僕は地面を転がる。
「ゴホッ! ゲホッ!!」
甲高い耳鳴りが止まない。
視界が砂埃と黒煙に覆われ、口のなかがジャリジャリする。
反射的に左手の『三日月の刃』を構築、斥力でやれる範囲で弾いたが――。
(二方向からの火砲なんて、まともに対応できるわけないだろっ!?)
立ち上がろうと足に力を込めた。
が、痛みが走る。
「ぐっ、なんだよ。……あ、これマジかよ、最悪」
脚に木の枝が、深々と刺さっている。
爆風か、それとも受け身の仕方が悪かったのか。
『アスタ、立って! そのまま留まってたら死ぬっぽいっ!』
「はあっ!? なんだ、その言い回しっ!?」
『いいから、さっさと逃げて!』
オノレが操る
舌打ち、抜いて出血するよりマシだと判断。刺さる枝の邪魔な部分をへし折る。
「動ける奴は、走れぇぇええっ!」
方針を知らせながら、とにかく足を動かす。
仲間の無事を確認する余裕もない。
――ズドォォォンッ!
続いて、着弾したのは上からだ。
曲射投擲される魔術爆撃。空から次々に爆裂が降り注ぐ。
「上方向まで、追加トッピングするんじゃねえよっ!?」
地面が抉られる。木々や地面から、破片が飛ぶ。
左手のウロコからは、今まで経験したことがない三次元の危険信号。
「どこかに隠れても、もう片方に晒すことになりやがるっ! なんだこれ!?」
『えっと……? アスタ、たぶんこっちだ。いや、やっぱ左っ!』
「なんで、ちょいちょい自信なさそうに誘導してくんだよ!?」
『いいからっ! 今は気にしないで!』
みんなとはぐれた。
唯一、着いて来てくれているのは、羽ばたく口うるさいフクロウ。
織り交ぜられる貫通術式が、遮蔽物をブチ抜く。
良さそうな窪みを見つけたと思えば、空から降る爆撃が留まらせてくれない。
「爆撃魔術、めっちゃ殺意が読みづらいっ! なんで!?」
以前戦った綿毛の魔人エグレットは、まさしく殺意の物量だった。
だが、これは性質がまるで違う。
有機的で不規則だった、自立追尾の弾丸と明確に異なるのは――計算性の有無。
言ってしまえば、エグレットはひたすら僕を目掛けて撃って来ただけ。
今やられているのは、逃げ場を潰すキルゾーンの設計。
僕が意図通りに、そこを通ったらアウト。ひどく事務的に死を配置している。
「これじゃジリ貧だ。猟兵たちはどこだ、どうなってる?」
『みんな散りぢりだよ。誰がどうなってるかなんて、把握しきれない!』
「こっちの戦力を分断……? これやってんの、ぜったい盗賊とかじゃねえだろ!」
頼りになる仲間たちがバラバラ。
打てる手が、一気に減った。
――ドォォン! ドォォン!
周囲で断続的に上がる爆煙。
僕を狙うどころか、盗賊ごと更地にする気かって言うくらい蹂躙してくる。
「王太子の野郎、介入を隠す気あんのかっ!?」
シャルル王太子にしてはあまりに荒々しい。
こういうことをしてくるタイプじゃなかったはず、もっと洗練された手口が大好きだったろ!
いや、それより。
これじゃ、さらに盗賊が恐怖で追い立てられてないか!? ますます村への攻撃が激化しちまう!
「ああ、もうっ! 早くなんとかしないといけないのに……ッ!」
まるで考えるための時間を与えてくれない。
ガクン、と足から力が抜けた。
異物が入ったままでの逃走劇。とうとう脚が悲鳴を上げたらしい。
「……ッ、ったく。一旦、抜いて止血か」
間隙を縫って、手早く処置。
森に出入りする以上、怪我をするのは慣れてるが……自慢の機動力が奪われつつある。
血の匂いは、魔物を呼び寄せる。
弱ってる獲物と見做されれば、迂回の選択すらも厳しくなる。
(さて、ここからどうする。さすがに仲間抜きで、カチコミを掛けるのは無謀すぎる。――かといって合流を待つのは時間がかかるし)
いや、そもそも。
今、攻撃して来てる連中は、仲間との合流を許してくれるのか?
恐らく、それすらも危うい。となると……。
『あのね、アスタ。これからの方針なんだけど』
「……ああ」
『俺から、一つ提案なんだが――』
――シュパァァンッ!
左手のウロコは、まったく反応しなかった。
「……は?」
なぜなら、それが“純粋な人間”の殺意だったから。
オノレが操る
木の葉のように落ちるフクロウ。
そこに影が降り立つ。
……あの聖騎士ロダンよりも、巨大な人影が。
「ようやく追いついたぜ、テメェがヤバマーズ男爵だな。……ああ、ワリィな。こっちは名乗れねえんだ、まあ察しろよ?」
灰にも似た黒ずんだ巨漢、筋肉に刻まれた刺青。
イノシシのように突き出た二本の牙、獰猛な表情。
「“魔人殺し”のテメェと違って、別に名乗るほどの者でもねえしな」
「……あ、いや。あれは、その……僕の実力じゃなくてだな?」
「謙遜すんな。噂を聞いてから、やり合うのをずっと待ってたんだぜ。オレ様はよ」
パキポキと指を鳴らすのは……ハーフオークの大男。
「実際、有名な頭目連中。会えば、悉くブチのめしたろ? 最高だぜっ、テメェっていうヤツはよぉっ!」
今度こそ、本当に野蛮な手口が来た。
いや、確かに“そんなに手間を掛けるくなら、さっさと安上がりに暗殺すりゃいいじゃん”とか思ったことあったけどさぁあっ!?
***
今回の時間軸のアスタは、非常に“運が良い”部類だ。
ちょっとした乱数の問題だ。
ほんの一歩の踏み出し、転倒、流れ矢の一本、ガスマスクの微細な綻び。何かが一ミリ狂えば、アクシデントは即座に死を運んでくる。
戦場とは、そんな乱数の
盗賊たちを圧倒する工程でも、運が悪ければ死んでいる。
そう、優勢であっても、弾みでいつでも死ぬ可能性はある。
戦場とはそういうもの。
それを踏まえ。
リュスが正気を削った『やり直し』による献身は、より良い乱数を引き当てるために寄与した。
結果、アスタはほぼ“なにもかもが上手くいった状態”だった。
見事に、最大級の戦果を叩き出している。
しかし、一方で……敵指揮官からの評価も鰻登り。
警戒の度合いが、最高潮にまで高まっている状況を意味する。
では、アスタが経験しうる死因とはどんなものか。
リュスはこれまで、どんな光景を目撃して来たのか。
それは――警告が遅れ、十字砲火直撃による炭化。破片が急所に直撃した場合の即死。受け身をし損ね内臓破裂。爆撃に逃げ惑うさなか、脅えた盗賊が放った矢が眼窩を貫通。待ち構えていた兵士に刺殺。血の匂いに狂った
これらありとあらゆる方法、すべてだ。
アスタが“計画を破綻させるほどの実力者である”と、証明すればするほどに。
アスタ・ド・ヤバマーズ排除の必要性が検討され――死のバリエーションが指数関数的に爆増する。
リュスには……なぜ、そうなったのかが理解できない。
頑張れば頑張るほどに――なぜか、その努力をすり抜けるような形で、いつも違う死に方をアスタがしてしまうから。
死に方が……たった一つではなかった。
幾度となく、その死体が痛めつけられ辱められ……誇りを穢されてきた。
アスタが結果を出せなければ、そのうち戦場のアクシデントに飲まれて死ぬ。
アスタが結果を出せば、指揮官によって『死人の調整』を受ける。
リュスの視る死因の系譜は、ひどくカオスで予測不能。
そして、理不尽。
そうして、彼女の記憶も精神もなにもかもがズタズタされた。
それでもリュスは、諦めなかった。
……この瞬間までは。
「使い魔との……
オノレが告げたひと言は、リュスやロダンをどよめかせた。
使い魔の撃破により、アスタの状況が把握できなくなった事実。
屋敷の空気が絶望に染まっていく。
特に周囲の反対を押し切ってまで、限界を振り絞ったリュスは――。
「そんな!? そうだ、他の使い魔は――」
「他の使い魔も送ろうとしているが……邪魔をされているんだ」
「邪魔?」
「ああ。どうやら優れた魔術師を相手取っているみたいで……鋭い機動の使い魔が、すかさず妨害や撃墜をしてくるんだ。でも、すまない。俺には……“使い魔同士の空中戦”の経験がない」
オノレは複数の使い魔を統率できるだけの、
しかし、それらを戦闘用にデザインしているわけでもなければ、偵察を邪魔する敵を想定した訓練を積んできたわけでもない。
「つまり……望みが、断たれた……と?」
リュスはとうとう絶望に膝を屈する。
目の前が、一気に暗くなった。
「いやぁあああっ、もうっ……いやぁああああっ!?」
もう、これ以上。
リュスには……継続は不可能だった。
とうとう、彼女という人間が壊れる瞬間が来たのだ。
しかし――。
「お立ちなさい、我らが
絶望に膝を屈し、身を震わせていたリュスの視界。
映った、使い込まれた革靴のつま先。
……それは鏡のようにピカピカだった。
「貴女がこの爺に言ったのです、“執事の靴が汚れているのは、家主の恥”だと。……なのに、戦において泣いて跪く? それではヤバマーズの……若様の格が落ちますぞ」
打ちひしがれるリュスへ声をかけたのは、ヤバマーズ家に仕える最年長の従者。この屋敷の歩く歴史。
――老執事ゲロハルトだった。
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