SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
『サクラデバイスコーポレーション自治区41管区治安維持部隊第5詰所』
無機質な建物の外壁に浮かぶホログラムの電光掲示板が、鈍い光を放って網膜にチカチカと不快な残像を焼き付ける。
コンクリートと金属の塊を無骨に繋ぎ合わせたようなその施設は、周囲の洗練されたビル群に比べて一段と低く、そしてひどく煤けていた。
ここにあるのは威圧と効率だけだ。
それ以外の無駄な装飾や人間味をすべて削ぎ落とした、剥き出しの暴力装置。それがこの第5詰所のありのままの実態だった。
詰所の前を行き交うナチュラル(非ヒューマロットの市民)たちは、誰一人としてこの建物に視線を向けようとはしない。
まるで「見なければ関係ない」「関わらなければ安全だ」と盲目的に信じているかのように、皆一様に俯き、足早に通り過ぎていく。
――ということで、やってきました配置交換先の第41管区第5詰所。
アイリスを容赦なく振りほどき、不安そうにしていたルミナとネオンに見送られながらやってきたのは私、ことビャッコである。
少なくとも治安維持部隊の詰所は、規格化されているためどこも同じような造りをしているらしく、ホームであった第3詰所と根本的な構造の違いはない。
だが、強いて言えば建物の隅々に染み付いた空気の澱みや、どことなく重苦しい排他的な雰囲気が漂っている気がするのは気のせいだろうか。
とはいえ、ここでいつまでも佇んでいても仕方がない。
転校初日の小学生のように、ほんの少しの緊張と不安で胸がざわつくが、腹を括って足を踏み入れるとしよう。
入口の自動ドアがわずかに引っかかるような擦過音を立てながら開いた。
私は執務室を見渡し、ごほんと一つ咳ばらいをして口を開いた。
「私はSFTS1005。本日から第41管区治安維持部隊、第5詰所の第3小隊長として赴任した。……今日からよろしく頼む」
「あァン……?」
出迎えてくれたのは、歓迎とは程遠い、野良犬の威嚇のような低い声だった。
「んだよ……鬱陶しいマーガリン(※ヒューマロットの蔑称)のガキがいなくなったと思ったら、また似たようなのが来たのかよ……」
舌打ち混じりにそう吐き捨てたのは、ツンツンと無造作に逆立った粗い短髪に、日焼けしたような色黒の肌を持つ十代後半の若い男の子。
治安維持部隊の支給品である制服の胸元をだらしなくはだけさせ、行儀悪くデスクの上に厚底のブーツを投げ出している。
顔立ちは整っているものの、そこにはいかにも「粗暴です」と言わんばかりの反抗的な凄みが張り付いており、三白眼気味の鋭い瞳でこちらへ露骨な敵意を向けてきている。
服の上からでもわかる、獣のように引き締まった筋肉質な体躯。
そこそこ前線で動けそうなポテンシャルは感じるものの、チンピラに毛が生えた程度だろう。
【対象の戦闘シミュレーション完了。………5秒で血祭りにあげられます】
(しないよ)
脳内に響くアレスの物騒な電子音声に呆れつつ突っ込んでいると、部屋の奥で慌てたようにもう一人の制服姿の隊員が立ち上がった。
「駄目だよ、上司にそんな口きいたら! あ、すいません! この子、ちょっと嫌なことがあって荒んでるだけなんです!」
そう必死に言い繕うのは、ガサツな彼とは対照的に、制服のボタンを首元まできっちりと留めた線の細い青年だった。
年齢は二十代の前半といったところか。
神経質そうな細いフレームの眼鏡をかけており、その奥の瞳には常におどおどとした気弱な光が浮かんでいる。
どこか育ちの良さと真面目さを感じさせる顔立ちだが、その目の下には極度の疲労とストレスを象徴するような真っ黒なクマが深く刻まれていた。
私が視線を向けただけで、まるで猛獣の檻に放り込まれた草食動物のようにビクッと肩をすくめ、しきりに片手でぎゅっと胃のあたりを押さえている。
【戦うまでもありません。戦闘力たったの5です】
(やめなさいって)
私は二人に向かって、改めて軽く頭を下げた。
「改めてよろしく。私はSFTS1005、言いにくいだろうから『ビャッコ』と呼んでほしい」
「は、はい! よろしくお願いします、ビャッコ小隊長。僕はテオって言います。そしてこっちが――」
眼鏡の青年、テオがそう言って短髪の男の方を見るが、そっちは「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまい、一向に名乗る様子がない。
諦めたようにテオが肩を落とす。
「……こっちはアッシュです。その、本当にすいません……」
テオは胃を押さえながら、今にも泣き出しそうな顔で深く頭を下げたのだった。
攻撃的で、まともに会話のキャッチボールすら拒絶するアッシュ。
気弱そうで、なぜかこちらに過剰に怯えきっている様子のテオ。
この二人が同じチームとして、これから2週間の間、同じ職場で命を預け合う仲間になるわけだが。
(うん、このままだと、どう見てもチームとしてまとまりそうにないな)
第3詰所に初めて赴任したときは、ルミナが積極的に絡んできてくれたお陰でスムーズに溶け込むことができたが、今回はそうもいかない様子だ。
だが、これくらいの逆境で立ち止まる訳にはいかない。
仕事においてチームが仲良くあるべきかということについては各自意見があるだろうが、少なくとも私は『最低限の意思疎通』は図れるべきだと思っている。
いくら個人が優秀でも、仲間を蔑ろにしてチーム全体の能率を下げることは、小隊長として絶対に放置できない。
しかも、この重苦しい通夜のような、あるいは一触即発の空気は、恐らく前任のニコが残した負の遺産なのだ。
となれば、妹の尻拭いとして姉が一肌脱がねばなるまい。
ひとまずはアレスに勤務態度を分析してもらって、適度によいしょして仲良くなることにするか。
そんな決意を胸に私は一歩踏み出すのだった。
◆
アッシュの反抗的な態度で空気が鉛のように重くなった第5詰所で、テオは今にも倒れそうだった。
(最悪だ……)
元来気が弱い質のテオにとっては、赴任してきたばかりの上官に対するアッシュの無礼な態度も信じられないし、何より目の前にいるヒューマロットの小隊長がいつブチギレて何を言い出すか分からないという恐怖に支配されていた。
(やっぱり、こんなところ、早く辞めればよかったんだ……)
ただでさえ貧弱で臆病な自分は、暴力が支配する治安維持部隊なんて根本的に向いていなかったのだと激しく後悔する。
しかし、実家の家業も継げず、企業スコアが足りない自分にできる職業なんてそう多くはなかった。
強さ至上主義なところがある治安維持部隊において、自分の立場なんてミジンコレベルもいいところだったが、自分みたいな特別なスキルも資金もないナチュラルが就ける仕事なんてたかが知れている。
キツい、汚い、危険な仕事の多くは、今やヒューマロットに取って代わられている。
ナチュラルに残された道は数少ない。
地場の小さな商店。既得権益や労働組合に守られた一部の職業。あるいは逆に、ヒューマロット以下のコストで使い潰される劣悪な仕事。よほどの専門性がなければ手が届かない業務。違法スレスレの裏稼業。そして、暴力が渦巻く治安維持部隊のような仕事。
それでも、下層地区に落ちるよりはましだと思い、今日までなんとかしがみついてきたのだが。
『12時方向に斉射。その後、前方5.5m先の遮蔽物まで前進し、4秒でリロードしてください、です』
目の前の白銀の髪の少女を見ていると、つらい記憶がフラッシュバックする。
『できない? 弾が飛んで来ているから? ――なるほど、精神的負荷に引っ張られて業務遂行が困難と。わかりました、です。あなたの任務実行能力の見積もりを下方修正します』
あの冷たいガラス玉のような目で、年端もいかない少女に淡々と言われると、自分がいかに無能なのかを、どうしようもなく突きつけられるのだ。
評価が下がるのを覚悟で労働組合のお悩み相談室に泣きつき、まさかのニコ小隊長の方がしばらく異動になるということで心底安堵し、逆に申し訳なく思っていたのに。
その交代で現れたのが、あの『白い死神』と名高いビャッコ小隊長とは。
白い死神。
それは第41管区の治安維持部隊では、ちょっと名の知れた都市伝説のような存在だった。
実験的に配備された新型ヒューマロットにして、史上初の戦闘モデル。
その規格外の性能を遺憾なく発揮し、噂では非公表の重大事件にも従事したと聞く。
そしてつい先日は、反乱疑いで同じ治安維持部隊に指名手配されたものの、並みいる部隊を全員叩きのめして中央突破したらしい。
真偽のほどは定かではないが、体が千切れても戦い続ける戦闘狂で、タンカーやランドトレイン、さらにはパワーローダーすら一撃で沈めるほどの圧倒的な力を持つという。
なんだよそれ、化け物じゃないか。
怖すぎる。
(もうやだ、こんな生活。もし怒られたら、殺される前に全力で土下座しよう――)
「――テオ君? テオ君? 聞いてる?」
「ひゃ、ひゃい!?」
気づけば、ビャッコ小隊長が目の前に立っていて、こちらの顔を覗き込みながら首を傾げていた。
考え事をしていて完全に無視する形になってしまったテオは、慌てて奇声を上げながら顔を真っ青にする。
「テオ君、君の経歴や業務報告書を見させてもらったよ」
「そ、そうなんですね……ッ!」
さあ、どんな冷酷なダメ出しをされるのか。
痛くなる胃を必死に押さえながらテオが身構えていると、ビャッコがおもむろに口を開いた。
「すばらしい。とても頑張り屋さんだね」
「……はい?」
予想外すぎる優しい褒め言葉に、テオは素っ頓狂な声を上げた。
しかしビャッコはうんうんと頷き続ける。
「治安維持部隊で働き始めてから5年目だけど、怪我した期間を除いて無遅刻無欠席。しかも先月の残業が計80時間。よく耐えてるよ」
「いや、僕は要領が悪いだけなんですよ……」
「確かに、残業時間が長いことだけで評価するのはよくない。効率的に仕事が片付けられるならそれに越したことはないからね」
そうですよね、としゅんとなるテオ。
しかし、とビャッコは続ける。
「君、他の人の仕事まで肩代わりしてるでしょ? この詰所の報告書だけど、みんな文体の癖が一緒だから不思議だったんだよね」
「……っ、すみません」
前線で役に立たないからと、同僚たちから面倒な書類仕事を押し付けられがちだった過去を的確に指摘されて、言葉を詰まらせるテオ。
なぜ赴任してきたばかりで、そんなことまで看破できるのか。
驚きの視線を向けるが、小隊長は「アレスが分析したからね」とよく分からないことを呟きつつ、咎めることなく優しく首を振った。
「責めてる訳じゃないよ。仲間の分まで報告書を書いてるみたいだけど、どれも内容が丁寧で、とても分かりやすい。しかも、そんな不遇な状況が続いても心が折れずに働き続けられるのは、君の芯が強い証拠だ。同じ社畜として尊敬するよ」
「シャチク?」
「とにかく、君は凄いってこと。業務環境の改善は追々していくから、何かあったら相談してね」
そういってビャッコは背伸びをしながら、テオの肩をポンポンと気安く叩いた。
噂に聞く『死神』が、ただの事務作業しかできない無力な自分を頼りにしている。
たとえそれが上司としてのお世辞であったとしても、嬉しさを感じないはずがなかった。
また、治安維持部隊に来て初めて他者から掛けられた「君は凄い」という肯定の言葉。
それは、テオのすり減った胸の奥底に、じんわりと温かい不思議な感情を芽生えさせていた。
その時、初めてビャッコ小隊長の顔を直視した。
宝石のようなオッドアイの瞳が、自分にじっと注がれている。
ニコ小隊長に顔を覗き込まれたときは、矮小な自分の奥の奥まで機械的にスキャンされているような、あるいは自分なんてただの『処理すべき数字』としてしか見ていないかのような冷たい恐怖があった。
だが、ビャッコ小隊長は違う。血の通った『等身大の人間としての自分』を、しっかりと見据えてくれているような気がした。
あと、普通に可愛い。
人形じみた美貌には相変わらず無表情が張り付いているものの、覗き込むような目線、微かに上下に揺れる耳、少し傾げた首、プルプルと震えながらつま先立ちする足。
鉄と油の匂いが漂う詰所にふわりと漂う甘い香り。
(もしかして……噂と違って優しい人なのかな……?)
テオの強張っていた肩の力が抜け、長年彼を苦しめていた胃痛が少しだけ和らいだような気がした。
(テオ君の方はこんなもんでいいか。書類仕事が得意な子がいてくれると助かるし、ボチボチでいいから頑張ってもらおう)
心の中でそんな計算をめぐらせつつ、ビャッコはテオからすっと離れると、今度はアッシュの方にとことこと歩いていく。
「ねえ、アッシュ君」
「………………」
プイっとあからさまに視線を逸らすアッシュ。
ビャッコは彼の向いた方に回り込んで、下から顔を覗き込んだ。
「ねえねえ、アッシュ君」
そのしつこい様子に無視しきれなくなったのか、苛ついたような表情でこちらにガンをつけるアッシュ。
「んだよ、うぜえな。テオの野郎と違って俺に褒めるところなんてねえぞ。なんせ下層地区育ちのスラム上がりだからな」
ビャッコは脳内で瞬時にデータベースを検索し、アッシュの人事履歴を参照した。
確かに下層地区出身で、お世辞にもネオンやルミナのような飛びぬけた技能がある訳ではない。
身体能力が一定以上、かつ素行は悪いが犯罪歴がないことで治安維持部隊のリクルーターが採用したとなっている。
分かりやすい肉盾、もしくは鉄砲玉要員だ。
ただし、訓練学校に数か月放り込まれただけじゃ彼の矯正はうまくいかなかったようだ。
勤務評定を見ると、根性はあるが、上下問わず反抗的で協調性なし。
遅刻等の問題行動も多いので、このままだと近いうちに強制矯正施設送りか、クビになるだろうという崖っぷちだった。
そこまで読み終わったところで、ビャッコは心の中で薄く笑った。
(この程度のことで褒めるところがないって? 人生経験豊富なおじさん、もといお姉さんを舐めないでほしい)
そう思いながらごく自然な様子で一歩近づく。
「表に停めてあったフロートバイクって、アッシュ君の?」
「あ? そうだけど、それがどうしたよ」
「いや、随分とカッコいいマシンに乗ってる人がいるなと思ってさ」
そのフロートバイクは改造が施されていて、見るからにお金がかかっていそうだった。
明らかな趣味の領域。
つまり、分かりやすい
だが、ビャッコの言葉に、幾分鼻白んだ様子になるアッシュ。
「……そんな見え透いた手に乗るかよ。マーガリンがバイクの良しあしなんてわかるわけねえだろ。乗ったこともないくせに適当なこと言って媚び売んな」
「そんなことないよ。この前の任務で後部座席には乗せてもらったし。たしか、種類は――」
視線をさまよわせるビャッコの脳内に、【JK氏とアウトランドで乗せてもらったバイクでしたら、ヤマサキ製の水冷式V型ホバーユニット搭載『ストレイキャット・カスタム』です】と、アレスから補足が入る。
「ストレイキャットだった。V型ホバー特有の低音の唸りが痺れるし、なにより加速時のGの抜け感が最高に気持ちいいんだよね」
「ふーん……まあ、ちょっとは分かってるみたいだな。でも、俺のマシンの方が凄えけどな」
「え? アッシュ君のどんななの?」
そう目を輝かせながら、ビャッコはごく自然な流れでアッシュの隣のデスクにするりと腰掛けた。
「そりゃそうだよ。俺のマシンはスラスターの吸気口を非合法ギリギリのサイズまで拡張してあって、さらにマグネティックサスを独自に調整してるから、カーブでの路面の食いつきが段違いなんだよ」
「さすがだね。知らなかったよ」
「それに、マフラーもチタン合金の焼き入れに変えてるから、排気音がたまんねえんだ」
「すごい、センスいいね」
「あとは、ブーストの出力もリミッター外して――」
「へえ、そうなんだ」
ビャッコとしては会話の「さしすせそ」をなんの捻りもなく使っているのだが、アッシュは気づく様子もなく自慢話を続けていく。
いくらやさぐれて大人ぶっているといえど、まだ20にも満たぬ若造だ。
自分の好きなものを認めてくれると悪い気はしないようで、面白いように調子に乗ってくれている。
一周回ってビャッコもちょっと楽しくなってきた。
(そもそも、新卒社会人くらいの男の子が反抗的になっても、どこか微笑ましく感じるんだよね。そういう意味じゃ私もおじさんってことか。ふっ、私も丸くなったもんだぜ)
前世で、やたら馴れ馴れしい若手の言葉遣いに上司がちょっと嬉しそうにしていた光景を思い出す。
そんなことを考えながら話を聞いていると、ひと段落ついたところでアッシュはポンと膝を打った。
「……なんだ、思ったよりも話がわかるな、お前」
「それはよかった。こっちもつい聞き入っちゃったよ」
手応えを感じるビャッコの前で、すっかり気を良くした様子のアッシュは、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「チンチクリンだが面は悪くないし、特別にバイクの後ろに乗せてやるよ」
そう言って、アッシュはビャッコの華奢な肩に馴れ馴れしく腕を回そうとする。
「あはは、そのうちね」
『行けたら行く』並みのお断りに近い返事をしつつ、やんわりと手を払おうとするが、アッシュはぐいと強引にビャッコの小さな体を引き寄せる。
「つれないこと言うなって。仕事なんてサボってこれから行こうぜ」
「サボる……?」
その途端、先ほどまでの朗らかだった空気が凍りついた。
ビャッコのあどけない顔から一切の感情が抜け落ちる。
そして、自分の肩に回されたアッシュの筋肉質な腕を、白銀の右手――サイバネアームでそっと握り返す。
一見すれば、さりげない仕草。
しかし。
「――っ?」
アッシュの顔が、一瞬で引き攣った。
白銀の流麗な、あまり戦闘用には見えないサイバネアームで握られた自分の手が、空間に固定されたようにピクリとも動かせないのだ。
痛くはないが外れない手錠をかけられたような感覚だった。
見た目と現実が乖離した光景に生存本能がけたたましい警鐘を鳴らす。
「それ、冗談だよね?」
先ほどと変わらない、静かで平坦な口調。
だが、その相貌は人形めいたところも合わさって不気味の一言。
そんな眼光にさらされたアッシュに脳内で呼び起こされる本能的な恐怖。
ビャッコは静かに言った。
「仕事は?」
「……する」
「返事が聞こえない」
「します!」
アッシュはゴクリと喉を鳴らし、引き攣った顔でただ何度も頷くことしかできなかった。
「よかった。さっそくパトロールに行くから早く準備しておいで」
ビャッコは再びあどけない表情に戻ると、パッと手を放してそのままドアから出ていった。
残された部屋の中。
へたり込んだアッシュに、テオがおずおずと駆け寄った。
「だ、大丈夫……?」
「……なにがだよ。別に、全然平気だし」
そんな言葉とは裏腹に、上ずった声を上げるアッシュ。
そんな彼の強がりには反応せずに、テオは困惑した様子で呟く。
「とりあえず怒らせない方がいいんじゃないかな……。ニコ小隊長と違って話せば分かってくれるみたいだし」
「くそっ、なんなんだよあのガキは。前のやつとは大違いじゃねえか」
ニコの時はサボっても何も言わなかったことを思い出しながら言うアッシュ。
なお、ニコは特に注意もせずに無言で評定を下げていただけなのだが、人生経験の浅いアッシュにとっては、自分にビビッて何も言えないと完全に勘違いしていたのだった。
だが、新しく来た小隊長は随分と人間らしいプレッシャーをかけてくる。
「チッ……行くぞ、テオ。モタモタしてんじゃねえ」
「あ、待ってよアッシュ!」
アッシュは忌々しそうに、だが自分の震える膝を誤魔化すように乱暴にデスクを蹴って立ち上がると、重い足取りでドアへと向かった。
そして、テオも慌ててその背中を追うのだった。