ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第110話 吾輩はヤバマーズのお馬さん係であるッ!

 次々に巻き起こる理解不能な事態。

 呆気にとられる盗賊たちだったが、沈黙は長くは続かない。

 

「うぎゃぁあああっ!?」

 

 悲鳴だ。

 人間の身体が、冗談みたいに吹き飛んでいく。

 高く高く宙に打ち上げられ、地面を何度もリバウンドしたかと思えば――林の彼方に消えていく。

 

「なんだ!? なんだ、こいつはぁああっ!?」

 

 金棒をブン回す“お馬のおじさん”こと、聖騎士ロダンが大暴れを始めたのだ。

 

「吾輩は、ヤバマーズのお馬さん係であるッ!」

「それ、さっきも聞いたセリフ……へぶっ!??!」

「うるぅりゃああああっ! 卑しい盗賊共に鉄っ槌っ!」

「こいつ、人間じゃねえっ!?」

 

 どんなに恐怖に呑まれた暴徒も。

 うっかり我に返ってしまったところに、理不尽極まる暴力が直撃すれば抗う術もない。

 

 数で圧倒しようなどとするには、先頭に立った人間が犠牲になる必要がある。

 で、誰がその犠牲になりたいと思うだろうか?

 

 よしんば多少の傷を負わせたところで、『聖騎士の血清(パラディン・セーラム)』により常人離れした耐久力を持つロダンには、まったくのパワー不足。

 

 なにより――。

 

「バカな。火炎魔術が……ほとんど効かないっ!?」

「戯けが、その程度の術式が吾輩に効くものかッ!」

 

 教会の血清技術は、魔素への抵抗を高める。

 ましてや聖騎士ロダンは、人間を超えた出力……強大な魔物からの攻撃にすら耐えた実績がある。

 

 田舎で破壊活動に傾倒するだけのはぐれ魔術師(ウォーロック)では、その闘志を焦がす事すら叶わない。

 

 教会の聖戦士とは――異端を殺す、人間兵器である。

 

「「「うわぁ……」」」

 

 氷の城壁から、大商人たちは引きつった声を漏らした。

 皆、わかってはいるのだ。

 

『あの暴れてる大男、さっきまで立ち会っていた教会の聖騎士様じゃないか?』

 

 しかし、誰も指摘しない。

 そんな事実に言及しては、厄介事に足を踏み入れることになる。

 

 ――知らないフリをしよう。

 

 長年商売で生き残っていた者たちは、とても賢かった。

 政治の火種に巻き込まれるなど、百害あって一利なし。

 

「あのさぁ。アレやっぱり無理があるって!? そもそも、ヤバマーズ領に馬の世話役なんているの?」

 

 オノレだけが、小声で指摘。

 どうしてか、オノレは半ば意地になって正論に固執。孤軍奮闘。

 

 されど、老執事ゲロハルトは平然と頷く。

 

「世話役ならおりますよ。あそこにほら」

「そういうことじゃないんだよ!? 俺の滞在中に馬なんて見たことがないよ!」

「ああ。実は、オコトギ・マッケンジーに馬を貸しておりましてな。家臣が運営する商会、そのキャラバンに貸与するのは別におかしなことではありますまい」

「……絶対、名義だけの幽霊馬だっ!?」

 

 屋敷の敷地に馬房はある。

 だが……やはり、形だけなのである。

 

 馬の世話など、年単位で行われていない。

 

「しかしですな、我が家にも立派な馬車はございますよ」

「車両だけあってもねえ!?」

「ええ。ですが、馬房と馬車がある以上は、名目として世話役に宛てられた使用人が在籍していても、なんら不思議ではないのでございます」

「そうはならないでしょ。肝心の馬がいないんだから!」

「ほほう。では、貸与が虚偽であると、一体誰が証明できましょうか?」

「う、ぐぐぐ……!」

 

 家臣のために、動産を貸すのは正当な権利。

 キャラバンで使われている馬の出所など、どこまで調べようがあるだろうか?

 

「ですから。あそこに今、金棒を振り回しているのは聖騎士ロダンではなく……そう、『馬丁のオーギュスト』ですな。孤児の面倒をよく見る、善良な領民です」

 

 指が示す先。

 

「うぁぁああああっ!!?」

 

 盗賊がまた一人、空中にて乱回転していた。

 

「なんで、そんな堂々と嘘がつけるんだい……?」

「嘘ではありません、方便です」

「馬丁が、こんな凄腕のわけがないじゃん!!!」

「これは大変、デリケートな話なのですが。実は『馬丁のオーギュスト』は歴戦の傭兵崩れなのでして……色々あって今では、改心し馬を洗っているのですな」

「よくもまあ、ぺらぺらと出て来るよなぁ! この主従たち!?」

「血塗られた人生に嫌気がさし、日夜、孤児たちと戯れながら、教会で悔いを改めている。ええ、実に善良な領民ですとも」

「すかさず、事実と嘘を織り交ぜて来る?!」

 

 老執事ゲロハルトは、一切のよどみなく。

 すらすらと方便とやらを口にする。

 

「実際、もし王都の軍に問われたら領民たちと口を揃え、『昔から知ってる男だ』と証言しましょう。ヤバマーズ領内ではそれが可能なのです」

 

 そう別に、写真や身分証があるわけでもない。

 個人の素性など“主人が誰であると定義するか”と“共同体が、誰であると認めるか”の二点によって決まる。

 

 一致団結して、大真面目に証言した場合。

 外部の人間が、覆すのは極めて困難。

 

 だから、王太子側がなんと言おうが関係ない。

 今まさに盗賊たちは、ヤバマーズ家の馬丁如きに蹂躙されているのだ。

 

「ヤバマーズでは領民にすら武装権があり。家臣どころか、客人も武装解除されません。つまりは……“ヤバマーズ領においてのみ、誰がどのような扮装をし、武器を携えて、誰を殺しても必然となり得る”のですなぁ」

「……」

「そう、先々代が仰っておりました」

「……君たちの家訓、どうなっているんだい?」

「年寄りは、古い記憶ばかり大切にするものでして」

「本当に、君らは最悪なお家柄だよ……」

 

 邪魔な人間をいつでも消せる。

 僻地で行われる、地方領主たちによる無法。

 

 ヤバマーズ領という密室においては、領主と領民が納得できる解釈こそが、唯一の事実として記載される。

 

 現当主のアスタが、議論狂犬にして口喧嘩のスペシャリストであるならば。

 元よりヤバマーズ家そのものが、暴力を正当化するプロフェッショナル。

 

「余所者には、最悪でよろしいのです。……ヤバマーズ領は、ヤバマーズに住まう者たちのものにございますから」

 

 老執事ゲロハルトにしてみれば。

 外からやって来る余所者が、ヤバマーズの自治に口を出す方がそもそもおかしい。

 

「では、オノレ様。次は、この爺の出番にございまする」

「なんだって?」

「聞けば。若様を救うには、敵の使い魔が邪魔だとか」

「そう、だけど。……君がどうにかできるとでも?」

 

 今まさに、祓魔女(エクソシスター)リュスが戦場を駆け抜けている。

 だが、肝心なアスタの居場所がわからないままだ。

 

 使い魔さえ動かせれば、捜索範囲は一気に広がる。

 

「ええ、なんとかしてみせまする。されど……待ち人が来ぬことには」

 

 そこに丁度、近づいてくる女性の影があった。

 むせるほどの濃密な芳香――そう、湿った土と甘い蜜が混じり合うような、人を狂わせる香り。

 

「あらあら。良い夜ですわねぇ、ゲロハルトさん」

 

 張りのある肌艶、揺れる豊満な肉体。

 不自然なほどに色香を振りまく、その女は……シスター・マグダリア。

 

「おや、来てくださったのですか。シスター」

「もちろんです♡ あなたが、あたくしを求めてくださったと聞いたのですもの」

「お忙しいでしょうに、お呼び立てして申し訳ございません」

「クスクス……愛し子が頑張っている姿は、いくつになっても見守りたいものですよ♡」

「ははは、左様ですか。……敵いませんな、シスターには」

 

 老執事ゲロハルトは、苦笑をする。

 妙に、二人の距離感は近い。

 

「あたくしの出来うる範囲で、助力はいたしますけれど……若き日の、健康な身体は取り戻せませんよ」

「構いませぬ」

「では、お助けいたしますわ」

「……かたじけない」

 

 シスターは妖艶に微笑む。

 

「いいえ、あたくしはマグダリア。……ヤバマーズを看取り往く女(ラ・ヴェイユーズ)ですから」

 

 赤き月夜の光を受け。

 女の微笑みは、いっそう淫靡さを増した。




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