ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第109話 夏風に氷の桟敷席、ホットワインがあら美味し。

 築き上げた城壁に、武装した護衛達がぞろぞろと立ち並ぶ。

 主である商人たちも、おずおずと身を寄せ始めた。

 

 すると、なんということだろう。

 先ほどまで命のやり取りが行われていた最前線が一転。

 

 匠たちの粋な計らいで、ヤバマーズを一望できる“特等の桟敷席(さじきせき)”と早変わりしているではないか。

 

「これは……もはや、なんと表現してよいか……」

 

 さしもの豪商バルトロメウスも、氷の縁を強く握りしめ動揺を押し込めた。

 本来なら、一刻も早く逃げ出したくなるような惨状だったろう。

 

 しかし――。

 

「悪くない学術実証実験(・・・・・・)であった。凍てついた城壁を紡ぎ出す合体術式……思っていたよりもずっと、味わい深い景色を運んでくれるものだね」

 

 この透き通る氷に立ち、名門伯爵家の令息と……伝説の魔導師(マギ)が隣にいるだけで。

 遥か高みからの見物へと塗り替えられてしまう。

 

 恐怖によって暴徒と化した盗賊たちが……。

 いや、燃えあがる炎も、立ち昇る煙さえも。

 

 赤銅月下に、なにもかもが唖然としているようにすら見えていた。

 

「いや、これはもう参戦でしょっ……戦力の再配置でしょっ……!?」

 

 オノレは小声でツッコむ。

 突如現れた氷の城壁に、フル装備の護衛達が並んでいるのだ。

 

 そう、貧相な武装領民たちとはわけが違う。少数ながら、大商人の護衛達は腕利きぞろい。

 無論、誰も戦う気などさらさらないが。

 

 ……だが、盗賊たちから見ればどう映る?

 

「やっぱり、大商人の私兵が布陣したようにしか見えないでしょうが!!」

 

 まごうことなき、新戦力投入である。間違いなく。

 

 しかし、老執事ゲロハルトは「いえいえ」と首を振る。

 

「これは、戦力の再配置や投入ではありません。やはり観戦と申します」

「……観戦?」

「左様にございます。城壁や塔の上から、両軍の動向や兵器運用を眺める。これはまさしく貴族の嗜みに違いなく」

「観戦文化なんて、本当は一般的じゃないんだけどねぇっ!?」

「確かに例は少ないでしょうな。何分、戦場ですら余裕を保てる、真に勇敢な貴人しか為しえぬ嗜みにございますゆえに」

「俺、その嗜みさ。正直言って受け付けないんだけど?」

 

 いけしゃあしゃあと老執事が宣う。

 

「なにを仰います。優雅に、戦術や配置を観察し批評すればよろしい。そこに勇猛さやセンスがあるかを問うわけですな」

「相手、盗賊なんだけどね!?」

 

 オノレは頭が痛い。こめかみが激しく疼く。

 

(まさか、ヤバマーズ男爵家の当主らは――アスタのお父上や祖父君は、こんな風に戦場を荒らしまわってでもいたのかい?)

 

 地方領主同士の争いであれ、何処かへの参戦であれ。

 貴族慣習のギリギリを“方便”とやらで突破し、戦って来たのだとしたら。

 

 長年仕え続けた、学のない老従者の脳内は――果たして、どういう構造になるだろうか?

 

「盗賊の始末をしている間、客人たちが退屈されるのも心苦しい。ですので、この爺も快く賛同した。ただそれだけにございます」

「賛同?! 実際の発案者は、ゲロハルトだよねえ!?」

「いえ。これはあくまで、オノレ様の自主的な返礼と提案にございますから」

「ああっ!? どう足掻いても、俺のせいにしかならないぃぃぃっ!」

 

 見れば、ヘイホーが当たり前のように氷上で給仕を続けている。

 ポットから注がれる温かな湯気が、白く溶けた。

 

「皆様、足元が滑りますのでお気を付けください。よければ、ホットワインはいかがですか? 初夏の夜風は冷えますよ」

「ふぅ……もらうか」

「おお、我々にも分けてくれ」

 

 豪商バルトロメウスは、震える手でカップを受け取っていた。

 

 他の商人たちも楽し気に並んでいる。

 おかしなことの連続に、すっかり飲まれているのだ。

 

 ラ・ボアジエ教授ですら機嫌が良さそうである。

 

「ラ・ボアジエ教授殿、炎蛇眼のゾルジュ殿! 今宵の余興、誠に素晴らしきものにございますな!」

「しかし、この『氷の城壁創出』という現象の理屈はね。お前たちが用いたことがあるだろう魔導製氷機、その仕組みと何ら変わりはないのさ」

「なんと、贅沢品の魔導製氷機と!?」

 

 なにせこの教授、無知な俗人相手でも。

 学術知識を乞われるのは、それこそ嫌いではないのである。

 

「市井では見たことないのですが……あの合体魔術とは、大学で研究されている秘匿技術(アルカナ)ですかな?」

「我が王立大学(アカデミア)の魔導学科おいては、合体魔術の概念はもはや常識にすぎないがね」

「あれも常識ですと……!?」

「複雑な演算と魔素行使を、矮小なる個に詰め込むより、それぞれに単純な役割を分担させる。(これ)こそ、遥かに大きな事象を引き起こすことができるのが道理。まともな頭脳なれば、誰でも辿り着く結論なのだよ」

「確かに!」

「されど、残念なことに。在野術士の大半は、そんな道理も思いつかぬ戯けだらけだ」

「……しかしですな、実際に分担するとなるとひどく難しいのでは?」

「その通り。この試みには、緻密な理論計算という“地図の共有”が大前提となる」

 

 聴衆たちは――大商人から護衛の冒険者たちまで――興味深そうに、耳を傾けている。

 

 ――ササッ!

 

 ヘイホーは教授のために、テーブルと筆記用具を用意した。

 

「旧時代の未熟な熱力学では、『熱素(カロリック)』なる見えぬ物質が関与していると考えられていた。そうだ、かつては魔術師(メイガス)ですら、なぜ火を起こせるかを識らぬままだったのだよ」

 

 突然、静まり返った戦場で行われ始める講義。

 眺める老執事ゲロハルトは、いたく感心していた。

 

「ほれ、あの通りですよ。う~ん、ヘイホーは若いのによく気が利く」

「……いやこれ。ダメでしょ。うん、絶対ダメだって」

「何が問題でございましょうか?」

「だって、武装してるじゃない。商人の護衛達がっ! ならもう参戦でしょ!?」

「武門たるヤバマーズ男爵家では、客人の武器を没収するなど致しません」

「……確かにそういう、頭のおかしい案内をしてたけどさぁ」

 

 方便と言ったか?

 いや、さすがに詭弁だろう。

 もはや、暴力的ですらある。法をこん棒で殴ってるが如き、所業だった。

 

「だいたいさぁ、その理屈。王都の正規軍にまで通じると思ってるの? 間違いなく追求されるよ?」

「いいえ。理屈ならばいくらでも付けられます」

「……どんなふうに?」

「同盟先の子息や将兵が、戦地を視察する慣習。これもまた社交として存在していらっしゃるのでしょう?」

「……同盟関係で? うん、まあ、あるっちゃあるね」

「オノレ様は、アスタ様のご友人。かつ、同盟関係に等しいお立場。……違いますかな?」

「でも、書面での契約は交わしてないよ」

「いえ、既に交わしております」

「え?」

「ヤバマーズ家は、ラプラス家に借金を――もとい、ご融資を受けております」

 

 確かに。

 オノレは滞在中、何度も金銭の肩代わりをしている。

 つまり、ラプラス伯爵家として、ヤバマーズ男爵家に相当な金を貸している。

 

 同盟契約が一切なくとも、事実上の利害の共有……。

 “実態としての同盟”との解釈は可能だ。

 

「盗賊退治如きに、“第三勢力を参戦させては領主の恥”とはお聞きしました。ですが、“同盟先の寵児を観戦させてはならぬ”とは、やはり解釈できませんな」

「……物は言いようだなあ?」

「しかし、通そうと思えば通るでしょう」

 

 通る。

 そこは通そうと思えば、おそらく通る。

 

「ヤバマーズ家は代々、借金を作る。いえ、融資を受けるのが大得意なのですが。紛争前にはなるべく幅広く縁を持つようにしておりまして」

「あえて、借金しまくるのかいっ? なんでっ?!」

「はい。すると不思議なことに……皆様、とりっぱぐれは困るとお慌てになりましてな。なぜか、お味方が増えます。同盟関係万歳ですな」

「最悪なお家柄だね!?」

「ともかく、オノレ様。貴方様はラプラス伯爵家三男として、盗賊退治を観戦に来られたのです。そこに、たまたま客人の商人らと、たまたまその護衛も同伴された……それだけのこと」

 

 実際、貴族が城壁に立っていても。

 武器を振るわず、直接の指揮権を保持しなければ、公的には戦闘員とはみなされにくい。

 そこに同伴者が武器を携えていたところで、同じこと。

 

(そう言われたら、そうなのかなあ? ……いや、かなりギリギリなラインだぞ。万が一、来賓に怪我人が出たらアウトじゃないか?)

 

 しかし、老執事ゲロハルトはどこ吹く風。

 満足げに、髭を整えていた。

 

「そして、後押しにございます」

 

 ヤバマーズの防衛線……門が開かれる。

 出てきたのは、馬の世話役に扮した大男。

 

 巨体がノッシノッシと歩いたかと思うと……金棒を肩にかつぎ、堂々と名乗りを上げた。

 

「吾輩は――ヤバマーズのお馬さん係であるッ!!!」

 

 “お馬のおじちゃん”の出撃だった。

 

(いや、やっぱり――やっぱり、無理があるよっぉおおおおっ!!?)

 

 オノレは頭を抱えて、悲鳴を押し殺した。

 彼の人生で、最も悲鳴を押し殺す悲惨な一日なのである。




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