ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第121話 僻地の王者たちは、凱旋す。文句があんなら、法廷でやり合うか?

 まず、アスタはわざとらしく。

 背後にいる家臣、ヘイホーに尋ねた。

 

「ところで、ヘイホー。焔王国における盗賊への処罰は、どのようなものだったかな?」

「男爵閣下なら、ご存じでしょう。基本的には、縛り首ですね」

「そうか。ならば……魔物の餌にしても、問題ないはずだな?」

 

 騎士たちが戦慄する。

 それは、イリリクを魔物の餌にするとも受け取れる脅しだった。

 

 すると、ヘイホーはあくまで一般論として答えた。

 

「はい、問題ありません。盗賊を守る法はなく、彼らにこちらが払うべき敬意もありませんので……始末は、その土地の領主に一任されるものかと」

 

 ニヤリと、悪い笑みを浮かべるアスタ。

 

「だそうだ。裏切り者、賊のイリリクよ。僕は寛大にも選ばせてやる。魔物の餌になるか、そのまま黙って引き返すか、だ。ほれ、選べ」

 

 いかにも、わかりやすい挑発だった。

 ……体面を気にする人間を、激昂させるには十分なほどの。

 

「おれは賊などではないっ! ……そうだっ、兄上こそ調べられたら後ろ暗いところがあるんだろう! だから、おれに罪をなすりつけようとしてるんだ!」

「後ろ暗い……まさか僕にか?」

「そうだ!」

「例えば?」

「そもそも、兄上が侍らせている家臣たちなど、おれは見たことがないぞ! まさに怪しいじゃないか!」

「ほほう?」

 

 イリリクは、必死に抗弁。

 彼の目についたのは、さっきから目立つ両脇の美人メイド。(実は、片方は女装男子だが)

 それに生意気にも口を出した、見慣れぬ若い給仕係ヘイホーだった。

 

 しかし、アスタは……その指摘を待ってましたと言わんばかり。

 

「我が家臣、ひいては戦いを終えた領民に疑いを掛け、誤魔化そうとする……やはり、イリリクは裏切り者か!」

「なんだって……?」

「真に、己がヤバマーズの者であると自負するならば、自らがヤバマーズのためになにが出来るかを以て、潔白を証明しようとするだろう! 違うかね、皆の者っ!」

 

 イリリクは相手に向かって語り、糾弾しようとするが……アスタは違う。

 

「ここいるのは例外なく、盗賊の襲来を退けるのに貢献した者ばかり! あるいはヤバマーズのため、客人を持て成そうと汗水流したものばかりではないか! そうだろうっ!」

 

 アスタは場全体に語り掛け、聴衆たちを前のめりにさせる。

 聞いていて、実に気持ちが良い声を張り上げるのだ。

 

 そうだ、そうだ、と領民たちは思わず頷いた。

 「なにもしてない奴に、疑われるなんてたまったもんじゃねえ!」とヤジを飛ばすものまでいる。

 

「その通りだ! イリリク、次は誰に疑いの目を向けるつもりか! あそこのいる男か、それともあちらにいる婦人か!」

「えっ、いや……ちがっ……」

「今、目を逸らしたな! やはり、後ろ暗いところがあるのだな、イリリクっ! 疑いの矛先を逸らすため、民を貶めるなど百害あって一利なし――笑止千万っ!! そのためにここに来たのかっ!!!」

 

 アスタはさらに一歩、前へ進み出た。

 包帯越しに血が滲む喉。しかし、双眸には闘志が燃え滾っている。

 

(兄上は本当に……一晩、盗賊と戦っていたのか!? この気迫、どこもそんな風にはとても見えないぞ!?)

 

 そう、出血と疲労で今にも倒れそうだとしても。

 議論の場に立てば、アスタは一変する。

 

 その頭脳と口の回転は、一切の淀みを見せない。

 スタミナと精神力で、己の限界すらもねじ伏せるのだ。

 それが例え、寿命を削るような酷使だとしても!

 

 それこそが――議論狂犬と恐れられたアスタの才!

 

「イリリクよ。父上が発狂した時に逃げておきながら、おめおめ飼い犬になって帰ってくるとはなあ。……僕は、本当に失望したぞ」

 

 急にトーンを緩めて、イリリクに言い訳の時間を作ってやる。

 そう、ほんのわずかな時間だけ。

 

「おれは……そんなつもりじゃないっ! おれはあの時、逃げたんじゃないんだ。おれがいても、病んだ父上の傍を騒がせるだけだった。だから――」

「ほう、イリリク。だから、死にゆく父上の傍におらず立ち去っただと? ……すぅ――」

 

 それすらも、アスタの罠。息を吸い込む。

 それがまさに、絶妙なタメ(・・)だった。

 

「ならばなおのこと、ヤバマーズを今さら騒がせるな! 父上に恥ずかしい真似をするな! 見て見ぬフリをして、兄と()に任せた自分を正当化するなッ!」

「あっ……うう……!?」

 

 イリリクがなにを言っても、立場が悪くなる。

 

 いや、より正確に言うならば……。

 今は、そんな話題が焦点ではなかったはずなのに――気が付けば、立場が悪くなるような話に転がっている。

 

 イリリクは思わず、助けを求めるように見渡した。

 

(そうだ、商人たちだ! 商人たちは……っ!?)

 

 しかし、豪商バルトロメウスを始め、密かにシャルル王太子の依頼を受けていたはずの商人らは……誰も、出てこようとしない。

 

 いや、遠目に見えた。

 

 こちらの状況をちらり窺うと……。

 今まさに、ぷいっと屋敷へ引っ込んでいったのだ!

 

(なっ、なぜだ……!? なぜ……ッ?! お前らはおれの味方をするんじゃないのか!?)

 

 イリリクには、まるで理解できなかったが。

 つまるところ、商人たちは値踏みをしたのである。

 

 そう、アスタとイリリク。

 そのどちらに、高い値が付きそうか、を。

 

 結局、商人たちは自分たちの目利きを信じた。

 

「最後に忠告してやろう。……イリリク」

「……なにを、だ。兄上」

「僕の首が欲しいなら、これが最初で最後のチャンス。その気があるならば、今、ここで一戦交える覚悟で殺しに来い」

 

 アスタは包帯の巻かれた首を、トントンと叩く。

 

「アスタ様、何を仰っているのです!?」

 

 リュスが腕を抱いて止めようとするが。

 アスタは、力強く啖呵を切った。

 

「これから、僕はヤバマーズをどこまでも盛り立ててやる。領民たちを生涯かけて、豊かにしてやるのだ! 今後、お前の剣が届く機会は一生巡って来ないっ!」

 

 傷だらけの男が放つ啖呵。

 それは弟であるイリリクが、想像もしなかった兄の姿。

 

(嘘だ、嘘だ! いつもへっぴり腰で、剣から逃げ回るのだけが得意な卑怯者だったじゃないか! 勉強と口先だけしか取り柄がなかった、ヘナチョコじゃないか!)

 

 イリリクは、兄弟が分かたれる前。

 

 アスタが、王立大学(アカデミア)に行く前の姿を思い浮かべていた。

 剣の稽古を嫌う、頭でっかちの兄の姿を。

 

(そうだ。いつも稽古じゃ、おれの方が強かったじゃないか! 今だって、剣の腕では負けないはずなのに……! そうだ、軍で鍛えたおれならば……戦えば、兄上に勝てるっ! 間違いないっ!)

 

 一騎打ちを申し込んでやろう!

 

 一瞬そう、過ぎったが――。

 気付けば、イリリクは後ずさっていた。

 

(いいやっ!? 主君であるシャルル王太子にもお伺いせずに……勝手に殺傷沙汰にするなど……して、よい、のか?)

 

 そんなことは……イリリクの常識では出来なかった。

 

 そうして、とうとう項垂れる。

 

「そのようなことは……する、つもりはない」

「ふんっ、そうかよ!」

 

 踏みとどまった、イリリク。

 

(やっぱりな。……イリリクよ、お前は自分の一存では、剣すら抜けんのだ。飼い犬根性で家督を奪おうなんて、片腹痛い)

 

 そして、見せたこの姿こそ。

 ヤバマーズの民が最も嫌う腰抜けだった。

 そう、傍から見れば、兄アスタを恐れたようにしか見えない。

 

(ヤバマーズ男爵家は、魔物をも狩る猟犬を旗印とする。……愛想が良いだけの犬ではダメなんだよ。勝負に出たら、毒をも喰らう覚悟がなければ)

 

 結局、ヤバマーズの民に求められる領主とは、危機において陣頭に立ち。

 どんな状況でも、鼓舞を続ける男である。

 

 戦いを乗り越えてなお、王国軍に啖呵を切る若き男爵は……傷だらけでも、領民たちには輝いて見えた。

 

「おい! そこの騎士(おまえ)たちもだ。黙って、うちの領地に踏み込んだ理由は知らんがな。――余計な真似をしたら、わかってんだろうなぁッ!!!」

 

 集まった領民たちが、王国正規軍を包囲する。

 もはや彼らも、自分たちから富を奪いに来た敵だと理解したからだ。

 

 膨れ上がる敵意に、騎士たちは慄いた。

 

「やめろ! 我々に近づくな!?」

 

 普通なら、王国正規軍を威圧するなど悪手も悪手。

 

 だが、アスタは……彼らがここで戦闘してはならないことを理解している。

 絶対に爆発しないなら、いくらでも踏みこんでやれるのだ。

 

「騎士たちよ。もし、死体掃除のボランティアに来たなら歓迎してやる。……まあ、うちは貧乏だから、給金は出せないけどな」

 

 朝日が昇り切ると、ヤバマーズの不毛な大地を照らし出す。

 

「そうじゃねえってなら――僕と、法廷でやり合うか? 誰が責任者だ、出て来いッ!」

 

 結局、王国正規軍が目撃したのは、弱者救済の舞台ではなく――。

 

 法も、常識も、王の権威すらも通用しない。

 毒を喰らい、地獄を飼い慣らした、僻地の王者たちの凱旋だった。

 

 その、在り様が王太子シャルルに届けられるまで……それほど時間はかからない。




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