ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第105話 磨かれた靴、映る馬車馬。無学な爺さん、伝統しか知らん!(後半)

 オノレは、首を傾げる。

 

 この老執事。

 忠義こそ厚きけれど、教養のない叩き上げ。

 

 領民を従わせる貫禄はあれど、打開策を出せる知恵があると到底思えない。

 

 時間の無駄だ。

 オノレは切り捨てようとした。

 だが……どうにも、その先が気になった。

 

 緊急時であろうが、好奇心を煽られると弱い。

 それこそが、オノレという若者の弱点だった。

 

「なら……仮に、だ。その方便の問題だとしようじゃないか」

「はい」

「それで? そうしたら……いったい、なにがどう変わるって言うんだい?」

「仮に、方便の問題として処理しますとですな」

 

 老執事ゲロハルトは、指先で髭を整える。

 手入れされた革靴が、やはり磨き上げられたようにピカピカだった。

 

「ヤバマーズ流のやり方で、すべての皆様(・・・・・・)を戦場にお出しすることが出来ます」

 

 ――ヤバマーズ流。

 すごい嫌な予感がした。

 

 オノレだけではない、聖騎士ロダンも確信した。

 この老人が語る“やり方”とやらは、絶対にろくなものではない、と。

 

 されど、ただ一人。たった一人。

 

「ゲロハルト」

「はい、なんですかな。リュス」

「……わたくしを、アスタ様の元へ連れて行きなさい。その方便とやらを携えて」

「ええ、喜んで。我らが――女執政代行(グヴェルナント)リュス」

 

 祓魔女(エクソシスター)リュスだけは、うっすら笑みさえ浮かべていた。

 どんより暗渠(あんきょ)の瞳のままに。

 

 そう、結局。

 この爺さん、野蛮なヤバマーズの民をまとめあげる力は――本物。

 

「さあさあ、皆様方! そうと決まれば、動こうではありませんかっ!」

「え、いや、その……?」

「緊急事態なのでございましょう? これ以上、話し合う暇などございません! さあ、リュスもこちらに来なさい」

 

 有無を言わせず、全員がどんどん巻き込まれていく。

 老執事ゲルハルト、一度、主人が走ると決めたなら、途中下車を誰にも許さない。

 

 そして、ゲロハルトの認識において。

 

 リュスはもはや、ヤバマーズの一員。

 狂奔する馬車馬の一頭。あるいは車輪の一つ。

 ならば、けん引する馬が勝手に脱落するなど以ての外ではないだろうか。

 

 ああ、そうだ。

 老執事ゲロハルトは……主人より先に、誰かが音を上げるなど絶対に許さないのだ。

 

 そんな無学な頑固老人の感傷こそが。

 間違いを恐れぬ、伝統への固執こそが――敵の狙いを大きく狂わせていく。

 

 

***

 

 

 剛腕が大気を裂く。

 身をよじれば、五本指が僕の頭をかすめるように通り過ぎた。

 

「おっとぉ、さっきからよく避けるねぇ! さすがは“魔人殺し”だぁッ!」

 

 ヤバマーズ家に伝わる、伝統技術。

 無駄に素早い身のこなしで避けまくるが、当たってすらいないのに、みるみる傷が刻まれ血が滲んでいく。

 

(なのに、このハーフオークからは……何の予兆も発せられない! 本当に身体強化の魔術すら使ってないのか!?)

 

 すれ違う風圧だけで、肌が擦り切れる。

 

「おいおい、男爵。反撃はどうした? 逃げ回るだけが能かぁ?」

「この脚で出来るか、ボケっ! 傷が見えないのかよ!」

「それくらい気合でなんとかしろや。死合いで泣き言を吐く(やから)に、情けをかけてやる趣味なんざねえぞぉ」

「無茶だろぉっ!?」

 

 僕への期待が重すぎんだろ。

 いったいどこの英雄と勘違いしてるんだ!?

 

「なら言わせてもらうけどな! お前こそ、素手だなんてずいぶんと嘗めた戦闘スタイルじゃんか!」

「おおっ。なんだ、物珍しいか」

「その上、まったく魔素を使わず、素の肉体だけで戦場を渡り歩いてるだと? タチが悪い冗談にもほどがあるぞ!」

「ああん? なんだ、つまり――オレ様に魔素を使って欲しいってかぁ?」

「……え、なんだって?」

 

 瞬間、巨漢の肉体に刻まれた刺青が、禍々しい紅蓮の光を放った。

 

「仕方ねえな。要するに、こういうリクエストだろ?」

「――っ!?」

 

 ジリリ、とウロコが疼いた。

 すっかり染みついた、いつもの条件反射。

 無様に転がり、迫る死から退避する。

 

 ――ズバァアアアアンッ!

 

 紙クズのように真っ二つになる大木、抉れる地面。

 嘘だろ。おいおい……全く見えなかったぞ?

 

 もし、左手の魔素反応が無かったら、肉片にされてた。

 

「お、やっぱさっきより反応が早え。指揮官の見立て通りだな」

「まさか……今のは」

「見ての通りだ、拳に魔力を纏わせた。ついでに言うなら、普段は体内で強化魔術も発動してるぜ? 息をするみてぇにな」

「……僕に合わせて、魔素を働かせないようにしてるっていうのか?」

 

 でも、それは理論上……無理じゃないか?

 

 魔素を体内にため込み、行使できる肉体になっているということは……生存代謝そのものに魔素を組み込んでしまっているはず。

 

 そう、魔力を大量に扱える肉体ほど。

 ――純粋な人間よりも、魔物の領域に近くなる。

 

「んなもん、制御すりゃいいだけの話だろ。息止めるみてぇに」

「制、御?」

「自分だってやってんだろうがよ、その、手に埋め込んだウロコでよ」

 

 まるで、意味がわからなかった。

 これは埋め込んだわけじゃ……ない。

 

「お前は、なにを言っている?」

「いやだって。テメェは……ほれ、ヤバマーズなんだろ?」

「……僕がヤバマーズだからって、なんだっていうんだ?」

 

 僕が本気で怪訝そうにしていると、ハーフオークは「ぁあ?」と首を傾げる。

 やがて、なにかを悟ったように首を左右に振った。

 

「あー、そうかよ。そういうことか。……ってことはテメェ、まさかの天然もの。半変異の個体ってコトか!」

「半変異……?」

「おもしれぇ、どうやった? まさか魔物を食って、たまたま適合でもしたってか?」

「……」

「へえ、やるねえ。どれ、ちょっと見せてみろ!」

「うぉっと!?」

 

 対話の拒絶。返答を待たずに、奴は踏み込んだ。

 放たれる、魔力が帯びた連撃。

 

 僕も咄嗟に、左手に『三日月の刃』を構築。迎え撃つ。

 

 ――キィィィン。

 

 衝突。磁石の同極同士が反発するように、互いのエネルギーを相殺。

 強烈な反動が、腕を痺れさせた。

 

「嘘、だろ。並みの魔物なら、チーズみたいにぶった斬る刃だぞっ!?」

「ほほう。だがよ? 似た性質の攻撃なら、互いに干渉し合うだろ。そりゃあな」

 

 さっきから、このハーフオークは何を言っているんだ。

 僕の知らない“なにか”を知っているのか。

 

 思考が波立つ。だが、今は紐解く余裕はない。

 

「やられる前に――全力でやるしかないっ!」

「お? ようやく本気ってか、来いよ」

 

 互いに動きは急加速。

 ネジ巻き式ボウガンで牽制、狩猟刀で死角を突く動きに派生。

 そこから空中で回転、地を這うように着地……からの、三日月の刃で足を凪ぐ。

 

「おっと。そっちこそ変わった動きだな、“魔人殺し”」

 

 刺青が輝く。

 身体強化、巨漢は回避と防御に転じた。

 

 切り替えに一切の淀みがない。

 

 全霊の猛攻は容易くいなされ――。

 

「刃が、膝で止められた!?」

 

 一点集中。

 奴は膝の刺青に、魔力を極限凝縮。完全に防がれた。

 

「ほらよ、お返しだッ!」

「ぐっ!?」

 

 強烈な蹴り上げ。

 僕の腹を破裂させるように襲う。

 

 視界暗転。

 猪に跳ねられたような勢いで、宙を舞い、背中を思い切り打ち付けた。

 

 そして、今の攻撃にも――魔素の予兆がなかった。

 

「はあん、なるほどな。通常の格闘術を適度に(・・・)織り交ぜてやったら、途端に動きが鈍りやがる」

「うぐっ……あがっ……」

「ほれ立てよ、魔人殺し。たまには、オレ様の筋肉だけでぶっ壊すのも悪かねえ。魔拳だけが能じゃねえってところを証明しなきゃなあ」

「……はあ、はあ。魔人並みの強化身体に、人間の武術と戦術判断力。厄介、すぎる……っ」

 

 逃げられるか?

 即判断。いや、無理だ。

 

 脚の負傷がズキリと疼く。

 自慢の逃げ足は、枝が刺さってガタ落ち。

 

 一方、敵は万全。

 そればかりか、魔素で強化した理不尽エンジンを、いつでもこちらの出方に合わせて搭載できると来た。

 

(相性が最悪だ。……ガチで、詰んだか?)

 

 ふらふらと立ち上がるが……勝ちのビジョンがまるで見えない。

 死ぬ。このままだと、数秒後には地面のシミにされる。

 

(魔物なら――絶対に、こんな動きはしてこないのにッ!)

 

 強大な魔物をハメ殺すのと、達人との対人戦では。

 ……要求される技術が、あまりに違いすぎる。

 

「これも避けてみろよ、魔人殺し!」

 

 巨体に似合わぬ、柔軟な俊敏さ。

 ハーフオークは再び急加速。迫る拳。

 

 これで終わりか。僕の、短くて不毛な人生も。

 

(ごめん、みんな。……ごめん、リュス……っ!)

 

 ――ズォォッ!!

 

 刹那。

 暗闇の森に、一筋の鈍い残光。耳をつんざく駆動音。

 

「ア゛ッ、痛ぇ!? なんだぁっ!?」

「なんだ、アスタ先輩。――まだ、生きてるじゃないっすか。あんだけそれっぽいこと言ってたくせに」

 

 そこに立っていたのは、返り血に濡れたポニーテール。

 ジルだ。

 

 メイド服は焼け焦げ、さらにボロボロ。けれど、二刀の切断工具はいまだに健在。

 回転刃を「ギュィィィン」と威嚇するように鳴らし、ハーフオークを睨みつけていた。




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