ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第126話 幸せは、いつも腐った罪の味がする。失格なのはどっちだ?(後半)

「領民が筋を通そうとし、団結するのは……仲間からハブられたくないからだ。……愛があるからじゃない」

「仲間から、疎外されたくない。それは誰しも、ある心なのではないですか?」

「僕が言いたいのは、なにかと村八分にするような民度だって話だよ。周りを誤魔化せる状況ならなんだってする。裏切りも掠奪も、息を吸うようにやってのける」

 

 潔癖には程遠い。

 本当に愛があるなら、誰が家族を売ろうとするものか。

 

 リュスが関わっている狭い範囲ですら、その醜悪さは露見している。

 

「ヤバマーズの一族を見渡したってそうだ。まったく、血は争えないよな」

 

 例えば、オコトギ・マッケンジー。

 一見、僕の良き理解者のように振る舞いながらも、長年にわたって取引を誤魔化し、私腹を肥やしていた。

 

 例えば、弟のイリリク。

 “家督なんていらない”と距離を取っていたくせに、土地に利用価値が生まれたと知った途端、家督を奪おうとして来た。

 

 他の親族だって、似たり寄ったり。

 むしろ、あの二人はヤバマーズでは“かなりマシな部類”にさえ思える。

 

「なのに、我が家は……こんなに貧乏な癖に、なぜか本だけはいっぱいあって。僕の先祖はどんなに生活に困っても、きっと知識だけは手放さなかったんだなあ」

 

 おかげで勉強する環境はあった。

 まともな貴族みたいに、良い家庭教師を雇う金はなかったけど。

 

「幼い頃に、母上を亡くし……姉も物心つく頃にはいなかったし」

「お母様とお姉さまが?」

「ああ。ヤバマーズの血筋は、短命な者が多い。で、うん、だから僕の遊び相手は……魔物が潜む危険な森と大量の本」

「……本を読むのが、お好きだったのですね」

「ああ。でも、古エルフ語の小難しい書籍も多くてなあ。父上が構ってくれないから、シスター・マグダリアに習ったりもした。経典に使われている言語だからね」

「そんな状況から、王立大学(アカデミア)に入学できるほどに勉強されたとは……驚きです」

「そう? あー、自覚はなかったんだけど、確かに普通の人より、少しは勉強が得意だったみたいだ。……もちろん、リュスには到底敵わないんだが」

 

 そうして、僕は学んでいく。

 

「偉人たちが、困難や悩みに直面した時の逸話の数々。……どれも気高かったな。その“美しいまでの正しさ”に、僕は憧れたんだ」

 

 人としてあるべき規範、美徳。

 (いにしえ)の哲学者たちが残した、高潔なる思想。

 聖王教会の厳かな教え。

 

 そこから、あまりに乖離している……ヤバマーズの日常。

 

 ヤバマーズ育ちの僕ですら。

 この土地がおかしいと、思うのには時間はかからなかった。

 

「変だよなあ。当主としての貴族教育を受けるほど……会う大人たちが、どれほど人道から逸脱してるか。嫌ほどわかってしまうんだ」

「アスタ様……」

「幼心は大混乱さ。だって、書かれている『やってはいけない罪』を……領民たちが平然と、日常の風景としてやってのけるんだもの」

 

 皮肉なものだ。

 努力して、知識を蓄えて、頭でっかちになるほどに。

 

 僕はヤバマーズという土地の常識から、外れていく。

 正しく、高潔であろうと考えると、ここでは異端になる。

 

 それこそが、僕という歪んだ人間が形作られた――子供時代の風景。

 

「ぶっちゃけ、気持ち悪くて仕方なかったよ。我が子や妻を売り飛ばそうとしたり、犯罪に手を染めたり。……そんなことをしてるくせに、ケラケラ笑って善人ぶってる」

 

 どうしようもなく理解できない。

 ゴミ溜めみたいな領地だと、思っていた。

 

「なのに、アイツらったら……父上が定めた法を犯しながらも、僕を次代の当主として敬ってるつもりなんだぜ? “坊ちゃま”ってさ。どのツラ下げてだよ」

 

 だが、それ以上に僕を混乱させたのは……。

 そんな底辺みたいな土地に、一生懸命な父上。

 

 ろくに僕を構うこともなく。

 貴族として、あるべき手本を示そうとする……孤高な姿。

 

「そんな無駄なことをして、なんになるんだって思った。……子供心に、冷めた目を向けずにはいられなかった」

 

 僕は堪えきれず、両手で顔を覆う。

 

「じゃあ、平民が下賤で、ヤバマーズ男爵家は高潔なのか? いいや、それもまったく違う!」

 

 それでもなお。

 指の隙間からは、澱んだ記憶と感情が次々に溢れ出してくる。

 

「そう、最悪なのは……血を分けたはずの一族なんだよ」

「なにか……酷いことをされたのですか?」

 

 リュスがたまらず、椅子から乗り出してくる。

 

 瞳には深い動揺。

 寄り添おうとする、切実さ。

 

 ――やめてくれ。

 そんな無垢に、汚れた過去を見つめないでくれ。

 

「あなた様が、心ない暴力で傷つけられた……もし、そんな非道を受けていたのなら……っ!」

「いいや、違うんだ。むしろ逆さ」

「逆……?」

「表面上はね。僕が嫡男だからってみんなチヤホヤしてくれたさ。でも――だからこそ、最悪なんだよ。逃げ場がないんだ」

 

 子供時代の体験。

 これをどう言葉にしていいかわからない。

 

 どうしたら、目の前の清らかな魂を汚さずに伝えられるのか。

 

 逡巡の末、僕は自嘲気味に笑った。

 

「ねえ、リュス。ヤバマーズの親族が集まったら、なにが始まると思う?」

 

 唐突な問いかけ。

 リュスはきょとんとし、首を振った。

 

「わかりません。……なにか特別なことが起きるのですか?」

「例えばさ、その集まりっていうのが……一族の、どこぞの誰かの葬儀だったりもするわけだ」

「はい」

「そしたらね、また温もりが消えない亡骸を目の前に。……まずは奪い合いだよ。調度品に古着まで、あらゆる金目になりそうな遺品を巡って、血眼で声を張りあげるんだ」

「……っ!」

 

 リュスは、瞳を揺らした。

 

「でもさ。そんな真似したら、必ず誰かにとっては納得いかない結果になるだろ」

「誰もが欲をかき乱せば……そうなってしまうでしょうね」

「ああ、笑顔でわかち合うなんかしないからな。だけど、それでも面と向かって不満を言い合うことはしない」

「なぜ、ですか?」

「血を見るほどの、大喧嘩になるからだ。下手すりゃ死人が増える。伊達に、野蛮人をしてないからな」

 

 僕がふざけると、リュスは困ったように沈黙した。

 

「でも、僕らヤバマーズは卑怯者だから、損な衝突は避ける。じゃあどうするかって? ……そんな時、我が一族には都合のいい『生贄』が存在したんだ」

「生贄、ですか」

「なんでもいいんだ。まずは誰かが、今年の不作やら、督促状やらの話を投げ捨てる。あれ不景気だ、ほれ金がない、生活が苦しいなんて不満をこぼす。それが合図」

「合図?」

「そうだ。“ああ、それもこれも全部サキオンのせいだ”って始めるためのね」

「サキオン様の……!?」

 

 聞き覚えのある名に、リュスが小さく声を上げる。

 

「そう。現実に起きているすべての不幸を、サキオンのせいにするんだ。……狂ってるだろ? サキオンなんて、曽祖父の世代の人間なんだぞ? とうに死んだ過去の人なのにな」

 

 身内割れをしたくない。

 だから、絶対に反論してこない憎しみの矛先を作る。

 

 ――死人は口答えをしない。

 

 それこそが、ヤバマーズ一族を繋ぎ止める卑劣な処世術。

 僕もそこに加担していた。




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