SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第81話 砂塵の残業

夜の帳が完全に降りた41区の最果て。

俺たち第3詰所合同部隊を乗せた装甲車は、ネオンサインと赤色灯が入り交じる工業地帯を抜け、都市の境界線へと向かってひた走っていた。

窓の外の景色は、中心部から離れるにつれて徐々にその姿を変えていく。

煌びやかな企業の広告ホログラムは姿を消し、代わりに無骨なコンクリートと剥き出しの鉄骨が目立つようになる。

そして、輸送車が目的地に到着した時、俺たちの目の前には天を衝くほどに巨大な『境界壁』がそびえ立っていた。

 

サクラデバイスコーポレーションの繁栄と平穏を、外側の地獄から隔てる鉄とコンクリートの絶対境界。

左右の地平線まで絶望的なほど長く伸びるその壁は、一般市民や俺たちのような末端の社員にとっては、決して越えることのない世界の果てだ。

その巨大な壁の足元に食い込むようにして建っている要塞のような施設。

それが今回の目的地である、安定防衛機構HSG支局だった。

 

「……静かすぎるわね」

 

装甲車の重いハッチが開き、外に降り立ったネオンが不安げに周囲を見渡して身震いした。

本来なら、ここは巨大企業が統治する区域の玄関口だ。

交易の要所として24時間体制で大型の輸送トラックや運搬ドローンがひっきりなしに行き交い、境界執行課の重武装した兵士たちが鋭い眼光を光らせているはずの場所である。

だが今、広大なフロント駐車場には一台の車両も停まっておらず、ただ冷たい夜風が砂埃を巻き上げているだけだった。

サーチライトの光だけが、無意味に無人のコンクリートを照らし出している。

 

「おかしいわぁ。さっきおじさまの電話やと、通常営業って言ってたはずやけどねぇ」

 

サイトがいつものおだやかな口調の中にも警戒を含ませながら支局の建物に視線を向ける。

JKは何も答えず、黙って支局の正面ゲートへと歩き出した。

俺も愛用のハンドガン『セラフィム』のセーフティを解除し、彼女の斜め後ろに続く。

アイリスやルミナたちも、無言で武器を構えて周囲を警戒しながらそれに続いた。

 

自動ドアが静かに開き、支局のメインロビーに足を踏み入れた瞬間、俺たちはひどく奇妙な感覚に襲われた。

 

『ようこそ、安定防衛機構へ。本日もサクラデバイスの発展にご協力いただき、感謝いたします』

 

天井のスピーカーから、明るく快活なAIの音声ガイドが流れる。

受付カウンターの上では、ホログラムの案内嬢が完璧な笑顔で会釈を繰り返していた。

空間には微かに、高級な芳香剤の匂いすら漂っている。

だが、その背後にある事務室にも、待合用の革張りのソファにも、人っ子一人存在しないのだ。

 

「無人……?」

 

俺の呟きに、サポートAIのアレスが視界に警告色を明滅させて応えた。

 

【生体反応、ゼロ。ただし、少し前まで人間が活動していた痕跡を多数検知しました】

 

アレスが視界にハイライトしたポイントを追う。

受付の端末画面はロックされずにつけっぱなしになっており、床には誰かが慌てて立ち上がった際に落としたと思われる電子ペンが転がっている。

 

まるで、つい先程まで日常業務が行われていた空間から、人間だけが神隠しにでも遭ったかのようだ。

 

「……チッ」

 

JKが短く舌打ちし、ロビーの奥、資材搬入用と思われる頑丈な鋼鉄の扉へと歩み寄った。

彼女の視線の先、扉のわずかな隙間から、赤黒い液体が細く線を描くように漏れ出している。

鉄錆のような血の匂いが、芳香剤の香りを上書きして鼻腔を突いた。

JKは右足に力を込めると、分厚い鋼鉄の扉を力任せに蹴り飛ばした。

ひしゃげた金属音とともに扉が吹き飛び、その奥の空間が露わになる。

 

そこに広がっていたのは、まさに『清掃された死』だった。

 

支局の事務職員や、境界執行課の警備兵たち。

数十人は下らないであろう彼らの遺体が、薄暗い資材置き場の中に、まるで不燃ゴミの袋でも積むかのように整然と積み上げられていたのだ。

室内には激しく争った形跡はない。壁に弾痕もなく、備品も壊れていない。

遺体をよく見れば、全員が急所を的確に一撃で貫かれているか、あるいは致死性の毒ガスのようなもので即死させられたようだった。

彼らは自分たちが殺されることすら理解できずに、あっという間に制圧され、そしてこの場所に「片付けられた」のだ。

 

「やり口が丁寧すぎて吐き気がするね」

 

JKが冷たい声で吐き捨てた。

俺も同意だった。これはただの暴徒やスラムのチンピラにできる芸当ではない。

圧倒的な暴力と、証拠を残さない徹底した教育を受けた、プロの殺し屋――あるいは軍事組織の仕業だ。

 

サクラデバイスの絶対的な防衛線が、音もなく食い破られている。

俺たちは、とんでもない事態のど真ん中に足を踏み入れてしまったことを、冷たい汗とともに確信した。

遺体の山を前にして、俺たちはしばらくの間、言葉を失っていた。

血の匂いが充満する薄暗い密室の中で、JKは死体の山に近づくとしばし手を合わせて黙祷をしたのち、こちらを振り返って言った。

 

「……ストック。先ほどの自動音声の出処、通信網を乗っ取っている大元はどこか分かるか?」

「おそらく、この真上だよ。最上階にある集中管理室のメインフレームから、異常なトラフィックのループが検出されてる」

「よし、行くぞ。本部に応援を入れてから私たちは先行する」

 

JKの短い指示に従い、俺たちは凄惨な現場を後にして階段を駆け上がった。

道中の廊下や階段にも、やはり生きた人間の姿はない。

無機質な足音だけが静まり返った施設内に反響する。

最上階に辿り着き、集中管理室の分厚い扉を蹴り開けた。

そこは、本来なら無数のモニターが境界線のあらゆる異常を検知し、オペレーターたちが慌ただしく指示を飛ばしているはずの防衛の要だ。

 

だが、部屋の中は異様なほど静まり返っていた。

壁一面に設置された巨大なメインモニターには、サクラデバイスコーポレーションの境界線全域のマップが表示されている。

しかし、そのすべてが『オールグリーン』――つまり、異常なしを知らせる穏やかな緑色に染まっていた。

これだけ大規模な襲撃を受け、職員が皆殺しにされているというのに、システムは一切の警報を鳴らしていない。

 

「システムが完全に騙されてるわ」

 

ネオンが手元の端末と壁のモニターを見比べながら、信じられないといった様子で呟く。

その原因は、部屋の中央に鎮座するメインフレームを見れば一目瞭然だった。

 

巨大なサーバー群の中枢であるコンソールパネルに、それは張り付いていた。

まるで金属と無機物で構成された巨大なヒルか、あるいは醜悪な寄生虫のような異形のデバイス。

何本もの太いケーブルと無骨な端子が強引にサーバーの基盤に突き立てられており、心臓の鼓動のように不気味な明滅を繰り返している。

 

「趣味が悪いね」

 

ストックが冷たい目を向けながら、その『寄生虫』の前に立った。

 

「物理的に基盤に割り込んで、セキュリティをハードウェアレベルでバイパスしてる。こいつが偽の平穏なデータを防衛システムに流し込み続けて、外部からの問い合わせにはAIで適当な返事をさせていたんだ」

「なるほどね。門番の目を塞ぎ、口を縫い合わせて、自分たちの都合のいい『空白地帯』を作り出したってわけだ。……外せるか?」

 

JKの問いに、ストックは小さく鼻で笑った。

 

「必要とあらば。……ネオン、ルミナ、手を貸して」

「わかったわ」

「りょーかい!」

 

3人がコンソールを触り、数分作業をしたところだろうか。

ストックが眼鏡を光らせて言った。

 

「ビンゴ。物理ロック、解除」

 

バチッ、という鋭い火花が散り、サーバーに張り付いていた異形のデバイスが黒煙を上げて沈黙した。

ストックがケーブルを乱暴に引き抜くと、寄生虫は力なく床に転がり落ちた。

 

その瞬間、壁一面のモニターが激しく明滅を始めた。

偽りの緑色だった画面が次々と血のような赤色に染まり、けたたましいエラー音と警告アラートが集中管理室に鳴り響く。

塞がれていた目と耳が急に開かれたことで、システムがパニックを起こしているのだ。

 

「警告音うるさっ! これ、どういう状況!?」

 

ボルトが耳を塞ぎながら叫ぶ。

 

「おじさま、ビャッコ。防衛網が復旧したよ。……でも、最悪なものが見えてきた」

 

ストックがモニターの一部を拡大表示する。

そこには、この支局のすぐ裏手――企業統治区域の境界の『外側』に、信じられないほどの巨大な熱源反応と、無数の生体反応が密集している様子が映し出されていた。

 

「これって……さっきの暴動の比じゃない数の敵が、すぐ外にいるってことか?」

 

俺の問いに、JKが険しい顔で頷く。

この支局は、まさにその境界線を開け閉めするための巨大なゲートそのものだ。

モニターを見る限り、敵はすでに荷物の積み込みか何かの作業を終えようとしている段階らしい。

 

「ここでモニターを睨んでいても始まらないな。直接、ご尊顔を拝みに行こうじゃないか」

 

JKはそう言うと、管理コンソールの物理キーを操作し始めた。

 

「第1小隊の諸君。企業統治の及ばない本当の『外の世界』を見る準備はいいか?」

 

ゴォォォォンッ、という地鳴りのような重低音が、足元から響き渡った。

それは、支局の中にある、外の世界と直結する超大型の搬出入用ハッチが起動する音だった。俺たちは急いで管理室を飛び出し、1階の搬出入エリアへと向かった。

 

分厚いコンクリートの壁の向こう側で、巨大な歯車が軋みを上げて回転しているのが分かる。

核シェルターの扉を開けるかのような、圧倒的な質量を持つ隔壁。それがゆっくりと左右に引き込まれ、僅かな隙間から、外の空気が猛烈な勢いで支局内へと吹き込んできた。

 

乾燥した冷気と、鉄錆、そして砂埃の匂い。

空調で完璧に管理されたサクラデバイスの都市内とは全く違う、荒々しく暴力的な大気の匂いだった。

 

隔壁が完全に開ききり、俺たちの目の前に『外』の光景が広がる。

そこには、かつての文明の残骸であるボロボロのコンクリートビル群と、果てしなく続く荒涼とした砂漠が広がっていた。枯れ果てた荒野を照らすのは、月明かりと、不気味に瞬く無数の作業用ライトだけだ。

 

そして、その荒廃した景色のド真ん中に、俺たちの想像を絶する巨大な存在が鎮座していた。

 

ビルを見上げるかのような圧倒的な車高。数十個の巨大なクローラーが砂漠を噛み締め、後方には何両もの重装甲のコンテナ車両が果てしなく連結されている。

線路など必要としない、荒野を蹂躙するためだけに生み出された鉄の巨獣。

超大型の自走装甲列車、通称『ランドトレイン』だ。

 

列車の周囲では、武装した兵士たちがアリの群れのように動き回り、巨大なクレーンを使ってコンテナを貨車へと積み込んでいるところだった。

 

「なるほど。どうやらうち(サクラデバイス)へ押し込み強盗に来たという訳か」

「何を持っていくつもりなのかな?」

「さてね。お金か兵器か、はたまた生物資源か。あるいはあのコンテナの中にお姫様がいたりしてね」

 

吹き荒れる砂埃の中で、JKがシガレット型デバイスを咥えながら不敵な笑みを浮かべた。

俺は強風に目を細めながら、とんでもない残業に巻き込まれたことを悟り、深く、深くため息をついた。

 

同時に、ハッチが開いたことに気づいた外の武装兵たちが、一斉にこちらへ銃口を向けてきた。

 

「支局から何者かが出てきたぞ! 侵入者だ! 撃て、撃てぇっ!」

 

怒号とともに、雨あられのように銃弾が飛んでくる。

 

「アイリス、ボルト! 弾幕と盾をお願い! 逃げられる前に止めないと!」

 

俺が叫ぶと同時に、アイアン・メイデンのガトリング砲が火を噴き、凄まじい弾幕で敵の前衛を容赦なく吹き飛ばした。

 

「ケー様の邪魔すんなし!」

 

ボルトが巨大なタワーシールドを構えて最前線へと突撃し、敵の反撃を強引に弾き飛ばして道を作る。

その後方からは、サイトの狙撃が的確に敵の機銃手を沈めていった。

 

「さあ、ボーナスタイムの始まりだ!」

 

JKが楽しそうに笑いながら、両太ももから展開したハンドガンで次々と敵を撃ち抜きながら砂漠へと飛び出していく。

俺もセラフィムを構え、アレスが弾き出す戦術線に従って最短距離を駆け抜けつつ思うのだった。

 

(ボーナスタイムというか残業タイムだよなぁ……)

 

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