SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!   作:宇宙のモナカ

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第87話 夜の荒野を駆ける

部屋を出た私とJKは、足音を忍ばせながら狭く暗い通路を歩いていた。

先ほどまでの重苦しい空気はすっかり消え去り、あるのは仕事前の研ぎ澄まされた緊張感だけだ。

JKは警戒を怠らずに進みながら、こちらを横目でチラリと見て言った。

 

「それで、どれくらい戦えそうだい?」

「少し休んだから、体調は悪くない。フォボス・オーバードライブ――光る拳のやつはまだ温存したいけど、普通の人間相手なら問題ないと思うよ。そっちは?」

「私の方はハンドガンも取り上げられたし、ボディの調子は半分以下だけど……まあ、普通の人間じゃ相手にならんね」

 

どこか不敵に笑って見せると、お互いに小さく頷き合う。

少し行った先に、重そうな鉄のドアがあった。漏れ聞こえる微かな音と熱源センサーの反応から、室内の状況を把握したのだろう。

JKがドアの脇にピタリと張り付き、手で合図を送ってきた。

 

「この中には四人。呼び出して、出てきたところを叩く」

「どうやって呼び出すの?」

「こうやってさ」

 

JKは自分の喉元、人工声帯のあたりにそっと手を当てると、「あ、あー」と小さく咳払いをするように声を出した。そして。

 

「こんなもんか」

 

そう言ったJKの声は、可憐で艶やかな麗人の外見には到底そぐわない、酒灼けしたような野太い男のものに変わっていた。

サイボーグならではの変声機能なのだろう。

潜入やかく乱にはもってこいの機能だ。

 

(便利なもんだ。今度、ルミナにお願いして私も付けてもらおうかな……)

 

そんな場違いなことを考えてみる。

きっとメカフェチのルミナは喜んでサイバネ化に協力してくれるだろう。

 

【推測:泣きながら「それでもビャッコちゃんが望むなら」とサイバネ化してくると思いますので、止めた方がよいかと】

(アレスも時々変なこと言うよね。なんで私のサイバネ化でルミナが泣くのさ。あ、この前のスクラッパーに腕を切り落とされたときのことで間違った学習しちゃった?)

【……そう思いたければ結構ですが】

 

そんな会話を脳内で繰り広げているのを他所に、JKは野太い声のまま、ドアを激しく乱打しながら叫んだ。

 

「おい、大変だ! 女どもが逃げ出してるぞ!」

 

すると、ドアの向こうから「何!?」という焦った怒声と、バタバタと慌てて走り出す複数の足音が響いた。

ガチャリと乱暴にノブが回され、ドアが内側から勢いよく開け放たれる。

 

「どっちへ逃げ――」

 

先頭の男が部屋から飛び出してきた瞬間、待ち構えていたJKの鋼の拳が、一切の躊躇なく男の頸椎へと打ち込まれた。

ゴキッという乾いた音が響き、男は悲鳴を上げる間もなく白目を剥いて崩れ落ちる。

 

一撃で絶命した男の足元を縫うようにして、私も室内にするりと潜り込んだ。

 

「なっ、なんだてめえ!?」

 

驚愕する男たちの一人に向かって、バネのように跳躍する。

空中で身体を捻りながら、男の太い首に自らの両足を器用に絡みつかせた。

そのまま自重と遠心力を利用して後方へと反り投げ、男の頭からコンクリートの床へと容赦なく叩きつける。

いわゆるプロレス技で言うところのフランケンシュタイナー。

アレスにお願いしてコンバットシミュレーターを休日にやった甲斐があったというものだ。

 

【普通にCQCでいいのでは?】

(体がよく動くから楽しいんだよ。帰ったら次はカポエラか柔術でもしようかな)

【無事に脱出できたらダウンロードしておきます】

 

そんな益体もないことを思っていると、近くで声がした。

 

「くそっ、撃て!」

 

他の二人がようやく事態を認識し、腰のホルスターに手を伸ばして襲い掛かろうとする。

しかし、JKの方が速い。

彼女は先ほど撲殺した男のホルスターから流れるような動作でハンドガンを奪い取ると、躊躇なく引き金を引いた。

乾いた銃声が狭い室内に響き、三人目の男が胸を押さえて床に転がる。

 

残った最後の一人が完全に狼狽え、後ずさりをしながら銃を構えようとした。

だが、その隙を私は見逃さなかった。

一気に間合いを詰め、男の股間に向けて、一切の手加減なしの全力の蹴り上げを放つ。

 

「グガァッ……!?」

 

声にならないカエルのような悲鳴を上げ、男は股間を両手で押さえたまま、その場にうずくまって悶絶し始めた。

わずか数秒。流れるような連携による、完璧な制圧完了だった。

 

「……片付いたはいいけど、容赦ないね、君。こういうの、自分も股間がヒュッとして辛くならないかい?」

 

白目を剥いて転げ回る男を見下ろしながら、JKが呆れたように言った。

声はすでに元の涼しげな女性のものに戻っている。

 

確かに元男としてはどうなのという所業だろうが、今の私は無手だ。

武器を持った屈強な男を確実に無力化するには、これが一番手っ取り早くて確実な急所攻撃である。

 

「さっきジェシーが、『女の子であることを受け入れろ』って言ったからさ」

 

そうすまし顔で返すと、JKは額を押さえて深くため息をついた。

 

「……そういう意味で言ったんじゃないんだけどね」

 

室内を物色し始めると、部屋の隅にある無骨なロッカーの中から、まとめて放り込まれていた私たちの装備が見つかった。

その中から、ずっしりと重い愛銃『セラフィム』を手に取り、私は心の底から安堵の溜息を吐き出した。

 

「良かった……。これ、失くしたなんて知れたら、ルミナが本当に泣いちゃうところだった」

 

整備担当の少女の顔を思い浮かべ、私は無意識に銃身を撫でる。

JKもまた、自分の愛用していたハンドガンや予備のナイフを次々と手際よく身体の各所へと収めていく。

 

「さて……。ついでにこいつらから、お姫様の居所を聞き出すとするか」

 

JKはそう言うと、股間を押さえてまだ悶絶している男の髪を乱暴に掴み上げ、銃口をその眉間に押し当てた。

 

それからの尋問は、短く、そして苛烈だった。

その手際たるや、私でも少し引いてしまうくらいだ。

 

(ワイヤーブレードって爪はがしたり、寸刻みにしたりと、拷問における十徳ナイフみたいだね)

【尋問プロトコルをダウンロードしておきますか?】

(いや、いいよ。覚えるだけでも具合悪くなっちゃいそう)

 

数分後、鼻血と涙で顔をぐちゃぐちゃにした男から、本来の目的であるヒューマロットの少女がここから少し離れた場所にある、別の強固な保管施設に収容されているという情報を引き出した。

 

「ほ、本当だ! 正直に話したんだ、助けてくれ……! 頼む!」

 

男は必死の形相で、命乞いを繰り返す。

JKは感情の読み取れない冷ややかな視線で男を見下ろすと、低く、静かな声で応えた。

 

「助けてやりたいのは山々だがね。私は一つだけ、自分で決めたルールがあるんだ」

 

JKの手が、己の右目のあった空洞を、そしてひしゃげた頬の装甲をそっとなぞる。

 

俺の彼女(・・・・)の顔を傷つけたやつは、絶対に許さない」

 

その片方しかない左目に宿ったのは、燃え盛るような怒りではなく、全てを凍てつかせるような死の宣告だった。

 

乾いた銃声が一度だけ室内に響き、男は言葉を失って床に崩れ落ちた。

 

JKはしばらくの間、動かなくなった男を無表情に見つめていたが、やがてふっと息を吐いて私の方へと振り返った。

 

「さて……。ここからは少し移動になる。君は今の姿だと、この辺りじゃ少し目立ちすぎるからね。これを被ってな」

 

JKはロッカーの奥から引っ張り出してきた、少し汚れたフード付きのケープを私の頭からガサリと被せた。

そして自分自身も、転がっていたフルフェイスのヘルメットと上着を手に取り、その目立つ美貌と無惨な傷跡を隠すように深く被り直した。

 

「さあ、行こうか。ビャッコ」

「……了解、ジェシー」

 

私たちは部屋を後にし、夜の静寂が支配する屋外へと足を踏み出した。

 

 

外はいつの間にか夜になっていたらしく、暗い夜空には月が見えていた。

砂混じりの冷たい夜風が火照った頬を撫でる。

建物の裏手には、見張りが使っていたらしい無骨な二輪のオフロードバイクが停められていた。

JKは手慣れた手つきでコンソールパネルの配線を弄り、わずか数秒でエンジンを直結させて始動させる。

野太い排気音が、静まり返った夜の荒野に響き渡った。

 

「乗りな。振り落とされないようにしっかり捕まってるんだぞ」

 

ヘルメット越しのくぐもった声に頷き、私はその後部シートに跨った。

私が腰に腕を回したのを確認すると、JKは躊躇なくスロットルを捻る。

オフロードバイクは車体を大きく浮かせながら、荒れた砂漠の路面へと猛スピードで飛び出していった。

 

どこまでも続く、夜の砂漠。

その冷たい風を全身に受けながら、私は流れていく景色をフードの奥から静かに見つめていた。

砂塵の舞う荒野の合間には、まるで巨大な墓標のように突き立った、崩れかけたビルの群れが点在している。

 

倒れた電柱の残骸をかわし、ひび割れて隆起したアスファルトの段差を強引に乗り越えて進んでいく。

その道すがら、私は朽ち果てたビルに掲げられた、ある看板に目を奪われた。

錆びつき、塗装もほとんど剥げ落ちてはいるが、見覚えのある赤と黄色のアルファベットを模したファストフードチェーンのロゴ。

そして別の交差点の角には、緑・白・オレンジ・赤のストライプが入った、21世紀の日本ではどこにでもあったコンビニエンスストアの看板の残骸が転がっていた。

 

かつて私が当たり前のように生活し、残業終わりに立ち寄っていた時代の痕跡が、誰にも顧みられることなく、この荒れ果てた街で風化しつつある。

そのあまりにも強烈なカルチャーギャップと郷愁に、私は胸の奥がキュッと締め付けられるような、不思議な哀愁を感じていた。

 

「この地域って……どこの企業も管理してないの?」

 

エンジンの轟音に負けないよう、私は声を張り上げて前に座るJKに尋ねた。

企業が世界を分割統治するこの時代に、これほど広大で旧時代の遺物が眠る土地が、無法地帯として放置されているのが純粋に疑問だった。

すると、JKはヘルメット越しに少しだけ顔を振り向かせ、風に流れる声で答えた。

 

「そうだな。せっかくだ、タイムスリップした21世紀人に少し説明しておこう」

 

荒れたアスファルトを蹴り飛ばしながら、JKはヘルメット越しにくぐもった声で語り始めた。

 

「旧世紀の終わりに国家という概念が崩壊して、巨大企業群が世界を分割統治するようになった時、連中は『利益を生む土地』だけを切り取って分厚い壁で囲ったのさ。それが今、私たちが所属しているサクラデバイスのような企業都市(セクター)だ」

「利益を生む土地……」

「そう。逆に言えば、旧世紀の戦争でひどく汚染された土地や、資源を完全に掘り尽くされた荒野……つまり、管理コストに見合わない場所は、最初から見捨てられたってことさ。企業にとって、利益を生まない土地はただのゴミ箱と同じだからね」

 

(費用対効果、か。いかにも企業らしい判断だな)

 

企業は慈善事業ではない。

インフラを整備し、治安を維持するコストが回収できない土地なら、そこに住む人間ごと切り捨てる。それがこの時代の『世界のルール』なのだろう。

ポツンと一軒家なんて、この時代には認められない。

 

「いや、企業が管理してないだけで住んでる人はいるんだよ。サクラデバイスの下層地区ですら暮らせないような無法者やその子孫がね。かくいう私だって昔はそんな奴らを捕まえるためにここらへんに滞在することもあったさ」

 

JKが迷いなく移動しているなと思っていたらそういう事情があった訳だ。

 

私は黙って、夜の闇に沈む廃墟群を見つめた。

かつては多くの人が行き交っていたであろう街が、今ではただの巨大な墓標のようにそびえ立っている。

 

 

しばらく荒れ果てた旧時代のハイウェイを走り続けると、JKはゆっくりとスロットルを緩め、バイクの速度を落とした。

やがて、小高い瓦礫の丘を越えた先で、JKは静かにブレーキをかけてバイクを停めた。

 

「さて、そろそろ見えてきたぞ」

 

JKが指差した先。

眼下に広がる広大な盆地のような場所に、煌々と無機質なサーチライトの光を放つ巨大な建造群があった。

そして、その強固な防壁のすぐ外側には、私たちをここまで拉致してきたあの巨大な装甲列車――『ランドトレイン』が、長い胴体を休めるようにして停車している。

 

「さっき聞いた話が本当なら、あの施設に『お姫様』が収容されているはずだ」

 

岩山をくり抜いて作られたような、まるで要塞のような保管施設。

見張りの数は、先ほどの小規模な居住区とは比べ物にならないだろう。だが、不思議と恐怖や焦りはなかった。

ヘルメットの奥で、JKがニヤリと好戦的に笑ったのが気配でわかった。

私も、被っていたフードの奥で静かに息を吐く。

 

「じゃあ、お姫様を迎えに行こうか。こんなところにいたら教育に悪いし」

「ああ。こんな埃っぽいところの仕事なんて終わらせて、お風呂にでも行こう」

 

重低音のエンジンを再び唸らせ、私たちは眼下にそびえる巨大な要塞へと向かって、一気にアクセルを開けた。

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