SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
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「小隊長……お願いです、行かないでください……ッ!」
アイリスがその大きな瞳いっぱいに大粒の涙を浮かべ、私の足にすがりついてくる。
「私を置いて、どこかへ行ってしまわないでください……!」
「どいて、アイリス。これは命令だ」
「嫌です! 命令がなんですか! 私は、小隊長のそばにいないと、駄目なんです!」
そう叫び、彼女は小さな体を目いっぱい広げて、第3詰所の出口を完全に封鎖した。
そんな彼女の決死の抵抗を、私は一切の感情を交えない冷徹な目で見下ろした。
「……どいてと言ったよ。我儘を言わないで」
「どうしてなんですか!? 私が、小隊長の邪魔になったんですか!?」
「そんなことはない」
「じゃあ命じてください! 私たちを引き裂く全てを壊せって! 邪魔者は全てアイアン・メイデンで轢き潰せって!」
「……………」
私が無言で、ただ静かに射抜くような視線を向けると、アイリスはそれに気圧されたように一歩引きさがる。
私はその距離を詰めるように、迷いなく一歩前へ出た。
するとアイリスは、その場でペタンとへたり込み、ボロボロと涙を床に零しながら呻くように口を開いた。
「私は……小隊長のそばにいないと、咲けないんです……」
それは、呪いのような独白だった。
「私の居場所は、小隊長の隣だけなんです。気に入らないことがあるなら、私を殴っても蹴ってくれてもいい。私に差し出せるものなら、この身体でも、お金でも、この命でも……全部、好きに使っていいですから」
だから、だから――。
アイリスは、完全にハイライトの消え失せた瞳で私を見上げた。
「私を、捨てないでください」
覗き込めばそのまま引きずり込まれてしまいそうな、どろりとした漆黒の引力。
いや、瞳だけではない。今の彼女の存在そのものが、底なし沼のようだった。
この哀れな少女を、私は置いていかなければならない。
彼女が口にした言葉の数々は、その先の人生を激しく不安に思わせるには十分すぎるほどの『闇』と『依存』を孕んでいた。
しかし、私はこの重すぎる引力を、アイリスの激情を振り切って、前へ進まなくてはならないのだ。
なぜならば――。
「……ねえ、さっきのブリーフィングで説明したよね? ただの『小隊長の配置換えテスト』だって。二週間くらいしたら普通に帰ってくるから」
「いやですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!! いがないでぐだざいぃぃぃぃぃ!!!」
ただの短期出張に対して、この世の終わりのような涙を流してすがりついてくるアイリス。
私は深く、ひどく疲れた溜息を吐き出す。
顔を上げると、奥のデスクでは、ルミナとネオンが「朝からご苦労なこって」とでも言いたげな呆れた顔で、こちらの茶番を眺めているのだった。
◆
時を遡ること昨日。
私はサクラデバイスコーポレーションの第41管区支所――つまりは今いる地区の本部へと呼び出された。
空を切り裂くようにそびえ立つ漆黒のモノリスのような巨大ビルは、見上げるだけで首が痛くなるほどの威圧感を放っている。
エントランスを出入りする人間たちは、皆一様に上等な仕立てのスーツや高級な多機能コートに身を包み、足早に、そしてどこか傲慢な空気を漂わせていた。
治安維持を預かる末端――それも最前線の歩兵のような身としては、この空間にいるだけで場違い感があることこの上ない。
とはいえ、大規模な事件が起きるたびに半死半生の状態でここのヒューマロット開発部へと運び込まれている身としては、良くも悪くも慣れてしまっているのが悲しいところだ。
巨大なホログラムゲートにIDをかざして通過すると、警備用サイボーグの隣に立つ人間の警備員から、ひどく珍しいものを見るような顔で見送られた。
それが、こんな物々しい本部に子供のヒューマロットが一人で歩いているのが珍しいのか、それとも『私が無傷の状態でここを通過すること』が珍しいと思われているのかは定かではない。
鼓膜が気圧差でキーンと痛むほどの猛スピードで上昇する専用エレベーターに揺られ、たどり着いたのは、ヒューマロット開発部の奥に位置する特別検査室。
私の生産者(?)である白鷺ユズリハ博士――いや、今となっては気恥ずかしくも『お母さん』と呼ばなくてはいけない人物のいる部屋である。
体のメンテナンス以外で、こうやって呼び出されることはなかなかに珍しい。
最近は特に怒られるような致命的なやらかしはしていないはずだが、一介の末端社員が企業のゴールドクリアランスに直々に呼び出されるというのは、平たく言えば「平社員が突然、大会社の本部長室に呼び出される」くらいのプレッシャーがある。
自動ドアの前で一つ深呼吸をし、私は意を決して部屋へと足を踏み入れた。
「失礼します」
そう声をかけて入った室内には、白衣姿で端末を操作する博士の他に、もう一人の先客がいた。
「おや。お姉さまも呼ばれたです?」
ソファにちょこんと座っていたのは、私と同じ顔をした妹――ニコだった。
制服姿の私と違い、可愛らしいフリルのついた私服を着込んでいる。
完全に実家に帰ってきた娘の気分なんだろうか。
私もその方が博士に喜んでもらえたのだろうかと悩む。
「ニコも? 二人揃って呼び出しって、何事?」
「もしかして、社員旅行か歓迎会のお誘いでしょうか?」
ニコが無表情のまま、首を傾げて無邪気に博士へと尋ねた。
「……社員旅行や食事会か。それも悪くないが、残念ながら全く違う」
博士は疲れ切った遠い目をしながら、深くため息をついてそれを否定した。
(社員旅行に歓迎会か……)
そういえば、前世である令和の世の中では、歓迎会はしない会社あると聞いていたし、社員旅行に至っては消滅しかけていた文化だったな、と私はふと思い出す。
でも、今の私の部下たち――第1小隊のメンバーと旅行に行くのは結構楽しそうではある。
いや、しかし。この前の銭湯での地獄のような出来事を思い出すとわざわざ二の舞になることをしないでもという気になる。
そもそも、よく考えれば中身が三十過ぎのおじさんが、若い女の子たちと一緒に旅行に行きたいなどと考えるのは、倫理的にも法的にも犯罪スレスレではないだろうか。
……いや、今は私も立派な若い女の子なのだから、法的にはセーフか。
心の問題はさておき。
そんな益体もないことを考えていると、博士が重々しい口調で本題を切り出した。
「今日呼んだのは他でもない。ニコの仕事ぶりについて、治安維持部隊の本部から直々にクレームが入っている件についてだ」
「クレーム?」
私は驚いてニコの方を向いた。
しかし当のニコは、半目のまま全く動じる様子もなく、ソファーで大人しく脚をブラブラさせている。
そんなニコに向かって私は疑問の声を投げかける。
「この前聞いたとき、配属されてすぐに事件をいくつも解決したって言ってなかったっけ?」
「はい。着任して約一ヶ月で、C評価以上の任務を合計十二件解決しましたです」
その数字を聞いて絶句した。
着任早々の新任小隊長としてはかなり多い方ではないだろうか。
これが最新鋭の戦闘モジュールを積んだヒューマロットの全力だとしたら、上層部がこんな子を量産したがる気持ちもわかる。
(というか、もしかして私は自分のスペックを全然生かせてないのでは? むしろ中身が足を引っ張ってたりする? 頑張ってるつもりだったけど、私ってポンコツ小隊長だった……?)
一人で勝手に比較してしょんぼりしていると、博士が慌ててフォローを入れた。
「い、いや、ビャッコも十分すぎるほど頑張っているし、気にする必要はない。というか、今回の呼び出しは成果の方ではなく、その『クレーム』の方についてなんだ。一応聞くが、ニコ。心当たりはあるか?」
博士に問われ、ニコはしばらく宙に視線を彷徨わせていたが、やがてコクリと頷いた。
「最近、始末書が増えている件です?」
「始末書?」
私が首を傾げると、ニコが真顔で頷く。
始末書というと、あれだろうか。
業務上のミスや規則違反などの不祥事について、事実経過・原因・謝罪・反省・再発防止策を記載して会社に提出するアレ。
いわゆる大人の反省文みたいなものだ。
ちなみに私も小隊長になってから、いくつか書かされた記憶がある。
ヴァレリオを命令無視で独自捜査した件や、アイアン・メイデンの弾薬代で小隊の予算を大幅にオーバーしたこと、ネオンが無断で本部のドローンをハッキングしたこと、ルミナが無断で研究所から備品を拝借したことなどだ。
【――訂正。正確には、私がマスターの拙い謝罪の意図を汲んで代筆したものです】
(うるさいアレス。そのあと、私が小隊長として上司の前で反省文を音読して聞かせるという儀式があったんだから、実質私が書いたのと同じだ)
脳内の相棒からの容赦ないツッコミを黙殺しつつ、私はニコに尋ねた。
「それで、ニコは何の件について始末書を書いたの?」
「このひと月で十二件ほど書かされたので、具体的にどの件について怒られているのか、私にはわかりません、です」
「十二件!?」
事件解決数十二件に対して、始末書十二件。どういうことだ。
毎事件ごとにワンセットで始末書を書いている計算じゃないか。
「不思議です。私は常に最短ルートで、最も効率的に仕事をこなしているのに、毎回ひどく怒られるのです」
「……始末書の方は、私もざっと目を通させてもらったがな」
ユズリハ博士が疲れたように手を振ると、空中にいくつもの半透明のウィンドウが展開された。
それらはいずれも、本部から送られてきたニコに関する始末書と被害報告書のデータのようだが――。
「不法集会のアジトへの突入時、ビルごと倒壊させる。誘拐未遂事件では、被害者の奪還こそ成功したものの、被害者が負傷、さらにPTSDを発症。暴徒鎮圧では、周囲の全く関係ない建造物ごと粉砕……」
博士が読み上げる被害の数々に、私は眩暈を覚えた。
「さらに、パトロール中に発見した軽犯罪者に対しても、『過剰防衛』で対処したため、市民の人権団体からサクラデバイスにクレームの山が届いている。極めつけは身内の被害だ。このひと月の間にニコの小隊の部下は重傷者が2名。さらにメンタルブレイクで転属願いを提出した者が1名。補充で入った交代の部下からも、既に『これ以上は着いていけない』と労働組合に泣きつかれているそうだな」
それはもう、ひどい有様だった。
第一目標さえ達成できれば、後の被害などどうでもいいと言わんばかりの結果。
まるで歩く災害だ。職場クラッシャーといっても過言ではない。
まあ、治安維持部隊は心身ともに負傷者が多い職場であるので、怪我人や離脱者が出るのは珍しくないのだが、私のところの第1小隊が自分以外の重傷者ゼロで乗り切っているのに比べるとねえ。
「……できるだけ頑張って、最速で仕事を終わらせてきたのですが。不思議です」
ニコの声は、心底自分がなぜ怒られているか分かっていない様子だった。
だが、考えてみればそれも仕方がないことなのかもしれない。
彼女は産まれてまだ1年にも満たない、社会経験ゼロのド新人なのだ。
「お母さん、ニコの実戦配置は、いくらなんでも早すぎたのでは?」
「……結果だけを見ると、そう言わざるを得ないな。逆にビャッコの方が、あれほどうまく小隊を回せていたのかが本気で分からないが……」
それはまあ、中身が中間管理職の悲哀と部下への気遣いを叩き込まれた30代リーマンだったから。
……とは口が裂けても言えないので、私は曖昧な表情を浮かべて誤魔化すしかなかった。
「しかし、他のヒューマロットと同様に、教育DBのインストールだけで即実用レベルにならなければ、このプロジェクトが『実用段階になった』とは言えないんだ。治安維持部隊の上層部は、ニコは責任をとって処分しろと言ってきてるが――」
「処分!?」
確かに、ニコが部下を壊すレベルでやらかしたのは事実だ。
だが、新人にろくな教育期間も設けずに現場に放り込んで、結果として被害が出たのなら、その責任を取るべきは上の人間だろう。
そんな憤りを覚えていると、博士が首を振って言葉を継いだ。
「もちろん、そんなことをさせるつもりはない。こうなることも含めての実地テストなはずだからな」
思ったよりも被害は大きかったが、と呟く博士。
「とはいえ、このままという訳にもいかない」
そりゃそうだ。上の無茶な采配のせいで実害を被った市民やニコの部下たちも、このままでは到底納得するまい。
すると博士は真剣な表情で人差し指を立てた。
「そこで、本部と掛け合って、あと一つだけ実験をさせてほしいと頼み込んだ」
「実験、ですか?」
「ああ。ニコとビャッコの、小隊長同士の『対照実験』だ」
博士は、とんでもないことを口にした。
「これから二週間ほど、ニコとビャッコの配置をそっくりそのまま入れ替えてみる。この配置換えで、もしニコの方がうまくいく、あるいはビャッコの方が同じように部下を壊すようなら、それは個体の問題ではなく『環境の方に問題がある』と証明できるだろう」
(いやいやいや。そんな環境の問題じゃない気がするんだけどな……)
私が眉を顰めると、博士は苦笑した。
「そんな顔をするな。私だって、ニコの行動が極端すぎることは分かってはいる。だが、この『次世代型ヒューマロット計画』には莫大な資金がかかっているんだ。明確なデータと分析結果もなしに、『失敗でした』とプロジェクトを方向転換するわけにはいかんのだよ」
まあ、会社が大きければ大きいほど、そういうデータ至上主義や社内政治の手続きが必要になってくるというのは、痛いほど納得できる。
企業とはそういう生き物だ。
ちなみに。
そんな真似をするつもりは毛頭ないが、もし私が異動先でニコと同様に問題行動を起こしまくったらどうなるのだろうか。
「想像したくもないが……その時は、『第3詰所の連中が優秀で、たまたまこれまではビャッコがうまく機能していたように見えていただけで、次世代型はやはり欠陥品だった』という結論になり、このプロジェクト自体が中止になるかもな」
自分やニコみたいな、ヒューマロットの少年兵が量産される未来。
それは、いくらディストピアなこの世界であっても、あまり到底笑えない光景だ。
だとすれば、わざと失敗してプロジェクトを白紙に戻すというのも、『あり』な選択肢かもしれないが……。
(無理だな。仕事に手を抜くなんてプライドが許さない。いつもどおり頑張るしかないか)
私は小さくため息をついて、異動先に思いを馳せるのだった。