「兄上、これはどうしたことですか!? 賊はッ!」
「賊ねえ。……ヤバマーズの『おもてなし』は、どうにも刺激が強すぎたみたいでね。集まった野良犬どもは、みんな仲良くおねんねだ。ほれ、この通り」
アスタは欠伸混じり。
地面に転がる頭部を、つま先で軽く小突く。
「おかげで、僕は寝不足。皆も後始末で忙しい。だからさっさと帰れよ、王国軍。……何しに来たかは知らんがな」
「わ、我々は
「治安巡回、そいつはいい。だが、先ぶれもなしに領地を踏み荒らしていいと許可した覚えはねえぞ?」
「ううっ……その、大勢の盗賊が押しかけていると聞き、おれは兄上の救援に来たのではないか」
「はあ? この通り、うちは自力で始末を付けられる。なのに、礼儀もわきまえずに踏み込んでくるとは、随分と領主を軽んじているようだな?」
あらゆる追及をされる前に。
むしろ、自ら畳みかけに行くアスタ。
「まさか王国軍は……領主を無視して、領地を蹂躙してもいいと思ってんのか?」
――ギロリ。
背後の
余所者に、メンチを切るのは大得意だ。
「まあ、仮にそうだってなら……他の諸侯にも“王国軍は治安維持と嘯いて、領土を侵す強盗だ”と、注意喚起に触れ回らないといけなくなるな」
「待てっ! 待たれよ、男爵殿っ!」
騎士らは狼狽。
そのうちの一人が、雲行きがおかしいと慌てて話に割り込んだ。
「少々、行き違いがあったようだ。……おい、イリリク」
そのままイリリクの肩を掴んで、小声で話し込む。
「イリリク、聞いているか? どうやら、作戦は上手くいっていないようだぞ。これはまずい、ここは一旦退こう」
「成果もなしに? ……そんなことできるはずがない、これはチャンスなんだ!」
「しかしだな、どうにも我々が責任を取れぬ話になりそうではないか?」
「いいや、見ていろ。今から兄上の隙をついて、糾弾してやる! それこそが、我らのお役目だ!」
イリリクは、仲間の制止を振り切り。
再び、アスタの前に立つ。
「兄上ッ!」
「だから、何の用だと聞いている」
「アレはなんだッ!」
イリリクが指さしたのは、氷の城壁。
村を守るように、聳え立っている。
アスタは、芝居がかった仕草で肩をすくめた。
「ああ、アレね」
「あんなもの……まさか他家の力を借りて、盗賊を破ったのか! 恥を知れ、恥を! あんたが、領地を治められない証拠じゃないか!」
「なんだ、故郷の景色が変わって驚いたのか? あそこの氷の城壁はな……俺の友達の『余興』なんだぜ」
「余興だと!?」
「そうだ、大学で得た知己と、商談を兼ねた宴会を開いていてね。……親友が恩師と一緒になって、景気づけに一芸を披露してくれたわけだよ」
「アレが、一芸を披露した結果に過ぎないと言い張る気か!」
「当たり前だ。粋な心遣いを、当主として無下に出来るはずないだろう」
アスタが手を振れば……。
氷の城壁から、戦勝の杯を挙げる者たちが、陽気に手を振り返す。
修羅場を越えた兵たちが、屍の山を見下ろしつつも酒を煽る。
祝杯は、命を賭けて戦った者たちの特権だ。
「いい加減、空気を読めよ。……ったく、ただでさえ、うちは酒がマズいんだ。……お前らがいるとな、なおさら領民が楽しめなくなるんだよ。さっさと帰れ」
「なんだと!! 兄上が、おれに空気を読めというのか!」
イリリク・ド・ヤバマーズの顔は、屈辱で真っ赤に染まる。
周囲の領民から、嘲笑が漏れた。
「ふざけるな! あんたが大学で暴れて悪名を広めたせいで、おれが軍隊でどれだけ肩身が狭かったか――」
「外の世界が何だッ! なよなよと権力に迎合しやがって! 身内が窮地に陥った時、手を差し伸べるのがヤバマーズ流だろうがッ!」
「なっ――!?」
「家督が欲しいならな、堂々と首を獲りに来い!! コソコソ背中を刺しに来やがって、この腰抜けがッ!!! 」
怒声は屋外にもかかわらず、全員の鼓膜を震わせた。
傷ついた喉とは思えないほどの声量。
ヤバマーズの家臣も、戦利品を漁る領民も、王国軍の騎士たちも。
皆が息を呑み、一気に注目。
「イリリク様が、アスタ様の背中を刺しに来た……?」
「家督を奪いに来たんか? そのために賊を手引きしたんか?」
作業の手を止めて、領民たちの視線が突き刺さる。
「うあっ、ああっ……おれは――違うっ!?」
イリリクは大衆からの注視に晒される経験など、皆無に等しい。
ましてや、浴びせられているのは疑惑の眼。
容易く気圧され、頭に血が上る。
「まさかお前は、まだヤバマーズの一員のつもりか? いいや、お前は今日から『裏切り者』だ。土地の機密をバラし、賊を手引きした罪は重いぞ!」
「そんなの、何の証拠があって――!」
「領内の裏道を使われ、賊の襲撃があった! その翌日、いの一番に駆けつけた身内! それが貴様だ、イリリク!」
――裏切り者。
ざわざわ、と。
民は口々に繰り返し始めた。
「裏切り者……」
「イリリク様が、オラたちを裏切った」
「アスタ様の弟なのに」
反響が徐々に大きくなる。
「違うっ! 兄上と違って、おれはヤバマーズの栄光を取り戻すために、これまで努力をして来たのに」
「なにが栄光だ! お前がしたのはな、家督争いに余所の力を借りて、民を危険に晒すという汚らわしい真似をしただけだろうがッ!」
こうなるとイリリクよりも、騎士たちの震えが止まらない。
自分たちの軍事行動が治安維持などではなく、一族の内紛への加担にされてしまったと気付いたからだ。
焔王国軍が、ここにいる意味。
それが、どんどん塗り替えられてしまう。
「前当主は、領地の繁栄を願いながら死んだ! それでも民は復興に向けて沸いてる。そんなさなか、そこで兄弟の背中を刺してくるとは――恥を知れ!」
「違う違う違うっ!」
「黙れッ! 民を危険に晒した者を、領主として認める人間などいない! 今日から、お前も賊の仲間だイリリク!」
領民たちからも、敵意が立ち昇っていく。
「違うっ! 皆の者、信じてくれ! おれは、そんなことはしていない! なあ、子供の頃、あんなに優しくしてくれたじゃないか!?」
アスタは選んだ。
裏切った身内が誰であったとしても。
領民たちの前で、その者の正当性を破壊し尽くす、と。
ヤバマーズの民からの信頼を失えば、十全に統治者になれるはずもない。
(まさか、裏切り者が実の弟とはな。まあ、地方統治は弱肉強食の乱世、弟が寝首を掻きに来る。これも致し方ない話。……両親やゲロハルトには悪いが、情けをかける理由なら消えた。僕には大切な人たちを守る義務がある)
帰れ、と言っておきながら、アスタに逃がす気などない。
シャルル王太子の策を一つ、ここで完膚なきまでに叩き潰すまでは。
(ヤバマーズの方便を突く前に、お前の名誉をフルボッコにしてやんよ)
そうなのだ。
最初から議論で守りに入ってやるつもりなど、毛頭なかったのだ。
ツッコまれたくない時は……ヤられる前にヤるのである。
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