ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第119話 今、忙しいから帰れ。家督争いお断り。(前半)

 アスタが密かに回した手勢――別動隊。

 

 彼らは、魔物たちを巧妙に誘導しながら残党を始末し。

 傷つき、疲れ果てたアスタたちを回収した。

 

「戦争……まあ、規模的には紛争か。こういうので大事なのは、退路を確保できる人材なんだよ」

 

 助け出される前。

 アスタはそう誇らしげに、仲間たちに告げた。

 

「殺しまくれば勝ち、なんてのは短絡的だよな。……僕が思うに大事なのは、いかに仲間を死なせずに目的を果たすか、だと思う。だから、それを考え抜くのが、領主の仕事なのかなって」

 

 アスタは、首元に包帯を巻かれながらも笑った。

 

 決死の戦いに赴くさなかでも、彼が考えていたのは――。

 仲間の生存率を、少しでも良い方向へ導くための策だった。

 

 リュスは、どこか誇らしげな眼差しを向ける。

 

「アスタ様。それは力に溺れ、ただ戦うだけの人間には……決して思いつかぬことなのですよ」

「そう、かな? 大げさだよ」

「いいえ。アスタ様はご自身の功績を……皆様の称賛を素直に受け入れるべきですわ」

「それって、リュスもじゃないか?」

 

 アスタの指摘に、リュスは言葉を詰まらせたのだった。

 

 別動隊の果たしたもう一つの役割。

 それこそが魔物の誘導。

 

 魔物除けの香すらも自在に扱えるならば。

 いかに魔物を誘い出し、どの餌に食いつかせるかも技術の一つとなり得る。

 

 もっとも、魔物狩人たる本職の猟兵(シャスール)よりも。

 死臭と血の匂いを漂わせた素人……盗賊たちのほうが、はるかに“旨そうな餌”に見えたのは当然の帰結だったろう。

 

 そうして、ようやく長い夜が明ける。

 ヤバマーズのどんよりとした灰色の空が、地平線の端から白み始める頃。

 

 ――ガシャン、ガシャン、ガシャン。

 

 大地を揺らす、金属と蹄の音。

 朝露に甲冑が濡れ、登り始めた陽光を眩く反射。

 

 それは、整然と統率された軍の行進だった。

 

「さあ、皆の者! 略奪が行われる前に、我が故郷を救うのだ! 不肖なる兄を、一刻も早く救出せよ!」

 

 先頭に立つのは、王国直属軍の若き武官――イリリク・ド・ヤバマーズ。

 

 彼は燃えるような正義感と、約束された野心を胸に歩みを進めていた。

 

 アスタの実弟、イリリクは高揚感に顔を上気させる。

 そう、間違いなく……イリリクは、それが正義だと信じていた。

 

(ああ、兄上。今すぐ助けてやるとも! 無能な貴方に代わって、このおれが領地を……家名をあるべき姿へ戻してみせるっ! 王族に認められた、輝かしいあの時代に!)

 

 落ちぶれたヤバマーズ。

 略奪に怯える領民、賊に包囲され絶望する兄、立ち往生する大商人たち。

 

 そこへ颯爽と現れ、賊を掃討し秩序を取り戻す。

 

(おれは次男として不遇な人生を送ってきた。へっぴり腰な兄と違って、ひたすらに剣を鍛え上げた。なのに、将来のためだと軍隊に放り込まれるなんて……!)

 

 許せないことに、兄アスタはのうのうと。

 王立大学(アカデミア)という、生ぬるい温室で過ごしていたという。

 

(なんという、不平等だ。武に優れる自分が先に生まれていれば、まるで評価は違ったはずなのに!)

 

 そうして、アスタが家督を継いだかと思えば。

 未知の資源である『黒銀結晶(クロシュライト)』を独り占めしている。

 

(そうだ。そんなものがあると知っていたから……兄上は、わざわざ狂った父上の世話までして、厚かましくもヤバマーズなんぞを継いだのではないか! あの、長男に生まれただけの卑怯者め!)

 

 今こそ、輝かしい英雄譚の開幕だ。

 意気揚々と、イリリクは奮起し前へと進んだ。

 

 王族に認められることが、ヤバマーズの栄光の道だと信じていた。

 

 ――しかし。

 

 村との境界線が見えた途端。

 夢から醒めたように……いいや、悪夢でも見ている気分になった。

 

「……え?」

 

 続く騎士たちの列も、一斉に足を止める。

 

「これは、どういう……?」

 

 まず、目に飛び込んできたのは巨大な氷の城壁。

 朝日に照らされ、虹色の光を放ちながら毅然と鎮座している。

 

 さらに、盗賊たちは包囲などしていなかった。

 どいつもこいつも……死屍累々の屍と化している。

 

 毒に巻かれてか、嘔吐物に汚れた者。

 同士討ちの果てか、重なり合う者。

 

 だが、一番多かったのは――魔物に無惨に損壊された死体だった。

 

「お、なんだなんだ」

「王都から来た騎士様たちだよ」

「ああ、まさか……この人ら、あたいらから、横取り(・・・)しに来たのかい?」

 

 領民たちが、胡乱(うろん)げな視線を投げかけてくる。

 若い騎士が恐れ、呻いた。

 

「横、取り……?」

 

 なんと領民らは……男も女も、老人も子供も。

 ――賊の死体から鎧や武器をテキパキと剥ぎ取っていたのだった。

 

 生き残っている賊もいたが、もはや戦う意志など微塵もなく。

 虚ろな目で地面を這い、あるいは震えながら投降の姿勢をとっている。

 

 壊滅だ。

 もはや軍勢と呼べるものは、どこにも存在しなかった。

 

「やあやあ、ずいぶんと遅かったじゃないか。……まさか、よりにもよって、裏切り者がイリリクだったとはな」

 

 現れたのは、眼光の鋭い薄汚れた男たち。

 先頭に立つは、首に包帯を巻き、三角巾で左手を吊った青年。

 

「兄、上……?」

 

 イリリクは、呆然と呟いた。

 

 そう、アスタ・ド・ヤバマーズ。

 彼は、流行遅れの上着を翻し。

 痛々しくも血と土にまみれた姿なれど、不敵に笑ってみせた。 

 

「見ての通り、害獣(バーミン)の駆除は終わったよ。……せっかく来てくれたのに悪いねえ。もう、お前の出番はないんだ」

 

 アスタの傍らには、返り血に染まったメイド服のリュス。

 そして、工具ポーチを巻いたポニーテールのジル。

 

 二人とも「例の邪魔者が来たな」とでも言いたげに、冷ややかな視線を送っていた。




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