――血しぶきが散る。
生暖かい返り血が、顔を濡らした。
もう何度目かもわからない。
肉と骨を断つ感触が、手首を伝い痺れさせる。
(おかしい……僕の狩猟刀が命を断ったのは、これで何人目だ?)
くそ、思考が鈍って数えられなくなってきた。手も足もひどく重くだるい。
頑強さを誇る猟兵たちも、誰もが消耗の色を隠しきれずにいる。
「アスタ先輩……っ! うちが調合した焼夷弾も、さすがに品切れっすよ!」
ジルがずるりと、身体を引きずるように滑り込んできた。
メイド服を赤黒く染めあげ、超硬質回転刃を駆動させながらも……さっきまでの嘲笑う悪趣味な余裕がない。
「ああ、知ってる……」
「なのにアイツら、ちっとも足が止まらないっす」
「……わかってる、わかってるさ!」
「どうして、全然退かないんすか!? ――散々、炎と煙で脅かしてやったじゃないっすか!」
その通りだ。
背後から奇襲をかけ、炎と毒煙とをバラ撒いた。群れの心臓部であるリーダー格も次々と仕留めてやった。
所詮、利害で繋がったならず者。
もう、とっくに恐慌状態。いつもなら四散しているはず。
現に、今だってパニックになった盗賊たちが互いに斬り合いをしている始末だ。
なのに――『軍勢としての前進』は、まったく止まる気配がない。
「なんで……なんで、どいつもこいつも、あんな必死に村を目指すっすかっ!?」
倒しても、倒しても。
煙に巻かれ、喉を焼かれ、仲間を刺し殺しながらも。
奴らはまるで、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、執拗に村へと這い進んでいく。
なぜだ?
なぜ、これほど削られても連中は瓦解しない?
(こんだけ殺せば、欲より恐怖が勝って逃げ出すはずだろ……!? 美味い汁を吸いに来ただけの、臆病なハイエナの癖に!)
そこに轟音、閃光が弾けた。
――ズガァアアアンッ!!
震える鼓膜。
僕は思わず手を止め、村の防衛陣地へと顔を跳ね上げた。
嫌な汗が背中を伝う。
「……防ぎきれ、なかったのか?」
とうとう村に、火球と衝撃波が放たれた。
炎の網を死に物狂いでかいくぐり、
大学にすら入れない三流の術士たち。
しかし、適切な防魔設備を持たない僻地の村にとっては、粗雑な破壊魔術でも十分すぎるほどの脅威。
並の盗賊相手ならば、歯牙にかけないほど強い領民でも……対抗しきれない。
そんな押し寄せる現実と向き合って、ようやく僕は最悪の答えに辿りついた。
「どうやら、僕は……計算違いをしていたらしいな」
「なんだっていうんすか、先輩!」
「こいつら、何処にも退く先がないんだ」
「退く先……? だって、死ぬよりはマシじゃないっすか! とりあえずここから逃げれば――」
「今さら逃げたところで、夜の森を逆戻りするか、魔物のうろつく不毛の地を彷徨うしかないだろうがッ!」
怒鳴っても仕方がない。
だが、思わず大声が出た。
そうだ、僕の最大級の勘違いは――。
***
「奴の誤算は、殺しまくれば敵が退くと思い込んだことだ」
鉄仮面の指揮官は、淡々と批評した。
控える女
質はともかく、彼が直接指揮している兵数は……実は、アスタの率いる一隊とそう変わらなかった。
「実にたいしたものだ、ヤバマーズ男爵は」
「随分と高評価ですね、ヤン
「ああ。俺が戦果を狙う立場
この指揮官からしてみても、アスタの戦術は間違いなく軍勢の弱点を突き、凄まじい大戦果を挙げている。
アスタはその強力なカードを、実に適切に、軍団の急所にぶつけている。
「そうだな。……貴官は、奴の驚異的な点は何だと思う?」
「……そうですね。やはり、あの異能でしょうか?」
「異能、か」
「はい。生半可な魔術は無効化され、広域の索敵に寄与しているように観察できます」
「それは、優れた使い魔の支援を受けているせいもあるとは思うがな」
「もちろんです。おそらくバックアップには、腕の良い
指揮官と女
彼らもまた俯瞰した広い視野と、理論と経験に裏打ちされた戦術知を持つ。
「俺はそうは思わない」
しかし、鉄仮面の指揮官は、副官の意見を棄却した。
「……むぅ」
「いや、勘違いはするな。“奴の異能自体はたいした脅威ではない”という意味だ」
「……そうなのです?」
「奴の強みは、攻めと撤退を決める判断力、堅牢な統率力、多勢に切り込める度胸にある。……そして、なにより素晴らしいのは、尋常ではないスタミナだな」
「スタミナ、ですか」
「ああ。ヤバマーズ男爵の狂気じみた機動力と戦闘能力は、ひとえに並々ならぬスタミナに支えられている」
「そんなもの、戦士であればあって当たり前ではないですか」
「そうか? 確かに努力で鍛えられはするが……あれほど高い限界値を生み出すには、持って生まれた才能と執念が必要だ。奴には、それがあるのだろう」
鉄仮面の奥から漏れ出るのは、純粋な賞賛ばかりだった。
「結局、戦場で問われるのはそこだ。最後まで立っていられるタフな人間だけが、生き残るためのスタートラインに立てる。その点で言えば、奴は間違いなく天性の現場指揮官だよ」
「……ヤン
「別に……そうでもなかろう」
「まさか、気に入られたのですか?」
「さあな。だが、もし奴が我が軍に入っていれば、俺が一から徹底的に鍛え上げてやった。そう思う程度には惜しい男だ。フム……奴こそが家督を継ぐ必要のない、次男か三男であればよかったのだがな」
「世間ではそれを“気に入った”と言うのですよ、
しかし、そこまでアスタの才能を評価しているからこそ。
指揮官は、冷酷にこう告げる。
「だが、奴はやりすぎた。……頭目連中を殺し過ぎている」
そう。
もしこの夜戦におけるアスタの勝利条件を“可能な限り領民を生かし、村を守ること”と定義するならば。
その徹底的な圧倒こそが、破滅へのトリガーだった。
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