「領民が筋を通そうとし、団結するのは……仲間からハブられたくないからだ。……愛があるからじゃない」
「仲間から、疎外されたくない。それは誰しも、ある心なのではないですか?」
「僕が言いたいのは、なにかと村八分にするような民度だって話だよ。周りを誤魔化せる状況ならなんだってする。裏切りも掠奪も、息を吸うようにやってのける」
潔癖には程遠い。
本当に愛があるなら、誰が家族を売ろうとするものか。
リュスが関わっている狭い範囲ですら、その醜悪さは露見している。
「ヤバマーズの一族を見渡したってそうだ。まったく、血は争えないよな」
例えば、オコトギ・マッケンジー。
一見、僕の良き理解者のように振る舞いながらも、長年にわたって取引を誤魔化し、私腹を肥やしていた。
例えば、弟のイリリク。
“家督なんていらない”と距離を取っていたくせに、土地に利用価値が生まれたと知った途端、家督を奪おうとして来た。
他の親族だって、似たり寄ったり。
むしろ、あの二人はヤバマーズでは“かなりマシな部類”にさえ思える。
「なのに、我が家は……こんなに貧乏な癖に、なぜか本だけはいっぱいあって。僕の先祖はどんなに生活に困っても、きっと知識だけは手放さなかったんだなあ」
おかげで勉強する環境はあった。
まともな貴族みたいに、良い家庭教師を雇う金はなかったけど。
「幼い頃に、母上を亡くし……姉も物心つく頃にはいなかったし」
「お母様とお姉さまが?」
「ああ。ヤバマーズの血筋は、短命な者が多い。で、うん、だから僕の遊び相手は……魔物が潜む危険な森と大量の本」
「……本を読むのが、お好きだったのですね」
「ああ。でも、古エルフ語の小難しい書籍も多くてなあ。父上が構ってくれないから、シスター・マグダリアに習ったりもした。経典に使われている言語だからね」
「そんな状況から、
「そう? あー、自覚はなかったんだけど、確かに普通の人より、少しは勉強が得意だったみたいだ。……もちろん、リュスには到底敵わないんだが」
そうして、僕は学んでいく。
「偉人たちが、困難や悩みに直面した時の逸話の数々。……どれも気高かったな。その“美しいまでの正しさ”に、僕は憧れたんだ」
人としてあるべき規範、美徳。
聖王教会の厳かな教え。
そこから、あまりに乖離している……ヤバマーズの日常。
ヤバマーズ育ちの僕ですら。
この土地がおかしいと、思うのには時間はかからなかった。
「変だよなあ。当主としての貴族教育を受けるほど……会う大人たちが、どれほど人道から逸脱してるか。嫌ほどわかってしまうんだ」
「アスタ様……」
「幼心は大混乱さ。だって、書かれている『やってはいけない罪』を……領民たちが平然と、日常の風景としてやってのけるんだもの」
皮肉なものだ。
努力して、知識を蓄えて、頭でっかちになるほどに。
僕はヤバマーズという土地の常識から、外れていく。
正しく、高潔であろうと考えると、ここでは異端になる。
それこそが、僕という歪んだ人間が形作られた――子供時代の風景。
「ぶっちゃけ、気持ち悪くて仕方なかったよ。我が子や妻を売り飛ばそうとしたり、犯罪に手を染めたり。……そんなことをしてるくせに、ケラケラ笑って善人ぶってる」
どうしようもなく理解できない。
ゴミ溜めみたいな領地だと、思っていた。
「なのに、アイツらったら……父上が定めた法を犯しながらも、僕を次代の当主として敬ってるつもりなんだぜ? “坊ちゃま”ってさ。どのツラ下げてだよ」
だが、それ以上に僕を混乱させたのは……。
そんな底辺みたいな土地に、一生懸命な父上。
ろくに僕を構うこともなく。
貴族として、あるべき手本を示そうとする……孤高な姿。
「そんな無駄なことをして、なんになるんだって思った。……子供心に、冷めた目を向けずにはいられなかった」
僕は堪えきれず、両手で顔を覆う。
「じゃあ、平民が下賤で、ヤバマーズ男爵家は高潔なのか? いいや、それもまったく違う!」
それでもなお。
指の隙間からは、澱んだ記憶と感情が次々に溢れ出してくる。
「そう、最悪なのは……血を分けたはずの一族なんだよ」
「なにか……酷いことをされたのですか?」
リュスがたまらず、椅子から乗り出してくる。
瞳には深い動揺。
寄り添おうとする、切実さ。
――やめてくれ。
そんな無垢に、汚れた過去を見つめないでくれ。
「あなた様が、心ない暴力で傷つけられた……もし、そんな非道を受けていたのなら……っ!」
「いいや、違うんだ。むしろ逆さ」
「逆……?」
「表面上はね。僕が嫡男だからってみんなチヤホヤしてくれたさ。でも――だからこそ、最悪なんだよ。逃げ場がないんだ」
子供時代の体験。
これをどう言葉にしていいかわからない。
どうしたら、目の前の清らかな魂を汚さずに伝えられるのか。
逡巡の末、僕は自嘲気味に笑った。
「ねえ、リュス。ヤバマーズの親族が集まったら、なにが始まると思う?」
唐突な問いかけ。
リュスはきょとんとし、首を振った。
「わかりません。……なにか特別なことが起きるのですか?」
「例えばさ、その集まりっていうのが……一族の、どこぞの誰かの葬儀だったりもするわけだ」
「はい」
「そしたらね、また温もりが消えない亡骸を目の前に。……まずは奪い合いだよ。調度品に古着まで、あらゆる金目になりそうな遺品を巡って、血眼で声を張りあげるんだ」
「……っ!」
リュスは、瞳を揺らした。
「でもさ。そんな真似したら、必ず誰かにとっては納得いかない結果になるだろ」
「誰もが欲をかき乱せば……そうなってしまうでしょうね」
「ああ、笑顔でわかち合うなんかしないからな。だけど、それでも面と向かって不満を言い合うことはしない」
「なぜ、ですか?」
「血を見るほどの、大喧嘩になるからだ。下手すりゃ死人が増える。伊達に、野蛮人をしてないからな」
僕がふざけると、リュスは困ったように沈黙した。
「でも、僕らヤバマーズは卑怯者だから、損な衝突は避ける。じゃあどうするかって? ……そんな時、我が一族には都合のいい『生贄』が存在したんだ」
「生贄、ですか」
「なんでもいいんだ。まずは誰かが、今年の不作やら、督促状やらの話を投げ捨てる。あれ不景気だ、ほれ金がない、生活が苦しいなんて不満をこぼす。それが合図」
「合図?」
「そうだ。“ああ、それもこれも全部サキオンのせいだ”って始めるためのね」
「サキオン様の……!?」
聞き覚えのある名に、リュスが小さく声を上げる。
「そう。現実に起きているすべての不幸を、サキオンのせいにするんだ。……狂ってるだろ? サキオンなんて、曽祖父の世代の人間なんだぞ? とうに死んだ過去の人なのにな」
身内割れをしたくない。
だから、絶対に反論してこない憎しみの矛先を作る。
――死人は口答えをしない。
それこそが、ヤバマーズ一族を繋ぎ止める卑劣な処世術。
僕もそこに加担していた。
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