SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
このサクラデバイスコーポレーション管理区域内にいるゴールドクリアランスの上級国民は、人口の約1%程度と言われており、そのほとんどがなんらかの役職についている。
それは芸能事務所の社長だったり、生体ブローカーだったりと様々であるが、意外なことに、その多くが結構忙しくしている。
この企業の利益を最大化することが是とされる社会においては、ただ安穏と富を蓄えただけの者は上級国民と呼ばれるには値しないのだ。
だからこそ、ゴールドクリアランスを持つものは強烈なプライドを持ち、他者を見下す傾向があるのかもしれない。
そんな中にあって、サクラデバイスコーポレーションのヒューマロット開発部門の部長を務める
「はぁっ!? SFTS1025が盗まれた!?」
銀色の髪を揺らし、ユズリハが声を荒げた。
完成したばかりのStandard Format Tactical Series――通称SFTS、標準規格・戦術シリーズの新型機、1025番が忽然と姿を消したというのだ。
1005番のビャッコが成功したことを受けて、企業の上層部からは戦闘をこなせるヒューマロットの増産を強く指示されていたユズリハ。
いくらシミュレートを繰り返しても、精神性が安定した戦闘可能なヒューマロットを生産するのは並大抵のことではなかった。
それでも、これまでの傾向からヒューマロットの素体が幼い方がA.R.E.S.と教育DBの適合率が上がるだろうという推測に基づき、途方もない調整作業を行い、なんとか実用段階までいって生産を進めつつ出した久々の成功例が、1025番だったのだ。
1025番はヒューマロットの素体としても細かい調整を行った特注品。
A.R.E.S.はユズリハ自らが神経系に完全に適合するように調整を行ったワンオフ品だし、手術だって高度な医療ユニットを投入してなんとか成功するという大掛かりなもの。
量産型と呼ぶには程遠い、ほとんど芸術作品のような代物だ。
それでもなお、後継機ができたことで、あのSFTS1005が奇跡の産物ではないことは証明できたわけだ。
この成果をもってユズリハはゴールドクリアランスの資格審査を今年もパスできると胸を撫でおろしたところだった。
だが、そんな血と汗の結晶である1025番が失踪した。
しかも、培養ユニットごと根こそぎ無くなっていたことから、本人がひとりでふらふらと出歩いたわけではないのは確実だった。
冷静で冷徹。
ヒューマロットの生産という、非人道の極みである部門のトップに君臨する彼女であっても、その心中は穏やかではなかった。
「なんてことだ…………」
「申し訳ありません!」
ユズリハの前には、管理責任者だったシルバークリアランスの部下が、床に額を擦りつけるような土下座の勢いで震えていた。
ゴールドクリアランスの仕事の成果を台無しにしたらどんな目に遭うか分からない。
機密流出と莫大な開発費用の損失。
それは彼にとって、断頭台に立たされた死刑囚の気持ちに等しいものだった。
しかし、ユズリハはそんな部下に目もくれなかった。
細く形の良い眉をひそめ、薄い唇をきつく結んで、ただ虚空を見つめていた。
血も涙もないヒューマロット開発のトップ。
命をただの「兵器」としか見ない冷血女。
社内でそう囁かれる彼女の顔には今、明確な「喪失感」が張り付いていた。
遠巻きに見ていた他の部下たちは、無理もない、と密かに同情した。
次世代のスタンダードとなるべく、文字通り寝食を忘れて組み上げた最高機密の結晶なのだから。
「あぁ……私の、私の苦労が……」
「ぶ、部長……」
「SFTS1005に家族を作ってやれると思って頑張ったのに!」
「は……? 今、なんと……?」
部下が間の抜けた声を上げた。
「うるさい! 四の五の言わずに今すぐ取り返してこいっ! さもなくばお前のクリアランス剥奪して
「は、はいっ!!」
◆
そういう一幕があってから早数日。
モノがモノだけに大っぴらな大規模捜索もできず、ユズリハが歯噛みするばかりの時間が過ぎたころ、彼女の元に一件の訪問者があった。
「白鷺部長、アポなしの来客が来ておりますが」
「それどころじゃない。追い返せ。どこのどいつだ」
「SFTS1005です。治療要請のようですが……」
「すぐに入れろ。今日の予定は全てキャンセルだ」
「…………了解しました。役員会議と本社への要望活動と、開発部の進捗報告会がありましたが、全て副部長に行っていただくように変更します」
「頼んだ」
部下の気が利く対応に満足して頷きながら、白衣を翻してユズリハはいつもの処置室へ足早に歩き出した。
ユズリハが部屋で待ち構えていると、ウィン、という静かな機械音と共に自動扉が開き、小さな影が入ってくる。
「今日は徒歩で来たということは、比較的ましな傷だったかSFTS1005――」
そう言いかけたユズリハの声が、途中でピタリと止まる。
ユズリハの明晰な頭脳が、目の前の光景を処理しきれずに完全にフリーズした。
それもそのはずである。
目の前にいたのは2人の小さな子供の姿だった。
どちらもヒューマロット特有の尖った長い耳を備えた銀髪の美少女。
片や髪が腰に届くほどのロングヘア―を揺らす銀の虹彩を持つ少女は、その小さな背中に、ショートカットで片目が蒼い少女をよいしょと背負っていたのだ。
「ただいま帰りました、お母さま。お姉さまが重傷なので治療をお願いします、です」
「いや、ニコ。私はそこまで重傷じゃないよ。意識もあるし、今回は欠損もないし」
「血を流して骨にひびが入ってまともに歩けないのは、普通重傷です」
その容貌は双子のように瓜二つ。
言うまでもなく、SFTS1005と血眼になって探していた新型機・SFTS1025の二人だった。
そのことを認識したユズリハは慌てたように立ち上がった。
「SFTS1025! 今までどこにいたんだ!? それにSFTS1005と一緒ってどういう訳だ!?」
「それは後ほどご説明しますので、先にお姉さまの方をお渡ししてもいいでしょうか、お母さま」
「お母さま? いや、そうだな。と、とりあえずSFTS1005の治療か。ちょっと待ってろ!」
状況が全く飲み込めないまま、ユズリハは混乱する頭を横に振り、慌てて二人の元へ駆け寄るのだった。
ユズリハは半分パニックになりながらも、ニコの背中からそっと傷だらけのビャッコを抱き寄せた。
驚くほどに軽いその身体を慎重に処置室の治療台へと寝かせ、手慣れた手つきで医療用の高精度スキャンユニットを起動させる。
ビャッコの全身を淡いブルーのレーザーが走ると、ホログラムのカルテが空中に展開され、そこに表示される数値を見た瞬間、ユズリハの眉がぐっと寄った。
「相変わらず重傷じゃないか! ナノスキンアーマーに複数箇所の破損、骨の各所にひび割れ、筋繊維も断裂寸前で……おまけにまたあの違法建築兵器で寿命を縮めただと!? 少しは体を大事にするよう言ったはずだが!?」
「ごめんなさい」
ビャッコは言い訳一つせず、そう答えた。
治療台に寝かされたまま、小さな肩をしゅんと落として、申し訳なさそうに目を伏せる。
その姿は、雨に打たれて震える子猫を思わせるほど健気な様子。
任務のために頑張ったというのに、帰って来るなり怒られるのは可哀そうではないか。
そんな思いで、ユズリハの胸がチクチクと痛む。
そんなところに、ユズリハとビャッコの間に割り込んでくる小さな姿が一つ。
それは無表情ながらもどこか嘆願するような気配を見せるニコだった。
「お母さま、お姉さまを怒らないでください。私を助けるために頑張ったのです」
「……あ、いや、怒っているわけでは……」
自分の内心の葛藤もあって、ユズリハは毒気を抜かれたように思わず口ごもった。
そして、ビャッコを怒るのを中断して、黙々と治療ユニットを起動させる。
ビャッコの治療用にプログラミングした高価な機器は、カルテの情報を読み込むと、自動で薬剤の投与や医療用ナノマシンの注入を始めた。
その作業が一通り確認したところで、それにしても、とユズリハは眉をひそめてニコを見つめる。
「SFTS1025、今までどこにいたんだ? お前が培養ユニットごと強奪されたと報告を受けてから、こっちは血眼になって探していたんだぞ」
「それは――」
ニコは小さくコクリと頷くと、ここに至った経緯を、感情の読めない声のまま淡々と説明し始めた。
大陸系マフィアに強奪されたこと。偶然それをビャッコ達治安維持部隊のメンバーが発見したこと。そして戦闘の末にニコ自身が覚醒し、ビャッコと協力して敵を撃滅したこと。
説明を聞く間、ユズリハは眉間に深い皺を刻んで黙っていたが、話が終わったところで宙を睨んだ。
「安定防衛機構め……。ちゃんと仕事しろよ。処刑してやろうか……」
「残念ながら、支局の人たちはほぼ全滅していたようです。それとも、死んだ人たちのクリアランスを剥奪しますです?」
「さすがにそこまではせん。言ってみただけだ」
二階級特進ならぬ、死後のランクダウン。
そうすれば死者の尊厳を貶めることも、遺族年金の支給停止も可能だ。
それが可能な権限を持ってはいるものの、さすがにそこまで死者に鞭打つつもりもなく、ユズリハは首を振った。
ぶつけようのない怒りを抱えながら、深いため息をつくにとどめる。
「しかし、ショックだな。完成寸前だったとはいえ、テロ屋ごときに1025番が起動できるとは。しかも、SFTS1005の電脳データまで入れやがって。そのせいかわからんが、ちょっと口調がおかしいぞ。一回電脳データをリセットしとくか?」
「いえ、それには及びません、です。私はお姉さまからとても大事で素晴らしい『労働に対する考え方』を学びました。これを奪うことは、お母さまであっても許しません、です」
「……まあ、SFTS1005の電脳データの流用も案のひとつであったから構わんが。それよりも、さっきから気になっていたが、その『お母さま』とか『お姉さま』というのは何だ?」
すると、ニコはコトリと小首を傾げ、つぶらな瞳を眠たそうな半目にしながらユズリハを見上げて言った。
「おかしいですか? 私が生産者をお母さま、同型機の先達をお姉さまと呼ぶのは、非常に理に適っていると思いますが」
そんな自分やビャッコに似た面影のある美しい少女に見つめられて、ユズリハは今までにない鼓動の高鳴りを感じていた。
(なんだろう、この胸に湧き上がる温かい気持ちは。これが母性というやつか? ……悪くない。)
ユズリハはそんな内心をおくびにも出さず、努めて難しい顔のままで小さく唸った。
すると、治療ユニットにされるがままになっていたビャッコが、困ったような顔でニコをたしなめた。
「駄目だよニコ。博士は偉い人で、私たちの上司みたいなものだよ。そんな気軽に接していいものじゃない」
「なるほど、それもそうです。失礼しましたです、博士」
どこまでも真面目で、空気が読めない社畜気質のお姉ちゃんの言葉に、ニコは素直に頷き、サラサラの銀髪を揺らしてペコリと頭を下げてしまった。
せっかくの「お母さま」呼びが永遠に失われそうになり、激しく動揺したユズリハは、エリートの仮面をかなぐり捨てて慌てて大きく手を振った。
「い、いや! そんなの全く気にしなくていい! そう、言われてみれば私が『母』というのも間違ってなくもないしな! いやむしろ正解だ! そこまで呼びたいなら許可するぞ、SFTS1025!」
しかし、ユズリハの必死の食い下がりに対し、ニコはじっと彼女の目を見て冷たく言い放った。
「しかし、私を番号呼びするくらいの距離感ですし、無理しなくてもいいですよ?」
(うっ、痛いところを突いてくる……!)
ユズリハはゴクリと唾を飲み込んだ。
呼ぶのか? 今、ここで。
いや、迷う必要などない。本人が許可を出しているのになにを戸惑う必要があるものか。
ユズリハは意を決したように、真っ直ぐにニコを見つめて尋ねた。
「……じゃあ、なんと呼べばいいんだ」
「私の愛称はニコです。りぴーとあふたみー、です」
「に、ニコ。これでいいか?」
「ええ、問題ありません。お母さま」
「むふー」と小さく息を吐きながら、無表情ながらもどこか満足げに頷くニコ。
その、ちゃっかりと懐に入り込んで主導権を握る強かなあざとさに、ユズリハはまたしても見事に胸を撃ち抜かれていた。
そんなニコの様子を見ながら、治療台の上のビャッコが「さすが下の子は甘え上手だ……」と、誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
すると、ユズリハはくるりと視線をビャッコの方に向けると、咳払いをして姿勢を正し、少し上擦った声で尋ねた。
「そういえば、SFTS1005も、今はビャッコと名乗っていたな? 私もそう呼んだ方がいいか?」
「私は別にどちらでも。博士のお好きなように呼んで構いません」
「そ、そうか…………」
ユズリハの肩がガクンと落ちた。
あまりにも事務的で、上司と部下の間に引かれた分厚い境界線を感じさせる冷たい返答。
気まずい沈黙が処置室に降りる。
治療ユニットがナノメッシュ・ギプスを三次元プリンターで立体出力するジーッという駆動音だけが、やけに虚しく響き渡った。
その空気を察したのか、ニコが淡々とした口調で口を開く。
「私だけニコと呼ばれるのも不自然ですし、ここはお姉さまのこともビャッコと呼んだ方がいいのでは?」
「!! そうだな! 統一しないと管理上おかしいからな!」
「まあ。私はそれで構いませんが」
ニコの絶妙な助け舟に乗っかり、ユズリハは一度コホンと喉を鳴らして、緊張気味に言った。
「びゃ、ビャッコ」
「はい、博士。なんでしょうか」
「博士」。その、どこまでも自分を開発者としてしか見ていない単語の響きに、ユズリハは目に見えて悲しそうな顔をした。
「? どうかしましたか?」
「お姉さまにも『お母さま』と呼んでもらいたかったのでは?」
「そうなんですか?」
「そ、そんなことないぞ! ただ、まあそうだな。少し……昔を思い出して寂しくなっただけだ」
ユズリハは少し間をためて、遠い目をして静かに語り出した。
「ビャッコは覚えていないかもしれないが……お前は昔、私のことを『お母さん』と呼んで慕ってくれていたことがあったんだと思ってな」
「えっ、そうなんですか!?」
ビャッコが驚いて目を丸くする。
(嘘だよ。お前はずっと最初から私のことを「博士」と呼んでいたよ。でも、お前はA.R.E.S.を移植する前の古い記憶が消えてるっぽいからな。悪いがここは言ったもん勝ちだ)
内心でとんでもない歴史の捏造を行いながらも、ユズリハはさも懐かしむような重々しい表情を作ってうなずいてみせた。
「あぁ。A.R.E.S.の適合手術は脳への負荷が大きかったからな。その時の記憶が欠落していても無理はない。だが、私は今でもあの頃の絆を……」
ユズリハの迫真の演技(大嘘)に、ビャッコは完全に騙されていた。
自分の失われた記憶の中に、この冷徹で厳しい上司と『家族』として過ごした温かい日々があったのだと信じ込み、ビャッコは少し戸惑いながらも恥ずかしそうに目を伏せた。
そして、ほんのりと頬を桜色に染め、上目遣いでポツリとこぼした。
「じゃあ、その……お母さん……?」
「っ…………!!!」
ユズリハの心臓が限界を突破した。
うん、それでいい、と口をパクパクと動かすが、声にならない。
開発トップとしての威厳も、ゴールドクリアランスの誇りも、すべてが吹き飛んだ。
ユズリハは感激のあまり、ツツ―っと一筋の美しい涙を流しながら、何度も何度も激しく頷いた。
そんな、尊すぎる空気に包まれた二人をじっと見つめていたニコが、不満げに眉を寄せた。
「むぅ……」
ニコは自分の丸い頬をぷくーっと膨らませた。
「なんか、私がお姉さまとお母さまの仲を深めるダシに使われた気がします、です」
「気のせいだ」
「気のせいではないです。でも、お姉さまが嬉しそうなので今回は許します、です」
ビャッコが嬉しそう、というにはビャッコの表情は相変わらず動いていない。
しかし、ユズリハには分かった。
治療台に横たわるビャッコの長い耳が、ほんのりと赤みを帯びながら、先ほどよりも少しだけ、ピンと立っている。
それはきっと喜んでいるのだろうと。
なお、その内心は精神的にはいい年して精神年齢が年下の女性をお母さんと呼ぶことへの羞恥であるのだが、その実情までは知る由もない。
(……本当に、可愛いやつらだ)
ユズリハは内心でそっと思った。
誰にも言えない、この仕事を続けてきて初めて感じる類の温かさだった。
「それで、ニコ。お前はこれからどうするつもりだ?」
ユズリハが眼鏡を押し上げながら問うと、ニコは迷いなく答えた。
「お姉さまと同じ治安維持部隊に入りたいです、です。先ほど実戦も経験しましたし、A.R.E.S.の使用も問題ありませんでした」
「そのつもりで作ったからな。入隊自体は元から想定の範囲内だ」
ニコの表情がほんの一瞬だけ明るくなりかけた。
「ただし」
ユズリハが続けた。
「ビャッコとは別の小隊への配属になるがな」
ニコの耳がぴくりと動いた。
「……なぜですか?」
「ビャッコと同じ部隊に入れたら、量産化計画の検証にならないだろう。別々の環境で別々の経験を積んでもらわないと、比較データが取れない」
それは理屈としては正しかった。
ユズリハ自身、そのことを十分に理解した上での判断だった。
だが、ニコはじっとユズリハを見つめた後、静かに治療台の方へと向き直った。
そして、ビャッコの隣にするりと寄り添うと、頬と頬をそっとくっつけた。
上目遣いで、ユズリハを見る。
「こんなに仲良しなのに、お母さまは私とお姉さまを引き離すのです?」
その顔は無表情だった。
無表情なのに、どういうわけか、世界で一番悲しそうな顔をしているように見えた。
「がはっ……」
ユズリハが胸を押さえて一歩後退った。
ビャッコの白い頬に、ニコの白い頬が重なって世界一可愛い。
その少女二人が戯れる様は、破壊力が高すぎた。
「い、いや、だめなものはだめなんだよ……。分かってくれ、ニコ……」
「いやですいやですいやです」
無表情で言いながら、ニコはビャッコの腕にすがりついた。
「うーん、困ったなあ」
口では困惑を装いながらも、ユズリハの顔は完全に、微笑ましいものを見るようなだらしない表情に崩れきっていた。
このまま永遠に駄々をこねていてほしいとすら思っている。
だが、ここでビャッコが静かに諭した。
「ニコ、わがままを言って博士――」
「ん?」
「――お母さんを、困らせてはだめだよ」
ユズリハの鋭い視線(と無言の圧力)を受け、慌てて言い直すビャッコ。
「人事異動は、下っ端の私たちには及びもつかない世界で決まるんだ。どこに配属されようと、会社の決定を大人しく受け入れて文句を言わずに働くのも社員の役目だよ」
「……あと少しで落とせそうでしたが、お姉さまがそういうなら仕方ありません」
さっきまでの駄々っ子ぶりが嘘のように、ニコがあっさりと引き下がる。
ビャッコからスッと離れるニコを見て、ユズリハはあからさまに惜しそうな顔をした。
可愛い娘たちの至高のスキンシップを、特等席でもう少し眺めていたかったのだ。
「……そ、そうだ! 配属小隊は別になるが、寮の部屋はビャッコの部屋の隣に配置しよう!」
耐えきれず、ユズリハが自ら提案をねじ込んだ。
「本当ですか、お母さま。ではついでに、休日のシフトも合わせていただけるよう、人事に口添えをお願いします、です」
「うむ、お母さんに任せなさい!」
ニコの抜け目ない要求に、チョロすぎる開発部長はドンッと自分の胸を叩いた。
「あの、博士――じゃなく、お母さん……。あんまり職権濫用すると、上の人に怒られるんじゃ……」
「構わん! 娘たちを守るのも、立派な仕事だ!」
堂々と胸を張るユズリハの背中には、謎の後光すら差して見えた。
こうして、無事にニコの治安維持部隊への配属が決まり、ビャッコも数日間の治療を終えて小隊への復帰を果たすことになる。
なお、ユズリハがその数日間放り出したすべての業務の皺寄せを受け、彼女の部下である副部長が過労で倒れたという報告が届くことになるのだが、それくらいのことはこの階級社会では特筆すべきことではないだろう。
これにて今章終了です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次からはいつもの息抜き回としてビャッコを小隊のみんなと3話ほどお風呂にぶち込む予定ですので、引き続き読んでいただければ幸いです。