何度も死線を越えた修羅の相。
無数の傷と引き換えに、ヤンの喉元へ肉薄。
「わたくしはただ一つの希望……アスタ様を護り抜く! ――この身が灰となろうとも、百死の盾を全うしましょう」
記憶干渉という精神破壊、魂を擦り潰さんとする僻地地獄。
何度も引きずり込まれた、
何度も何度も、執拗に沈められ。
気が遠くなるような無限の責め苦の先に。
その絶望の底から、ひたすらに。
一心不乱の想いだけで這いあがった刃は――。
「闇を打ち払いなさい――我が聖剣レストラシオンッ!」
まさしく、閃光。
無駄を極限までそぎ落とした最高にして、最速の一撃。
抜き放たれた、眩き刃は――。
鉄壁の防御陣を食い破り、
「ぐぁああっ!?」
その光景を見たハーフオークの巨漢が、目玉をひん剥いて絶叫。
「マジかよ、指揮官が追い込まれてんのかっ!?」
これこそ、僕らの反撃の好機!
「いくぞ、ジル!」
「うぃっす!」
とうとう僕らも呼応する。
どちらか片方が死ぬ寸前まで追い詰められても、なおも頑なに温存してきた。
使い捨ての、一回こっきり。右手に仕込んだ隠し玉。
「
ジルの右袖から、超高熱反応した白熱ゼリーがぶちまけられる。
鉄板を焼き切るための『工業の火』。それが今、戦いの牙と化す。
「なっ――熱っづぅぅう、ぎゃぁあああ゙あ゙ッ!?」
「うちの手を離せって言ったっすよねぇ!? このド腐れ野蛮人がぁぁあっ!!」
ジューゥゥゥウウウッ!!!
白光が、深夜の森を強烈に照らす。
至近距離、無防備な腕。
いくら刺青で魔力を凝縮させようとも、鉄をも一瞬で溶かす
「オレ様の、腕がぁああああ゙あ゙ッ!?」
ハーフオークの自慢の剛腕は、じくじくと爆ぜた。
骨をも焼く嫌な臭いと共に、肘から先をドロリと融解。
拘束が解けた勢いのままジルは回転。
義足ギアを最大出力、悶絶する巨漢を蹴り上げた。
「もう一発、お返しっすよ!」
「ぐぁっ!? テメェ……ッ!?!」
一方、僕もこの隙を見逃さない!
「ヤン! お前に、終業の判を捺してやるよっ!」
同じく右手に隠し持っていたのは、小型噴霧器を改造した溶接装置――
体勢を崩した鉄仮面のヤンへと目掛けて……灼熱を放つ!
シュゴォォォォォォォッ!!!
「絶体絶命の窮地ですら、まだ牙を隠していたか。……見事だ、見直したぞ。男爵ッ!」
ヤンは、剣閃に切り裂かれながらも。
その双眸をいささかも曇らせていなかった。
――キィィィンッ!!
新たに錬成された刃が、幾重にも重なり防御陣を再構築。
さらに恐るべき執念の反撃。
浮遊魔剣の二振りが、交叉するように射出。
「カウンターッ!?」
すかさず、リュスが守りに入る。
「アスタ様っ!」
――ガガギギギギィィィッ!!
激しい火花と衝撃。周囲の草木をなぎ倒し。視界が白熱。
結果は――……。
リュスは呼吸を荒げ、聖剣を地へと突き立てる。
ジルもまた隣へ合流した。
「アスタ先輩、意外としぶといっすね。せっかくの遺書だったのに、これじゃお家の利権をもらい損ねたっす」
「はは、悪かったな。なんとか、首の皮一枚繋がったよ。それより、あいつ――」
僕が視線を向けた先。
ヤンは、静かに佇んでいた。
制服は無惨に引き裂かれ、見るからに酷い損傷を負っている。
傍らには、激痛に顔を歪ませたハーフオークも並び立つ。
巨漢は炭化して煙を上げる自らの腕を、惨めに携えていた。
「……チッ、クソが。やられちまったか」
「ああ、防ぎきれなかったな。どこぞの魔物のブレスより、遥かに厄介な兵器だった」
「ああっ、もうっ。見ろよ、オレ様も腕がこのザマだぜぇ? ……え、おい。この消し炭になった腕、持って帰った方がいいのかぁ?」
「さあな、繋がるかどうかは治癒師に聞け」
……信じられない。
普通の人間なら、ショック死していてもおかしくない重症。
なのに、なおも軽口を叩き、戦いの姿勢を崩さない。
しかし――。
「ふぅ。……さすがに、こいつは反則だろう」
鉄仮面のヤンは、ため息をついた。
村に聳え立つ、氷の城壁を見上げる。
「起きた一瞬の烈火を頼りに、俺を射抜いて来ただと? ……こんなもの、対処できるはずがない。げに恐ろしきは、老兵の意地といったところか」
なぜか、胸には――いつの間にか、一本の矢が刺さっていた。
そのまま、ヤンの全身に亀裂が走る。
「――俺もまだまだ、か」
そんな言葉を最後に。
ヤンの肉体が、水晶の如く砕け散る。
「……え?」
ガラス細工が木っ端みじんになるように、形を失っていくその姿。
キラキラと結晶の残滓が、舞っていた。
(まさか……今まで、ここにいた鉄仮面のヤンは本物じゃなかったってのか?)
ハーフオークも傷ついた身体で、ひょいと飛び上がる。
「じゃあな、坊主ども」
「待てっ!」
「ワリィな。オレ様も最後までやり合いてぇんだが……“これ以上の交戦は業務を逸脱する”んだとよ! また遊ぼうぜぇ!」
巨漢の癖に、やけに身軽に。
魔物がいる森へと、颯爽と消えていく。
奴を捕まえれば、王太子介入の証拠になるかもしれない。
でも……追撃する余裕は、もう誰にもなかった。
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