ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第115話 これこそが、我が主の趣味なのです。鉄を溶かす火、終業の判。(前半)

「その身のこなし、青白く輝く人造聖剣……貴様、聖王教会の『祓魔女(エクソシスター)』か」

 

 鉄仮面のヤンは、警戒の声を上げた。

 

「いいえ。わたくしはご覧の通り。ヤバマーズの――アスタ様のために働く女使用人(メイド)ですよ」

「抜かせ。なぜ教会の戦術兵器が、地方の小競り合いに介入などする。そのような仮装(リバリー)を着てまで!」

 

 問いに対して。

 リュスは、凛と答えた。

 

「これは仮装でも欺瞞でもありません。わたくしは正真正銘、心からヤバマーズに仕える者であり……そして――」

 

 それは迷いなく。

 どこか深い安堵すら滲ませていて。

 

「これこそが、我が(あるじ)の趣味なのです」

「ゲホッ、ゴホッ……べ、別に、僕の趣味じゃないぞッ!?」

 

 そして、あまりに聞き捨てならなかった。

 僕は血が溢れる喉元を押さえながらも、思わずツッコミを入れる。

 

「そんな破廉恥なオーダーを、出した記憶は断じてない! これっぽっちもないからね!?」

 

 僕の出血が悪化した。

 

 リュスはさらに一歩、大きく間合いを詰める。

 対する、鉄仮面のヤンも迎撃の構え。

 

「――魔剣錬成ッ!」

「浮遊する数多の魔剣を操る、変幻自在の多刀流剣術……といったところですね」

 

 虚空から、禍々しくも魔剣が次々と生えそろう。

 迸るエネルギー、紫電の稲妻。

 

 背後、真横、頭上、さらには足元からすらも。

 あらゆる死角を突いて、襲い来る剣の嵐。

 

 常人であらば、抵抗する間もなく肉片へ変えられるであろう処刑絶技。

 

 ――だが。

 

「その剣筋……っ!? 俺の“次の一手”を知っているかのような――」

 

 ヤンが初めて見せた動揺。

 変幻自在な無数の刃、その軌道は――あまりにも的確に逸らされていた。

 

「ええ、知りました(・・・)とも」

「なんだと!?」

「わたくし……(ここ)に至る道中、あなたを見つけるまでに随分と費やしてしまいました。……あなたをどう切り伏せるかよりも、そちらの方がよほど大変でしたわ」

 

 火花を散らし、激突する剣先がどれほど数を増そうとも。

 

 リュスは、寸土たりとも退かない。

 縦横無尽。剣戟の組曲が、奏で鳴いて拮抗す。

 

「そうして、今度こそ……わたくしが、あなたを細切れにする番なのです」

 

 そればかりか。

 リュスの剣は冴えに冴え、さらに加速を増し続けていく。

 

 鉄仮面ヤンにとっては、初見の戦闘であっても。

 死に戻りなる“回帰の異能”を有すリュスにとっては、なにもかもが既知と成り得る。

 

 消えた時空の彼方。

 身を切り刻まれた、苦痛、敗北、死。

 屍を積み重ねた、修練の果ての技巧。人の身には為しえぬ剣技。

 

 しかし、そんな壮絶な背景を知らぬ者から見れば――。

 

 リュスには、あらゆる初見殺し。奇襲も暗殺術も通用しない。

 ただただ理不尽、不条理の体現。

 

「――くっ!」

 

 ヤンは紙一重、首筋を逸らす。

 すると、聖剣が鉄仮面を掠めた。

 

「……そうか。種はわからんが、俺の技を知る術があるのか」

 

 ヤンはようやく、情報面において凌駕されたと気付いたようだ。

 

「魔眼の類か? まあ、いいだろう。しかし、情報の優位は勝利を約束せんぞ」

「……きゃっ!?」

 

 刃が、リュスの肩口を切り裂く。

 続いて、地面から突き出た魔剣がロングスカートを裂き、白い太腿に鮮烈な朱を走らせた。

 

「お前の動きは、まるで“何百回”と繰り返したかのように正確だな。だが、人間の域を出ない」

「どう動いても……避けられない攻撃……?」

「ああ、そうだ。関節可動域、筋肉の収縮速度。人間の動きには物理的な限界がある――それこそが術理」

「……術理」

「動きを読む程度の敵ならば、稀にいるんだ。不思議なことにな。だが、それでもなお、読まれた先の、さらに限界を突けば対処可能だ」

 

 間違いなく、リュスの動きは超人的で、最適化されている。

 でも、ヤンの戦闘経験はさらにそれを上回っている!

 

 十六もの魔剣に、サーベル剣術。

 達人が繰り出す、そのすべてを躱し続けるなど現実の法則が許さない。

 

(十字砲火や爆撃と同じだ。このヤンって男は……敵の逃げ道を塞いで、巧みに追い込んでいく)

 

 超高速の近接戦闘。

 もはや、手を出す隙間すらない。今の僕では、足を引っ張るばかりだ。

 

「その通り、ですね。人間には限界がありますから。この身一つでは……どうしようもないことばかりです」

 

 リュスは、さらに鋭く踏み込んだ。

 

「リュスッ!? やめろっ、やめてくれ!」

 

 追撃の魔剣が、リュスの肩を、脇腹を、容赦なく肉を削いでいく。

 

「――ですが、それがどうしました! 無力に打ちひしがれては、ヤバマーズの女にはなれません!」

 

 頬を刃が掠め、耳たぶが千切れ飛ぶ。

 エプロンの肩紐が断たれ、胸元が赤く染まっていく。

 

 血飛沫が、まるで紅い花びらのように散った。

 同時に、傷口からは白い蒸気が立ち昇る。

 

「傷を負うことは、織り込み済みっ! メイドが身を汚すのを恐れるわけにはまいりません」

「『聖騎士の血清(パラディン・セーラム)』の過剰稼働……狂っているな、女」

 

 傷を負った端から、肉が盛り上がり。

 無理やり塞ぐように、癒着しようとしている。

 

「再生の熱量で自らを焼く気か、祓魔女(エクソシスター)ッ!」

「わたくしはもう焼かれています、焦がれています、狂っていますっ! だから、これでいいっ! 尊厳(たましい)を傷つけられるよりは、よほどいいっ!」

 

 リュスの女使用人(メイド)服は、見る影もなく血で汚れていく。

 それでも、暗渠(あんきょ)の瞳には揺らぎはない。

 

「リュス、もういい! それ以上は――」

 

 僕は叫ぶ。

 

 自分が“解釈違い”だと言ったあの女使用人(メイド)服が。

 リュスが、“似合っていると。可愛い”と褒めて欲しい、といった服が。

 

 今やズタズタに引き裂かれ、血の赤に染まっていく。

 

 公爵令嬢として、清らかであるべき彼女が。

 僕の紋章色(リバリー)を纏い、傷つきながら戦っている。

 

「アスタ様。……どうぞ、ご心配なく」

 

 リュスは柔らかく微笑み。

 

「指が折れても、腕が折れても――わたくし、心は折りませんの」

 

 振るわれるサーベルを、魔力の込めた“生身の左腕”で受ける。

 グチャリ、と肉が貫かれる嫌な音。

 

「自暴自棄か? 自ら刺されるなど――」

「いいえ。今、これから減るのはあなたの腕の方です」

 

 ――凄絶なる微笑。

 

 貫かれた腕から溢れる血が、青白い聖剣の刀身を伝い励起。

 『聖騎士の血清(パラディン・セーラム)』を含んだ強血が、なんとサーベルをへし折り砕く。

 

「ふふ。やっと(・・・)狙った通りに、出来ましたわ」

「――バカなッ!?」

 

 魔なる剣山に……綻びが生まれた。




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