ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第114話 その死の値段、取り扱いは危険につき。解釈違いの救世主。

 次なる攻撃が放たれる、まさに寸前。

 僕は、必死に言い被せていく。

 

「遺言書にはな、焔王国正規軍が到着し……そこにヤバマーズの親族が混ざっていた場合! その人物こそを“当主アスタを謀殺した、主犯として告発すべし”と書き残してある!」

「ほほう?」

 

 よおしっ、興味を惹けたぞ。

 ここで一気に畳みかけだ!

 

「ついでに、黒銀結晶(クロシュライト)の利権も領地もくれてやらんからな! 王立大学(アカデミア)が最大限介入する手筈だ。当然、ラプラス伯爵家と、マクスウェル子爵家にも利を分配する形でな!」

「それこそが、ラ・ボアジエを動かした取引材料だった、というわけか?」

「ああ、そうさっ!(大嘘)」

 

 心臓が爆発しそう。

 全然、教授との取引材料になんかしていない!

 

 でも、そう思ってくれた方が、だんぜん都合がいい。

 

「大学の誇る法学集団を敵に回し、裁判劇に興じる。……いやぁ、そんなのいくら王族だって骨が折れるぞ。本当にやりたいか? 判決が出るまで何年、いや、何十年かかるかわからないぞぉ~?」

 

 王立大学(アカデミア)が有する法学部。

 それこそが、焔王国における最強の弁護士集団。 

 

 そもそも、法廷に立つ裁判官ですら大学出身なのだ。

 ひとたび難解な裁判となれば、現職の裁判官すらも、教授たちにへりくだった書状を送る。

 “どのような判決ならば、法理の辻褄が合いますか”と教えを乞うのだ。それほどの権威!

 

「僕は、別にここで死んだっていいさ。でも、僕をハメた裏切り者は必ず始末してやる。ついでに、王太子の派閥までガッツリ巻き込んで道連れだ。相当、痛い目を見るぜ?」

「なるほど」

 

 一秒、二秒、三秒。

 

 しかし、成果は三秒の沈黙。

 たった、それだけしか稼げなかった。

 

 ――ガッッ!!!

 

 ヤンの身体が、ブレた。

 思考の速度すら置き去りに、黒い線が僕の視界を真っ二つに叩き割る。

 

「しまっ――」

 

 展開されていた『半月の盾』。

 いかなる攻撃も、その光条で受け流してきた守護の盾。

 

 しかし――。

 

 キリ……パリィィィィン!!!

 

 ヤンのサーベルによって、盾はとうとう引き裂かれ。砕け散る無数の光子。 

 僕は無様に地面を転がり、左手を長靴(ブーツ)で踏み潰される。

 

「ぅ、ぁ……ァッ!?」

 

 メキメキッ!

 

 骨が砕ける音がした。

 

「これまで聞いた命乞いのなかでも、断トツの出来だったな」

 

 ヤンはサーベルの先端を、喉元へと突きつけた。

 

「なら……健闘賞として、今回は見逃せよ、な……っ!」

「経験上、土壇場でこれほど舌が回る人間の話は聞くべきではないし……ましてや、生かしておくべきでもない。そういう輩は、往々にして殺し合いの結果を塗り替えて来る。後だしでな」

「それは、過分な、ご評価で……うぐっ!?」

「結局は、やはり貴様を生かしておく方が面倒だ。張り切り過ぎたな、男爵」

 

 硝子細工のような眼。

 何の感情も、一片の憎悪すらも乗っていない。

 

「俺の過ちは、少しばかり慎重になり過ぎたこと、か。まあ、さすがにこれは結果論だな」

 

 これまで出会って来た人間と、根本的に違う。

 喜びも、怒りもなく。優位への確信すらなく。

 ましてや、僕を見下しているわけですらない。

 

 淡々と、家畜を処理する屠殺者のように。

 あるいは、割り振られた退屈な書類に判を押す役人のように。

 

 これまで繰り広げた殺し合いのすべてを。

 ヤンは“仕事の工程”だとしか見做していない。

 

「その流暢な口車、逆に理解できた。もはや貴様には、策が残っていないのだな。“誰も死なせたくない”という甘い理想に囚われ、非合理にも中身のないハッタリに手を付けざるを得なくなっている」

「なんだよ。だったら――なにが、そんなに悪いかってんだよ!」

「悪いに決まっている。その身の丈に合わぬ“甘さ”こそが、世を腐らせる悪そのものだ」

「――つッ!?」

 

 喉元に、ぐりっと刃が押し付けられた。

 容易く皮膚が裂け、痛みが走る。ドクドクと熱い、鮮血が溢れて来る。

 

 ハーフオークに拘束されているジルが、獣のように咆哮を上げた。

 

「先輩……ッ!! うあああ゙ッ!」

「おいおい。……抵抗すんな。首の骨をへし折るぞ、ドランの子倅」

 

 ジルは必死に絞め上げる剛腕を引き剥がそうと、爪を肉に食い込ませる。

 

 矢を使い果たした猟兵たちも、這いつくばりながら。

 腰のナイフを抜き払おうとしている。

 

「ヤバマーズを……旦那様を、舐めるな……ッ!」

 

 勝てる見込みなど、万に一つも、億に一つもない。

 それでも彼らの瞳からは、気高き闘志が消えていなかった。

 

 ヤンは、そんな彼らを一瞥。

 少し意外そうに、再び僕を見下ろした。

 

「理解に苦しむ。なぜ、この者たちは、お前という“無謀な主人”にここまで懐いているんだ? 今まさに、無に帰するというのに」

 

 喉元に突き立てられた刃、染みる冷たさ。

 次々、溢れ出る鮮血の熱さ。迫り来る確実な死。

 

 けれど、そんな恐怖は――彼らのおかげで、さっぱり吹き飛んでしまった。

 

「くくく……ふは、ははは……」

「何が可笑しい?」

「いやぁ……ヤン。お前は、なにも見えていないんだな」

 

 僕は流れゆく血の熱さをそのままに、視線を合わせた。

 温度のない瞳が、無様で惨めな僕を映している。

 

「確かに、僕は……ここの領主だが。ヤバマーズ領は、僕一人のものなんかじゃない」

「なにを……?」

「いいか、ここはな。ヤバマーズに住まう者たちのものなんだ! 僕が降伏しようが、惨めに死のうが……ここの連中は、お前たち中央の横暴を絶対に認めないぞ。……何代も、何代も前からずっと……そういう『最悪なお家柄』なんだよ、ここはっ!」

「そうか、それは素晴らしい気概だな。貴様も慕われるだけのことはある」

 

 鉄仮面ヤンは、形ばかり。

 感心した素振りを見せ、サーベルを振りあげた。

 

「ならば、その幻想をうち砕いてやる。その遺体は盗賊どもに引き渡してやるとしよう」

「なん、だとっ!?」

「防衛陣地が崩せぬのならば、自ら放棄させてやる。そこまで慕う領主の遺体。盗賊共に辱めを受けていたら……その死を穢されていたら、領民たちはどうするかな」

 

 僕は目を見開いた。

 同時に、点と点が繋がる。

 

 なぜ、リュスがあれほど取り乱していたのか。

 

 僕の死が――最悪な形で利用されるッ!?

 

「降伏などはすまい。しかし、貴様の領民は大人しく防衛戦を継続などはせんだろう。大方、怒り狂って、死体を取り返そうとするのではないか?」

「あ、お前……っ!?」

「あの下劣な畜生共は、尊厳を壊す遊びなどいくらでも思いつくぞ。残念だったな、無謀な突撃を敢行し、領民を危機に追い込んだ無能な領主として名を刻め」

「どれだけ外道な、真似を……っ!」

 

 こいつにだけは、絶対に殺されてはならなかった。

 リュスが正気を失いかけたのは、単に僕が死んだからじゃない。

 

 僕の死体が、敵の手によって何度も繰り返し。

 尊厳を踏みにじられるような、凄惨な扱いを受けたからだったんだッ!

 

(でも、僕の死がひどく穢されるなんて、リュスが言えるはずもないから!ごめん。本当にごめんよ、リュス!)

 

 猟兵やジルが抵抗するが、なんの意味もなさない。

 

「僕が死んでも、ヤバマーズの意志は――終わらないッ! なにひとつ無駄になったりなんてしないんだッ!」

 

 最期に轟く、魂の叫び。

 

 しかし、上空から一羽のフクロウが――風を運ぶ。

 

『ヤン指揮官(コマンダン)! 使い魔たちが次々に撃墜を!?』

 

 それが合図。導かれるように、暗黒を切り裂いて。

 銀の剣閃が、森を()け抜けた。

 

 ――ガギィィィィンッッ!!!

 

 喉を貫こうとした切っ先は、強く弾かれて。

 鉄仮面のヤンが、たたらを踏んで数歩退く。

 

「……ッ!? 新手か」

 

 金属音の余韻が響くなか、ひらり舞い降りたのは――。

 

 赤と白、胸元には狩猟笛の刺繍。

 ヤバマーズの紋章色(リバリー・カラー)を纏う、一人のメイド。

 

「アスタ様……間に、合いました。今度こそ、わたくしは間に合いましたよ」

 

 白いエプロンには返り血。裾の長いロングスカートが夜風に翻った。

 

 それは、僕が「解釈違いだ」と断じ。

 

 公爵令嬢リュシエンヌには、決して着てほしくないと願った。

 屈辱と労働……没落の象徴であるはずの衣装。

 

「ゴホッ……ゲホッ! ……リュ、ス……? なんで、それを?」

 

 どんより濁った、暗渠(あんきょ)を思わせる昏い瞳が。

 横たわる僕を、じっと見据えて。

 

「だから、どうか……似合っていると。可愛い、と。――そう褒めてくださいまし」

 

 まるで世界に二人しかいないかのように。

 切なく、愛おしそうに微笑んだ。




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