ブチ切れて、声を荒げるジル。
しかし、担がれるアスタもそれどころではない。
「いや、だってさぁっ!? 魔物と乱闘してたら、常軌を逸したヤバいやつが歩いてきて――!」
「……へ? ヤバい、やつ?」
――ジャリ。
土を踏みしめる
足音が近づくにつれ、尋常ならざる圧が肌を刺す。
「――あ。こりゃ、マジで終わったっすね」
大立ち回りを演じていたジルも、さすがに凍り付く。
ぶらり、と。
引き締まった腕が、ぶら下げている
そこからまだ、生き血が滴っていた。
「様子を見に出て正解だったな。……危うく、貴様を逃がすところだったじゃあないか」
そう、その物体とは……ヤバマーズ領でも生態系の頂点。
かつて、アスタが死闘の末に打ち倒した魔熊――
それが道すがらの遭遇ついでに。
羽虫を払うが如く、片手間の所業としてあっさり狩られていた。
「ヤバマーズ男爵。貴様という男は、一体どれだけの奇跡を重ねれば気が済むのだ? それとも……実は、こうなることすら意図して引き起こしたのか?」
鉄仮面の指揮官が、とうとう姿を現す。
「俺が敷いた伏兵の隙間を、まるで
「だ、誰なんだよ。……お前は何者だ……っ!」
「俺か? ふん、そうだな。適当にヤン……
「まれ、ぶらんけ?」
「そうだ。貴様を地獄に連れて行くには、おあつらえ向きだろう?」
それは幼い頃、子守唄代わりに聞かされるおとぎ話。
辺境地獄にあるという、ドロドロ煮えたぎる
そこを縄張りとする獄卒集団こそ――マレブランケ。
池の底へと沈められるは、汚職と私欲に塗れた罪深き亡者たち。
苦悶に耐えかね、わずかでも顔を出せば……獄卒たちは恐るべき鉤爪で、肉を切り刻み。
再び
狡知にして残虐。
逃げおおせる亡者は、一人たりとも存在しない。
そうして……捕えられた亡者は、永劫の責め苦を受け続けるのだ。
二度と、光を見ることもなく。
『どれだけ偉くて強い人でもね。悪いことをしたら、そんな酷い悪魔たちのいる地獄に落ちるんだよ』
そう、母親に聞かせられて育つ。
そうして脅えて毛布に潜り込み、悪夢を見るまでが子供時代の定番だった。
「まあ、そんな風に気取った盗賊の頭目。せいぜい、その一人だとでも思っておくがいいさ」
張り詰めた空気を遮るように、ハーフオークが戦いながらも不満を溢す。
「おいおい、指揮官だけ名乗りを上げるのはズリィぜぇ?」
「お前は、余計なことまで口にする。許可はできん」
「あぁ? まっ、それもそっか。ガハハハハっ!」
鉄仮面のヤンは、興味がなさそうに。
掴んでいた
ゴロリと、目の前に落とされた首。
……絶命した魔熊と、アスタたちは目が合った。
その光を失った目が、“次は貴様らの番だ”と告げている。
「では、予定を変更しよう。ヤバマーズ男爵。貴様は、放置しておくには危険すぎる。よって――今ここで戦死者名簿に書き込んでやろう」
「ちょっと待ったぁっ!」
「待たん。――魔剣錬成」
鉄仮面のヤンは、手を掲げる。
掌を中心に魔素が圧縮。エネルギーの剣が、編み上げられていく。
迸るエネルギーが、紫電の稲妻となって荒ぶった。
アスタは咄嗟に前に出た。猟兵たちの盾となるために。
「まずは一手」
そのまま投擲された魔力剣。
空気を焼きながら、一直線に迫り来る。
アスタは、左手のウロコの導きに従って、『三日月の刃』を最大出力で展開。
斥力の盾をひねり出す。
――バチバチバチバチィッッ!!
「うう……うりゃぁあぁっ!」
裂帛の気合と共に、光条を弾き飛ばした。
だが、反動で傷口が開き一気に鮮血が吹き出す。同時に、左手のウロコは焼けつくように熱を帯びる。
「あ、アスタ先輩っ!!」
「旦那ぁっ!?」
仲間たちからの悲鳴。
「防いだ、か。……不可解な男だ。ここまで俺を誘い出しながら、防戦に徹するだけだと?」
鉄仮面のヤンは再び、魔力の奔流を掌に収束させる。
しかし、今度は一本ではない。
「魔剣装填、空中展開。――ロックオン」
背後の空間に、ゆらりと浮かび上がる二本の魔剣。
それが陽炎のように四本へ、八本へ、十六本へと分かたれていく。
絶体絶命。
だが、アスタの影に隠れた猟兵たちも覚悟を決めた面持ち。対抗するように、ボウガンに矢を装填。
互いに飛び道具を突きつけ合う。
当然、不利なのは満身創痍のアスタ側なのは明らか。
「その、あまりに隙が多い対応も気に食わんな。……何を企んでいる、ヤバマーズ男爵」
しかし、鉄仮面のヤンの攻撃は遅れた。
この無謀な抵抗が……実は、何らかの罠ではないか、と疑わせた。
あまりに卓越した戦術眼だからこそ、だ。
これまで見せてきた、アスタの『上手く行き過ぎた戦果』と比べ……まるで意味の見えないチグハグな行為。
そんなあまりの違和感に、つい警戒を深めてしまった。
ここにわずかな拮抗が生じた。
そうして――。
「なんだ……あれは……?」
誰から漏れた呟きだったか。
突如として、村の方角。
そこから波及していく、強力な魔術の反応。
凄まじい勢いで、
どうしてか。
赤き月光を反射する様が、なんとも美しく。
ヤバマーズの防衛線に、氷の城壁が誕生したのだった。
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