ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第102話 ヘイトだらけの僕の人生。今すぐここにクロスファイア。

 不意に、僕の左手が強烈に拍動した。

 

 ――ズキリ。

 

 皮膚の裏側からせりあがるように、ウロコが警告を鳴らす。

 

(これは魔素の指向性? ……違う、これははぐれ魔術師(ウォーロック)のお粗末な波動じゃない)

 

 でも、なにかが。

 そう、なにかが僕を見ている気がした。

 

 ねっとり肌にまとわりつくように、一挙一動を観察されている――そんな悪寒が走る。

 だが、それがどんな存在で、どこにいるのかもわからない。

 

 今、確かなのは目の前で僕の領地が、民が、理不尽な暴力によって磨り潰されようとしていることだけだ。

 あのクソッたれな人々が、蹂躙されるかもしれないという現実。

 

「ジル、各個撃破はここまでだ」

「へ? じゃあ、次はどうするんすか?」

「決まってんだろ、あの暴走する群衆に殴り込みだ。……今から、僕が囮になる」

「いや、無茶っすよ!? あんなもの、正面から受け止めていい勢いじゃないっす。土砂崩れと同じっす!」

「無茶でも何でも、やるしかないだろ」

 

 もっと前の段階だったら、まだ手はあったかもしれないな。

 でも、今止めるには……渦中に飛び込み、すべてのヘイトを買い取るしかない。

 

 なんだよ、僕の人生っていつもヘイト役だな?

 アカデミアでもそうだったし、魔物にも異常にモテるし……今度は盗賊どものスターを目指すってわけか?

 

「とにかくだな。このまま最前列まで突っ走って、術士どもを残らず潰す。……で、一気に駆け抜ける、足を止めたらやられるからな。腕でも足でも掴まれたら、死ぬぞ」

「その先は?」

「夜明けまで、命がけの鬼ごっこってところだな」

「……無理っすよ、そんなの。さすがにもうやめましょ?」

 

 ジルが、はっきりと止めてきた。

 

「だって、先輩が言ってたじゃないっすか。“百や二百をまとめて相手にゃ出来ない”って」

「でも、村の防衛線が破られたら、僕らの勝ち目はゼロだろ? 地の利はこっちにある。別動隊がやることやってくれりゃ……まだ勝てる」

「勝てる? その……じゃあ、アスタ先輩にとっての“勝ち”って一体なんなんすか」

「決まってんだろ。――明日、みんなが生きてることだよ」

 

 僕は、笑いかけた。

 

 すると、ジルは眉を顰める。苦虫を噛み潰したように。

 

 まあ、そうだな。

 そもそも、こいつにはそこまで付き合う義理はないよな。

 

「ジル。もし、僕がくたばったら、研究の権利はオノレとお前のもんだ。適当に大学と組んで、なんとか上手くやってくれ」

「はああっ!?」

「仔細はオノレに預けてある。頼むぞ」

「……ちょっ、まっ!? 冗談きついっす、待つっす!」

 

 僕は、声を張り上げた。

 

「ヤバマーズの誇りよ! 猟兵たちよ! 我々はこれより、村の防衛陣地へ向かって強行軍をかけるっ! 群衆をまっすぐ縦断。行き掛けの駄賃だ、外道術者を片っ端から(えぐ)り殺せ!」

「「「応ッ!!」」」

 

 男たちは、迷いなく唱和する。

 いい返事だ、誰も疑問にも思わないってか。

 

「お前ら、本当に立派な兵士だよ。……地獄の番人も裸足で逃げ出す」

 

 手にした狩猟刀を強く握り直す。

 刃に、陣地に盛る炎が反射した。

 

(まだだ、まだ持ちこたえてくれているはず。今なら間に合う)

 

 ここからは隠密はなし。

 茂みから駆け出し、わざと声を張り上げ、盗賊たちを次々と斬り捨てていく。

 

「僕がヤバマーズ領の当主! アスタ・ド・ヤバマーズだぁあああっ!」

 

 誇示する。

 世界に、僕がここにいるのだと。僕こそが領主だと。

 

 そして、どうしてか重なった。

 王都の広場。言葉の通じない群衆の前で、声を張り上げたあの日。

 限界ギリギリで果たした、ラ・ボアジエ教授との学術討論。

 

「散々、僕がお前らの仲間を殺してやったぞ! 復讐の相手は、僕は――ここにいるッ!」

 

 “間違っているテーゼ”を守り抜いた戦いを、僕は今やり直そうとしている。

 まるで、まったく違った意味を胸に抱いて。

 

 ジルが、ドワーフ製の義足で追ってくる。血染めのメイド服がはためいた。

 

「待てって言ってるじゃないっすか! なんで、そんなセリフ吐くんすか!」

 

 ジルの切断工具が、すかさず盗賊の腕を斬り飛ばした。

 

「お前、けっこう体力凄いな。……オノレだったら、とっくに息上がってるぞ」

「あんなインテリ気取りのモヤシと、一緒にしないで欲しいっす! じゃなくて! そんなこと言われたら、うちが――」

「お前が?」

「ここでアスタ先輩を裏切ったら、ボロ儲けじゃないっすか!」

 

 ああ、そうか。

 そういや、ジルもヘイホーも裏切る可能性があったんだっけ。一応。

 

 ……そういうの、すっかり忘れてたな。

 

「こんなメイド服を着せられた程度の弱み。アスタ先輩が消えてくれたら、いくらでももみ消せるっすよ! 今この瞬間に、うちが裏切らない保証がどこにあるっていうんすか!」

「信じるよ。ここまで一緒にバカやってくれたんだから」

「んなぁっ!?」

「なんなら、今、刺されたところで別に恨まねえよ。だから心配すんな、とりあえず生き残れ」

「――っ!? なんで、そんな風に笑えるんすか……っ?」

 

 ジルはなぜか、悔しそうだった。

 

 でも、本音だった。

 

 商人たちが来るの、おっかなかった。

 僕って、ぜんぜん領主として未熟だから……なんもよくわかんなくて。

 本当にずっと、みんなに頼りっぱなし。

 情けないなぁって、あんまり眠れない日もあった。

 

 でも、くだらないハッタリかまして、悪巧みもして。

 みんな呆れたり、文句を言いながらも付き合ってくれたから。

 

 僕の短くて不毛な人生のなかでも、けっこう楽しかったんだよなぁ。

 準備も含めてさ、マジで充実してた。わいわい一緒にやるのって、こんなに楽しいんだな。

 ……本当にいいやつらだよ、みんな。

 

「何で笑うって。一緒に恥かいてくれた、大切な仲間だから。一緒にいたら笑顔になるだけだよ」

 

 ヤバマーズの血が囁いた。

 きっと、これでいいって。

 

「一発、全員一緒に綱渡りをしたろ。これで、みんなイーブンになった。この先、何があろうと僕たちは心から信じ合える仲間だ」

「……仲間」

「戦場で一番怖いのはさ、疑いが噴出することだって言ったじゃん。血が繋がってても、長年の身内でも……確かに裏切ったりはするけどな」

 

 足は絶対に止めない。肺が苦しい、呼吸が乱れる。

 本当はこんな風に喋って、酸素を無駄遣いすべきじゃない。

 

 でも、ちょっとでも話したかった。

 伝えられるチャンスは、もうこの一分一秒にしかないかもしれないから。

 

「でも、お前は一緒に大バカを見るっていう儀式をこなしてくれた。――この窮地、僕は仲間を信じる方に全力で賭ける。裏切りは想定しない。あはは、だって疑ったら勝てないからな」

「そんなのっ! ……やっぱ保証なんてないってことじゃないっすか」

「んー、そうかもな。でも、そんなの今はなくていいだろ」

「今は、って……!」

「うん。でな、ジル。バカ話をしながら背中を預けられる相手がいれば、まあまあ、どうにかなるもんだから」

「……ナチュラルに、最悪っす」

 

 ジルは、ぐしゃぐしゃに顔をゆがめた。

 泣く寸前にすら見えた。

 

「引き込み方が……明らかに闇組織のそれっすよ……っ!」

「僕を闇組織の首領(ドン)扱いすんな」

 

 冗談だと思って軽口を叩いたが、返って来たのは思いもよらぬ声。

 

「人間のくせに――人間の癖にっ!!」

「……ジル?」

 

 僕は、ジルが抱えている……隠された心の傷に触れた気がして。

 何かを口にしかけたが――。

 

『アスタ、その先に進むなッ!』

 

 上空から舞い戻って来たフクロウ――オノレが知らせる声に遮られた。

 ほぼ同時に、ウロコが脈動。

 

(――魔術に狙われているっ!? 方向は……二方向からの、同時展開っ!?)

 

 しかも、はぐれ魔術師(ウォーロック)とは次元が違う。精密極まりない魔術反応。

 これは練度の低い野良なんかじゃ――。

 

「みんな、退避しろ! これは――防ぎきれないっ!?」

 

 着弾。

 走る衝撃と共に、地面が焦土へと変貌。

 計算され尽くした連携による十字砲火(クロスファイア)、明らかにプロの軍人による猛攻だった。




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