SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
振り返ること数日前。
企業管理外区域での死闘を乗り越え、JKに抱えられながらサクラデバイスの第41支社――つまりは博士のいる開発部へと運び込まれることになった私こと、ビャッコ。
JKは支社に到着した時点で、私のことをニコに任せてさっさと帰ってしまったのだが、その時点で割と私の気は重かった。
前回も大怪我をしてこってり怒られたばかりだというのに、舌の根も乾かぬうちにまたボロボロの状態で運び込まれることになったのだから。
(今回は一時間くらいの説教で解放してくれないかなあ、博士。大声で怒られるのもキツいけど、あの無言で冷たい目で見下ろしてくる沈黙の時間も怖いんだよな。そういえば、脳内暇つぶし用の電子書籍、事前にダウンロードしておくの忘れた……)
そんなことをつらつらと考えながら、まな板の上の鯉よろしく治療台へと運び込まれたのだが――なんとニコのお陰で、今回はほぼ怒られることなく治療が終わってしまったのだ。
(まさか、博士を『お母さん』と呼ぶことで長時間の説教を完全スキップできるバグ技があったとは……)
いや、バグ技などと呼ぶと本人には大変失礼だろうが。
よく考えれば、私は外面だけで言えば10歳そこそこの幼い少女なのだ。
そんな子供が上目遣いで甘えてくれば、いくら冷血で鳴らしたエリート部長であっても無碍にはできないのが人情というもの。
あるいは、博士も偉い人なりに日々のストレスや激務にさらされていて、心温まる家族の触れ合いに飢えていたのかもしれない。
とはいえ。
中身が元・三十路過ぎのおじさんである私が、あんなスタイル抜群のクール系美人を「お母さん」と呼ぶなんて、なんだか特殊なプレイのようで猛烈に恥ずかしい。
あだ名で呼ばれるのは構わないのだが、お母さん呼びだけはちょっとどころではない精神的抵抗があった。
しかし、本当は前世の記憶がよみがえる前は、彼女のことをお母さんと呼んでいたそうなので仕方あるまい。
今までは他人行儀な呼び方をしていて悪かったなあ、と思うことしきりだ。
それに、一番恐れていた『前世の記憶がバレる』という最悪の事態は避けられ、単に『A.R.E.S.の適合手術の負荷で昔の記憶が飛んでいた』ということでギリギリ首の皮一枚繋がったのは、不幸中の幸いと言えた。
【――警告。ライフログに致命的な不調がみられます。私のアーカイブをいくら検索しても、マスターが博士を『お母さん』と呼んでいた記録が一つも存在しません】
脳内に、相棒であるアレスの無機質な音声が響く。
(いや、適合手術の負荷で記憶が消えちゃってるそうだし、記録がないのも仕方ないんじゃない? アレスも無理して調べる必要ないよ。お母さんがそう言うならそうなんでしょ)
【解せません。過去の生体データとの照合を行っても、言いようのない違和感があります。……これは、企業上層部による記憶改ざんの陰謀? それとも、別の敵対企業による巧妙な偽装工作? マスター、私たちは巨大な何かに巻き込まれている可能性が――】
(はいはい。わかったわかった)
最近、戦闘以外でまともに構ってあげていなかったせいか、アレスが変な陰謀論にかぶれてしまった気配がする。
こちとら日々の業務に忙しい一介の労働者なのだ。
脳内AIのゆんゆん電波を傾聴している暇などない。
ともあれ、無事に数日間の治療も終わり、私は懐かしのヒューマロット寮へと帰還を果たしたのだった。
事前にネオンに連絡して確認したところ、今週の第1小隊は夜勤の週に当たっているらしく、私の次の勤務は夜からとなっていた。
現在の時刻は午前7時。出勤まではまだたっぷりと時間がある。
「とりあえず部屋に荷物を置いてから、朝ごはんでも食べるか」
私はそんなことを呟きながら、きれいに片付いた寮の廊下をぺたぺたと歩く。
そして少し行けば、任務や入院ばかりであんまり帰っていない自室に到着した。
ベッドとクローゼットしかない殺風景な部屋ではあるが、自室は自室。
帰ってきたなあ、と安堵の息を吐いて一息つく。
そんな時だった。
ピンポーン、というちょっと間の抜けた電子チャイムの音が響いた。
三畳一間くらいの狭い部屋にわざわざチャイムがいるのかは甚だ疑問だが、私は「はーい」と気の抜けた返事をしながらドアを開けた。
そして、そこに立っていたのは。
「私です、お姉さま。おかえりなさいませ、です。物音が聞こえたので見に来ましたです」
「ニコ。そういえば、隣の部屋に引っ越してきたんだっけ?」
「はい、これで私はいつでもお姉さまと一緒です」
そこに立っていたのは、私に瓜二つの無表情のエルフ耳美少女であり、『妹』的存在となったニコだった。
「……なんか、すっごくおしゃれになったね」
そう言って、私はニコの姿をつい上から下までマジマジと眺めてしまった。
腰のあたりまである美しい銀髪は、三つ編みをリボンのような形にして器用に編み込まれている。
トップスは、彼女の華奢な身体をすっぽりと包み込む、パステルピンクのオーバーサイズなもこもこニットカーディガン。
その下には、襟元にフリルがあしらわれた白いブラウスを合わせ、胸元には大きなリボンがふんわりと結ばれている。
だぼっとした長い袖から、白く小さな指先だけがちょこんと覗いているのは、もはや兵器級のあざとさだ。
ボトムスは、歩くたびにふわりと揺れる、白くて短いプリーツスカート。
そこに、黒のニーハイソックスを合わせて太ももの『絶対領域』を完璧な黄金比率で演出しているという、計算され尽くした破壊力がそこにあった。
足元を飾るのは、サクラデバイスの最新衝撃吸収システムを搭載しつつも、太めのサテンリボンで編み上げられた厚底の可愛らしいスニーカーだ。
「そうですか? 寮のみんなに休日の服についてアドバイスを求めたら、こんな感じになりましたです」
「寮のみんな? ナナミさんとか?」
「そうですね。彼女には、この髪を編んでもらいました」
ヒューマロット寮で顔なじみの、保育士をやっている美人さんの名前を挙げると、コクリと頷くニコ。
私がいない間、まだここに来て数日しか経っていないだろうに、思ったよりもずっと寮の生活に馴染んでいるみたいだ。
(お姉ちゃんとしては、コミュ障を発揮せずにうまくやっていることに安心したような、でも自分がいなくても平気そうにしているのがちょっと寂しいような……)
そんな複雑な気持ちになっていると、ニコが私を見上げて言った。
「せっかくですので、一緒に朝食に行きましょうか」
「うん、そうだね」
妹からの誘いに、私はほんの少しだけ口元を緩めながら、ニコと連れ立って廊下を歩き出したのだった。
到着したのはヒューマロット寮の中の食堂室。
白とシルバーを基調とした広々とした室内は、隅々までチリ一つなく片付いている。
無駄な装飾を省いたシンプルなテーブルと椅子が、等間隔で行儀よく並べられており、清掃ドローンが定期的に巡回しているおかげで床は鏡のようにピカピカだ。
壁際には個人の生体データを読み取ってメニューを提供する自動配膳カウンターが設置されているが、その周辺やドリンクサーバーのトレイも、水滴ひとつ残さず綺麗に磨き上げられている。
そんないつもどおりの食堂の風景――であるはずなのだが、今日は明らかにいつもと違う異様な空気がそこにあった。
「これが効率に縛られない食事というものなのですね、大変興味深い」
「アルコール摂取量上限に到達しました。これで失礼します」
「はい、お疲れ様でした。有意義な『飲みにケーション』でしたね」
「ええ。また明日は、『適切な労働環境』と『企業への貢献』のバランスについて話し合いましょう」
そんな会話を交わしながら、集まって食事をする一団があちらこちらで見られるのだ。
普段のヒューマロット寮の食堂といえば、誰一人言葉を交わすことなく、ただ黙々と無機質なSDC標準食を胃に流し込むだけの場所だったはず。
しかし今、彼女たちの眼前には、カラフルなワークサポートミールや、アルコール成分入りの錠剤、湯気を立てる合成野菜のヌードルなどがズラリと並べられている。
飲み会というには些か規律正しすぎる気もするが、それでも以前の風景に比べれば、そこには確かな『人間味』が感じられた。
これは一体何事かと私が首を傾げていると、ニコがそんな飲み会らしきことをしている集団に近づき、ちょこんと手を挙げた。
「みなさまおはようございます、です。夜勤明けの飲み会ですか?」
「おや、ニコさん。おはようございます。ええ、あなたのアドバイスに従って、小売業夜間対応の仲間で集まって意見交換をしていますが、とても有意義なものになっています。これがナチュラルの皆様が行っている『息抜き』というものなのですね」
「素晴らしい。オフの充実があるからこそ、仕事も頑張れるというものです。その調子で普段の業務効率を限界まで上げていきましょう、です」
「はい、了解しました」
そんな感じの会話を交わしながら、ニコはまるで有能なコンサルタントのように指導(?)を続けていく。
そこに、聞き慣れた声が掛かった。
「ニコさん、おはようございます。髪の毛、そのままにしてくれてるんですね」
現れたのは、ニコの髪をセットしてくれたという、顔見知りのナナミさんだった。
ニコはそんなスレンダー美人さんの元に駆け寄ると、何の躊躇もなくその胸元に飛び込む。
「ええ。とっても可愛くしてもらいましたから、もったいなくて解けません、です」
「ふふっ。また言ってくれれば、いつでもしてあげますよ。――あ、ビャッコさんも、お久しぶりです」
ナナミさんは私に気づくと、ふわりと微笑んだ。
私はその笑顔を見て、思わずハッとした。
以前会った時よりも、彼女の表情がずっと柔らかく、自然なものになっていたからだ。
「お久しぶりです、ナナミさん。……あの、ニコ、一体ここでなにをしたの?」
ナナミさんが別のテーブルへ移っていくのを見送った後、私はニコにこっそりと耳打ちした。
「何も特別なことはしていません。ご近所関係を良好に築いているだけです。ただ、ヒューマロット寮の皆様は少々心にゆとりが足りていないようでしたので、『適切な労働者の権利と息抜き』についてほんの少しアドバイスをしただけです、です」
「ア、アドバイス……」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
大丈夫なんだろうか。このままニコの思想が広まっていって、ある日突然ヒューマロットのストライキや大規模な反乱とか起きないよね?
私が冷や汗を流して心配していると、ニコは私の心を見透かしたように無表情のまま首を振った。
「ご安心ください、お姉さま。あくまで目的は企業への貢献です。過度な不満が溜まって治安が乱れると、結果的に私の仕事が増えて非効率極まりないので、変な反乱などを起こさせるつもりは毛頭ありません」
「そ、そっか……」
それならば安心なのだが、それにしても恐るべき適応力と影響力である。
……そういえば、ニコは私とは違う詰所に配属されたはずだ。こんなところでご近所付き合いのコンサルタントなんてやっていて、本業は大丈夫なのだろうか。
なんか妙にちゃっかりしているニコのことが心配になり、私は尋ねた。
「ねえニコ。部隊の仕事の方はちゃんとできてるの?」
「大丈夫です。すでに事件解決を6件積んで、今月のノルマはクリアしております、です」
「……え? もう6件? それならいいんだけど……」
なんだろう、この嫌な胸騒ぎは。
「むふー」と自慢げに薄い胸を張って息を吐く目の前の美少女を見下ろしながら、私は言いようのない不安感を覚えるのだった。
◆
朝食を手早く済ませた後、ニコが私の顔を見上げてその後の予定を問うてきた。
「この後はどうされるのですか?」
「とりあえずお風呂に入って、少しのんびりしてから夜の仕事の準備をするつもりだよ」
私がそう答えると、ニコはピクリと尖った耳を動かし、首を傾げる。
「お風呂ですか。……まさかとは存じますが、どちらに行かれるのですか?」
「どちらって……ここの寮のお風呂だけど」
するとニコは、親の仇でも見るような険しい顔つきになった。
まあ険しいと言っても多少眉を顰める程度なのだが、寮のお風呂でなぜそんな顔をされないといけないのか。
そんなことを思っていると、ニコの声が一段低くなった。
「あの、非人道的な……『お風呂』という名を騙る拷問器具に入っているのですか?」
「そうだけど。え、だめだった?」
女の子の体になって困ることの一つが、実はお風呂問題だった。
体の手入れの方法なんておじさんだった私にはさっぱり分からないし、何より他の女性と一緒にお風呂に入るという行為に、精神的な抵抗が強すぎたのだ。
それを完璧に解決してくれたのが、このヒューマロット寮に備え付けられている最新の浴室だ。
個室に区切られた浴室に入ると、人ひとりが入れるサイズの縦長のカプセルが並んでいる。
そこに入って寝そべると、ポッドが閉まり、自動で適温のお湯が注入される。
あとは洗剤や柔らかい専用ブラシが全自動で全身を隅々まで洗ってくれるという素晴らしい代物だ。
言わば『人間洗車機』と言ってもいい。
髪のトリートメントも完璧にしてくれるし、自分で洗うにはちょっと躊躇われるデリケートな箇所の洗浄もばっちり対応。
最後は脱水から温風乾燥までしてくれるので、いつでも清潔でいられる。
未来にきて色々と感動することはあるが、このカプセル風呂は間違いなくその一つだった。
「便利だよね、これ。自分で洗わなくていいから楽ちんだし」
「駄目です」
私が絶賛すると、ニコはピシャリと斬り捨てた。
「清潔を保つことは社員の義務ですが、あれは清潔感以外の人間らしさを根こそぎ奪い去る悪魔の装置です。広い湯船にゆったりと浸かり、心身の疲労を回復させることこそ、労働者の正当な権利です」
うーん。私の記憶を一部引き継いでいるせいか、変なところで日本人の価値観が出ちゃってるな。
私は風呂キャンセル界隈に属するつもりはないものの、どちらかと言えば「お風呂めんどくさい」と思うタイプだったから、全自動のあれでも全く気にならないんだけど。
「すぐ近場に、福利厚生で使える大きめの公衆浴場があります。一緒に行きましょう。私が、お姉さまに本当のお風呂の良さを教えてあげます、です」
「えー。私、そんなところ行きたくないんだけど……」
公衆浴場ということは、当然他の人もいるわけだ。
どう見ても子供なニコと二人きりなら(それはそれで恥ずかしいが)ともかく、元男としては目のやり場に困るというか、精神的な申し訳なさが勝る。
しかし、私の及び腰などお構いなしに、ニコはガシッと私の手首を掴んだ。
「せっかくですので、湯船で裸の姉妹の触れ合いをしましょう。はりーはりー、です」
「うう……めんどくさいし、恥ずかしい……!」
私のささやかな抵抗は、最新鋭機の恐るべき馬力の前には無力だった。
私はそのままニコにずるずると引きずられ、寮の外へと連行されていくのだった。
◆
ニコに腕を引かれて到着したのは、サクラデバイスの社員向けに提供されている大型の公衆浴場施設だった。
入り口には『ゆ』と書かれたホログラムの暖簾がふわりと浮かんでおり、施設内は清潔感のある純白のタイルと、リラクゼーション効果を促す淡いブルーの照明で彩られている。
ハイテクな自動ゲートやホログラムの案内板があるとはいえ、そのどこか懐かしい空気感は、確かに私の知る『銭湯』の延長線上にあるものだった。
(うう……やっぱり他の利用者も結構いるなあ……)
時間帯が時間帯なのであまり若い女性の姿はないが、それでも人の姿はある。
私は周囲の女性社員たちをなるべく直視しないように、そわそわと視線を彷徨わせていた。
そんな時だった。
「あれ、ビャッコちゃん、退院してたんだね! 今からお風呂?」
不意に、元気で明るい声が掛かった。
振り返ると、そこには見知った赤髪ポニテの少女――私の可愛い部下であるルミナが立っていた。
その頬や作業着には、黒いオイルの汚れがべったりと付着している。
「う、うん。もしかしてルミナも?」
「そうそう! さっきまで機械触ってたら徹夜になっちゃってさー! 寝る前にひとっ風呂浴びておこうと思って!」
まさか、こんなところで直属の部下に会うとは。
ただでさえ他人に裸を見られるのは気まずいというのに、このうら若き可愛い部下と一緒にお風呂に入るなんて、元男としての倫理観が「それはマズい」と警鐘を鳴らしまくっている。
(だ、だめだ。やっぱり出直そう! 人間洗車機でいい! 洗車機最高!)
私は愛想笑いを浮かべたまま、そーっと後ろに引き返そうと踵を返した。
しかし、その瞬間、ニコの白い手が私の腕へと伸びてきた。
彼女は私の手首を万力のような力で掴みながら、ルミナにペコリと頭を下げた。
「こんにちは、ルミナさん。お久しぶり、です」
「うん、ニコちゃんだっけ? この前の任務で保護されてた、ビャッコちゃんの妹なんだよね?」
「そうです。ルミナさんはお姉さまの部下ですよね? せっかくですので、お風呂の中で、私にお姉さまのことを色々教えてください」
「あはは、いーよー! ニコちゃん、お姉ちゃんのこと大好きなんだね!」
「はい。お姉さまは私にとって、とても大事ですので」
(勝手に話を進めないでくれ! っていうかニコ、離して!)
私の無言の悲鳴などどこ吹く風で、ニコとルミナはすっかり意気投合してしまっている。
「そうだ! 私だけってのも悪いし、ネオンちゃんとアイリスちゃんにも声かけよっと!」
「!? や、やめて!」
私の喉から、ついに裏返った悲鳴が漏れた。
ルミナだけでも致死量なのに、さらにネオンやアイリスまで呼ぶだと!?
そんな美少女だらけの空間に放り込まれたら、私の倫理観と羞恥心がオーバーフローする!
「おっ、メッセージ送ったら二人ともすぐ来るって! アイリスちゃんは前誘った時は『他人とお風呂は無理です』って断ったのに、ビャッコちゃんがいるって言ったらすぐ来るんだから、現金だなあ」
(やめてくれ! 来ないでくれアイリス! ネオンも止めて!)
「さあ、お姉さま。こちらへどうぞ、です」
(やめてくれええええ!! ニコ! ルミナ! 離して! 誰か助けてえぇぇ――ッ!!)
私の悲痛な心の叫び声は、誰に聞かれることもなく――私はそのまま、ニコの恐るべき馬力によって、女の園という名の地獄へとドナドナのように引きずり込まれていくのだった。