ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第124話 ロマンチックとは程遠い。君との夜に果たす約束。

 領地の復興。

 みんなの献身もあって、少しずつ着実に歩みを進めていた。

 

 病み上がりの身体をまだ引き摺っている僕が。

 あえて無理をしてでも、今、完遂せねばならないことがある。

 

 ――以前交わした、約束を果たすこと。

 

(機を逃すと、すぐ怖じ気づくからなあ。……僕って)

 

 生来の僕は、怠け者で……臆病なのだ。

 

 深い闇に包まれた夜。

 

 窓から、外を見れば……やはり、月は赤く。

 星は、まったく見えない。

 

「陰気な夜空だよなあ……」

 

 ヤバマーズの夜は、ロマンチックとは対極にある。

 

 終わり(・・・)が近付いている。

 そんな予感に、足取りがいっそう重くなった。

 

 歩く廊下、目指す扉の先。

 

 ――ガチャリ。

 

 静かに扉を開けた。

 

 季節外れで、使われない暖炉には夏板がはめ込まれている。

 埃や虫が入りこまぬように、だ。

 以前、ロダンが点検したのもあり、蚊が通る隙間さえないだろう。

 

 その前に置かれた、小さなテーブルと椅子。

 そして、温かみのある灯りを放つランプ。

 

「あっ、アスタ様。こちらです」

 

 そこに座って待っていたのは、女使用人(メイド)服を着こなしたリュス。

 またもや、ヤバマーズの伝統ある紋章色(リバリー)に染まっている。

 

(いや、なんでだ?)

 

 正直、僕は頭が混乱した。

 

 というのも昼間のリュスは、執事服を着て、女執政代行(グヴェルナント)として働いてるのだ。

 マダム・リュスなんて呼ばれて、屋敷を切り盛りする姿とはかけ離れている。

 

(どうして、二人きりで会う時は女使用人(メイド)服を着てるんだろう? 彼女のなかでは、これが私服だって認識なのかな?)

 

 疑問に思ったが、口にはしない。

 リュスがどんな服装をしていても、それは彼女の自由だ。

 

 個人的な本音を漏らすなら、パンツスタイルの凛々しいリュスも、実はかなり好きだったりするんだけどなぁ。

 

「申し訳ありません、アスタ様」

「ん、なにがだい?」

「……わたくしの、ワガママを聞いてくださって」

 

 さて、僕がテーブルに置いたのは、以前と同じ品。

 青銅鹿(スタチュー)の極薄切り肉を、たっぷりの獣脂でソテーした一皿。

 

 厚切りの肉から魔素を抜くことは、今の僕の技術ではやはり不可能。

 でも、だからこそ、この薄い肉の一枚一枚に手間がかかっている。

 

「しかし、その……左手には負担はなかったのですか? お身体も、まだ不自由なのに」

 

 砕かれた左手、ヒビ割れた漆黒のウロコ。

 依然として、僕は片手で生活することを余儀なくされていた。

 

「ああ。今回の除染には、左手の異能は一切使ってないよ」

「そうなのですか?」

「ほら、領地に魔物肉を普及できるように考えているって言ったろ。これも研究の成果なんだ。嫌がるオノレに除染術式を編み出してもらって、それをジルの技術で魔導工具に落とし込んで――」

 

 そこまで説明しかけて。

 これも全然、ロマンチックな話題じゃないな、と気が付いた。

 

 女性に、技術論を嬉々として話してどうする。

 

「だからさ、これは僕が仕留めた魔物じゃないし……それに、みんなに手伝ってもらってたんだ。……ごめんな」

「なにを謝ってらっしゃるのですか?」

「えと、前みたいに、なにからなにまで自分で用意してあげたかったなって……」

「ああ、そういうことでしたか」

 

 リュスはどういうわけか。

 長い睫毛を伏せるようにして、甘く、目を細めた。

 

「アスタ様は、また……ご自身で、調理なさろうと考えてくださったのですね」

「……あー。結局、出来てないけどね」

「それでも、わたくしからしてみれば、アスタ様がご用意してくださった事実に変わりありませんよ」

 

 芳ばしい脂の匂いが、ふわり鼻腔をくすぐる。

 やはり、立ち上る匂いは悪くない。

 

「さて、冷めないうちに一緒に食べるとしようか」

 

 僕が隣に腰を下ろすと、リュスは微笑んだ。

 

 まずは、一切れ。

 

 リュスがフォークを手に取り、口へと運んでいく。

 ゆっくりと慈しむように咀嚼し……嚥下。

 

 ゴクリ、と。

 真っ白な喉が小さく動いた。

 

「どう、かな?」

「……美味しいです。やはり、この味はわたくしにとっての“特別”です」

「そうか」

「つくづく、わたくしはダメな女ですね」

 

 予想外の言葉。

 思わず、僕は瞬きをした。

 

「どうしてそう思う?」

「肉の処理や調理なんて……本来、領主のすべき仕事ではありません」

「まあ、普通の貴族だとそうなのかもなあ」

 

 多くの貴族にとっては、狩りはスポーツに過ぎない。

 

 獲物(ゲーム)を仕留めはしても、解体や調理に手を染める者は皆無。

 それは使用人や従者の役目。

 

「でもさぁ、田舎の貴族だと畑を耕す人もいるくらいだよ」

「それは……本当ですか? しかし、貴族というものは……」

「卑しい仕事に従事してはならない。確かにそうだ」

 

 でも、このルールには奇妙な抜け道があった。

 

 “家族を養うために、自領の土を耕す”のは、貴族の矜持を汚す労働とは見做さない。そんな免責条項。

 

「農奴もまともに養えない底辺貴族はさ、家族と一緒に鍬を持って生きるんだ」

「貴族なのに、鍬を?」

「そう、握ったことないだろ」

「……ありません」

「だろうなぁ。でも、なのに、みんなプライドはめっちゃ高いんだよ? 教会に行く日曜日だけ格好つけて、立派な剣を腰に差すの。……本当に滑稽だろう?」

 

 さすがのリュスも、目を丸くしていた。

 理解の外だったらしい。

 

 でも、こんな話題じゃ笑ってはくれなかった。

 ……ウケると思ったんだけどな。

 

「まっ。だから田舎の貴族は、都会じゃバカにされるってわけさ」

「そのようなことは……」

「いや、されて当然だ。前にロダンが、“辺境貴族のマントは、家畜のフンの臭いが染み付いている”なんて揶揄してたけど。……あながち嘘でもないからな」

「……ヤバマーズ男爵家も、畑仕事をすることがあったのですか?」

「まあね、必要とあらば」

「……」

「で、うちの家系は魔物を食い止める僻地領主。たとえ貴族であっても、狩人を束ねる者としては、森で行う技や知識全般……解体調理も立派な嗜みなんだよ」

 

 だから、僕が野草湯を煎じて飲むのも、単なる貧乏暮らしの結果ってだけではなく、薬湯を煎じる技術の実践でもあった。

 

 そんなちょっとしたことでも、使わないと忘れてしまうから。

 

「……わたくしも、覚えるべきでしょうか」

「ん?」

「いえ、なんでもありませんわ。そうだったとしても、女のワガママのために、領主様が料理などするべきではありませんよ?」

「ええっ!? まさか、僕は今、叱られているのか?」

「ふふっ、そうですよ。……あまり、わたくしを甘やかしてはいけません」

「……困ったな。甘やかしているつもりはなかったんだけど」

「ですが、わたくしはそれを嬉しいと思ってしまっている。……だから、きっと失格ですね」

「失格……?」

 

 なにについての失格なのか。

 僕には、どうにも量りかねた。

 

 リュスもそれ以上は語らず、穏やかな微笑みを浮かべているだけ。




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