アスタが密かに回した手勢――別動隊。
彼らは、魔物たちを巧妙に誘導しながら残党を始末し。
傷つき、疲れ果てたアスタたちを回収した。
「戦争……まあ、規模的には紛争か。こういうので大事なのは、退路を確保できる人材なんだよ」
助け出される前。
アスタはそう誇らしげに、仲間たちに告げた。
「殺しまくれば勝ち、なんてのは短絡的だよな。……僕が思うに大事なのは、いかに仲間を死なせずに目的を果たすか、だと思う。だから、それを考え抜くのが、領主なのかなって」
アスタは、首元に包帯を巻かれながら笑った。
決死の戦いに赴くさなかでも、彼が考えていたのは――。
仲間の生存率を、少しでも良い方向へ導くための策だった。
リュスは、どこか誇らしげな眼差しを向ける。
「アスタ様。それは力に溺れ、ただ戦うだけの人間には……決して思いつかぬことなのですよ」
「そう、かな? 大げさだよ」
「いいえ。アスタ様は……ご自身の功績をもっと、皆様の称賛を素直に受け入れるべきですわ」
「それは、リュスもじゃないか?」
アスタの指摘に……リュスは言葉を詰まらせたのだった。
別動隊の果たしたもう一つの役割。魔物の誘導。
魔物除けの香すらも自在に扱えるならば、いかに魔物を誘導し、どの餌に食いつかせるかも技術の一つとなり得る。
もっとも、魔物狩人たる本職の
死臭と血の匂いを漂わせる素人の盗賊たちのほうが、はるかに“旨そうな餌”に見えたのは当然の帰結だっただろう。
そうして、ようやく長い夜が明ける。
ヤバマーズのどんよりとした灰色の空。
地平線の端から、白み始める頃。
――ガシャン、ガシャン、ガシャン。
大地を揺らす、金属と蹄の音。
朝露に甲冑が濡れ、登り始めた陽光を眩く反射。
それは、整然と統率された軍の行進だった。
「さあ、皆の者! 略奪が行われる前に、我が故郷を救うのだ! 不肖なる兄を、一刻も早く救出せよ!」
先頭に立つのは、王国直属軍の若き武官――イリリク・ド・ヤバマーズ。
彼は燃えるような正義感と、約束された野心を胸に歩みを進めていた。
アスタの実弟、イリリクは高揚感に顔を上気させる。
そう、間違いなく……イリリクは、それが正義だと信じていた。
(ああ、兄上。……今すぐ助けてやるとも。無能な貴方に代わって、このおれが、領地を……家名をあるべき姿へ戻してみせるっ! 王族に認められたあの頃に!)
落ちぶれたヤバマーズ。
略奪に怯える領民、賊に包囲され絶望する兄、立ち往生する大商人たち。
そこへ颯爽と現れ、賊を掃討し、秩序を取り戻す。
(おれは次男として不遇な人生を送ってきた。へっぴり腰な兄と違って、ひたすらに剣を鍛え上げた。なのに、将来のためだと軍隊に放り込まれるなんて……!)
許せないことに、兄アスタはのうのうと、
(なんという、不平等。武に優れる自分が先に生まれていれば、まるで評価は違ったはずなのに!)
そうして、家督を継いだかと思えば、未知の資源である『黒銀結晶《クロシュライト》』を独り占めしている。
(そうだ。そんなものがあると知っていたから……兄上は、わざわざ狂った父上の世話などをして、厚かましくもヤバマーズなんぞを継いだのではないか! あの、長男に生まれただけの卑怯者め!)
今こそ、輝かしい英雄譚の開幕だ。
意気揚々と、イリリクは奮起し前へと進んだ。
王族に認められることが、ヤバマーズの栄光と信じていた。
――しかし。
村との境界線が見えた途端。
夢から醒めたように……いいや、悪夢でも見ている気分になった。
「……え?」
続く騎士たちの列も、一斉に足を止める。
「これは、どういう……?」
まず、目に飛び込んできたのは巨大な氷の城壁。
朝日に照らされ、虹色の光を放ちながら毅然と鎮座している。
さらに、盗賊たちは包囲などしていなかった。
どいつもこいつも……死屍累々の屍と化している。
毒に巻かれてか、嘔吐物に汚れた者。
同士討ちの果てか、重なり合う者。
だが、一番多かったのは――魔物に無惨に損壊された死体だった。
「お、なんだなんだ」
「王都から来た騎士様たちだよ」
「ああ、まさか……この人ら、あたいらから、
領民たちが、胡乱《うろん》げな視線を投げかけてくる。
若い騎士が恐れ、呻いた。
「横、取り……?」
なんと領民らは……男も女も、老人も子供も。
――賊の死体から鎧や武器をテキパキと剥ぎ取っていたのだった。
生き残っている賊もいたが、もはや戦う意志など微塵もなく。
虚ろな目で地面を這い、あるいは震えながら投降の姿勢をとっている。
壊滅だ。
明らかに軍勢と呼べるものは、どこにも存在しなかった。
「やあやあ、ずいぶんと遅かったじゃないか。……まさか、よりにもよって、裏切り者がイリリクとはな」
現れたのは、眼光の鋭い薄汚れた男たち。
先頭に立つは、首に包帯を巻き、三角巾で左手を吊った青年。
「兄、上……?」
イリリクは、呆然と呟いた。
そう、アスタ・ド・ヤバマーズ。
彼は、流行遅れの上着を翻し。
血と土にまみれた姿なれど、不敵に笑ってみせた。
「見ての通り、
アスタの傍らには、返り血に染まったメイド服のリュス。
そして、工具ポーチを巻いたポニーテールのジル。
二人とも「例の邪魔者が来たな」とでも言いたげに、冷ややかな視線を送っている。
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