SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第84話 鎖と、面の皮と

気がついた時には、すでに両腕は背中に回されていた。

 

降伏を宣言した直後のことは、断片的にしか覚えていない。

雪崩れ込んできた兵士たちに押さえつけられ、荒々しく拘束具を嵌められ、そして目隠しをされた。

そして、相棒である愛銃のセラフィムをはじめとする全ての携行火器、通信用のインカムまで、文字通り身ぐるみ剥がされたのだ。

その後はただ揺れと振動と、エンジンの唸り声だけが記憶にある。

 

どこをどれだけ走ったのかも分からない。

 

移送の途中、何度か車両を乗り換えたらしいことは振動の変化で分かった。

荒れた砂漠の路面から、整地されたアスファルトへ。それからまた、別の何かへ。

体感にして一時間か、二時間か。

時計もなく目隠しもされたままでは、正確な時間の見当もつかなかった。

 

目隠しが外された時には、もうすでにここにいた。

 

(……どこだ、ここ)

 

俺は薄暗い室内を見回した。

窓はない。照明もない。あるのは、隙間から冷たい空気だけを通す分厚い鉄の扉と、不快な水染みが走るコンクリートの壁だけだ。

建物の中なのか、地下なのかすら判断がつかない。

外の音はランドトレインのエンジン音ではなくなっていたから、どこかへ移送されたのは間違いないだろう。

 

足元を見下ろす。

太い鎖が、俺の足首と壁に埋め込まれたリングをガッチリと繋ぎとめていた。

鎖だけではない。両手首には分厚い鋼鉄の手錠が嵌められており、それがまた別の鎖で壁に固定されている。

鎖の太さは俺の腕ほどもあり、リングの溶接跡は無骨で、素人仕事ではない頑丈さを感じさせた。

まるで業者に発注した見積書に「逃げる余地ゼロ」と注記でも入れたかのような丁寧さだ。

 

試しに腕を引いてみたが、鎖はびくともしない。

 

(……念入りなことだ)

 

右腕のフォボスにちらりと意識を向ける。

白銀の義腕は、先ほどのオーバードライブの余韻をまだ引きずっているらしく、指先に鈍い熱が残っていた。

熱だけではない。後頭部の奥に頭痛がじくじくと居座り、全身がひどく重怠い。

鎖を引き千切ろうとして腕に力を込めた瞬間、視界の端にアレスの赤い警告が滲むように点滅した。

 

【推奨しません。現在のシステム状態では過負荷により、フォボス本体の再起不能リスクがあります】

(……だよな)

 

俺は素直に力を抜いた。

無理をするタイミングではない、と思いながら、隣へと視線をやる。

 

同じように壁に鎖で繋がれているJKは、しかし、その体勢のまま慣れた様子で背中を壁に預けていた。

拘束されているというのに、まるで自室で寛いでいるかのような落ち着きぶりだ。

乱れた金髪を肩で一度揺らし、JKはゆっくりと天井を仰いで呟いた。

 

「さて……これからどうするかね」

 

独り言のような呟きだったが、俺に問いかけているのは分かった。

 

「……脱出できそう?」

「まあ、手段がないわけじゃないが」

 

JKは俺の方へ流し目を向けた。

 

「それより君の方はどうだい。あの拳が光る技で、こんな鎖くらい引き千切れるんじゃないのか?」

「……できるかもしれない。でも」

 

俺は自分の右手をじっと見た。

白銀の指先が、熱を持ったように微かに滲んでいる気がした。

 

「あれは反動が大きくて、しばらくはまともに使えそうにない」

 

使えないわけではない。いざとなれば、痛みを無視して起動はできる。

だが問題は、その後だ。

今の状態でフォボス・オーバードライブを再起動すれば、脱出はできたとしても、その直後にどれだけ動けるか保証はない。

敵の陣地のど真ん中で、身動きが取れない状態に陥るのは最悪の結末だ。

少なくとも脱出の算段を付けてから実行したいところだが。

 

「そうかい。なら無理強いはしないさ。それに――」

 

JKが何かを言いかけた、その時だった。

 

廊下の向こうから、規則的な足音が近づいてくる。

革底の靴が床を叩く音。一人ではない。二人分、あるいは三人分の足音が、扉の向こうでぴたりと停止した。

 

「お客さんの時間だ」

 

JKが口元だけで笑った。

 

重い錠前が外れる金属音が響き、鉄の扉が軋みながら内側へと開く。

 

現れたのは、二人の男だった。

体格のいい、いかにも荒っぽい仕事に慣れていると分かる風貌だ。

一人は丸刈りで顎に古い傷跡があり、もう一人は日焼けした肌に疲れた目をしている。

どちらも武装こそしていないが、体幹の落ち着きや足の踏み込みが、ただのゴロツキとは違う練度を感じさせた。

 

二人は俺たちを見下ろし、短く言葉を交わした。

 

「これが侵入者か」

「ああ」

 

傷跡の男が、特に感情もなさそうな目で俺を見た。

 

「で……そっちのヒューマロットのガキが治安維持部隊の『白い死神』、SFTS1005で間違いないんだな」

 

俺は黙っていた。

否定しても肯定しても、今の状況が変わるとも思えなかったからだ。

 

「ふん。素体を確保するつもりだったのに、本体まで手に入るとはな。僥倖だ」

「こいつの電脳からデータを抜き取れば一気に計画が進むぞ」

 

二人が低く笑い合う。

 

(……やっぱり、そういうことか)

 

俺は静かにそれを受け止めた。

あの培養ポッドの中の少女の意味が、これで確定した。

あれは、俺と同じ設計で造られた、量産を前提とした雛型だ。

より優れた戦闘ヒューマロットを大量に生産するための、オリジナルの素体。

俺が「本体」と呼ばれたということは、連中は俺の身体そのものを目的の一つとしていたことになる。

 

(なかなか物騒な話だ……)

 

思わず顔が引きつりそうになるのを、俺は努めて無表情のまま堪えた。

自分のコピーが量産されるのも、自分がその素材として扱われるのも、どちらも遠慮したい話ではあるのだが、今は黙って情報を集める方が先決だ。

 

「で、こっちのねーちゃんはなんだ? 治安維持部隊か?」

 

日焼けした男がJKの方を一瞥する。

 

「まあ、それ以上でもそれ以下でもないだろうが」

「おや? 私の名前をご存じない?」

 

JKが悠然と問い返した。

拘束されたまま、壁を背にして、それでも女王が玉座に座るような自然な貫禄で。

 

「やはり治安維持部隊というのは裏方仕事だねぇ。ゴミ掃除がいくら上手でも、誰も名前を覚えてくれないとは……悲しいものだ」

「ああん?」

 

男の眉が動いた。

 

「ああ、失礼。この場合の『ゴミ』というのは、ちょうど今目の前にいる君たちみたいな無法者を指しているんだが……分かりにくかったかな?」

 

ニコリ、と。

JKが笑った。

捕虜の笑顔としては、あまりにも場の空気を読まない、挑発的な笑みだった。

 

「この野郎……っ!」

 

傷跡の男が一歩踏み出し、大きな拳をJKの顔面に向かって叩き込んだ。

 

鈍い打撃音が室内に響く。

俺は思わず目を細める。

 

「……ちっ。い、痛ぇ……っ!?」

 

しかし、悲鳴を上げたのはJKではなかった。

殴った男が、己の拳を抱えて顔を歪めていたのだ。

JKの方は、わずかに首が動いただけで、ほとんど揺れてもいない。

 

「なんだこいつの顔……っ!?」

「失礼。よく面の皮が厚いと言われるんだ」

 

JKは涼しい顔でそう言って、口元に皮肉な笑みを浮かべた。

 

激昂したもう一人の体格の良い男が、JKに掴みかかろうと荒々しく歩み寄る。

 

「おい、やめとけよ!」と、拳を抑える男が制止しようとしたが、怒り狂った男は止まらなかった。

「構うことはねえ! 手を出すなと厳命されてるのは、そっちのヒューマロットのガキの方だけだ。こっちの女は何したっていいんだよ!」

 

男は獰猛な笑みを浮かべ、鎖に繋がれて身動きの取れないJKの衣服に手をかけた。

嫌な布の裂ける音が密室に響く。

俺は反射的に視線を外した。

 

沈黙が、ほんの一瞬だけ落ちた。

 

「……チッ。やっぱりサイボーグか」

 

男の声に、興醒めと、それ以上の底冷えがにじんでいた。

俺はそっとJKの方に目を向けた。

首から下が、露わになっていた。

 

女性らしいラインの滑らかさは確かにある。腰のくびれ、鎖骨から肩にかけての繊細な稜線。だが、そのすべてを構成しているのは、柔らかな肌ではなく、精緻に削り出された金属だった。

工業製品の無機質さと、人体の美しさを同時に体現した、不思議な艶がある。

継ぎ目一つない滑らかな装甲は月光のように冷たく鈍く輝いており、関節部分には気づかないほど細い溝が幾何学的な模様を刻んでいた。表面には傷らしい傷もなく、無数の戦場を潜り抜けてきたとは思えないほど美しく磨かれている。

機械でありながら、どこか神話の彫刻を思わせる完成度だった。

 

「これじゃできることもありゃしねえぜ」

 

男が吐き捨てるように言う。

 

「すまないね」

 

JKは涼しい声で続けた。

 

「家に帰ったら()()()のボディがあるんだ。いったん帰らせてくれるなら交換してきてもいいんだが?」

「ふざけるな!」

 

怒鳴り返した男が、思い切りJKの脇腹を蹴り上げた。

金属と革靴がぶつかる、硬質な音が室内に響く。

続けて、もう一発。また一発。

JKは声一つ上げなかった。ただ衝撃を受けるたびに鎖がじゃらりと鳴り、それだけだった。

 

(……JK)

 

俺は唇を引き結んだ。

割って入ることもできないし、今の俺には止める手段もない。

ただ、こうして眺めているしかないのが、ひどく不快だった。

 

「こいつを別室に連れていけ。尋問する」

「ああ、お手柔らかに頼むよ」

 

JKが床を見ながら静かに言った。

二人の男がJKの腕を左右から掴み、鎖を壁のリングから外す。

引きずるようにして扉の向こうへと消えていく。

JKは連行されながら一度だけこちらを振り返り、目が合うと薄く笑ってみせた。言葉はなかった。ただその目が、「心配するな」と言っているような気がした。

扉が閉まりかけた、その瞬間だった。

 

「ああ、そうだ」

 

傷跡の男が、扉の隙間から顔だけを覗かせた。

 

「ヒューマロットの方は、データだけ抜いておけ。上からの指示だ」

「……了解」

 

扉の外から、もう一人の短い返事が聞こえた。

 

直後、静かな足音が近づいてきた。

さっきの二人組ではない。別の男が一人、無言で入ってくる。

手には細いケーブルと、小型の端末を持っていた。

 

「大人しくしろ」

 

男は俺の後頭部に回り込むと、有無を言わさず耳裏のポートにケーブルを押し込んだ。

カチリ、と音がした。

 

(……まずい)

 

咄嗟に身じろぎしようとしたが、遅かった。

 

「がっ……!」

 

視界が白く明滅する。

頭の奥底を、知らない手が無遠慮にかき回していくような不快感。

記憶が、思考が、感覚が、根こそぎ引き剥がされていく感触。

 

(……やめ、ろ)

 

抵抗しようにも、フォボスの反動で思考がまともに動かない。

引き剥がされるデータの奔流の中で、俺はただそれを感じていることしかできなかった。

 

(最悪な気分だ……)

 

それだけ思って、俺は暗闇に落ちた。

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