ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第113話 アスタの秘策。遺書なら書いたぞ、その中身。

 鉄仮面のヤンが、星なき夜空を仰ぎ見た。

 

「本当に戦場とは――気まぐれに満ちているな」

 

 口から漏れ出たのは、深い諦念とも、乾いた呆れともつかない呟き。

 

 視線の先には、赤き月光を反射する氷の一夜城。

 戦場を支配する、美しき氷姫。

 

「どうにも今夜は……ありとあらゆる運命に、邪魔をされている。そんな奇妙な違和感が拭えん。実に、不可解な感覚だ」

 

 ヤンの予測を遥かに超えた異常の連続。

 にも関わらず、声は()いでいた。

 

 バササッ。

 蝙蝠の翼を持つ(おぞ)ましい蜥蜴が、天から舞い降りる。

 

『ヤン指揮官(コマンダン)、盗賊たちの進軍が止まりました。彼らは、すっかり我を取り戻してしまったようです!』

「ああ、だろうな。無理もあるまい」

『それだけではありません。魔力波動の識別を行いました――ゾルジュ・ド・ラ・ボアジエです! あの“炎蛇眼のゾルジュ”が屋敷にいます!』

「……つまり、炎達士(フラメトル)の熱量演算を基軸にした、広域相転移術式か。やれやれ。道楽が過ぎるぞ、ラ・ボアジエめ」

 

 すぐに鉄仮面のヤンは結論を出した。

 どうやら、得体の知れないこの男であっても、ラ・ボアジエ教授がヤバマーズに来訪したとは知らなかったらしい。

 

 正直、僕にも何が起きているかはさっぱりわからん!

 だけど、この状況は僕にとって千載一遇のチャンスなんじゃないか?

 

「おい、退くなら今だぞ。……えと、ヤンだっけ? ほらほら、ラ・ボアジエ教授がすぐにでも援軍に駆けつけるぞ~?」

 

 決死のハッタリ。しかし、ヤンからの返答は……。

 

 ヒュッ――!

 

 冷酷極まりない魔剣の超高速射出。

 狙う先は、息も絶え絶えになっている猟兵たち。

 

「あ、クソ!? 返事くらいしろよ、ああっがあああッ!!」

 

 『三日月の刃』の出力を上げ、防御面積を一気に広げる。

 形作られたのは、新たな防御の姿――『半月の盾』。

 

「僕の領民は――僕がッ、守る!」

 

 ――ガギィィィンッッ!!!

 

 弾き(パリィ)に成功。

 

 しかし、とうとう……左手甲のウロコにヒビが入った。

 

 僕らは……すでにボロボロだった。

 猟兵たちも、血に塗れて死に体の状態。

 

 先ほどから浮遊する魔剣が、何度も、何度も繰り返し射出されている。

 耐え凌ぐも、もはや限界。

 土壇場の成長ですら、危機を脱するには及ばない。

 

 対して、満身創痍の猟兵が放つボウガンの矢は――。

 

 ――スパッ!

 

 ヤンは、乱れぬ居合の構え。

 腰から抜いたサーベルからの剣閃は、矢を残らず両断。

 

「……つくづく、往生際悪く耐える男だ」

「ハッ、褒めてんのか? そりゃどうも、お前の手際が悪いだけだと思うけどな!」

「ああ、褒めているとも。そして、貴様がいくら挑発したところで、これ以上の大技を出してやる気はない」

「――くっ!? 本当にやりづらいな、この鉄仮面!?」

 

 黒銀結晶(クロシュライト)の矢も放ったが、術者であるヤンの肉体に刺さらなければ意味はない。

 

 僕は、さっきから揺さぶりをかけて、隙を作ってやろうとしているんだが……虚しくすべてが空回りだ。

 

「さあて。実際のところ、ラ・ボアジエがここに駆けつけるかな?」

「さあね、どっちだと思う? 言っとくけど、彼は僕の指導教授だぞ? ……大事な教え子を見捨てると思うか?」

 

 本当のところ。僕にだって、なにが起きているかわからない。

 教授が来るとも思っていない。

 

 でも、生き残るのに使えそうなら何でも使う。

 

 しかし、ヤンは打ち砕いた。

 

「いや、来ない。ほぼあり得ないと言える」

「……随分と自信満々だな?」

「お前は徹底した合理主義者だ。もし最高峰の『魔導師(マギ)』を戦力として出せる状況にあるなら、お前は最初から出している」

 

 それはそう。めちゃくちゃ、その通り。

 っていうか、なんでこいつ、初対面のはずなのに僕の思考パターンがそんなに正確に分かるわけ!?

 

「離すっす、この野蛮人っ!」

「あぁん? 威勢がいいねぇ、ドランの小倅。だが、工具すら失くした職人に何ができるってんだ?」

 

 ジルは、とうとうもう片方の工具すらも失った。

 丸太のような太い腕に、首元を持ち上げられている。両足が虚しく宙を蹴った。

 

「が、は……ッ……く、そ……! うち、は……生き残る、っす……!」

「旦那様……っ! お逃げ、くだ……!」

 

 仲間たちの苦悶の声。

 

 僕の『半月の盾』は輪郭がボヤけ、かすれている。

 生えているウロコにもヒビが入り、砕け散ってもおかしくない。

 

 ああ、もうっ! 時間稼ぎは無理かっ!

 

「……おい。せめて、みんなのことは逃がしてくれないか? 僕さえ殺せば満足だろ?」

「まさか交渉のつもりか? 死体になる者に、条件を提示する資格などない。ましてや、どの領民が生き残るかを知る術もない」

「そうか。……残念だな。だけど、このまま僕を殺せば、シャルル王太子にとって不都合なことになるんだぞ」

「今度は命乞いか。我々が王太子に関係しているだと? そんなつまらん妄想を、最期の遺言に選ぶとはな。それで終わりなら――」

「遺言?――いいや、遺書ならもう残してあるんだ」

 

 ピクリ、と。

 ようやく動きが止まった。




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