ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第118話 僕の人生で一番、意味のわからない二択。つまり、どっちが可愛いですか?(後半)

 とりあえず、なんていうか。

 

 ――ジルが、き・も・ち・わ・る・いっ!!!

 

(いや、抑えろ。落ち着け僕。そもそもなんだ、この混沌とした状況は……? どういう意味だ?)

 

 思考が猛回転。

 ふと、以前の違和感が頭をかすめた。

 

 それは、ジルとヘイホーが我が家を訪ねてきた日のことだ。

 

 あの日……リュスは、確かにこう告げたはず。

 

『一組の男女も、同行されているのですが。その、アスタ様をお訪ねしてきた、と。……なにかお心当たりは?』

 

 そう、“一組の男女”。

 間違いなく、そう彼女は報告してきた。

 

 だからその時、僕も微かな引っかかりを覚えていたのだ。こんなふうに。

 

『リュスは一組の男女(・・・・・)って言ってたよな。……()なんてどこにも――?』

 

 しかし、直後にオコトギが騒ぎたてて思考が中断。

 結局、うやむやになってしまった。

 

(いや、まさかとは思うが。もしかして、リュスは……ずっと、とんでもない勘違いをしてたんじゃ……? で、ジルの野郎は気付いた上で面白がってやがるな?)

 

 リュスのどこか焦点の定まらない。

 なのに、目が据わった在り様。

 

(元々、目が死んでるのも相まって、めちゃくちゃ怖いんだよ。なに、この二択。間違えたら僕、死ぬの?)

 

 いや、おかしいだろ。

 ようやく生き残ったのに、こんなバカバカしい勘違いで命を落とすなんて冗談じゃないぞ。

 これで後世に語り継がれるなら、毒食って死んだ男爵の方がまだマシ!

 

「えっと……リュス」

「……はい」

 

 暗渠(あんきょ)の瞳が、一切の誤魔化しを許さないと見つめている。

 いや、そんな情念のこもった目をされてもな……。

 

「いいか、よく聞け。はっきりと言わせてもらう」

「……はい」

「ジルは、男だぞ」

「…………はい??」

 

 時が止まった。

 

 リュスの思考回路が、今、明らかに停止した。

 

「いや、確かにな? 童顔で性別がわかりにくい体格をしているが……こいつは正真正銘の男だ」

 

 するとジルは「この通りっす」と、おどけて力こぶを見せつけてきた。

 それで男らしさをアピールしたつもりか? うざいぞ。

 

「……男。つまり、男性? 殿方?」

「わざわざ言い換えなくても、そうだ」

「え、でも……ですが……?」

「てか、基本的にジルって男の名前だろ。勘違いしようがないじゃん」

「えっ!? でも、女性を呼ぶ時もあります……よね?」

「あー、あだ名ならあるかなぁ? ジュリアナの愛称とか?」

 

 しかし、ジルは伝統的に男性名だ。

 

 聖王教会における、かの“放浪聖人ジル”に由来するわけで。

 病や苦難から人々を助け、過酷な労働者――とりわけ、鍛冶師に加護を与えたという力強い聖人だ。

 

 だから女性に、そのままジルと名付けるケースは……かなり珍しい。

 特に、伝統を重んじる家柄ではあり得ない。

 

(ああ、まあ。ジルは元々は平民だから、微妙にあり得そうなラインだったのかなぁ?)

 

 でも、仮にそこを認めたとしても、だ。

 

「ならさ。仲間の誰かが、一度でもこのバカのことを女だって明言したか?」

「あっ、うちのことバカって言ったっすね! アスタ先輩の癖に!」

「お前は今は黙ってろっ!」

 

 リュスは記憶を遡るように、長いまつ毛を伏せて考えこむ。

 

「あれ……? 誰も、そのようには仰っていないような……?」

「そりゃそうだろ。仮に女だったら、もうちょっと丁寧に扱ってる」

 

 特に、貴公子ぶってるオノレ辺りが率先してな。

 

 てか、いくら僕でも、女にベタベタと肩を組んだりできるわけないだろう!

 そんなことが出来るくらい女慣れしてんなら、リュスともっとスムーズにコミュニケーションがとれてるはずなんだよ!(必死)

 

「はあ……逆に、なんでそう思い込んでたんだよ。髪をポニテに束ねる令息くらい、世の中にたくさんいるだろうに」

 

 しかも、ジルは明らかに言動が男だ。

 下ネタの引き出しは多いし、下世話な話が大好き。

 顔は整ってるけど、中身はかなりアレ。

 

「え、それは……その。ジル様の、お会いした時の雰囲気が……それで、アスタ様を訪ねてくる女性だなんてって……」

「初対面の雰囲気? ……男女共用(・・・・)の研究衣じゃなかったか?」

「――ああっ!?」

 

 リュスの頬が、みるみるうちに赤く染めあげられていく。

 瞳を見開き、両の頬を掌で覆った。

 

「なら、わたくしが勝手に怖がって、焦っていたから……そう見えただけ……っ!?」

 

 え、なに、そのリアクション!? めっちゃかわいい――だとッ!?

 

 いや、今は感動してる場合じゃない!

 

「えっと、でしたらアスタ様は……華奢な殿方に、女使用人(メイド)服を着せてらっしゃる……のですか?」

「そうだけど、言い方! 切り取り方が酷すぎるだろ!」

 

 めちゃくちゃ人聞きが悪いだろうが!?

 僕は、趣味で男をメイドにしている変態じゃないぞ!

 

「そこ、腹抱えて笑ってんじゃねえよ、ジル! お前が元凶だろうが!」

「いや、うちは悪くないっす~。アスタ先輩の甲斐性と、信頼の無さに問題があるっす。普段から、そういうことしそうな男だと思われてるんすよ」

「おまっ!? 言っていいことと悪いことがあんだろ!?」

 

 猟兵(シャスール)どもまで、笑い転げている始末。

 ああっ、もうっ! 領主の威厳が台無しだっ!?

 

「はあ……なんか様子がおかしいと思ったんだよなあ」

 

 リュスってば、めちゃくちゃ情緒不安定だし……なにかと機嫌悪そうだったもん。

 てっきり、僕が友人に構いすぎているせいだと思っていたんだが――。

 

(でも、それって……リュスは一人の異性として、僕を強く意識してるってことにならないか?)

 

 論理的に考えれば、そうなるだろう。

 だから、この距離感の意味は……というくすぐったさと。

 

 追い込まれているが故の、依存先でしかないはずだ。

 だから、そんな目で見るな……という自制と。

 

 どちらも、同時にせめぎ合ってしまうのだけれど。

 

 僕は、そのどちらも一緒に飲み込んでから。

 ……彼女の髪をそっと撫で、微笑みかけた。

 

「だからね。一番も、二番もないんだよ。僕にとって――特別な女性は、貴女しかいないから」

 

 恥じらい、揺らぐリュスへ。

 きちんと、想いを伝えた。

 

「“君がためのサキオン”になりたい。それは……他の誰でもない。他の誰かじゃダメだってことなんだよ」

 

 返答は――遅れた。

 リュスは、ぼうっとしたままだったから。

 

「リュス?」

「聞こえております。……わかり、ました」

「信じてくれるか」

「……はい、信じます」

 

 こてん、と頷く仕草もあまりに愛らしい。

 

 結局のところ。

 あの頃の公爵令嬢リュシエンヌとは似ても似つかぬ、重たい黒髪も。

 どんより曇る暗渠(あんきょ)の瞳も。

 研ぎ澄まされた刃のような鋭さも。

 脆く壊れそうなガラスのような弱さも、泥と血に汚れた姿さえも。

 

 ――なにもかもが、もはや愛しくてたまらない。

 

 きっと、彼女がどんな格好で、どんな立場になったとしても。

 この先、何年経とうと。

 僕の心をこんなにも占めるのは……やはり、彼女しかいない気がした。




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