SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
「おい、起きなさい。いつまで寝てるんだい?」
耳元で響いた、ひどく涼しげで落ち着いた声。
それで俺は、深い泥の底から引きずり上げられるようにして意識を取り戻した。
目を開こうとするが、頭蓋骨の内側がガンガンと鐘のように鳴り響き、猛烈な吐き気が込み上げてくる。
直前の記憶を手繰り寄せようとした瞬間、耳の裏に電脳コードを差し込まれる感触が蘇った。
脳の奥底を知らない指でかき回されるような、あの不快な感覚。
記憶が、思考が、感覚が、根こそぎ持っていかれるような喪失感。
思い出しただけで胃の底がひっくり返るような気持ち悪さが込み上げてきた。
「大丈夫かい? その様子だと何かされたかい?」
声の方に顔を向けながら、俺は朦朧とする頭を一度振った。
「……私の方は大丈夫。でも、電脳からデータを吸い出された。そういうJKは大丈夫――」
なんとか状況を報告しながら、隣に繋がれている相棒の方へと視線を向けた俺は、その言葉を最後まで紡ぐことができなかった。
ヒュッ、と喉の奥で息が引き攣る音が鳴る。
目が覚めたのは、先ほどまでいたあのカビ臭く薄暗い地下室だった。俺もJKも、壁のアンカーから伸びるぶっとい鎖に繋がれたままの状態は変わっていない。
しかし、視界に映ったJKの有様は、一言で言えば『悲惨』そのものだった。
衣服は無残に引き裂かれて大部分が剥ぎ取られ、先ほど男たちに見せつけた、あの滑らかで艶やかなサイボーグのフルボディが冷たい空気に晒されている。
だが、あの時のような美術館の彫刻のような美しさは、もはやそこにはなかった。
拘束された両手の指は、十本すべてがご丁寧に、全ての関節で逆方向へとへし折られていた。
装甲がひしゃげ、断線した人工神経のコードが剥き出しになって、パチパチと青白い火花を散らしている。
艶やかだった白磁の装甲のあちこちには、鈍器で殴打されたような深い凹みや、刃物でえぐられたような無数の傷跡が刻まれていた。
その隙間からは、人間でいう血液の代わりである黒っぽい潤滑オイルが滲み出し、コンクリートの床に黒い染みを作っている。
さらに致命的だったのは、その端正な顔の右半分だ。
ガラス細工のように美しかった右の碧眼は、乱暴に根元からえぐり取られていた。
深い眼窩がブラックホールのようにぽっかりと剥き出しになり、奥で微かにスパークする光学素子の残骸が、血走った肉塊よりもずっと痛々しく、グロテスクな様相を呈している。
俺が気を失っている間に、別室でどれほどの拷問を受けたのか。
想像するだけで胃の腑が冷たくなる光景だった。頼りない裸電球の光の中でも、その惨状ははっきりと見て取れた。
「いやあ、手ひどくやられたよ」
そんな有様にもかかわらず、JKの声はいつも通り涼しかった。
俺が言葉を失って黙っていると、それに気づいた様子でJKが続けた。
「ああ、これかい? まあ見た目は痛々しいだろうけど、そこまで気にする必要はないよ。痛覚カットしてるから痛みはないし、家に帰ればストックが直してくれるさ。それより今から帰った後のあの娘の説教を考える方が気が重いくらいだね」
そう言いながら、JKは両手を持ち上げた。
逆方向に折れ曲がっていた指が、ギシギシと関節の軋む音を立てながら、ゆっくりと元の向きへと戻っていく。
グーパーと数回開閉させて、「さすがに握力が落ちてるな」と小さく呟いた。
「……本当に大丈夫なの?」
恐る恐る声をかける俺に、JKは片方しかない目をこちらへ向けた。
「ああ。あいつらはサイボーグの拷問というものを分かっていないね」
JKは淡々と続けた。
「本来、こういうフルボディの義体を責めるなら、電脳へのハッキングと生命維持パーツを責めるのが基本なんだが……残念ながら、私の脳殻は旧大戦期の『75式・対電子戦用独立脳殻』でね。そんじょそこらの破落戸のツールでハックできるような代物じゃないんだよ」
JKは鋼の胸を張り、どこか自慢げに語り続ける。
「おまけに、このボディは軍用の特注品だ。コアパーツには手が届かなかったみたいだから、子供の工作程度のことしかできなかったってわけだ。しかも、私が痛がって少し呻く演技をしてやったら、それだけで満足そうにしている早漏っぷりだ。今頃、私が適当に吐いた偽の情報を一生懸命に解析して、勝手に踊ってくれているんじゃないかな」
痛々しい見た目に反して、どうやら彼女が受けたダメージは表面的なパーツの破損だけで、中枢は完全に無事らしい。よくわからない用語も混ざっていたが、思ったよりも軽傷だと分かり、俺は心底ほっと胸を撫でおろした。
「それで、この先どうしようか」
「ああ、そのことだけど。連行されたついでに、この建物の構造もある程度スキャンしておいた。どうやらここは、敵の本隊が駐留している基地ではなく、外れの居住区兼収容所みたいな場所らしい。常駐している見張りの人数も、おそらく数人程度だろうね」
「あのヒューマロットの子は?」
「おそらく、この様子だとここにはいないだろうね」
保護対象である『お姫様』から引き離されてしまったのは残念だが、逆に言えば、これから脱出するにあたって排除すべき敵の数が少ないのは不幸中の幸いか。
「じゃあ、もう一回フォボス・オーバードライブで……」
「いや、そいつは君の切り札なんだろう? ちょっと時間はかかるが、こっちも『奥の手』で脱出させてもらおう」
そう言うと、JKはコトリと首を傾け、衣服が破れて剥き出しになった右肩をこちらへ突き出すような奇妙なポーズをとった。
直後、彼女の肩口の装甲がスライドし、内部から蛇のように細長い機械の腕――マニピュレーターのサブアームがスルスルと伸びてきた。
サブアームの先端が精密なバーナーの形に変形したかと思うと、青白い細い閃光が弾け、俺たちを縛り付けている鋼鉄の手錠をチリチリと静かに焼き切り始めた。
「おっと。『奥の手』というのが、文字通りの冗句みたいになってしまったけど、気にしないでいてくれると助かるよ」
「……便利な体だね」
「まあ、長く生きていれば色々あるのさ。外すのに少し時間がかかるから、ちょっと待っててくれ」
チリチリと鋼鉄が焼け焦げる微かな音と、鉄の溶ける匂いが地下室に漂い始める。
俺は拘束されたまま、サブアームの精密な動きを眺めながら、ふと口をついて出た疑問をそのまま投げかけていた。
「長く生きていればって……一体、何歳なの?」
どうせいつものように、軽口で適当にはぐらかされるだろうと思っていた。
だが、その予想に反して、JKは作業を続けるサブアームとは対照的に、ピタリと口を噤んだ。
そして、残された左の瞳で、思いのほか真剣な、射抜くような眼差しをこちらへ向けてきたのだ。
「……知りたいかい?」
「え? いや、まあ、教えてくれるなら……」
急な空気の変化に戸惑い、俺が言い淀むと、JKはさらに声のトーンを落として聞き返してきた。
「教えてあげてもいいよ。その代わり、君が『何者』なのか教えてくれたらね」
「はい? なんの話?」
「君は、本当にただのヒューマロットかい? あと、前々から気になっていたんだけど……」
少しの間の後、JKはとんでもないことを口にした。
「君の中身、男だったりしない?」
その言葉が放たれた瞬間、地下室の冷たい空気が、さらにカチンと凍りついた気がした。
俺は内心、これ以上ないほどのパニック状態、混乱の極みにあった。
今更言うまでもないことだが、俺の『ヒューマロット・ビャッコ』になる前の記憶は、2025年頃の日本で生活する、しがない男性サラリーマンに行き着く。
どういう因果でこんな未来のディストピアに、しかも美少女ヒューマロットの器に入ってしまったのか、原因はまったくもって不明だ。
元の世界に戻る術もないので、とりあえず日々の任務をこなしながらスルーして生きてきた。
俺を造り出したサクラデバイスの博士でさえ、俺の中身が前世の記憶を持ったおっさんだなんて見抜いてはいなかったはずだ。
だというのに、なぜ目の前の同僚のサイボーグにそれがバレているというのか。
「……言ってる意味がわからない」
心臓のバクバクを必死に隠し、俺はあえて感情のないヒューマロットのフリをして、すっとぼけてみせた。
だが、JKは虚空を眺めるように視線を外し、淡々と鎖を焼く作業を続けながら言葉を紡ぐ。
「いや、わからないならここから先は独り言と思って聞き流してくれ。前々から思ってたんだよね。ビャッコはヒューマロットっぽくないなと」
「…………」
「それに、さっき男に私の服が破られたとき、君はとっさに目をそらしただろう? その前の顔を殴られたときは痛そうに目を細めるくらいで、しっかりこちらを見ていたのにね。裸体を見られて恥ずかしがるのは人間の女性の反応だが、裸体を見てしまって気まずそうに目をそらすのは、人間の男っぽい反応だと思ってね。不思議だったんだ」
なんだその名探偵顔負けの洞察力は。
絶体絶命の尋問の最中に、こいつは俺のそんな細かな視線の動きまで観察していたというのか。
冷や汗が背筋を伝い落ちるのを感じながら押し黙っていると、JKは小さく息を吐いた。
「別に、それを知って企業に密告しようとか、どうこうするつもりはないさ。ただ、近い身の上としては相談に乗れることもあるかと思って言ってみたのと、気になることは早めに解消しておきたい性分ってだけさ」
「……近い身の上?」
俺が思わずオウム返しにそう聞き返すと、JKは顔の右半分が破壊された凄惨な有様でありながら、息を呑むほど精緻で美しい微笑みを浮かべて言った。
「そう、私は元々この体になる前は男だったんだよ」
コンクリートの冷たい地下室。鉄錆と、血と、オイルの匂い。
猟奇的に破壊された右半分の顔面と、そこから放たれた『元男』というあまりにもカオスなカミングアウト。
そう言ったJKの顔は、皮肉なことに、女神像のような微笑だった。
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