SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
「なにこれ、お風呂?」
最新型の『高濃度オキシジェン・リキッドの湯』とやらの前に連れてこられた私は、自分でも間抜けに思えるくらい気の抜けた声をあげてしまった。
そこにあったのは、もはや浴槽というより巨大な『培養槽』だった。
分厚い強化ガラスで囲まれた深い円筒形のプールで、容器が半分床の外に飛び出している。
しかし、中にはまだ何の液体も入っていない。
理科室にあるでっかいビーカーが半分床に埋め込まれている、といえばイメージがつくだろうか。
これ、どこかで見たことあるような……。
「私たちヒューマロットの生産プラントみたいです」
隣に立つニコの無機質な言葉で、私はハッと思い出した。
そうだ。このでっかいビーカーが完全に床の上に出ていれば、この前の任務でも見たヒューマロットの培養槽そのものである。
そんな不穏すぎるお風呂(?)のガラス面には、可愛らしいポップな文字のホログラムで注意書きが明滅していた。
・危ないので小学生未満の子は親と一緒に入りましょう。
・滑らないように気をつけましょう。
・入る前に体をきれいに洗いましょう。
・浴槽に入ったらボタンを押すと注水されます。
・入水時は肺の中の空気を完全に吐き出してください。
「どういうこと? 最後の一文だけ明らかにおかしいよね!?」
「パーフルオロカーボンをベースにした、特殊な高濃度酸素液に浸かるお風呂なんです。肺をこの液体で満たすことで、毛細血管から直接莫大な酸素を取り込み、細胞レベルで筋繊維の微小な損傷を修復します」
「肺を液体で満たすって……それ、溺れたりするんじゃないの?」
「ちゃんと呼吸できる液体だから大丈夫よ。ほら、早く入りなさいな」
ネオンにぽんと背中を押され、私は渋々ガラス容器に備え付けられた梯子を登って浴槽の中へと降りた。
片手で梯子は使いにくいが、その気になれば片手だけでもボルダリングできるだけの身体能力があるので、移動自体は問題ない。
そして空っぽの浴槽の床に立ち、恐る恐る壁面のボタンを押すと――足元のグレーチングから、オレンジ色の液体が音もなく流れ込んできて、みるみる水位が上がっていく。
(怖い怖い怖い!)
元・21世紀の一般市民としては、どうしても本能的な『溺れる』という恐怖がこみ上げてくる。
私は思わずギュッと目を瞑り、直立不動で水没の時を待った。
水位はあっという間に喉元を越え、私の頭の上まで容器一杯に満たされた。
しばらく意地でも呼吸を止めて抵抗したものの、ガラス越しに水槽の外を見ると、ネオンたちがジェスチャーで『大丈夫だから息を吸って』とアピールしている。
私は観念し、恐る恐る肺の中に液体を吸い込んだ。
「ゴボッ……あ、れ……?」
すると。
(うわ、本当に呼吸できる……!)
水の中にいるのに普通に呼吸ができるという未知の感覚に、私はちょっと感動してしまった。
そういえば、瀕死の重傷だった時に博士のところで治療ポッドに入った時もこんな感じだったし、あれと同じだと思えばそこまで違和感もない。
あの冷たいポッドと違って、お湯は人肌より少し温かいくらいの適温だし、一人で入る分には結構広々としているので解放感もある。
ガラスの向こう、お風呂の外で手を振っているネオンたちを見ると、ちょっと水槽の中の観賞魚になったような気分だが、これはこれで悪くない。
(高濃度酸素で回復効果もあるらしいし、こりゃ極楽極楽…………ん?)
すっかり安心しきっていた私だったが、水槽の外でなぜか、ネオンたちが梯子を上り始めていることに気がついた。
(いや、ちょっと待って。こんな狭い風呂、みんなで一緒に入る用じゃないよね!?)
そう思ったのもつかの間。
ドボン、ドボン! と勢いよくオレンジ色の水を跳ね上げながら、ネオンたちが次々と私のいる水槽に飛び込んできたのだ。
彼女たちも水の中で大きく液体を吸い込むとすぐに呼吸ができるようになったようで、器用にバタ足をしながら水の中で私の方へと潜ってきた。
液体呼吸による完全な『無重力空間』。
たった一つの狭い培養槽の中で、四方八方でプカプカと浮遊している美少女たちの身体が、重力の束縛から解放されて、普段とは全く違う暴力的な挙動を見せ始めた。
「どう? ちゃんと呼吸できるでしょ?」
ネオンのしなやかな肢体は、オレンジ色の光を反射してまるで人魚のように艶かしく輝いている。
「でも、四人は少し狭いです。私は小隊長と二人きりで入りたいので、みなさんは出てくれませんか? 特に、ルミナさんの無駄にでかい胸が邪魔です」
アイリスは、私に近づこうと犬かきのように手足をばたつかせるたび、小ぶりながらも形の良いソレがぷるんぷるんとリズミカルに揺れている。
「ひどいなあ。重いし夏場は蒸れやすいしで、これでも結構苦労してるんだよ?」
ルミナのあの規格外の質量は、水中でゆらゆらと無軌道に形を変えながら、少し身動きをするたびにスローモーションで凄まじい自己主張を繰り返しているではないか。
(ここはだめだ! みんなの裸も慣れた気がしていたけど、密室でのこれは目に毒すぎる!)
私のメンタルのキャパシティが限界を迎えそうだった。
限界を感じた私がたまらず水面へ向けて浮上しようとした、その時――見えない何かが、私の足首を底の方からがっしりとホールドした。
「ヒッ!?」
「お姉さま。ちゃんと頭の先まで浸かって、300秒はしっかり数えましょう。この液体は一回ごとの完全入れ替え制なので、すぐに上がってしまってはもったいないです」
水底を見下ろすと、何の妖怪かホラー映画の怨霊のように、髪をゆらゆらと揺らめかせながら無表情のまま私の足を引きずり込んでくるニコの姿があった。
「がぼがぼがぼーーっ!」
「なに言ってるかわかりません、です」
なんとかその恐るべきホールドを振りほどこうとバタバタともがくが、片手しかない上に水中での機動力は皆無。
私はあえなく水底付近で身動きがとれなくなってしまった。
そんなところに、ネオンが優雅に泳いできて、私の背後に回り込むと肩をがっしりと掴んできた。
「せっかくだから、肩でも揉んであげようかしら。……それにしても細いわね、ビャッコ。ちゃんとご飯食べてるの?」
ネオンのしなやかな指先が私の肩を揉みほぐす。
お湯の温かさと素肌の滑らかな感触がダイレクトに伝わってきて、ひどく心臓に悪い。
さらに上からは、ルミナが「よっこいしょ」とばかりに降ってきて、あろうことかその凶暴な質量のブツを、私の頭の上に乗せて完全に押さえつけてきた。
「あはは。なんか、いつぞやのバイクに二人乗りした時を思い出す体勢だねー」
(あの時と違って今は布地ゼロなんだよ!! 頭の上の感触がヤバすぎる!)
私が内心で絶叫していると、今度は横からアイリスがすすっと近寄ってきて、コアラのように私の胴体に正面からしがみついてきた。
「うう、出遅れました……。まあ、これはこれで小隊長を堪能できて素晴らしいですが……」
下からはニコの妖怪足掴み。
後ろからはネオンの肩揉み。
上からはルミナの暴力的な質量プレス。
そして正面からはアイリスの密着ホールド。
オレンジ色の液体に満たされた狭い水槽の中で、私は四人の美少女によって完璧な『四方固め』をキメられてしまった。
逃げ場のない密着状態に、理性が文字通りショートしかけていた――その時。
もがく私の視界の端、分厚いガラス越しに浴槽の外からこちらを見てくる人影が映った。
長く美しい金髪を高い位置で無造作に結い上げ、どこまでも整った彫刻のような容貌。
そして、いつも通りの飄々とした佇まい。
第2小隊の小隊長、JKがなぜかそこに立っていた。
彼女は浴槽の外から、ビーカーのような水槽にすし詰めにされている私たち五人のカオスな状況を腕組みしながら眺めると、おもむろに口を動かした。
液体とガラスに阻まれて音声はまったく聞こえなかったが、目を凝らすとその口の動きがありありと見て取れた。
『ごゆっくり』
そう言って、悪びれる様子もなくニヤリと笑う同僚。
その瞳には明らかに「面白い見世物を見つけた」という愉快犯の光が宿っていた。
(いや、傍観してないで助けてくれぇー!!)
私の悲痛な心の叫びは、オレンジ色の液体に虚しく気泡となって溶けていくのだった。
◆
「はぁ……はぁ……」
オレンジ色の液体を流しに吐き出しながら肩で息をする私。
「いやあ、早速女の子を満喫しているようで、私は嬉しいよ」
私にしか聞こえない小声でそういいながら、背中をさすってくるJK。
私がやっと一息ついて視線を向けると、そこには見慣れた第2小隊の面々がいた。
美しくも整った、職人が作り上げた芸術品のような肢体を見せびらかすJK。
あのルミナのそれをさらに上回る、凶暴な質量のボディを持つピンク髪のボルト。
お淑やかにタオルで体を隠しつつも、水分を含んで張り付いた布地越しにその艶かしい美しさがありありと見て取れる黒髪の美女、サイト。
そういえば、いつも一緒にいる小柄な整備士、ストックの姿はないようだが。
「ああ、ストックは私の戦闘用ボディの修理中でね」
「そうなんだ。そういえば、JKの体は前見たのと違うね」
前の任務でJKが拷問された時に服の下を見たが、あの時はキレイだったものの、はっきりとサイボーグであることが分かる球体関節や滑らかな装甲だったはずだ。
しかし、今の彼女の首から下は、体のあちらこちらにうっすらと接続部のラインが見えてはいるものの、しっとりとした生身の女性と遜色のない見た目となっている。
「敵の基地で拷問されてる時に言っただろ? 家にはそれ用のボディがあるって。戦闘力はほぼないけど、人肌を楽しむ時用のやつだよ」
「あれは冗談じゃなかったんだ」
「さすがにカチカチのサイボーグボディでみんなを抱きしめたら危ないからねぇ」
「ね?」とJKがボルトとサイトの二人を振り返ると、ボルトは「にゃはは」と無邪気に笑い、サイトは頬を赤らめながら「こんなところでいややわ……」と恥じらっている。
え? JKとその小隊メンバーってそんな関係なの?
まじかよ。けしからん。
というかそのボディは亡き恋人のものとか言ってなかったか。
そんな体で複数の女の子を誑かすとかどんな倒錯的な人間関係築いているんだ。
前世を含めてもモテた経験のなかった私は、咄嗟に非難(というか嫉妬)の視線を向ける。
するとJKはあきれたように肩をすくめた。
「来るものは拒まないことにしてるんでね。そういうのも指導してほしかったら、教えてあげるのも吝かではないけど……、君の方もたいがいじゃないか? さすがに私も朝の公衆浴場でおっぱじめる趣味はないぞ」
「いや、違うんだよ。あれはみんなが私をお風呂嫌いだと勘違いして、無理やり押し込めてきてただけなんだ。本当は夜の仕事の前に、純粋にお風呂に入りに来ただけで……」
顔を真っ赤にして必死に弁解していた私は、そこまで言いかけたところで、はたと気づいた。
(ちょっと待てよ……?)
今週、第1小隊である我々は『夜勤』の週だ。
サクラデバイスの治安維持部隊のシフト上、我々が休んでいる今の時間は、基本的に第2小隊が勤務しているはずである。
それなのに、目の前で優雅にくつろいでいるこいつらは、一体何をしているのだ?
「ねえ、JK。なんでここにいるの?」
「なんでって、見てのとおりお風呂に入りに来たんだよ」
「……仕事は?」
私がジト目で問い詰めると、JKの完璧な彫刻のような顔立ちがピクリと引きつり、あからさまに「あ、やべ」という表情をした。
「まさか、サボってるの!?」
私は素っ頓狂な声を上げながら、JKに詰め寄った。
仕事中にお風呂とはいい御身分というレベルを超えている。
営業職のサボりは聞くこともあるが、うちの仕事で許されるもんじゃないだろう。
「いやいや、完全に放置してるわけじゃないよ? ちゃんと手は打ってあるさ。以前、私に借りができた別所轄の治安部隊の連中がいるから、私がサボ――ちょっと休憩している間は、代わりにうちの詰め所周辺のパトロールをしてもらってるし」
JKが目を逸らしながら苦しい言い訳を口にする。
「そうそう。それにストックちゃんが本部の戦闘用ドローンをこっそりハッキングして大量に飛び回るようにしてるし」
ボルトがピンク色の髪から水滴を滴らせながら、あっけらかんととんでもないコンプラ違反を自白した。
「そうやえ。頭上を常にドローンが銃口向けた状態で飛び回ってるんやし、そんな状況で犯罪やらかすような阿呆はそうそうおらへんて。1時間くらいなら本部も困らんやろ?」
サイトが濡れた黒髪をかき上げながら、はんなりとした口調で同意する。
しっとりとした大和撫子のような美貌から発せられる言葉だが、言っている内容は「市民をドローンの銃口で脅して黙らせている」という極めてディストピアな恐怖政治の肯定だった。
私の追及などどこ吹く風で、ニコが感心したようにコクリと頷いた。
「JK様、素晴らしいアイデアです。極めて効率的ですね。他にどんな手口が?」
「ニコちゃんは話が分かるね。じゃあ私のテクを伝授しようか」
「ニコ!! その人のまねしちゃダメ!!」
私は妹のエルフ耳をペタンと塞ぎながら絶叫した。
憤る私をよそに、JKはヒラヒラと手を振った。
「まあまあ、落ち着いて。仕事のことは忘れて、とりあえずゆっくりお風呂にでも浸かって――」
「いいから! 本部にチクられたくなかったら、とっとと仕事に行きなさい!!」
「えー、まだ髪洗ってないのにー」「仕方ないにゃー」などとブーブー文句を言う第2小隊の面々。
私は彼女たちの柔らかいお尻を蹴り飛ばしながら、脱衣所へと強制的に追い出した。
「はぁ……はぁ……」
騒がしい嵐が去り、オレンジ色の液体まみれになりながら肩で息をする私。
ああ、どっと疲れた。
仕事前のリフレッシュのためにお風呂に来ただけなのに、どうしてここまで精神を削られなければならないのだろうか。
「大丈夫、ビャッコ? だいぶ疲れてるみたいだけど……」
心配そうに顔を覗き込んでくるネオン。
「あと、『第五次元・クラインの壺湯』っていうのもあるけど……どうする? 行ってみる?」
これ以上、未知のテクノロジーに振り回されるのはごめんだ。
私のライフはもうゼロである。
「……今日は、もう、普通のお湯に浸からせて……」
私は力なくそう呟くと、重い足取りで一番奥にある普通の大きな浴槽へと向かうのだった。
◆
「あー、しみる……」
私はピカピカになったサイバネの手を腰に当てながら、合成イチゴ牛乳の瓶をぐっとあおった。
わざとらしい甘さと喉に引っかかるようなケミカル臭が玉に瑕だが、よく冷えているのでこれはこれでいい。
服も着て、やっと一息といったところ。
奥のほうでは、扇風機の前でニコがルミナに髪を拭いてもらいながら「ワレワレはヒューマロットであるー」と声を震わせて遊んでいる様子が見える。
なんだかんだあって疲れたが、お風呂自体は満喫できたのではないだろうか。
「久々の大きいお風呂は楽しかったわ。アイリスも次から来たらどう?」
「小隊長がいたから来ましたけど、私もお風呂は『全自動サニタリー・ポッド』でいい派なので」
うんうんと私もうなずく。
大きいお風呂は悪くないけど、やっぱりあの人間洗車機の方が楽だよね。
「二人ともつれないわね」
むしろネオンのほうがお風呂好きなのは意外な気がする。
どちらかというと効率重視なタイプだし、なんとなくだけどハッカーやってる人ってこういう裸の付き合いとか嫌だと思っていた。
「そんなことないわよ? 昔住んでた家とかお風呂なくて、よくルミナと公衆浴場に入りに来てたしね」
「お風呂なかったの?」
私のイメージではお風呂ないというのは相当貧しそうな感じだけど。
そういえば、ルミナも実家は下層地区にあったと聞くし、ネオンもそんな感じだったのか。
「そうね。でも節水制限あるから下層地区にお風呂ないのは割と普通なのよ?」
「そうだったんだ」
「だからこうして広いお風呂に入るのは好きよ。だから、ビャッコは嫌かもしれないけど、こうしてたまにお風呂に付き合ってくれたら嬉しいわ」
少しだけ寂しそうに微笑むネオン。
そこまで聞かされては、元大人としても無下にはできない。
私は「うん、たまにならね」とうなずいておく。
「(よっし、言質とった!)」
「(ずるいです! その時は絶対に私も呼んでくださいよ!)」
「(はいはい、気が向いたらねー)」
背後で部下たちがこそこそと何かやり取りをしている気配がするが、なんかガールズトークでもしてるんだろうと放置することにした。
「あー、なんだかお風呂に入ったらお腹空いてきちゃったなー」
ルミナが自分のお腹をさすりながら、のんきな声を上げた。
言われてみれば、時刻はそろそろお昼時だ。朝食は食べたものの、慣れないお風呂でかなりエネルギーを消費してしまった気がする。
夜勤まではまだたっぷりと時間がある。
「せっかくですし、このままみんなでお昼ご飯でも食べに行きませんか?」
アイリスが提案すると、ニコも「賛成です。適切な栄養補給は業務の一環です、です」とコクリとうなずく。
「じゃあ、どこか外で食べよっか! ビャッコちゃんも一緒に行くよね?」
ルミナに笑顔で覗き込まれ、私は小さく苦笑しながら頷いた。
「うん、そうだね。じゃあ、何か美味しいものでも食べに行こうか」
「やったー!」
歓声を上げるルミナたちを見ながら、私は空になった合成イチゴ牛乳の瓶をリサイクルボックスに放り込んだ。
かくして、私の夜勤前のドタバタはまだまだ続くらしい。
私は少しだけ軽くなった足取りで、賑やかな部下や妹と共に、昼下がりのサクラデバイスへと歩き出すのだった。