ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第117話 僕の人生で一番、意味のわからない二択。つまり、どっちが可愛いですか?(前半)

 静寂が、一気に押し寄せる。

 冷たい夜風は、死闘の悪臭をどこかへ流していった。

 

 火照る肌を撫でていく感触……生きているという実感。

 

「……本当に消えたみたいっすね。ようやく、おさらばっす」

 

 ジルがへたり込む。

 右袖の兵器から立ち上る煙を、ふぅっと息で吹き飛ばす。

 

 猟兵(シャスール)たちもまた緊張の糸が切れ、次々と膝をついていく。

 

 不意に。フクロウが羽ばたきながら、語り掛けて来た。

 オノレの使い魔だった。

 

『どうやら助かったようだね、アスタ』

「おかげさまで。……なんか色々と、やってくれたみたいだな。そっちは大丈夫か?」

『俺がしたというか……いやぁ、話せば長い、かあ』

「あん?」

 

 妙に、オノレは歯切れが悪かった。

 

『うーん。実は矢を飛ばしたのは、君の老執事ゲロハルトでね。僭越ながら、俺が観測手を務めたんだけど……』

「ヤンにトドメを刺した矢か!?」

『そう。でも、ゲロハルトはちょっと無理をして倒れてしまったんだ』

「ええっ、それは大丈夫なのか!?」

 

 フクロウは、少し悩んだ素振り。

 主と同じ、どこか気取った仕草。

 

『とりあえず、命に別状はないようだよ。いずれにせよ、あとは俺たちに任せておきたまえ』

「そう、か。……色々とすまない」

 

 話し終えると、使い魔のフクロウはその辺の木に留まった。

 

「……ふぅ。にしても、とんでもない敵だったな」

 

 もう、やり合いたくない。

 綿毛の魔人も大概だったが、尋常ならざる相手だった。

 

「なんで、こう……次から次へと、うあっ!?」

「――アスタ様っ!」

 

 むぎゅっ、と。

 突然、暖かくも柔らかい感触。

 

 リュスは、聖剣を投げ捨てて。

 無事な右腕を伸ばし、胸に飛び込んできた。

 

「……リュス」

「ああっ、首の傷が! 早く、手当てを……わたくしが、遅かったから――」

「いや……別に大丈夫だよ」

「大丈夫ではありませんっ! 血が、こんなにも!」

「もう止まったって。ちゃんと生きてる、貴女のおかげだよ」

 

 リュスの身体は、震えていた。

 僕を抱きしめる細い腕。

 

 この華奢な身体に、どれほどの苦悩が詰まっていたのか。

 

(ああ、僕は本当に無様だな。家督を継いでからずっと、守りたい人たちに迷惑をかけて……守ってもらってばかりいる)

 

 学生だった頃は、自分のことだけに必死だった。

 目の前のことだけ、一心不乱に追いかけてさえいればよかった。

 

 それが楽だったとは言わない。

 それでも今思えば、あの頃は身軽だった。

 

 家督を継げば、みんなを助ける側にならないといけない。

 そう重荷に感じていたのに……。

 

(どうしてかな。責任を背負うほどに、日々を重ねるほどに……誰かを頼りにしなければ、生きていけない自分に気付くんだ。全然、立派じゃなかった)

 

 この現実で、僕が一人で出来ることなんて……なにひとつなかったんだ。

 僕だけが死ぬほど頑張ったからって、上手くいくほど甘くない。

 

(死ぬ気でやれば、なんとかなるなんて嘘だ。……みんながいてくれなきゃ、僕には無理だ)

 

 込み上げる情けなさに、唇を噛む。

 

 でも――。

 僕は自ら、リュスの華奢な身体に腕を回していった。

 

「――え?」

「貴女のおかげで。僕はちゃんと、ここに生きてるよ」

 

 抱きしめ返す。

 砕かれた左手に力が入らず、だらりぶら下がるだけ。

 

 でも、今はそんな情けなさに向き合うよりも、もっと大事なことがある。

 

(……君の温もりを感じていたい)

 

 髪をぎこちなく撫で、傷を負った互いの身体を擦り寄せ合う。

 そう、確かめ合うように。

 

 僕はもう、この感覚に馴染んでしまっている。

 もはや、この温もりがなければ寂しいと……切ないくらいに求めてしまう。

 

「わたくしは、今度こそ……本当に……間に合ったのですか?」

「そうだよ。すべてが、貴女のおかげだよ」

「――っ!」

「……僕には、リュスがどれだけの想いで戦ったのか、どんな苦悩があったのか。きっと計り知ることさえもできないんだけど……その献身が、僕を救ってくれたんだよ」

「……アスタ様」

 

 とうとうリュスの目から、大粒の涙が溢れ出した。

 

「アスタ様っ! わたくし――わたくしっ!」

「うん。リュス。貴女は、今ここにいるから。……僕といる君が、紛れもなく本物だから」

 

 僕は、彼女の耳元で囁いていく。

 ゆっくり、ゆっくり。

 言い聞かせるように。

 

 彼女がここにある今に、意識が集中できるように。

 悪い記憶に押しつぶされないように。

 

「ずっと……ずっと、リュスとこうしたかった」

「わたくしもですっ! わたくしもなのですっ! アスタ様ぁぁ……っ!」

 

 ますます強く抱きしめ合った。

 互いに負傷し、使えない腕を抱えながらも補い合うように。

 

 暫し、そのままでいたが。

 やがて、リュスが顔を上げる。

 

「……アスタ様」

「ん?」

「……やっぱり似合っているとは、言ってくださらないのですか?」

 

 リュスが駆け付けた瞬間に放った、切ない願い。

 

『似合っていると。可愛い、と。――そう褒めてくださいまし』

 

 身をわずかに離し、僕らは見つめ合う。

 リュスが纏うのは、赤と白を基調にしたヤバマーズの紋章色(リバリー)

 

 すると、リュスは何かに気付いたように。

 身をよじらせてから……顔を伏せた。

 

「失礼しました。こんな有様では……ダメですよね」

「いや、それは……」

 

 髪は乱れ、煤け、服はボロ布同然。

 返り血にすら染まっている。

 

「わたくしは、可愛げのない女で……身も整えられぬ有様では、好かれようはずもないのです」

「違うっ!」

「いいえ、無邪気に笑うことも、無垢に甘えることも出来ません。……お役に立てただけで、満足すべきでした」

「……くっ!」

 

 自分の不徳を呪いたくなった。

 

 確かに“可愛い”と、形容できる状態じゃないかもしれない。

 でも、リュスをこんなボロボロの姿にまでさせたのは……僕だ!

 

(ああ、やっぱり僕の趣味じゃないとも。こんなヤバマーズの紋章色(リバリー)、没落の象徴みたいな格好! そうだよ、公爵令嬢にさせるべきじゃないんだ。リュシエンヌには絶対に相応しくないっ!)

 

 ……だけど。

 

 けれど――っ!!

 

「似合ってるよ。世界で一番だ、最高に似合ってるっ!」

「……え?」

「ヤバマーズの紋章色(リバリー)を……僕の紋章色(リバリー)を着た君は、誰よりも可愛くて、美しい」

 

 喉からひゅーひゅーと虚しい音が混じる中。

 僕は、必死にまくしたてる。

 

 今こそ、退くべきじゃない。

 僕は無防備に、本心を語るべきだ。

 

 そう、この考えが間違っていると思っても――本心を貫くべきなんだ。

 痛い目を見るのは……僕でいい。

 

「リュス。……君ほど、今の僕に必要な人間はいない」

「……必要?」

「ああ、必要だ!」

「アスタ、様。それは……憐みでは、ないのですか?」

「え、憐み?」

「わたくしが、可哀想、だから? 惨めな女だから?」

 

 そんなこと、考えたこともなかった。

 思わず、呆気にとられかけるが――振り切るっ!

 

「違う、断じて違う! 本当に君こそが特別なんだ。僕のワガママだ、傍にいて欲しい」

「特別……それは本当に? 他の女性よりも、ですか?」

「え? ちょっと待って。それってまさか、村の母ちゃん連中と比べてんの??」

 

 そりゃ誰と比べようが、ぶっちぎりでリュスが可愛いと思うが。

 でも、村の母ちゃんたちを持ち出されると、さすがに困惑するぞ。

 

「……違います」

 

 指し示された先には、メイド服姿のジル。

 

「あのマクスウェル子爵令嬢よりも、わたくしは似合っておりますか? ……つまり、その……可愛いですか?」

「――は?」

 

 頭が真っ白になる。

 え、リュス。なに言ってんの?

 

「今、アイツのこと……子爵令嬢って言ったか???」

 

 絶対に、なにかの聞き間違いだ。

 

 すると、当のジルは肩をすくめ、面白がるように笑みを浮かべた。

 

「あ~、うちより可愛いかって話っすか♪ いや~、さすがにそれはどうかなあ? うち、けっこうアスタ先輩に愛されてるっすからねえ」

「……どっちですか? わたくしは二番目なのですか?」

 

 ジルめ、なにを面白がってやがる。

 リュスの圧が強まったじゃないか!?

 

(よくわからんが、すげぇイラつく態度だな、ジルっ! 今すぐ、残った力を振り絞ってでも、朝日を拝めなくしてやんぞ! オラぁッ!)

 

 僕の人生で一番、意味のわからない二択を突き付けられた。




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