ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第107話 悪しき爪、うねるアメーバ。御伽の悪魔は深読みをする。

 ブチ切れて、声を荒げるジル。

 しかし、担がれるアスタもそれどころではない。

 

「いや、だってさぁっ!? 魔物と乱闘してたら、常軌を逸したヤバいやつが歩いてきて――!」

「……へ? ヤバい、やつ?」

 

 ――ジャリ。

 

 土を踏みしめる長靴(ブーツ)

 足音が近づくにつれ、尋常ならざる圧が肌を刺す。

 

「――あ。こりゃ、マジで終わったっすね」

 

 大立ち回りを演じていたジルも、さすがに凍り付く。

 

 ぶらり、と。

 引き締まった腕が、ぶら下げている物体(それ)

 そこからまだ、生き血が滴っていた。

 

「様子を見に出て正解だったな。……危うく、貴様を逃がすところだったじゃあないか」

 

 そう、その物体とは……ヤバマーズ領でも生態系の頂点。

 かつて、アスタが死闘の末に打ち倒した魔熊――棘山熊(エピヌウルス)の頭部。

 

 それが道すがらの遭遇ついでに。

 羽虫を払うが如く、片手間の所業としてあっさり狩られていた。

 

「ヤバマーズ男爵。貴様という男は、一体どれだけの奇跡を重ねれば気が済むのだ? それとも……実は、こうなることすら意図して引き起こしたのか?」

 

 鉄仮面の指揮官が、とうとう姿を現す。

 

「俺が敷いた伏兵の隙間を、まるで不定形生物(アメーバ)のようにうねうねすり抜けるとはな。ここまで来ると驚愕を通り越して、ひどく気持ちが悪い。挙げ句には、魔物の密集地帯を突破口にするだと? ……随分と手間を増やしてくれる」

「だ、誰なんだよ。……お前は何者だ……っ!」

「俺か? ふん、そうだな。適当にヤン……悪しき鉤爪(マレブランケ)のヤンとでも呼ぶがいいさ」

「まれ、ぶらんけ?」

「そうだ。貴様を地獄に連れて行くには、おあつらえ向きだろう?」

 

 悪しき鉤爪(マレブランケ)

 それは幼い頃、子守唄代わりに聞かされるおとぎ話。

 

 辺境地獄にあるという、ドロドロ煮えたぎる瀝青(タール)の黒池。

 そこを縄張りとする獄卒集団こそ――マレブランケ。

 

 池の底へと沈められるは、汚職と私欲に塗れた罪深き亡者たち。

 

 苦悶に耐えかね、わずかでも顔を出せば……獄卒たちは恐るべき鉤爪で、肉を切り刻み。

 再び瀝青(タール)の底へと引きずり戻す。

 

 狡知にして残虐。

 逃げおおせる亡者は、一人たりとも存在しない。

 

 そうして……捕えられた亡者は、永劫の責め苦を受け続けるのだ。

 二度と、光を見ることもなく。

 

『どれだけ偉くて強い人でもね。悪いことをしたら、そんな酷い悪魔たちのいる地獄に落ちるんだよ』

 

 そう、母親に聞かせられて育つ。

 そうして脅えて毛布に潜り込み、悪夢を見るまでが子供時代の定番だった。

 

「まあ、そんな風に気取った盗賊の頭目。せいぜい、その一人だとでも思っておくがいいさ」

 

 張り詰めた空気を遮るように、ハーフオークが戦いながらも不満を溢す。

 

「おいおい、指揮官だけ名乗りを上げるのはズリィぜぇ?」

「お前は、余計なことまで口にする。許可はできん」

「あぁ? まっ、それもそっか。ガハハハハっ!」

 

 鉄仮面のヤンは、興味がなさそうに。

 掴んでいた棘山熊(エピヌウルス)の頭部を、無造作に転がした。

 

 ゴロリと、目の前に落とされた首。

 ……絶命した魔熊と、アスタたちは目が合った。

 

 その光を失った目が、“次は貴様らの番だ”と告げている。

 

「では、予定を変更しよう。ヤバマーズ男爵。貴様は、放置しておくには危険すぎる。よって――今ここで戦死者名簿に書き込んでやろう」

「ちょっと待ったぁっ!」

「待たん。――魔剣錬成」

 

 鉄仮面のヤンは、手を掲げる。

 

 掌を中心に魔素が圧縮。エネルギーの剣が、編み上げられていく。

 迸るエネルギーが、紫電の稲妻となって荒ぶった。

 

 アスタは咄嗟に前に出た。猟兵たちの盾となるために。

 

「まずは一手」

 

 そのまま投擲された魔力剣。

 空気を焼きながら、一直線に迫り来る。

 

 アスタは、左手のウロコの導きに従って、『三日月の刃』を最大出力で展開。

 斥力の盾をひねり出す。

 

 ――バチバチバチバチィッッ!!

 

「うう……うりゃぁあぁっ!」

 

 裂帛の気合と共に、光条を弾き飛ばした。

 だが、反動で傷口が開き一気に鮮血が吹き出す。同時に、左手のウロコは焼けつくように熱を帯びる。

 

「あ、アスタ先輩っ!!」

「旦那ぁっ!?」

 

 仲間たちからの悲鳴。

 

「防いだ、か。……不可解な男だ。ここまで俺を誘い出しながら、防戦に徹するだけだと?」

 

 鉄仮面のヤンは再び、魔力の奔流を掌に収束させる。

 しかし、今度は一本ではない。

 

「魔剣装填、空中展開。――ロックオン」

 

 背後の空間に、ゆらりと浮かび上がる二本の魔剣。

 それが陽炎のように四本へ、八本へ、十六本へと分かたれていく。

 

 絶体絶命。

 だが、アスタの影に隠れた猟兵たちも覚悟を決めた面持ち。対抗するように、ボウガンに矢を装填。

 

 互いに飛び道具を突きつけ合う。

 当然、不利なのは満身創痍のアスタ側なのは明らか。

 

「その、あまりに隙が多い対応も気に食わんな。……何を企んでいる、ヤバマーズ男爵」

 

 しかし、鉄仮面のヤンの攻撃は遅れた。

 この無謀な抵抗が……実は、何らかの罠ではないか、と疑わせた。

 

 あまりに卓越した戦術眼だからこそ、だ。

 これまで見せてきた、アスタの『上手く行き過ぎた戦果』と比べ……まるで意味の見えないチグハグな行為。

 そんなあまりの違和感に、つい警戒を深めてしまった。

 

 ここにわずかな拮抗が生じた。

 そうして――。

 

「なんだ……あれは……?」

 

 誰から漏れた呟きだったか。

 

 突如として、村の方角。

 そこから波及していく、強力な魔術の反応。

 

 凄まじい勢いで、(そび)え立っていくのは――。

 

 どうしてか。

 赤き月光を反射する様が、なんとも美しく。

 ヤバマーズの防衛線に、氷の城壁が誕生したのだった。




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