踏みするように見上げている。
「あらあら。みなさん、あんまり失礼なこと言うたらあかんよ? たとえ事実やとしても」
クスクスと上品に笑いながら歩み寄ってきたのは、和服をベースにしたような奇妙な装束を纏う、糸目の少女だった。
おっとりとした京都弁とは裏腹に、歩くたびに微かに重い金属の擦過音が鳴る。
よく見れば、彼女の長い袖の下には、長大なスナイパーライフルが隠されていた。
常に目を細めているその表情からは一切の感情が読み取れず、底知れない不気味さを漂わせている。
そんな彼女たちの無遠慮で喧嘩腰な視線が、俺たち第3詰所の面々に突き刺さる。
アイリスが俺の後ろに隠れて怯えているのを撫でつつ、俺はネオンに話しかける。
「……もしかして、この人たちが?」
「ああ、思い出したわ。第3詰所に来る第2小隊。たしか――」
ネオンの言葉を引き継ぐように、4人の中央にいた、先ほど俺たちに声をかけてきた女性が一歩前に出た。
透き通るような白い肌と、作り物めいて整った顔立ち。
なびく金髪は豊穣の麦穂を思わせるように輝き、翡翠色の瞳は宝石のよう。
先ほどの3人も十分に美少女の部類に入るが、彼女の造形は群を抜いている。
だが、その可憐な外見に反して、彼女は制服の上に使い込まれた無骨なタクティカルベストを羽織り、物騒なオーラを纏っている。
彼女は恭しく、しかしどこか傲慢さを隠そうともしない所作で礼をした。
「第3詰所、第2小隊……『ガンズ・ライフ』。今日から君たちの相棒だ。よろしく頼むよ」
相棒、という甘い響きとは裏腹に、彼女から立ち上る気配は歴戦の傭兵のそれだった。
血と硝煙の匂いが染み付いた、正真正銘のプロフェッショナル。
廊下を埋め尽くしていたはずの数百人の治安維持部隊員たちは、彼女たちの放つ異様なプレッシャーに当てられ、誰一人として声を上げることもできずに遠巻きに見守っている。
これが、俺たちの新しい「同僚」の姿だった。
俺は警戒心を悟られないように、あえて平静を装って口を開く。
「……よろしく。私は第1小隊の小隊長、SFTS1005――ビャッコと呼んでほしい。ええと……名前を聞いても?」
「私は
JKと名乗った美少女は、親指で背後の3人を指し示しながらニッと笑った。
(JK……女子高生? そんなわけないか)
俺は内心で一人首を傾げた。
確かに彼女の可憐な容貌や背丈は、それくらいの年齢のように感じる。
だが、その袖から覗く関節球体の肢体、人形めいた、というよりも人形そのもののような相貌、動くたびに微かに聞こえる高度な駆動音から察するに、彼女の身体は生身ではなくフルサイボーグだ。
となれば、当然中身が見た目通りの年齢であるという保証はどこにもない。
すると、俺の横でじっと彼女たちを観察していたアイリスが、胡散臭そうな目を細めて3人の部下たちに問いかけた。
「サイト、ボルト、ストック……どれも銃のパーツの名称みたいですけど、それ本名ですか?」
その明らかに警戒心を含んだ問いに対し、和服の狙撃手――サイトが、糸目のまま冷たく答える。
「おじさまにいただいたコードネームやけど……もううちらはそれ以外の名前を持ってへんから、本名やと思ってもろてええよ」
(おじさまにいただいたコードネーム? もはやそれ以外の名前を持たない……?)
その淀みない返答に、俺は小さく息を呑んだ。
彼女のその言葉の裏には、過去のしがらみや元の身分を全て捨て去り、文字通り「銃のパーツ」として生きることを選んだような、重く複雑な事情が透けて見えたからだ。
初対面で踏み込んでいい領域ではないだろう。
俺がこれ以上の追及を諦めて口をつぐむと、張り詰めた空気を察したネオンとルミナも互いに顔を見合わせ、警戒するように半歩ほど後ずさった。
緊迫した空気を断ち切るように、JKが薄く笑って俺の頭をポンポンと叩きながら言う。
「ところで君、制圧されたい女子現在1位の白い死神なんだって?」
俺はその頭に乗せられた手を振り払いながら言った。
「どちらも私の意志じゃないけど、まあそうらしいです」
子供扱いなのは今更のことなので気にしないが、その順位と異名については本当に不本意ではあるのだ。
その答えにJKが鼻をならして笑いながら言う。
「君の部下が、この前の騒ぎで治安維持部隊の連中をずいぶんと派手に制圧したみたいだけど……あんな奴らを倒したくらいで調子に乗ってもらっては困るね」
その挑発的な言葉に、俺は慌てて首を振って否定する。
「いや、別に調子に乗ってなんか……」
「いいかい? 治安維持部隊には、2種類の人間がいる。わかるかい?」
JKが不敵な笑みを浮かべ、俺の言葉を遮って問いかけてきた。
俺は少し考えてから、先ほど集会が始まる前にネオンから聞いたばかりの知識を口にする。
「ええと……志願組と、徴用組?」
「違うな」
JKはふっ、と鼻で笑い、自らの胸を親指でドンと叩いた。
「私か、私以外だ」
……なんという自信過剰。
どこかの時代に存在したという伝説のホストのようなセリフを、この金髪碧眼の美少女は本気で言い放ったのだ。
あまりの自己肯定感の高さと堂々たる態度に、俺は思わず圧倒されてしまう。
すると、白衣のメカニック――ストックが、呆れたように分厚い眼鏡を押し上げながら補足してきた。
「実際、あの時集まってたの、あんまりやる気のない徴用組の非番だった人たちばかりで弱かったんだよ。もしボクたちがそこに行ってたら、君たち、一瞬でスクラップになって終わってたよ」
フン、と鼻で笑うようなストックの生意気な挑発。
だが、俺の心に深く突き刺さったのは「ボクたちがいたらスクラップ」という強者のマウント部分ではなかった。
(……えっ。あの一件でうちの子たちがボコボコにしたのって、やる気のない非番の人たちだったの!?)
ただでさえさっき廊下で、ボコボコにしてしまった人たちの噂を聞いて、強い罪悪感を抱いていたというのに。
あろうことか、この過酷な3K職場で働く彼らの『貴重な休日』を緊急出動でぶち壊した挙句、同僚の手で物理的なトラウマまで植え付けてしまっていたというのか。
労働者として、それはあまりにも気の毒すぎる。
(ますます申し訳ない……!)
激しい自責の念に駆られ、俺の胃はキリキリと嫌な音を立てて痛んだ。
次に彼らに会ったら、せめてお詫びに栄養ドリンクでも差し入れよう。
そう心の中で平謝りする俺をよそに、JKは「現場じゃあ私がルールだ。足は引っ張るなよ」とでも言いたげな、余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。
それはさておき、彼女たちに聞きたいことは色々あるが、特に気になっていることがひとつある。
サイトさんがJKさんに対して言っている「おじさま」という奇妙な呼称。
そして、明らかに見た目にそぐわない、歴戦の猛者のような貫禄。
俺はどうしても気になっていた疑問を、ストレートにぶつけてみることにした。
「……一つ聞いていい? なんでJKさんは――」
「なあ、私達は今日から同僚だろ? 敬語とか遠慮はなしにしようじゃないか。当然、私達もそのつもりだ」
「……JKはどうしてサイトから『おじさま』なんて呼ばれてるの?」
俺の素直な問いかけに、JKは一瞬だけ目を丸くした。
しかし、すぐに喉の奥でクックッと、低く笑い声を漏らす。
「ハッ。……レディーの秘密を聞き出すには、私たちはまだ関係が足りないな。デートでもしてくれたらその時に教えてあげるよ」
JKは大人びた余裕たっぷりの仕草で、俺の追及を煙に巻いた。
その立ち振る舞いは、可憐な少女のガワを被っているはずなのに、どうしようもないほどに『渋いおっさん』のそれを思わせるものだった。
俺の中の「おっさんレーダー」が微かに反応したような気がしたが、深く考えるのはやめておくことにした。これ以上の詮索は、本当に火傷をしそうだ。
「さて、無駄話はこれくらいにしておこう。さあ、案内してくれよ」
JKは顎をしゃくり、講堂の出口の先――本部から外へと続く通路を指し示した。
「私たちの新しい『城』へな」
その言葉を合図に、背後の三人も動く。
ボルトは巨大な重火器をガシャリと揺らし、ストックは白衣のポケットに手を突っ込み、サイトは長い袖を優雅に翻して、歩き出す準備を整えた。
相変わらず、周囲の一般隊員たちは遠巻きに怯えた視線を向けているだけで、誰も声をかけてこない。
俺は小さくため息を吐き、アイリスたちに目配せをした。
アイリスは不満げに眉をひそめ、ネオンとルミナもどこか居心地の悪そうな顔をしているが、小隊長である俺の指示に逆らうことはない。
「……わかった。ついてきて」
俺は踵を返し、彼女たちの先導をすべく歩き始めた。
◆
第41管区の威圧的な本部ビルを抜け出し、専用の装甲車両に揺られること数十分。
俺たちはようやく、自分たちのホームグラウンドである『第3詰所』へと帰還した。
血の気の多いエリートや、暗い目をした徴用組が入り乱れる本部の空気に比べれば、少し古ぼけたこの詰所は俺たちにとって砂漠のオアシスのような場所だ。
あの息の詰まるような集会と、新メンバーとのヒリヒリする顔合わせを終え、ようやく一息つける。
自動ドアが開き、見慣れたオフィス兼待機所の光景が視界に入った瞬間、俺は深く長いため息を吐いた。
「はぁー、着いた着いた! 今日からここがウチらの島ってわけね!」
だが、俺の安堵は一瞬にして粉砕された。
ガッシャァァァン!!
耳をつんざくような激しい金属音。
ボルトが背負っていた巨大な重火器と弾薬箱を、オフィスのど真ん中にあるミーティングテーブルの上に無造作に放り投げた音だった。当然、安物のテーブルは悲鳴を上げて大きくひしゃげる。
「ちょ、ちょっと! そこ、みんなでご飯食べたりする机なんだけど!?」
「あ? ごめんごめん! それより喉渇いたー。なんかないの?」
慌てて抗議するネオンを軽くいなし、ボルトは冷蔵庫を勝手に漁り始めている。
「ふーん。なんていうか……全体的に時代遅れの機材ばかりだね」
「ああっ! ちょっと、勝手に私の工具箱漁らないでよ!」
オフィスの横にある整備ドックでは、白衣のストックがルミナのデスクを占拠していた。
ストックは勝手にデータパッドを接続し、ルミナが大事に並べていた工具を鼻で笑いながらポンポンと弾いている。
ルミナが涙目でそれを止めようとしているが、ストックはどこ吹く風だ。
「お茶の葉は、どこにあるんかな? 合成の安物やったらあかんで?」
そして和服のサイトはといえば、アイリスがせっせと買い集めていた備品の紅茶を勝手に漁っている。
そんな自分の半ば趣味と化していた領域に侵入されたアイリスは、悲しそうな目で俺の後ろに隠れていた。
「おい。あんまり先輩方を困らせるんじゃないぞ」
俺が頭を抱えながら振り返ると、JKは俺の小隊長デスクの端に腰掛け、脚を組んでシガーレット型のデバイスを咥えて、チョコレートの香りの煙を吐いている。
お前の一番態度がでかいじゃないか。
(……なんだこれ。動物園の檻の中にでも放り込まれたのか?)
俺は呆然と立ち尽くし、カオスと化した第3詰所の惨状を眺めていた。
アイリスは怯え、ネオンは頭を抱え、ルミナはストックに機材を奪われて半泣きになっている。
まあ、共用のスペースになるので仕方ないといえば仕方ないのだが、入って10秒でこのくつろぎっぷりは只者ではないと思わせる。
人員が増えれば、あの地獄のような連続勤務ローテーションから抜け出せる。
それは確かに事実だろう。
だが、どうやら俺は重大な見落としをしていたようだ。
(……仕事の負担が減っても、気苦労が今の倍になったら意味がないのでは?)
ガンズ・ライフの華麗なる侵略によって、第3詰所の平穏は完全に終わりを告げた。
給料は据え置きなのに、頭痛の種だけが際限なく増えていく。
「あー……胃が痛い」
俺の力ない嘆きは、これまでの倍以上に膨れ上がった姦しい騒ぎにかき消され、誰の耳にも届くことはなかったのだった。