ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

10 / 97
第10話 マグダリアは微笑む、光の届かぬ礼拝堂(後半)

「……森の影響は、生活にまで及んでいるようだな」

「うふふふ、そうですね。ここ数十年(・・・)、妙に乾いた霧が森からやってくるようになりました。肌寒い風が吹き、作物もろくにとれませんから、なんとか食べられる物を探して、糊口を凌いでいるのでございます」

「子供達には何をさせている?」

「読み書きを教える時間以外には、麻を紡いだり、野草やドングリを取ってきてもらったり……そんなところです」

「野草に、ドングリと来たか」

「それでも子供たちには、なるべく森へは近づかないようにとは、伝えておりますよ」

「賢明だ」

 

 ロダンは、改めて部屋を見回す。

 

「ヤバマーズ男爵が、異端の儀式に傾倒している様子は?」

「ございませんわ」

 

 きっぱり即答。マグダリアの微笑みは崩れない。

 

「むしろ、こちらが伺いたいのですが」

 

 マグダリアは、ほんの僅かに首を傾げた。

 

「なぜ今さら、中央は本腰を入れたのでしょう?」

 

 空気が、張り詰める。

 

「……必要が生じたからだ」

「必要、とは?」

 

 ロダンは沈黙した。代わりに、リュスが口を開く。

 

「別にお答えしても構わないでしょう、ロダン。……近隣領でも、魔素濃度の上昇が確認されました。事態の拡散傾向があります」

「あらまあ」

 

 マグダリアの微笑みが、ほんのり深くなる。

 

「それは、大変ですこと」

 

 が、言葉と声色が一致していない。気持ちがこもっているように思えない。

 

「男爵様については、どうお考えです?」

 

 リュスが問う。

 

「あら、抽象的な質問ですね。善良なお人ですわ」

 

 これも即答。

 

「ですが」

 

 そこで、初めて言葉を区切った。

 

「とても。そう、とても孤独な方でございます」

 

 微笑みは変わらない。

 だが、述べられた見解は、妙に具体的な色を帯びていた。

 

「……男爵様が、なにをされているかはご存じですか?」

「さあ、なにぶん学がないものですから。ですが、状況を打破しようと、命がけで努力されていらっしゃるのでしょうね」

 

 命がけ。ロダンは思わず、聞いてしまった。

 

「ヤバマーズ男爵を、止めないのか」

「止めたところで、なにかが解決しますか?」

 

 ロダンは言葉を失う。

 沈黙の中、子どもたちの笑い声が遠くで響いた。

 

「この土地は、すでに崩れかけております」

 

 マグダリアは、ゆっくりと言う。

 

「男爵様を止めても、森は止まりません。魔素は減りません。収穫も戻りません」

 

 淡々とした事実確認。

 

「ならば、せめて……足掻いてくださる方がいるというのは、まだ健全と言えるのではありませんこと? ええ、もちろん、あたくしは見守ることしか出来ませんが」

 

 細められた瞳の奥が、見えない。そこに今、どんな感情があるのか。

 

(この女と話していると……ざらついた砂を舐めたような。ずっと、そんな違和感が口の中でする)

 

 聖騎士ロダンは、早くこの場を立ち去りたかった。が、使命がそれを許さない。

 

「……。であれば、話は早い。我らも、状況改善の努力をしよう。まず、食料と寝床を確保したいのだが」

「あらぁ、騎士様。困りましたわ。見ての通り、あの子たちの夕餉さえ、毎日出してあげられるかどうか悩んでいるものですから。……あ、それとも」

 

 マグダリアは眼を細めたまま、ロダンの顔を覗き込むように近づけた。

 

「騎士様は、ご自分の身を削って、あの子たちの栄養になってくださるのかしら?」

「……何をバカなことを」

「冗談ですわ。クスクス、そんなに怖い顔をしないで。……でも、一つだけ忠告しておきますね?」

 

 ふわり、と。

 マグダリアが動くたびに、この古い教会には似つかわしくない、湿った香りが漂う。

 

「この地の闇は、聖王様の光が届くほど浅くはありませんの。……あまり深入りしすぎると、希望を見つけるより先に、別の御方に見つかってしまいますわ」

 

 ロダンは、思わず身を引いた。

 

「……別の御方だと?」

「うふふふ……さあ、子供たち。お客様方にご挨拶なさい。この立派な方々は、きっと『たくさんのお土産』を持ってきてくださったはずですもの」

 

 マグダリアが手を叩くと、扉の手前で盗み見していた子供たちが、一斉にロダンたちに群がった。

 聖騎士としての威厳を保とうとするロダンだったが、汚れた小さな手でマントを掴まれ、慌てふためく。

 

「お土産……と言えるほどの物はないけれど」

 

 リュスは、子供たちに精一杯の愛想を向けた。そうして、背筋に走る言いようのない悪寒を、必死に押し殺していたのだった。




いつも応援ありがとうございます!

「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。

作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。