鉄仮面のヤンが、星なき夜空を仰ぎ見た。
「本当に戦場とは――気まぐれに満ちているな」
口から漏れ出たのは、深い諦念とも、乾いた呆れともつかない呟き。
死線の先には、赤き月光を反射する氷の一夜城。
この戦場を支配した、美しき氷姫。
「どうにも今夜は……ありとあらゆる運命に、邪魔をされている。そんな奇妙な違和感が拭えん。実に、不可解な感覚だ」
ヤンの予測を遥かに超えた異常の連続。
にも関わらず、声は
バササッ。
蝙蝠の翼を持つ
『ヤン
「ああ、だろうな。無理もあるまい」
『それだけではありません。魔力波動の識別を行いました――ゾルジュ・ド・ラ・ボアジエです! あの“炎蛇眼のゾルジュ”が屋敷にいます!』
「……つまり、
すぐに鉄仮面のヤンは結論を出した。
どうやら、得体の知れないこの男であっても、ラ・ボアジエ教授がヤバマーズに来訪したとは知らなかったらしい。
正直、僕にも何が起きているかはさっぱりわからん!
だけど、この状況は僕にとって千載一遇のチャンスなんじゃないか?
「おい、退くなら今だぞ。……えと、ヤンだっけ? ほらほら、ラ・ボアジエ教授がすぐにでも援軍に駆けつけるぞ~?」
決死のハッタリ。しかし、ヤンからの返答は……。
ヒュッ――!
冷酷極まりない魔剣の超高速射出。
狙う先は、息も絶え絶えになっている猟兵たち。
「あ、クソ!? 返事くらいしろよ、ああっがあああッ!!」
『三日月の刃』の出力を上げ、防御面積を一気に広げる。
形作られたのは、新たな防御の姿――『半月の盾』。
「僕の領民は――僕がッ、守る!」
――ガギィィィンッッ!!!
しかし、とうとう……左手甲のウロコにヒビが入った。
僕らは……すでにボロボロだった。
猟兵たちも、血に塗れて死に体の状態。
先ほどから浮遊する魔剣が、何度も、何度も繰り返し射出されている。
耐え凌ぐも、もはや限界。
土壇場の成長ですら、危機を脱するには及ばない。
対して、満身創痍の猟兵が放つボウガンの矢は――。
――スパッ!
ヤンは、乱れぬ居合の構え。
腰から抜いたサーベルからの一線は、矢を残らず両断。
「……つくづく、往生際悪く耐える男だ」
「ハッ、褒めてんのか? そりゃどうも、お前の手際が悪いだけだと思うけどな!」
「ああ、褒めているとも。そして、貴様がいくら挑発したところで、これ以上の大技を出してやる気はない」
「――くっ!? 本当にやりづらいな、この鉄仮面!?」
僕は、さっきから揺さぶりをかけて、隙を作ってやろうとしているんだが……虚しくすべてが空回りだ。
「さあて。実際のところ、ラ・ボアジエがここに駆けつけるかな?」
「さあね、どっちだと思う? 言っとくけど、彼は僕の指導教授だぞ? ……大事な教え子を見捨てると思うか?」
本当のところ。僕にだって、なにが起きているかわからない。
教授が来るとも思っていない。
でも、生き残るのに使えそうなら何でも使う。
しかし、ヤンは打ち砕いた。
「いや、来ない。ほぼあり得ないと言える」
「……随分と自信満々だな?」
「お前は徹底した合理主義者だ。もし最高峰の『
それはそう。めちゃくちゃ、その通り。
っていうか、なんでこいつ、初対面のはずなのに僕の思考パターンがそんなに正確に分かるわけ!?
「離すっす、この野蛮人っ!」
「あぁん? 威勢がいいねぇ、ドランの小倅。だが、工具すら失くした職人に何ができるってんだ?」
ジルは、とうとうもう片方の工具すらも失った。
丸太のような太い腕に、首元を持ち上げられている。両足が虚しく宙を蹴った。
「が、は……ッ……く、そ……! うち、は……生き残る、っす……!」
「旦那様……っ! お逃げ、くだ……!」
仲間たちの苦悶の声。
僕の『半月の盾』は輪郭がボヤけ、かすれている。
生えているウロコにもヒビが入り、砕け散ってもおかしくない。
ああ、もうっ! 時間稼ぎは無理かっ!
「……おい。せめて、みんなのことは逃がしてくれないか? 僕さえ殺せば満足だろ?」
「まさか交渉のつもりか? 死体になる者に、条件を提示する資格などない。ましてや、どの領民が生き残るかを知る術もない」
「そうか。……残念だな。だけど、このまま僕を殺せば、シャルル王太子にとって不都合なことになるんだぞ」
「今度は命乞いか。我々が王太子に関係しているだと? そんなつまらん妄想を、最期の遺言に選ぶとはな。それで終わりなら――」
「遺言?――いいや、遺書ならもう残してあるんだ」
ピクリ、と。
ようやく動きが止まった。
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