不意に、僕の左手が強烈に拍動した。
――ズキリ。
皮膚の裏側からせりあがるように、ウロコが警告を鳴らす。
(これは魔素の指向性? ……違う、これは
でも、なにかが。
そう、なにかが僕を見ている気がした。
ねっとり肌にまとわりつくように、一挙一動を観察されている――そんな悪寒が走る。
だが、それがどんな存在で、どこにいるのかもわからない。
今、確かなのは目の前で僕の領地が、民が、理不尽な暴力によって磨り潰されようとしていることだけだ。
あのクソッたれな人々が、蹂躙されるかもしれないという現実。
「ジル、各個撃破はここまでだ」
「へ? じゃあ、次はどうするんすか?」
「決まってんだろ、あの暴走する群衆に殴り込みだ。……今から、僕が囮になる」
「いや、無茶っすよ!? あんなもの、正面から受け止めていい勢いじゃないっす。土砂崩れと同じっす!」
「無茶でも何でも、やるしかないだろ」
もっと前の段階だったら、まだ手はあったかもしれないな。
でも、今止めるには……渦中に飛び込み、すべてのヘイトを買い取るしかない。
なんだよ、僕の人生っていつもヘイト役だな?
アカデミアでもそうだったし、魔物にも異常にモテるし……今度は盗賊どものスターを目指すってわけか?
「とにかくだな。このまま最前列まで突っ走って、術士どもを残らず潰す。……で、一気に駆け抜ける、足を止めたらやられるからな。腕でも足でも掴まれたら、死ぬぞ」
「その先は?」
「夜明けまで、命がけの鬼ごっこってところだな」
「……無理っすよ、そんなの。さすがにもうやめましょ?」
ジルが、はっきりと止めてきた。
「だって、先輩が言ってたじゃないっすか。“百や二百をまとめて相手にゃ出来ない”って」
「でも、村の防衛線が破られたら、僕らの勝ち目はゼロだろ? 地の利はこっちにある。別動隊がやることやってくれりゃ……まだ勝てる」
「勝てる? その……じゃあ、アスタ先輩にとっての“勝ち”って一体なんなんすか」
「決まってんだろ。――明日、みんなが生きてることだよ」
僕は、笑いかけた。
すると、ジルは眉を顰める。苦虫を噛み潰したように。
まあ、そうだな。
そもそも、こいつにはそこまで付き合う義理はないよな。
「ジル。もし、僕がくたばったら、研究の権利はオノレとお前のもんだ。適当に大学と組んで、なんとか上手くやってくれ」
「はああっ!?」
「仔細はオノレに預けてある。頼むぞ」
「……ちょっ、まっ!? 冗談きついっす、待つっす!」
僕は、声を張り上げた。
「ヤバマーズの誇りよ! 猟兵たちよ! 我々はこれより、村の防衛陣地へ向かって強行軍をかけるっ! 群衆をまっすぐ縦断。行き掛けの駄賃だ、外道術者を片っ端から
「「「応ッ!!」」」
男たちは、迷いなく唱和する。
いい返事だ、誰も疑問にも思わないってか。
「お前ら、本当に立派な兵士だよ。……地獄の番人も裸足で逃げ出す」
手にした狩猟刀を強く握り直す。
刃に、陣地に盛る炎が反射した。
(まだだ、まだ持ちこたえてくれているはず。今なら間に合う)
ここからは隠密はなし。
茂みから駆け出し、わざと声を張り上げ、盗賊たちを次々と斬り捨てていく。
「僕がヤバマーズ領の当主! アスタ・ド・ヤバマーズだぁあああっ!」
誇示する。
世界に、僕がここにいるのだと。僕こそが領主だと。
そして、どうしてか重なった。
王都の広場。言葉の通じない群衆の前で、声を張り上げたあの日。
限界ギリギリで果たした、ラ・ボアジエ教授との学術討論。
「散々、僕がお前らの仲間を殺してやったぞ! 復讐の相手は、僕は――ここにいるッ!」
“間違っているテーゼ”を守り抜いた戦いを、僕は今やり直そうとしている。
まるで、まったく違った意味を胸に抱いて。
ジルが、ドワーフ製の義足で追ってくる。血染めのメイド服がはためいた。
「待てって言ってるじゃないっすか! なんで、そんなセリフ吐くんすか!」
ジルの切断工具が、すかさず盗賊の腕を斬り飛ばした。
「お前、けっこう体力凄いな。……オノレだったら、とっくに息上がってるぞ」
「あんなインテリ気取りのモヤシと、一緒にしないで欲しいっす! じゃなくて! そんなこと言われたら、うちが――」
「お前が?」
「ここでアスタ先輩を裏切ったら、ボロ儲けじゃないっすか!」
ああ、そうか。
そういや、ジルもヘイホーも裏切る可能性があったんだっけ。一応。
……そういうの、すっかり忘れてたな。
「こんなメイド服を着せられた程度の弱み。アスタ先輩が消えてくれたら、いくらでももみ消せるっすよ! 今この瞬間に、うちが裏切らない保証がどこにあるっていうんすか!」
「信じるよ。ここまで一緒にバカやってくれたんだから」
「んなぁっ!?」
「なんなら、今、刺されたところで別に恨まねえよ。だから心配すんな、とりあえず生き残れ」
「――っ!? なんで、そんな風に笑えるんすか……っ?」
ジルはなぜか、悔しそうだった。
でも、本音だった。
商人たちが来るの、おっかなかった。
僕って、ぜんぜん領主として未熟だから……なんもよくわかんなくて。
本当にずっと、みんなに頼りっぱなし。
情けないなぁって、あんまり眠れない日もあった。
でも、くだらないハッタリかまして、悪巧みもして。
みんな呆れたり、文句を言いながらも付き合ってくれたから。
僕の短くて不毛な人生のなかでも、けっこう楽しかったんだよなぁ。
準備も含めてさ、マジで充実してた。わいわい一緒にやるのって、こんなに楽しいんだな。
……本当にいいやつらだよ、みんな。
「何で笑うって。一緒に恥かいてくれた、大切な仲間だから。一緒にいたら笑顔になるだけだよ」
ヤバマーズの血が囁いた。
きっと、これでいいって。
「一発、全員一緒に綱渡りをしたろ。これで、みんなイーブンになった。この先、何があろうと僕たちは心から信じ合える仲間だ」
「……仲間」
「戦場で一番怖いのはさ、疑いが噴出することだって言ったじゃん。血が繋がってても、長年の身内でも……確かに裏切ったりはするけどな」
足は絶対に止めない。肺が苦しい、呼吸が乱れる。
本当はこんな風に喋って、酸素を無駄遣いすべきじゃない。
でも、ちょっとでも話したかった。
伝えられるチャンスは、もうこの一分一秒にしかないかもしれないから。
「でも、お前は一緒に大バカを見るっていう儀式をこなしてくれた。――この窮地、僕は仲間を信じる方に全力で賭ける。裏切りは想定しない。あはは、だって疑ったら勝てないからな」
「そんなのっ! ……やっぱ保証なんてないってことじゃないっすか」
「んー、そうかもな。でも、そんなの今はなくていいだろ」
「今は、って……!」
「うん。でな、ジル。バカ話をしながら背中を預けられる相手がいれば、まあまあ、どうにかなるもんだから」
「……ナチュラルに、最悪っす」
ジルは、ぐしゃぐしゃに顔をゆがめた。
泣く寸前にすら見えた。
「引き込み方が……明らかに闇組織のそれっすよ……っ!」
「僕を闇組織の
冗談だと思って軽口を叩いたが、返って来たのは思いもよらぬ声。
「人間のくせに――人間の癖にっ!!」
「……ジル?」
僕は、ジルが抱えている……隠された心の傷に触れた気がして。
何かを口にしかけたが――。
『アスタ、その先に進むなッ!』
上空から舞い戻って来たフクロウ――オノレが知らせる声に遮られた。
ほぼ同時に、ウロコが脈動。
(――魔術に狙われているっ!? 方向は……二方向からの、同時展開っ!?)
しかも、
これは練度の低い野良なんかじゃ――。
「みんな、退避しろ! これは――防ぎきれないっ!?」
着弾。
走る衝撃と共に、地面が焦土へと変貌。
計算され尽くした連携による
いつも応援ありがとうございます!
「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。
作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!