SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第86話 過去とこれから

「そう、私は元々サイボーグになる前は男だったんだよ」

 

コンクリートの冷たい地下室に、その言葉がぽつりと落ちた。

チリチリと手錠の鋼鉄を焼くサブアームのバーナーの音と、俺の心臓の鼓動だけがやけに大きく響いている。

 

俺はその信じがたい言葉を頭の中でゆっくりと咀嚼して、かすれた声で返した。

 

「……JK()、元男だったんだ」

「その言葉からするに、やっぱり私の推理は当たっていたようだね?」

「うっ、まあ、……はい。そうですね」

 

俺は観念し、深くため息をつきながら諦めたように返事をする。

いざ自らの口で認めてしまうと、途端に、こんな可憐で可愛らしい少女のガワにおっさんの精神が収まっているという事実が、なんだか極悪非道な犯罪のように感じられて、ひどくいたたまれない恥ずかしさが込み上げてきた。

顔から火が出そうになっている俺を見て、JKは残された左目を細め、からかうような声色で言う。

 

「いやいや、恥じ入ることはないさ。私はいいと思うよ」

「なにがいいのさ……」

 

極度の緊張が解けたせいか、俺の口調は自然と、ヒューマロットとしての造られた丁寧なものから、幾分砕けた、素の『俺』の言葉遣いに戻っていた。

 

「それで、なんの理由でそんなヒューマロットの体に入ることになったわけだい? 脳移植かい? それとも、遠隔地からのアバター操作みたいなもの?」

「そこについては、嘘みたいな話なんだけど――」

 

そこから、俺の身の上話が始まった。

とはいえ、前世のしがないサラリーマン時代のことや、過労死寸前のブラック労働の日々を一から十まで愚痴るわけにもいかない。

そして、このヒューマロットの体で生きてからはまだ数か月しか経っていない。

要点だけをかいつまんで話すと、俺の「転生」の経緯は思ったよりもあっさりと語り終わった。

 

その突拍子もない話を、JKは自身の鎖を焼き切る作業を続けながら、ずっと黙って聞いていた。

俺が語っている間は目を閉じ、真剣な表情を崩さなかったが、話が一段落すると、パチリと片方しかない瞳を開けて俺を見つめた。

 

「転生、ねえ。随分とまあ予想外の展開ではあるけど……」

「信じてくれるの?」

「ここまでして聞き出したんだから、疑うのは失礼というものだろう? それに、嘘をつくにしても内容が荒唐無稽すぎるしね」

 

そう言いながら、JKは大きく頷いた。

西暦2025年。この22世紀のディストピアから見れば、百年以上も昔の「生きた化石」だ。

信じられないカルチャーギャップに驚きつつも、彼女は俺の存在をすんなりと受け入れてくれた。

 

「まあ、さすがに私でもそんな事例は聞いたことがないし、元の時代や元の体に戻る術は知らないかな。力になれなくってすまないね」

「いや、それはそんなに期待してないからいいけど」

 

正直なところ、あの終わりの見えない死んだような生き方に比べれば、命の危険こそあれど、今のヒューマロットとしての生活の方がいくらか生きてる実感がある。

かわいい女の子のガワでかわいい女の子と戯れながら刺激的な仕事ができるのだ。

労働時間が長いわりに給料が安いのは玉に瑕だが、多くを求めすぎては罰が当たるというものだ。

 

「それで、JKの方は聞かせてくれる? 別にJKは転生した訳ではないよね?」

 

俺が水を向けると、JKはサブアームのバーナーで自らの鎖を焼きながら、フッと自嘲気味に笑った。

 

「うん。私の方はいたってノーマルな話さ」

 

そう言って、JKは目を細めた。

どこか遠くを見るような、静かな目だった。

 

元々は腕利きの賞金稼ぎだったというのが、JKの話の始まりだった。

企業が世界を分割統治するようになり、国家という概念が形骸化したこの時代、法の届かない場所で暗躍する犯罪組織や指名手配犯を、依頼主に代わって追い回して報酬を得る。

それがJKの生業だった。

「危険な仕事だったけど、自由で、刺激があって、嫌いじゃなかったよ」

語るJKの声に、懐かしむような色がうっすらと混じる。

そして当時、相棒にして恋人だった女がいた。

彼女もまたサイボーグだった。

流れるような動きで敵を制圧する、腕の立つ戦闘屋だったという。

二人で悪人どもを捕まえては各地を渡り歩く生活は、傍から見れば荒っぽいものだっただろうが、その日々は充実していた。

「まあ、それが長く続かなかったのが、人生というものだけどね」

JKは軽い口調でそう言ったが、その声のトーンだけが、わずかに落ちた気がした。

あまりにも活躍しすぎた。

腕が立ちすぎた。

その結果、大陸系の巨大犯罪組織に目をつけられた。

高額の賞金をかけられ、追われる側になったJKたちは、各地を転々としながらも、じりじりと包囲網を狭められていった。

そして、ついに追い詰められた。

 

「彼女は、そこで死んだ」

 

静かな一言だった。

感情を意図的に削ぎ落としたような、事実だけを告げる声だった。

だからこそ、その言葉の重さがかえって伝わってくるような気がした。

俺は何も言えなかった。

余計な言葉をかけることが、この人には失礼な気がして。

「私も、まあ、死にかけたよ。文字通りね」

JKは続けた。

「そこへ助けに来たのが、ストックとサイトだ。私が以前の仕事で、とある施設から二人を助け出したことがあってね。その恩を返しに来た、とかなんとか言っていたよ」

「それで……そのボディは」

「ストックが移植してくれたんだ。瀕死の私の脳殻を、彼女の遺体から取り出したサイボーグボディに」

JKは自分の手のひらを、静かに見下ろした。

「おかげで命は繋がったが、私の外側は彼女のものになった。……まあ、今となっては慣れたものだけどね」

「どこが普通の話だよ。十分ハードじゃん」

 

俺がそう返すと、JKは「そうかい?」と首を傾げた。

「君の話と比べると、だいぶ地味じゃないか。転生には及ばないよ」

「地味の基準がどうかしてるよ……」

 

俺は呆れながらも、腑に落ちるものを感じていた。

 

「なるほど……。だから、サイトやストックは、JKのことを『おじさま』って呼んでたんだね」

「そういうこと。あいつらにとって私は、渋くてかっこよかったあの頃のイメージが抜けないんだろう。この見た目になったんだから止めろって言ってるんだけどね」

 

そういって自嘲気味に笑うJK。

 

「ちなみに、ボルトのやつは私がこの姿になってから拾った子なんだけどね。あいつも大体の事情は把握してるから、気にしなくていいよ」

「そっか。……ちなみに、この話は他の人には秘密? まだ組織に追われてるんだよね?」

「まあ、そこまで知っている人間が多いわけではないけど、墓の下まで持っていけというレベルの極秘事項でもないさ。それに、サクラデバイスの治安維持部隊に潜り込んだ時点で、いくら巨大なカルテルだろうとそう簡単には手出しできないような身分だからね。企業の犬も悪くない」

 

JKはそこで一拍置いて、俺の方へ視線を戻した。

「それより、一つ聞いてもいいかい?」

「なに?」

「君は男に戻りたいと思ったりするのかい? 21世紀初頭の医療技術とは違って、今ならどうとでもなる。例えば、こっそり脳を移し替えて男性型サイボーグになったりね」

 

その言葉に、俺は少しだけ考えた。

 

失われた男の尊厳が科学の力で入手できるという提案。

それに、俺は思わず思考を巡らせた。

確かに、魅力がないと言えば嘘になる。だが――。

 

「それは……いいかな」

しかし、口をついて出たのはそんな言葉だった。

「ヒューマロットの身分で勝手にできるとも思えないし、男になったところでやりたいことがあるわけじゃないしね」

「そうかい? 君の部下たちと男として付き合いたいとかないのかい? とても君のことを慕っているようだけど」

 

JKの言葉に、俺は脳内でよく懐いてくれているアイリス、ネオン、ルミナたちの顔を思い浮かべた。

俺はふっと息をついて首を振った。

 

「確かに信頼してくれているとは思うけど、あの子たちも仕事上、俺が小隊長だから気を遣ってそうしてくれているだけだよ。それに、職場の部下にそういう関係を迫るのは、21世紀のコンプライアンスでは『パワハラ』とか『セクハラ』って言って、懲戒免職モノなんだよ」

「……は?」

 

JKが信じられないものを見るような目でこちらを凝視してきた。

まあ、コンプラ的な話をさておいても、そもそもあの3人と付き合える可能性なんてそもそも考えにくい。

 

アイリスあたりはスキンシップが激しく、よく懐いてくれているとは思うが、それも俺がこの『無害で可憐な美少女のガワ』を被っているからこその距離感なのだ。

ネオンとルミナも言わずもがな。

いいとこ、信頼できる上司どまりだろう。

いや、もしかしたらそれすら子供上司を頼っているふりをしておだてているだけという可能性すらある。

 

でも、それならそれでも構わない。

大事なのは円滑なコミュニケーションが取れることだ。

あの子たちに性的な意識なんて全くても当然だし、上司と部下という今の居心地のいい関係を壊してまで、変な欲をかくつもりは毛頭ない。

 

「いや、全然そんなことないと思うけどな……。むしろ君は、自身の安全の方を気にした方が……」

「ん? なんか言った?」

「いや、本人が気にしてないならいいさ」

 

ひどく呆れたようにため息をつきながら、JKは肩をすくめた。

 

「それじゃあ、せっかくだから一つ提案があるんだけどね」

JKが切り出した。

 

「これからは女の子初心者のビャッコちゃんに、先輩である私がちょこちょこ指導してあげようじゃないか。ヒューマロットならギリギリ誤魔化せるだろうけど、君のその女子力は改善の余地が大いにある」

「……はあ?」

思わず間の抜けた声が出た。

「そんなこと望んでないけど」

「望む望まないの話じゃないよ。君は全力で頑張ると誓ったんだろう? なら私生活も全力で楽しまないと損じゃないか」

「それはそういう意味じゃ……。普段あれだけ渋くしてるのに、意外と順応してるんだね、JKって」

俺が半ば呆れてそう言うと、JKはふっと笑った。

「まあ、長く生きていると色々と達観するものさ。それより、レッスンワン」

 

JKが火花を散らす人差し指をピッと上げた。

 

「とりあえず、君はもう少し『女の子の自分』を受け入れるところから始めてみるといいよ。私と違って、君はその秘密をずっと隠しておきたいんだろう?」

「受け入れる?」

「うん。やっぱり要所要所で男っぽさの残滓みたいなのが見え隠れしてるからね。内と外との差があるというストレスは馬鹿にしたもんじゃない。どちらかに合わせるんなら外の方がいいんだろ?」                          

 

JKは「私もそうだった」と言ってこちらを見つめる。

女の子の自分を受け入れる、か。

俺は静かに、その言葉を咀嚼した。

 

今更どうにもならない事実に、色々と諦めもついていたつもりではある。

だが、ただ諦めることと、現状を受け入れることは違うのかもしれない。

「私」であることを受け入れないのも、共に戦ってくれているこの身体に対して不誠実な気がした。

 

俺――いや、()は、そんなことを思いつつ、JKの言葉に曖昧に頷いた。

そんな私の様子にJKは満足したように微笑んだ。

 

「残りのレッスンは、ここから脱出してからにしよう」

 

ガシャン、と。

最後の一本が焼き切れ、重い金属音が地下室に響く。

JKはいつの間にか切除し終わった鎖を放り投げ、手首をさすりながらゆっくりと立ち上がった。

 

「さあ、ビャッコ。手を出しな。ここから脱出しよう」

「うん。JK、ありがとう」

 

私が差し出した両手の鎖も、JKのサブアームが的確に焼き切っていく。

チリチリという音と共に手首の拘束が解け、私がホッと息を吐いた時だった。

 

「おっと。あと一個だけ、君に話してない秘密が残っていた」

「?」

 

自由になった手首を擦りながら、私が小首を傾げて見つめ返すと、Cはふっと柔らかく笑って言った。

 

「私の本名は『ジェシー・クロノス』。二人きりの時なら、そう呼んでくれてもいいよ」

 

そう言って笑った顔は、顔の右半分が破壊された無機質なサイボーグであるにもかかわらず、息を呑むほどに魅力的だった。

 

「……了解、ジェシー」

「ふふっ。君のその可憐な顔でそう呼ばれると、いささかくすぐったいな」

 

JKは満足そうに微笑むと、残された左目に鋭い光を宿し、分厚い鋼鉄の扉へと向き直った。

 

「さて、身の上話はここまでだ。お姫様を迎えに行く勇者の旅と洒落込もうか」




というわけでビャッコの一人称は今後「私」に統一するのでよろしくお願いします。
書いててちょいちょい間違えそうになってたので作者もにっこりです。
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