SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する! 作:宇宙のモナカ
天気のいい昼下がり。
私ことビャッコは、部下であるアッシュ君とテオ君の3人で、のんびりと定時パトロールをしていた。
元いた第3詰所の管区は、比較的よく整備された新興の住宅地や、華やかな商業地区が多めのエリアだった。
それに比べると、この新しい赴任先である第5管区は、一世代前の錆びついた熱気が残る旧市街と、巨大な工場群がひしめき合う工業地区が主体の地域である。
整然とした高層ビルが立ち並ぶ第3管区の洗練された街並みに比べると、こちらはどこか古めかしく、そしてひどく無骨だった。
頭上を縦横無尽に這い回る巨大な配管パイプが空を狭く切り取り、どこからか漂う重油の匂いと金属の削れる鈍い音が、ここが「生産と労働の街」であることを嫌でも肌に伝えてくる。
表通りに関しては、管理企業から委託を受けた一般労働者型のヒューマロットたちがせっせと清掃活動に励んでいるため、一見するとそれなりに片付いているようには見える。
だが、一歩細い路地裏へと足を踏み越えれば、そこはまったくの別世界だ。
錆びついた外壁に囲まれた空間には、ねばついた廃液の水たまりができ、いかがわしいホロ広告や正体不明のジャンクパーツが転がっている。
当然ながらそこに好んで
酒か薬か分からない瓶を抱え込んで、うーうー唸りながら横たわるもの。
派手な髪色に接続端子かタトゥーか分からぬ痕をびっしりと顔に這わせるもの。
分かりやすく凶器を腰にぶら下げて仲間と馬鹿話に興じるもの。
なにもしない限りはこちらから手出しするつもりもないので、ただ平和に日常を過ごしてもらうことを祈るばかり。
そんな光景は、管理社会と言っても何事も完璧にはならないということを示している。
現在の私たちの並び順は、先頭からアッシュ君、私、そして最後尾にテオ君という凸凹なスリーピースだ。
先頭を行くアッシュ君は、治安維持部隊の制服のポケットに両手を突っ込み、肩をいからせながら歩いている。
その鋭い三白眼をぎらつかせ、すれ違う道行く市民たちを無差別にガン見、というか完全に威嚇しながら威張るように進んでいた。
彼が最前線で先導を買って出てくれている理由は、出発前に「マーガリンのガキの後ろなんか歩けるかよ」とはっきり口にしていたので、まあ文字通りの意味なのだろう。
これがもし、ひねくれたツンデレ気質の現れだったり、この地区に不慣れな私を気遣って「危険だから俺が前に立つ」なんていう殊勝な心がけによるものだったら、いくらか可愛げもあるというものだが……まあ、そこら辺はおいおい時間をかけて仲を深めていけばいい。
とはいえ、無闇矢鱈に周囲を威圧するのもどうかと思うが、後ろを歩くテオ君のように、肩を縮こまらせ、自信なさげにおどおどと歩くのに比べれば、アッシュ君の凶暴そうな佇まいのほうが犯罪抑止効果としては幾分マシなのかもしれない。
(まあ、私も最初の頃は、舐められまくりだったから、テオ君のことを偉そうに言える立場ではないんだけどね)
こうして異郷の荒んだ街並みを歩いていると、平和な国――前世の日本出身の身としては、「もう少し市民に優しく接したらどうなんだ」と言ってしまいそうになるが、この世界においてはアッシュ君の殺気立った態度が一概に間違っているとも言い切れないのが難しいところだ。
私はよく、現在の治安維持部隊と前世の日本の警察組織を比較して考えてしまう。
しかしながら、生きてきた時代も社会情勢も、さらには根底にある倫理観自体がまるで違うため、結果として両者に求められる役割には天と地ほどの差があった。
実は私も、この世界に着任した当初は、公僕として極力フレンドリーに振る舞い、なんなら困っている人がいたら笑顔で道案内や問題解決をしちゃうぞ、くらいの親しみやすいお巡りさん気分で市民に接していた。
だが、ネオンやルミナに言わせれば、その態度はこの社会においてズレているそうだ。
そもそも、世界規模で国家の枠組みが崩壊する過程で、いくつもの大きな戦争や内乱が勃発したという歴史がある。
そんな社会が崩壊した時期を経たこともあって、企業統治によってある程度の均衡を保っている現在でも、推奨こそされていないが、市民が護身用に持つ武器の単純所持を取り締まることは事実上不可能に近かった。
ヒューマロットが許可なく武器を携行することは基本的にないが、ナチュラル(生身の人間)であれば、自宅に銃の一丁や二丁が転がっているのは当たり前の社会なのだ。
ちょっと治安の悪いエリアに行けば、腰に拳銃をぶら下げて歩いている人間などザラにいるし、下層地区ともなれば言わずもがな。
それどころか、密造された軍用サイボーグや重機まがいのパワーローダー、戦闘用サイバネに、肉体を限界突破させる危険な戦闘薬物など、銃火器よりもよっぽどタチの悪い兵器が裏で出回っている。
そんな魔境で治安を維持する仕事が、穏健なわけがなかった。
ここで求められているのは市民との温かい融和ではなく、あくまで犯罪を力づくで撲滅するための「鞭」の役割、その一点のみ。
その過程で、凶悪犯を退治して市民から感謝されたり、怯えた被害者から助けを求められたりすることはあっても、地域住民と笑顔で「仲良く」するような機会は滅多にない。
まあ、私はそんな世情でも街の人に気さくに話しかけたり、公園で子供たちと遊んだりしているけれど、それはあくまで私個人のキャラクター(と、この愛らしい外見)によるものであって、治安維持部隊という組織全体に求められている本来の仕事像ではない、ということだ。
あの正義感の強いネオンや、いつも明るいルミナでさえ、ひとたび目の前に犯罪者が現れれば、容赦なく銃弾を叩き込むことに一切の躊躇もしない。
(もっとも、ネオンの撃った銃弾がまともに敵を倒したシーンを未だに見たことがないのだけれど。)
何が言いたいかというと、このパトロールにおいて、ある程度周囲を威圧するようなピリピリとした態度になってしまうのは、この世界の構造上仕方のないことなのだ。
――なのだが、それにしても、だ。
「……ねえ、テオ君。アッシュ君って、そんなに怖いのかな?」
後ろをトボトボと付いてきていたテオ君に、私は振り返りながら小さく声をかけた。
「はい? どういう意味でしょうか?」
テオ君が眼鏡の奥の目を丸くする。
「いや、さっきから道行く市民の反応が、ちょっと過剰な気がするんだよね……」
治安維持部隊の制服を着て街を歩けば、一般市民が分かりやすく目を逸らしたり、サッと道を譲ったりするのはどこに行っても日常茶飯事だ。
しかし、さっきからの彼らの様子は明らかにおかしい。
まだかなり距離があるにもかかわらず、こちらの姿を視界に入れた瞬間に大慌てで踵を返して別ルートへ逃げ出したり、楽しそうに立ち話をしていた人たちが私たちを見た瞬間に顔を真っ青にして俯き、お通夜のように黙り込んでしまったりする。
ここまでの反応をされるほど、先頭を歩くアッシュ君のガンつけが怖いのだろうか。
正直、数々の死線を潜り抜けてきた私の感覚からすると、彼のチンピラめいた威嚇など可愛いものにしか見えず、いまいちピンとこない。
だからこそ率直な疑問をテオ君に尋ねてみたのだが、彼はなんとも言えない微妙な、ひどく引き攣った苦笑いを浮かべた。
「いえ、アッシュを避けているのもゼロではないと思いますが……どちらかというと、皆ビャッコ小隊長の方に反応しているのかと。正確に言うと、前任のニコ小隊長と見間違えてのことだと思います」
「ニコに見間違えて?」
思わず自分の顔を指差して聞き返してしまった。
私とニコの見た目は髪の長さや右腕のサイバネアームなど結構違いはあるのだが、基本的には同じ顔のヒューマロットなので見間違えることもあるだろう。
そうであったとして、何でそれでここまで全力で怯えられることになるのか。
「ビャッコ小隊長はニコ小隊長のここ一ヶ月の活動について、どこまで聞いてますか?」
私の困惑を察したように、テオ君がさらに声を潜めて尋ねてきた。
「12件の事件を解決して、12件の始末書を提出した、とは聞いてるけど」
「それはC評定以上の事件のやつですよね? ニコ小隊長はそれ以外も結構色々やってまして」
そう言いながらテオが遠い目をしながら言った。
「ニコ小隊長の治安維持活動は、なんというかその……圧政とでも言いましょうか」
「圧政って」
確かに治安維持部隊の仕事は、一歩間違えればただの圧政と紙一重だ。
だが、個人の仕事ぶりが、ここまで広く市民の間に恐怖として知れ渡ることなんてあるのだろうか。
私がそんな疑問を抱いて首を傾げていると、テオ君はさらに声を震わせた。
「僕もこの第5詰所には補充要員として後から配属された口なので、ニコ小隊長の初任務については先輩たちから聞いた話になるのですが」
「そういえば、テオ君は補充だったね」
「はい。ニコ小隊長の最初の任務は、連続強姦犯の逮捕だったそうです」
テオ君の口から語られたのは、実に胸糞の悪い卑劣な事件だった。
その犯行内容というのが、善良な女性市民を夜の路地裏へと強引に連れ込み、刃物で脅した上で行為に及ぶ。
さらに金品を奪った上で、口止め代わりに撮影までしていたというもの。
それが同じ手口で3件続いたらしい。
「3件目の被害者が訴え出たことで統合監査室が捜査に乗り出し、迅速に犯人が特定されました。ちょうど第5詰所の管内に犯人の自宅があったため、ニコ小隊長とその部下が突入して、普通に身柄を確保したそうです。犯人も何の変哲もない普通のナチュラルだったため、本来ならそれで終わるはずの、D評価相当の事件でした」
私の記念すべき初事件が、違法薬物で肉体を強化された狂人とのガチンコ格闘戦だったことに比べれば、ずいぶんと大人しいお仕事のように思える。
まあ、本来の治安維持部隊の業務とはそういうものだろう。
(ちなみに、この場合の『D評価』というのは、あくまで企業の経済的損害や事件解決の困難度に基づく社内規程の評価であって、その強姦事件そのものが大したことないと言っているわけではないのであしからず。)
「ですが」と、テオ君はゴクリと喉を鳴らした。
「ニコ小隊長は、それが丁度いい機会だから犯罪抑止を街にアピールしようと思いついたらしく……その日の夕方、第5詰所管区内の公共放送チャンネルを強制的にジャックしたんです。そして、『犯罪者は捕まったらこうなります、です』と言いながら、カメラの前で凄惨な
「……え? 調査って統合監査室の仕事だし、そっちからの依頼で逮捕したんなら、あとは大人しく収監するか、監査室に身柄を引き渡すだけだよね?」
私の至極真っ当な法律論に対し、テオ君は首を縦に振った。
「なので、明らかな示威行為ですよね。そこで、ニコ小隊長はその公開取り調べの最中、生配信のカメラの前で犯人の(ピー)を(ピー)して、さらに(ピー)までやったんです……。最初の(ピー)をした時点で、犯人はすでに特定されていた過去の犯行内容をすべて泣き叫んで自白したのですが、彼女の手が止まることはありませんでした。後半にいたっては、犯人の個人情報や恥ずかしい過去など事件に全く関係のない情報まで聞き出しながら延々と(ピー)を続けたらしくて……」
公共の場ではお聞かせできないような行為がテオ君の口から出続ける。
聞いているだけで、自分の股間にもはや存在しないはずの『アレ』が、恐怖でヒュンと縮み上がるような凄まじい話だった。
犯罪者の人権がどこまで確保されるべきかという倫理的な議論は、前世でも今世でも尽きないものだが、少なくともニコにそんな質問をぶつけたら、間違いなく「犯罪者の人権? 治安維持部隊の隊員に与えられる福利厚生の一部のことですか?」とでも平然と言い放つに違いない。
じゃなきゃこんなことしないだろう。
「しかも、故意なのか単純な設定ミスなのか、音量調整がおかしくなっていて、管区内の全ての街頭スピーカーから、音割れした犯人の凄まじい絶叫が夕暮れの街に響き渡り……」
「もういい。大体わかったから」
私は思わず自分の額を押さえながら、テオ君のこれ以上の報告を遮った。
「他にも、ニコ小隊長が自分の声を流す武装ドローンを、街中に飛び回らせたこともありました。普通は難事件の時に大量投入されるくらいしか見ないはずの兵器なんですけどね」
テオ君のその言葉を聞きながら、私はこの世界の奇妙な技術バランスについて思いを馳せていた。
武装ドローンがこれほど普及しているなら、そもそも生身の隊員や人型のヒューマロットが泥臭くパトロールをする必要なんてないじゃないか、と思われるかもしれない。
だが、そんなにうまい話があるわけでもない。
電子戦が発達した2155年現在、ネットワーク接続型のドローンというのは、存外に脆い存在なのである。
凄腕のクラッカーにハッキングされてシステムを乗っ取られたら、一瞬にしてこちらの兵器が「敵の凶器」へと早変わりしてしまう。
それは、いつぞやのネオンの恐ろしい手腕を見れば嫌というほど分かる通りだ。
おまけに武装ドローンは高価な精密機器の塊なので、犯罪者の手で叩き落とされてパーツを鹵獲されれば、それだけで企業にとっては損害になる。
そのため、通常であれば武装ドローンの使い道としては、突入の際の補助として集団運用するか、あるいは電子戦が得意な隊員直接コントロールするのが基本なのだが……。
「ニコ小隊長は、そういう意味では本当に凄いと言えば凄いんですよね」
テオ君が、畏怖の混じった溜息をつきながら言葉を続ける。
「彼女、昼休憩を取りながら、25機もの武装ドローンを同時に、マイクでの呼びかけを交えながら完璧に操作していたんです。その上、パトロール中のドローンにハッキングを仕掛けてきたクラッカー相手に、逆ハッキングを仕掛けて住所を特定。そのままドローン群をその部屋の窓から突入させて制圧しちゃったりして」
「たしかにそれは、私じゃ逆立ちしてもできないけど……」
「でも、武装ドローンが四方を取り囲んで、ゼロ距離で銃口を突きつけながら職務質問を連発するものだから、さすがに市民団体からクレームが殺到したみたいで。しかも、その大量の武装ドローン、全部本部で整備中だったものを勝手に無断で拝借していたらしくて、後で上層部からこっぴどく怒られていました」
話を聞く限り、どうやらニコはJKが銭湯に来た時にやっていたサボりの手口を真似していたようだった。
だが、あくまでサボる時間を確保するためにバレない程度にやっていたJKたちと違って、治安維持という大義名分のもとで堂々と大暴れしてしまったニコでは、当然のように結果が真逆に転がってしまったらしい。
「まあ、そんな感じで徹底的にやっていたので、この第5詰所管区では軽犯罪が低下したのと引き換えに、ニコ小隊長が『恐怖の象徴』として街に君臨することに。いや、別に君臨と言っても、そこで私腹を肥やすような真似は一切していないのですが……」
「あの子はなにやってるんだろう。絶対に私の電脳データだけのせいじゃない気がするんだけど」
実の妹のあまりに苛烈な仕事ぶりに、私は本気で頭痛を覚え始めていた。
そんな風に私とテオ君が声を潜めて会話を交わしていた、その時だった。
「おら! そこでくっちゃべってんじゃねーぞ! 通報が入ったから行くぞ!」
先頭を歩いていたアッシュ君が、振り返りざまに獰猛な声を張り上げて吠えた。
仕事にやる気なさげだった割には、事件に対しての積極性があるのはいいことだ。
私はニコの残した恐怖政治の余韻に溜息をつきつつも、即座に思考を戦闘モードへと切り替えた。
そして、事件が発生したという現場へ向けて、二人の部下と共に、すぐさま駆け出すのだった。