SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
「お前だけはぶっ殺す!」
歪な合成音の声で怒鳴りながら構えるのは因縁の相手、ハウル。
一度目はボロボロに撃ち込まれ見逃された。
二度目はこちらの勝利だったが逃がしてしまった。
そして、ここに三度目の戦いが幕を開けた。
私は愛銃セラフィムを構え、迎撃の引き金を引く。
「モード、インパクト・カノン!」
凝縮された衝撃波の弾丸を放つ。
しかし、ハウルは避ける素振りすら見せない。
「ぬるい!」
ハウルが喉のガルムから目に見えるほどの高密度な音波――ソニックブラスターを放ち、空中で私の弾丸と衝突させる。
爆音と共に、インパクト・カノンのエネルギーが呆気なくかき消された。
そして、ハウルは素早くこちらに攻撃の姿勢をとる。
私は舌打ちしながら叫んだ。
「アレス、オート回避よろしく!」
【体調が万全ではありません。無理な駆動は体にダメージがあります】
「言ってる場合じゃない!」
前回のハウルとの戦いの時にも利用した、生体電流を神経に直接流し込む強制回避行動を起動させる。
その途端、神速の反射速度で足が地面を蹴り上げて、無色の衝撃波を回避した。
全身の筋繊維がブチブチと悲鳴を上げて千切れるような激痛が脳を焼くが、それはA.R.E.S.からの痛覚抑制で無理やり抑え込む。
それでもなお襲ってくるじんわりとした違和感と体の動かしにくさが残るが、今はそれに構っている余裕はない。
続けて飛んでくる連撃を、私の体は糸に操られる人形のように、無軌道な動きで回避し続ける。
「チィッ! 相変わらず気持ち悪い動きだぜ!」
ハウルの悪態を聞きながらも、私はホーミング・ブラスターで軌道を曲げながら狙い撃った。
しかしながら、いくら軌道を曲げようと、最終地点がハウル本人である以上、狙いは絞られてしまう。
「カァッ!!!」
ゴウッ!!!
不可視の衝撃波がハウルから放たれると、ホーミング・ブラスターの光弾は空中であえなくかき消されてしまう。
それどころか、防ぎきれなかった音波の余波だけで、鼓膜が破れそうな激痛が走り、視界が赤く染まっていく。
こちらの攻撃は雑に防がれているのに、あちらの攻撃は直撃しなくても地味にダメージがあるというのが腹が立つ。
「チッ、きりがねえな」
私が放ったホーミング・ブラスターの弾の一つをサイバネ化した腕で弾きながらハウルが漏らす。
ハウルはお互いノーダメージだと勘違いしているようだが、この応酬が続くと先に倒れるのは多分私の方だ。
吐き気と眩暈を耐えながら私は血が混じった唾をペッと吐き出した。
インパクト・カノンもホーミング・ブラスターもダメとなると、あとは切り札である『フォトン・パイル』になるが、あれは発射までのチャージに大きなタメが必要になる。
今のハウルは完全に私を警戒しており、チャージの隙など一秒たりとも与えてはくれないだろう。
(前の戦いの時みたいに敵の攻撃を食らいながら撃つことはできる?)
【ハウルの攻撃を分析しましたが、前回より出力が上がっています。攻撃が直撃した場合、意識を保っていられる可能性は低いです】
となると、この応酬を続けて、JKかニコの応援を待つという手もあるのかもしれないが――。
後ろにチラリと視線をやる。
JKとニコが戦っている姿が視界に入る。
敵も落ち着きを取り戻してきているし、依然として数の差はある。
そんな状況でも着実に敵を減らしているのは流石だが、二人とも全くの余裕という様子でもないようだ。
すぐにこちらに来ることはできないだろう。
それに、JKは拷問の傷もあって万全ではないし、ニコは産まれたての新人。
そんな二人が下手にハウルの攻撃を食らったらどうなるか分からない。
ここは私がキッチリ仕留めないといけない。
(であるなら……一か八かの大博打だ)
私はアレスのコンバットシミュレーターで学んだ知識をフル回転させ、セラフィムのシステムに『ある遅延行動入力』を密かにセットした。
「どうしたっ! 動きが遅くなったぞ!」
直後、ハウルが放った強烈なソニックブラスターの余波が、私の身体を吹き飛ばした。
「がはっ……!」
ナノスキンアーマーを貫通して、体の至る所から骨が軋むような嫌な音が聞こえてくる。
肺から空気が強制的に絞り出され、私は血反吐を撒き散らしながらコンクリートの床に激しく叩きつけられた。
全身の骨と肉がバラバラになったかのような、絶望的な激痛。
指先一つ動かすことすらできず意識が遠のく。
「ハハハハハ! 終わりか! 依頼人には悪いが、こいつは殺させてもらうぜ!」
完全に沈黙した私を見て、ハウルは勝利を確信したように高笑いを上げた。
そして、油断しきった足取りでゆっくりと近づいてくる。
五歩、三歩、一歩。
ハウルが私を見下ろした、まさにその瞬間。
【遅延行動入力、実行。モード、レスキューパルス】
レスキューパルス。
それはつい最近セラフィムに実装されていた治療用の装備。
私自身がセットしたコマンドにより、セラフィムから強烈な電気ショック――本来は心肺蘇生や気絶からの強制復帰を目的とした新機能が、瀕死の自らの身体に直接打ち込まれた。
「が、あぁぁっ!」
心臓に最適化された高圧の電気パルスが叩き込まれ、ズタズタの全身が弾かれたように痙攣した。
視界が白く飛び、千切れかけた神経を無理やり繋ぎ止めるような激痛が走り抜ける。
だが次の瞬間、波が引くようにフッと意識が恐ろしいほどクリアになった。
「なっ!?」
完全に死に体だと思っていた相手が、眼の前で突然立ち上がったことに、ハウルが驚愕に目を見開く。
だが、もう遅い。
跳ね起きた勢いそのままに、私は右の拳をハウルの懐深くへと潜り込ませた。
【SYSTEM WARNING:『フォボス・オーバードライブ』ロック解除】
白銀の腕から、禍々しいほどの白い光が溢れ出す。
装甲の継ぎ目から蒸気が噴き、空気が焦げる匂いが広がった。
「これでも、くらえぇぇぇぇぇ!!!!」
魂を振り絞るような絶叫と駆動。
高熱で発光する拳が、ハウルの胴を深々と貫いた。
「が、ば……っ!?」
ハウルが何かを言いかけるよりも早く。
私から放たれた極大の熱量と光の奔流が、分厚い装甲も、鍛え上げられた肉体も関係なく、すべてを跡形もなく飲み込んだ。
溶けるような形で真っ二つに切り裂かれた彼の巨体が、一瞬、その場に縫い留められたように静止する。
斜めに断ち切られた断面からは、ドロドロに溶けた金属の骨組みが覗き、ショートした回路から青白い火花がバチバチと散っていた。肉の焦げるひどい悪臭と、サイバネティクスの冷却液が沸騰して蒸発する音が響き渡る。
やがて、自らの重みに耐えきれなくなった右半身の巨大な機械鎧が、ズレるように滑り落ちた。
ズガァンッ! と重苦しい音を立てて、ハウルが崩れ落ちる。
ひしゃげた肉と機械の隙間から、間欠泉のようにドス黒い血が噴き出し、瞬く間にコンクリートの床にどす黒い水たまりを広げていった。
「はぁっ……はぁっ……」
私は荒い息を吐きながら、全身の筋肉が断裂するような痛みに耐え、その凄惨な骸を見下ろした。
生命維持に必要な臓器は完全に破壊されている。どう考えても即死だ。
そう思っていた。
だが、まだその命は完全に途絶えていなかった。
ピク、ピクと、血の海に沈んだ左半身の指先が痙攣し、床を引っ掻く音が聞こえた。
「……っ!」
私が息を呑んで身構える中、虚ろになったハウルの目がゆっくりと私を見上げる。
そして、口からドス黒い血の泡をボコボコと吹きながら、ハウルは不気味に喉の奥を鳴らして、クツクツと笑い始めた。
私はその死の淵にあっても底知れない不敵な態度に、油断なく銃口を向けたまま尋ねる。
「なにがおかしい」
「ハハハ……俺は負けた。しかし、この任務は成功だ」
ハウルが視線で促す先。
壁に空いた大穴の向こう、夜の荒野を走り去ろうとする巨大な装甲列車――ランドトレインの影が見えた。
「お前らがここで暴れている間に、ランドトレインはもう動いてるぞ。ヒューマロット本人こそ裏切りやがったが……遺伝子データも電脳データも、根こそぎ持ち出した後だ」
男は苦しそうに息をしながらも、どこか誇らしげな声で続けた。
「お前の全てを、もう手に入れた。これで俺たちは、お前を何体でも……量産できる。これが、プロフェッショナルってもんだ……!」
その言葉の意味を理解した瞬間、私の背筋にぞわりと冷たいものが走った。
私のクローンが量産される。意思を持たない殺戮兵器として、世界中の戦場にあのニコのような少女たちがばら撒かれ、使い捨てられるということだ。
そんなこと、絶対にさせてはならない。
(止めなきゃ……!)
私はランドトレインを追おうと足を踏み出そうとした。
だが、限界を超えた強制回避とフォボス・オーバードライブの代償で、自分の意志と裏腹に足がまともに動かない。
膝がガクンと折れ、その場に崩れ落ちそうになる。
重低音を響かせ、ランドトレインが夜の荒野の奥へと遠ざかっていく。
届かない。取り返しのつかないことをしてしまった。
私の絶望を嘲笑うかのように、己の命と引き換えに任務を完遂した男としての、最期の高笑いが夜空に響き渡った。
まさに、その時だった。
ドゴォォォォォォォン!!!
荒野の彼方で、走り去ろうとしていたランドトレインが、突如として夜の闇を吹き飛ばすような凄まじい大爆発を起こした。
夜空を焦がすほどの巨大な火柱が上がり、爆風の衝撃波が遅れてドームの中まで吹き込んでくる。無敵を誇った鉄の巨体は盛大に脱線し、断末魔のような金属音を立てて真っ赤な炎に包まれていった。
「……は?」
予想外すぎる光景に、高笑いを上げていたハウルが完全に固まった。
彼の目に映っていたのは、自らの命を懸けた「プロフェッショナルとしての成果」が、たった一瞬でただの鉄屑と灰に変わった姿だった。
「な、んで……」
男が呆然と呟いた。
その時、私の網膜ディスプレイに通信の着信表示が浮かび上がり、同時に懐かしい声が鼓膜に飛び込んできた。
『小隊長! いらっしゃいますか!?』
『ビャッコ無事?』
『おじさま!』
『ケー様!』
次々と通信に割り込んでくる賑やかな声は間違いなく、置いてきてしまったはずのアイリス、ネオン、サイト、ボルトたち、第三詰所のメンバーのものだった。
私は慌てて通信に出る。
「みんな!? 近くにきてるの?」
『ランドトレインは今破壊したところだけど、近くにいるのね? よかった』
答えたのはネオン。
その声には心底からの安堵の温度が伝わってくる。
そんな信頼できる部下の声を聞いてこちらも安心していたが、それと同時に少々の疑問も湧き上がる。
「みんなはどうやってここまで来たの?」
この企業の管理区域外では通信状況も悪いし、頼りにできるような監視カメラもドローンも飛んでないはずだが。
そんな私の疑問にネオンが落ち着いて返事をした。
『ビャッコから出ているシャドウ・ビーコンを頼りに、私とルミナとアイリスで探したの。電波が微弱だったから正確な位置は不明だったんだけど、大体の方向は分かっていたから3人で三角測量しながら捜索してたのよ』
「そうなんだ。……ん? 私からなんか出てるの?」
『!? そ、そうよ? いざという時は出ちゃうこともあるというか……』
「そうなの?」
まあ、私は企業の資産。そんなこともあるだろう。
普段から見られているとしたらちょっと思うところもあるが、緊急時であれば現にこうやって助けてもらったんだから文句を言う筋合いはない。
『それで近くまで来ていたら、救難信号を受信したから慌てて駆け付けたのよ』
「救難信号? そんなの出した覚えがないけど」
私が首を傾げていると、背後から銀髪を揺らしながらニコが近づいてきた。
「退職代行と労基に連絡を取ったのですが、なぜか治安維持部隊にたらい回しされてしまいました、です」
なんと、ニコがハッキングで要塞のシステムを乗っ取った際、律儀に自分の位置情報を添えて通報していたらしい。
それがサクラデバイスの回線を経由して小隊に届いたというのが事の真相だったようだ。
(あの短時間でそこまでするとは、恐ろしい子だ……)
その手際に内心戦慄する私だったが、今回はいい方に転がったので良しとしておこう。
「ちくしょう……くそが……」
事の顛末を察したハウルは、最後の最後で自らのプロのプライドまでへし折られ、呪詛のような言葉を呟きながら、今度こそ完全に息絶えた。
それは、誘拐・略奪を繰り返してきた悪党の最期としては妥当なところだっただろう。
「…………」
私はしばらくハウルの死体を見下ろしていたが、頭を振ると、右手についた血とオイルを振り切って、踵を返すのだった。
施設内の喧騒が、ゆっくりと収まっていく。
JKが敵の掃討を終えて戻ってきた。
そして、ニコが無表情のまま私の隣に並んだ。
「ビャッコ、酷い顔色だ」
私を一瞥し、JKが呆れたように言った。
私はJKに向かって頬を搔きながら。
「死んだふり作戦、と言いたいところだけど、実際死ぬかと思った……」
「また無茶をして。世話の焼ける相棒だ。ほら、今日のところは特別に肩を貸してやるよ。追加料金は出世払いでいい」
有無を言わさぬ動作で、JKが私の脇に手を回して支えようとしてくる。
JKだって万全じゃないだろうに。
私が抵抗するように身をよじると、優しく尋ねてきた。
「歩けるかい?」
「うん、大丈夫だから」
「強がり言わなくていいよ。こういう時は素直に寄りかかってくるのも可愛い女の子になるポイントだ」
「……じゃあ少しだけこのままで支えといて」
呆れながらも私が体重を預けると、JKがフッと小さく笑った気配がした。
その姿は嫌になるほど格好良くて、まるで絵本の中の王子様のようだった。
もし私が女の子だったら惚れているところ――いや、私はもう女の子なんだっけ。
でも、JKは中身は男だし、でもそれを言うなら私だって中身は元、男。
(だから、この場合は………ダメだ。ややこしくなってきた)
私は疲れでまとまらない思考を振り切るようにして頭を振った。
壁に穿たれた大穴から、外の光が差し込んでいた。
砂漠の乾いた冷たい風と、ランドトレインが吹き飛んだ爆発の残り火の熱気が混じり合って流れ込んでくる。
その大穴の縁に立ち、ニコが振り返った。
背後では、巨大な装甲列車が轟音を立てて真っ赤に燃え盛っている。
そんな地獄のような破壊の光景をバックに、十歳ほどの愛らしい少女が、アサルトライフルを片手に持ったまま――完璧な四十五度の角度で、深々と美しいお辞儀をした。
「お姉さま」
「……なに?」
「本日は貴重なインターンシップの機会をいただき、誠にありがとうございました。未熟者ではございますが、これからも末永く、よろしくお願いいたします、です」
そんなシュールな絵面と、確かな親愛の情が籠もった新入社員のような挨拶に、私は思わず吹き出しそうになった。
「……うん。よろしく、ニコ」
私がそう返すと同時に、通信の向こうで繋がっていた重なり合うような大騒ぎが、一気に現実の音となって鼓膜を叩いた。
『小隊長ぉぉぉぉっ!!』
大穴の向こう。地鳴りのようなエンジン音を響かせ、重装甲の車両と機甲兵――アイアン・メイデンが土煙を上げながら猛スピードで荒野を駆け抜けてくる。
車両と機甲兵はド派手にドリフトを決めて停車し、そこからネオンやルミナ、アイリス、ボルトたちが、武器も放り出して我先にと飛び出してきた。
夜の闇を割る炎の明かりと、装甲車の眩しいヘッドライト。
そして、地平線の彼方から、すべてを包み込むような明けていく朝の光がゆっくりと荒野を照らし出し始めていた。
騒がしくも愛すべき私の居場所。
その陽だまりのような光の中へ向かって、私たちは並んで歩き出した。