SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
『サクラデバイスコーポレーション自治区41管区治安維持部隊第3詰所』
今更言うまでもないが、ここはビャッコの所属する詰所である。
詰所としては平均的な規格で造られており、本来であれば何の飾り気もない剥き出しの暴力装置に過ぎないはずの場所だった。
しかし、現在の女性比率は驚異の100%、しかも全員の顔面偏差値が高い。
その結果、詰所の前を行き交うナチュラルたちがチラチラと視線を向けていく程度には、この地域にも奇妙な形で馴染んでしまっていた。
とはいえ、配属されているメンバーは、治安維持部隊の中でも指折りに癖も実力も強い連中ばかり。
心無い他の治安維持部隊員たちからは『アマゾネスの島』『第41管区の火薬庫』『花畑に見せかけた地雷原』と、およそ公務を預かる組織とは思えない評判を立てられているのが現状であった。
――そんな第3詰所の内部。
待機室に立ち込める空気は重く淀んでいた。
旧式の換気システムが悲鳴を上げているのか、重油のように苦い安物の合成コーヒーの匂いと、過熱した精密機器が放つ特有の焦げたような匂いが混ざり合い、不快な熱気となって部屋に籠っている。
壁一面に投影された巨大なホログラム地図だけが、休むことなく街の毒素を明明とした蛍光色で色分けし、不気味に明滅させていた。
区画内の警戒レベルや、リアルタイムで更新される監視対象のアイコンが忙しなく動き回り、この街の澱んだ状況を逐一報告してくれている。
その部屋の中央、不自然に並べられたパイプ椅子に二人の女性が座っていた。
「ネオンちゃーん。表情固いよー。リラックスリラックス……って、この会話前にもしなかったっけ?」
静まり返った室内で、間延びした声が鋭く沈黙を破る。
鮮やかな赤髪を高い位置でポニーテールにした女性――ルミナが、手元で支給品の銃器をいじくり回しながら言った。
治安維持部隊の規約において、装備品には一定の現地改修の権限が付与されている。
とはいえ、すでに原型が残らないほど無骨に魔改造されたそのシロモノを見れば、本部の装備課の職員が卒倒し、閉口すること請け合いの凄まじい造形へと変貌を遂げていた。
「ビャッコの時に言ってたかしら。でも、リラックスできるわけないわ」
ネオンはそう言いながら、艶やかな黒髪を苛立たしげにかき上げ、深いため息をついた。
「もうすぐニコちゃんが来るんだよ。明るく出迎えてあげないと」
「そうは言うけどね。あの子が実戦配備されたということは、サクラデバイスが本格的に戦闘用のヒューマロットの量産に着手したということなのよ? ……ビャッコのことは信頼しているし、もちろん大切だけど、それはそれとして複雑だわ」
「あー、だからお風呂でニコちゃんに会った時、しかめっ面してたんだ」
ルミナは先日の銭湯での初対面のシーンを思い出しながら、クスクスと喉を鳴らす。
ルミナとしては「へー、ビャッコちゃんの妹なんだー」くらいの極めて軽い気持ちで接していたが、この生真面目で正義感の強い同僚は、また脳内で小難しい倫理観の迷路に迷い込んでいたようである。
「だって、ビャッコに続いて、ニコまであの見た目なのよ? あんな子が戦闘用として量産されるなんて、やっぱりどう考えてもおかしいわよ」
「うーん、それはまあ、そうなんだけどねー」
ビャッコが戦闘のたびにボロボロになり、半死半生で運ばれてくるたびに胸を痛めていた身としては、ネオンの言い分には完全に同意だった。
だが、かと言ってギリギリでシルバークリアランスの身分である末端の自分たちとしては、本部上層部の意向に逆らえるわけもない。
つい先日会ったばかりの、ゴールドクリアランスを持つヒューマロット開発部長、白鷺ユズリハ博士の顔がルミナの脳裏をよぎる。
あの人物の人間性を考えると、決して道徳心とかをどぶに捨てきっている冷酷なマッドサイエンティストというわけではないのだろうが。
いや、案外、あの様子を見るに「やったねビャッコ。妹がふえたよ!」くらいのノリで、製造している可能性も捨てきれないのが厄介なところだが。
「いっそニコの評価がガタガタになるように、私たちが現場で適度に適当に手を抜いて、この量産計画自体をとん挫するようにすべきかしら……」
「こらこら。それじゃあニコちゃんが可哀そうでしょ?」
ルミナの真っ当な突っ込みに、己の暴論への自覚があるのか、ネオンはバツが悪そうに唇を尖らせてそっぽを向いた。
再び待機室には、ルミナが工具で機械のネジをギリギリと弄る金属音だけが響く。
しばらくして、ネオンは「でも」と再び言葉を紡いだ。
「ニコのことだけど、現時点で本部からクレームが山ほど来てるんでしょ? 一体、どんな仕事ぶりなのかしら?」
「うーん。この前会った限りでは、普通にいい子そうな印象だったけどねえ」
「――なんの話ですか?」
不意に、背後から別の声が割って入ってきた。
ネオンとルミナが反射的に振り向くと、そこにはいつも通りのジャージ姿で、眠そうに目をこするアイリスの姿があった。
ついさっきまで、配置交換で出発するビャッコに縋り付いて、この世の終わりのようにギャン泣きをかましていたはずなのだが、洗面所で顔を洗ってきたらしく、その目元はいくぶんすっきりとしている。
だが、そんな彼女の場違いな姿に、ネオンは怪訝そうに首をひねった。
「あら、アイリス。あなた今日公休でしょ? まだいたの?」
その言葉に、アイリスは当然と言わんばかりに小さく頷きながら答える。
「今日は
「……アイリス、もう一回『妹』って言ってみて」
「
「……いえ、別に」
口では言い表せない違和感を覚えつつもスルーするネオンだった。
そんな不毛な会話を交わしているちょうどその時、待機室の入り口の自動ドアが、ウィンと滑らかで静粛な駆動音を立てて横に滑った。
3人の視線が一斉にその一点へと集中する。
そこに立っていたのは、一つの小さな影だった。
キュッ、キュッと、新品のコンバットブーツが床を擦るわずかな音。
少女が頭を動かすたびに、室内の蛍光灯の光をキラキラとプリズムのように反射して、左右に軽やかに揺れる銀糸の髪。
ノリがパリッと利いた支給品の制服は、シワ一つなく、小柄な身体へ完璧に着こなされている。
その顔は先ほど旅立ったばかりのビャッコと瓜二つの、端正さと愛くるしさが同居する相貌であるが、やはり、どこか違う。
ビャッコが真面目で忠実でワンコだとするなら、目の前の少女は、可愛らしいが油断のならないニャンコの雰囲気。
それが、企業が誇る最新型戦闘用ヒューマロット、SFTS1025ことニコだった。
「みなさま、ごきげんよう、です。SFTS1025、本日より2週間お世話になります、です」
「いらっしゃいニコちゃん! よろしくねー!」
そんなニコに真っ先に距離を詰めたのはルミナだった。
嬉々とした表情でさっそくニコの小さな両手を握りしめる。
そんなルミナに対し、ニコは眉一つ動かさず、ただガラス細工のような瞳でルミナを見つめ、無表情に小さく頷いた。
ネオンは先ほどまでの会話もあって、ちょっと気まずそうに形ばかりの会釈をしていたが、すぐにニコが不釣り合いな縦長のリュックサックを背負っていることに気づいた。
「ねえ、ニコ。その荷物はなに? 支給品にしては形が変だけど」
「はい、ネオンさん。これは皆様への『手土産』です」
「あら、気が利くわね」
「いいのにそんな、気を使わなくても」
ネオンが意外そうに感心し、ルミナも恐縮するように手を振るが、ニコは表情を変えないまま淡々と応じる。
「いえ、新たな職場に赴任する際は、円滑な業務遂行のために『付け届け』は非常に有効な手段であると学習しましたので」
そう言いながら、ニコは慣れた手つきで縦長のリュックを下ろし、ジッパーを滑らかに開いた。
ネオンたちが「何が入っているのかしら」と覗き込んだ次の瞬間、部屋の澱んだ空気が凍りつく。
「よいしょっと」
ゴロン、という音とともにリュックの中から取り出されたのは、青白い生身の人間の『右腕』だった。
その腕は、肩口の断面から先が、低い駆動音を響かせる専用の精密機械ユニットに無骨に装着されている。
ユニットのチューブからは半透明の保存液が絶え間なく循環し、硬直を起こさないように微弱な電流が流されているのか、指先が時折ピクピクと機械的に痙攣していた。
「ひっ、な、なんですかこれ!?」
アイリスが短い悲鳴を上げて数歩飛び退く。
そんな様子を見ても、何事もないようにニコは言い放った。
「お姉さまの、生身の右手です」
「は……っ?」
「正確には、少し前の任務で敵のブレードによって切断され、治安維持部隊の回収班が確保していたものです。その後、お母さまが引き取って保管していたのをお土産として持ってきました、です」
生体パーツブローカーの事件の際、ルミナを庇って根元から切り落とされたビャッコのオリジナルの右腕――それが今、最悪な形の帰還であった。
「なんでそんなもの持ってくるのよ!?」
ネオンが顔を真っ青にして絶叫するが、ニコはいたって平然とした様子で、むしろどこか誇らしげに薄い胸を張ってみせる。
「この前、銭湯でお会いした際に、皆様のことをさり気なく観察した結果、鋭い私は気づいたのです。皆様の共通点、それはお姉さまのことが好きなことです」
「いやまあ、間違っちゃないけど……」
「ですが、お姉さまの所有権は企業に帰属するので皆様には分配不可能。ですので、せめて一部だけでもと思い、お持ちしましたです」
「頭おかしいんじゃないの!? ルミナもなんか言ってやって!」
ネオンが頭を抱え、助けを求めるように隣の同僚の肩を揺さぶる。
しかし、ルミナは床に直接両膝をつき、壁に向かって小さく丸まっていた。
「ごめんなさいビャッコちゃん……私が、私がドジ踏んで余計なこと言ったばかりに……痛かったよね、つらかったよねぇ……っ」
トラウマそのもののブツを直視してしまったせいで、完全に自分の世界に閉じこもってブツブツと呪文のように呟き始めたルミナの姿がそこにあった。
「ルミナ!? ――アイリス、ルミナが変なスイッチ入っちゃったからあなたからニコちゃんに言って……」
ネオンが戦慄しながら振り返る。
だが、そこにいたのは、ネオンの言葉など一切耳に入っていないアイリスだった。
アイリスは引き寄せられるようにその青白い生身の腕に近づくと、ビャッコのその手のひらに、自分の指を一本ずつ「恋人繋ぎ」で深く絡ませていた。
そして、ハイライトの消えた瞳に暗い恍惚の笑みを浮かべ熱っぽい吐息を漏らす。
「……あはっ♡」
「正気に戻れっ!!」
パァァン!! と、待機室に乾いた音が鳴り響いた。
ネオンが容赦なくアイリスの頬を全力で張り飛ばす。
ハッと我に返ったアイリスが、赤くなった頬を押さえながら真顔に戻った。
「わ、私は何を……?」
「とにかく! 却下よ却下! そんなもの受け取れるわけないでしょ!」
ネオンは肩を激しく上下させながら、銀髪少女に怒声を浴びせる。
すると、ニコは心底不思議そうに首を傾げた。
「やはり、一つしかないと争いの元になりますか? 気は進みませんが、お姉さまの腕を綺麗に3分割して、お一人ずつ均等にお渡ししましょうか? その場合、縦と横のどちらに分割すべきか――」
「こんな猟奇的なもの持ってくるなって言ってんのよ!!」
激昂するネオンの前で、ニコは「不可解です」とでも言いたげに、不満げな半目を向けるばかりだった。
そんな一触即発の空気の中、赤くなった頬をさすっていたアイリスがおずおずと手を挙げ、素朴な疑問を口にした。
「あのー、ニコ小隊長。ここに生身の腕が残っているなら、これを小隊長に返してあげれば、元の生身の腕に戻せるのではないでしょうか?」
その言葉に、ネオンもハッとしたようにニコを見つめる。
だが、ニコは実にあっさりと、無慈悲に首を横に振った。
「あまりおススメしないです。お姉さまの右肩口には、すでにサイバネ用接合基部が神経直結で埋め込まれています。これを生身に戻すとなると手術自体が難しいし、ましてや戦線復帰できるほど回復するかは未知数です」
そこまで一気言うと、ニコは小さくため息をつき、さらに言葉を重ねた。
「ちなみに、赴任前にお姉さまへ『生身の腕に戻したいですか?』とさりげなく尋ねてみましたが、『せっかくルミナが強くてかっこいい腕を作ってくれたんだから、私は今のままで別にいいよ』と言っていました。よって自由に使っていいものと判断したです」
「ビャッコちゃん……っ!」
さっきまで壁際で絶望のどん底に沈んでいたはずのルミナが、バッと勢いよく立ち上がった。
目元の涙を乱暴に拭いながら、その白い頬をポッと林檎のように真っ赤に染め上げていた。
「私の……私の作った腕を、そんな風に言ってくれて……っ。うう、ビャッコちゃん愛してる……! 私が一生面倒見てあげるからね……!」
「はいはい、もうそれでいいわよ……」
ネオンは疲弊しきった様子で自分の眉間を強く押さえ、しっしっと犬を追い払うように手を振った。
「とにかく! ニコ、それは白鷺博士のところに持って帰ってちょうだい。博士だって、機密保持とかのために引き取ったんでしょう? それを私たちが勝手に持ってたら、どんな罪に問われるか分かったもんじゃないわ」
「……喜んでもらえず、非常に残念です」
ニコは不満を隠そうともせず唇を尖らせると、保存液のユニットごと右腕をいそいそとしまい直す。
そんなニコの姿を前に、3人は肩を寄せ合い、ヒソヒソと声を潜めて会話を始めた。
「(この子、元の第5詰所でもこんな感じだったわけ? 誘拐されて、テロリストに変なデータでも書き込まれて頭おかしくなっちゃったんじゃ……)」
「(うーん、ビャッコちゃんは世間知らずなところはあったけど、こんなサイコパス味なかったもんね……)」
「(顔が同じなだけに、違和感がひどいですぅ……)」
そんな話に気づく様子もなく、「――さて、皆様。アイスブレイクも終わったところでお仕事の時間です、です」とニコは爽やかに告げてみせた。
「言うほどアイスがブレイクした気がしないんだけど」
そんなネオンの真っ当なツッコミを綺麗にスルーしながら、ニコは凛とした声で隊員たちに告げた。
「ネオンさん、ルミナさん。これより定時パトロールに赴きます、です」
そして、ニコは一歩だけ前に出ると、ジャージ姿の少女に向かって綺麗なお辞儀をして見せた。
「アイリスさん。公休のところ、わざわざの出迎えありがとうございました。お疲れ様でした、です」
「あ、はい。お疲れ様でした……!」
アイリスはペコリと頭を下げると、「では、お二人とも頑張ってください」と言いながら、いそいそと、しかし明らかに安堵した足取りで格納庫の中、安全圏であるアイアン・メイデンの中へと消えていった。
残されたネオンとルミナは、完全に自分たちを置いて逃げ切ったアイリスの背中を恨めしそうな眼差しで見つめる。
「「はぁ……」」
二人の重いため息が、重苦しい待機室にシンクロして響いた。
「さあ、今日も元気にお仕事します、です」
白銀の髪を揺らし、元気な足取りで歩き出す小さな最新型ヒューマロット。
ネオンとルミナは、まるで処刑台へ向かう罪人のようにどんよりとした足取りで、その後ろ姿をトボトボと追い始めるのだった。