ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第130話 赤銅月下、教授が見逃してくれた赤点。赤外線の眼には見えていた?

「アスタ先輩~。いい加減、論文まとめないと教授に叱られるっすよ!?」

 

 ジルの切迫した叫びが、埃っぽい書庫に響き渡った。

 

「今、領地改革で忙しいんだがなぁ……。これ、僕もやらないとダメか?」

「当たり前っす、月初には出さないとアウトっすからね! 超急ぎっすよ」

「そんなん、もうすぐじゃん。勘弁してくれよ……」

 

 そんなこんなで。

 資料が高く積まれた書庫に籠り、オノレと頑張っているけど。

 

 まぁまぁまぁ。

 教授から指摘された修正部分は、気の遠くなるほどの量。

 

 大半は、頭脳明晰なオノレに丸投げしても良さそうだけど……。

 とはいえ、この研究を最初に始めたのは僕である。泣く泣く参加せざるを得ない。

 

「それにしてもさあ、“そんなマニアックな研究、誰も知らねえよ”みたいな化石論文までチェックしろって言われたけど。参考にしようにも、こんな田舎で文献が読めるわけなくない?」

「ああ、アスタ。それなら俺が手配してるから心配しないで」

 

 オノレがこともなげに言う。

 

「取り寄せ? ……どこから?」

「俺の使い魔をフル稼働させてね、ちょちょいと」

「さすが、オノレ! すげえっ!」

 

 こいつ、つくづく便利すぎる男だな。

 優秀過ぎて僻むどころか、拝みたくなる。

 

「やっぱり魔術師(メイガス)って、情報処理関係に強いのが最高だよなぁ。遠隔であちこちやりとりできるしさ」

「まあ、そのスキルだけでも一生食べていける役職は付くからねえ。でも、大学や他家と円滑にやりとりするなら、人脈(コネ)も兼ね備えないと無理だよ?」

「そりゃ……そうか」

 

 そう、優秀な魔術師(メイガス)に必須条件。

 それはコネだった。

 

 コミュ障は、魔術師界隈でもやっていけないのである。残酷だね。

 

 なお、大学出身者の魔術師(メイガス)を専属で雇おうとすると、地方領地の財政が吹き飛ぶとんでもない金額になる模様。

 

 まったく世の中、世知辛いよな。

 大学専門職は、金が掛かる。

 

 というわけで、ほぼ無料で過酷な労働に付き合ってくれるオノレには、マジで感謝。

 

「そういえば、アスタ。ラ・ボアジエ教授が王都に帰った時のことなんだけどさ」

「あっ、体調のせいで、見送り任せてごめんな。どうだった?」

「あのねぇ……実はさ、最後の最後にダメ出しされちゃったんだよ」

「はぁ、ダメ出し? ……なんか、あの偏屈爺さんの機嫌損ねちゃったか?」

「いや、機嫌はすこぶる良かったんだけどさ」

 

 オノレはどこか苦笑交じり。

 教授が去り際に、残したという伝言を口にした。

 

『一応、忠告めいたお節介を焼いておこうかね。大広間の食器棚(ビュッフェ)に、誇らしげに並べられた銀食器のことだが』

 

 指摘されたのは、食器棚(ビュッフェ)

 

 ――心臓がドキンと跳ねた。

 

 そこには、資金難を隠ぺいするため。

 ジルが銀食器に見せかけて、精巧に偽造したブツが混ざっていたが。

 

『アレは少しばかり目を凝らせば見抜ける、実に稚拙な代物だ。――次回からは、私の退屈しのぎになるような、マシな贋作を用意したまえよ』

 

 つまり、どういうことだ。

 僕らが「ふぅ、さすがはジルの神業職人技術。なんとか騙し通せたぜ!」と、胸を撫で下ろしていたハッタリは。

 

 ……実は、教授の寛大な慈悲によって見逃されていた?

 

「――って、なんで本職の大商人たちじゃなくて、畑違いのアンタが見抜いてんだよ! 教授ぅぅぅっ!??」

「まあ、そうなるよね」

「えっとさ。僕の記憶が確かなら、ラ・ボアジエ教授は滞在中、銀食器に興味を持っていたようには、まるで見えなかったんだが……?」

「いやね、俺もそう思っていたんだよ」

 

 ろくに観察していた場面など、なかったように思う。

 

 一体全体、いつ、どのタイミングで、どういう理屈で気付いたというのか。

 オノレは教授の口調を真似るようにして、その驚愕の種明かしを続けた。

 

『識っているとは思うがね。銀という物質は、あらゆる金属のなかでも、極めて熱の移動を妨げぬ性質を持つ。つまりだ……熱の流れを視覚化出来る術師が、相応の知識と観察を用いれば、触れずとも偽りを見抜くことが出来るのだよ。さらに言えば、こっそりと微弱な熱線を当て、その波紋の如き拡散の速さを測るならば――より確実な答えが掌に落ちてくることだろう』

 

 理解するまでに、時間が必要だった。

 

「はあっ!? 温度が目で見えれば、それだけで銀食器の鑑定ができるってコトか!?」

「ああ、そう言われたんだよね。つまりは熱伝導の差で見抜くってさ」

「もう、人間業じゃないだろ、それ」

「……まったく。俺も言われた時は、耳を疑ったよ」

 

 魔術によって、物質や成分の分析を補助する手法。

 もちろん、そういった技術はある。

 

 だが、眺めただけで材質を見抜くなどというオカルトじみた万能の理屈が、この世に存在するわけがない。

 

 結局、鑑定とは魔術を用いたとしても。

 観測データの収集と理論に基づく、魔導科学的推論によって成立する。

 

「実際、そんな方法で鑑定なんて……本当に出来んの?」

「いや、確かにね。……理論上は可能なんだけどさ」

「理論上は可能、ねえ」

 

 それは凡人にとっての『無理』を形容する代名詞ってやつだ。

 

 ジルは、うんざりした顔をした。

 

「要するに、そんな術者がゴロゴロいてたまるかって話なんすよ。うちの腕前の問題じゃないっす。……相手が悪すぎるっす」

 

 完璧な仕事をしたと自負していた一品を、触れられもせず見抜かれた。

 ジルとしては、職人としてのプライドをいたく傷つけられたらしい。

 

 オノレも、その意見に深く頷く。

 

「熱を視覚化する技術自体はそりゃあるよ。そして、その道の専門家であるラ・ボアジエ教授に出来るのはなんら不思議じゃない。なにせ、炎蛇眼のゾルジュと呼ばれるほどの熱魔術の権威……炎達士(フラメトル)だからね」

「あー、蛇は熱を感知する生物なんだっけ?」

「よく知ってるね」

「まあ、魔物の生態には詳しくてな」

「なるほど。だけど、実際には室温のムラはもちろん、床や壁、天井からの輻射熱。さらには表面の汚れまで、色んな環境条件がノイズになるんだ」

 

 オノレに、小難しいことを言われた。

 熱力学に関する専門用語らしいが……そんなポンポン言われてもな。

 

「あー……つまり?」

「熱伝導率の微妙な差を、その不安定な環境下で“眺めるだけ”で正しく識別するのは困難だってことさ」

 

 結局のところ、導き出される結論はそれ。

 

「例えば、外部のノイズをシャットアウトできるような環境……どこかの工房に対象物を持ち帰っていいならまだわかるよ。でも、教授があれを見たのは出先なわけでしょ?」

「……出先だとそんなに難易度が変わるのか?」

「そりゃね。必要とされる知識量と観察力が桁違いになる。対象物の質量や形状、メッキの厚み。環境理解。その空間での、熱の逃げ方の違い。これらをすべて正しく補正して、判定しないといけないからね」

 

 必要なのは、魔力の量などではない。

 高度な計算能力……そして、この世界を構成する物質への深い理解。

 

「古来より、魔導師(マギ)とは、卓越した知恵を持つ者に贈られる称号だけど……あの人ほど、相応しい人はいないだろうね」

「……なら、いつの間に気付かれたんだ? タイミングは?」

「最初に大広間に入った時か、あるいは――」

「あるいは?」

「俺たちがやった黒銀結晶(クロシュライト)の実験の最中か、だね。……あの実験のせいで、部屋全体の温度勾配が急激に変化したから」

「いやいやいや、待て! 教授は椅子に座ったままだったぞ!?」

 

 まだ、僕が戦場に出かけていたさなかと言われた方が理解できる。

 

「いや、あの教授。……君が出て行った後も、のんびりお茶を飲んでいたからさ」

 

 じゃあ、やっぱ人間を辞めているレベルの観察眼ってことじゃん!

 

「魔術の使えない素人は、よく勘違いするんだけど。……結局、鑑定魔術という技はさ。自分がなにかしら観測した物理情報を、脳という知識書庫(データベース)に照合する行為なんだよね」

「えっと……ポンと魔術を掛けたら、思考放棄したまま答えが出る……そんな都合のいい技術はないってことだな?」

「そう、凡人が同じことをしても、なにもわからない」

「……それで、赤点つけられてもなあ」

 

 ちょっと理不尽すぎんだろ。

 アンタみたいな超人にしか出来ねえよっていう。

 

「ちなみに、熱を見る魔術での鑑定対策ってなんか出来んの?」

「不自然でない範囲では無理だね。対象に干渉してるんじゃなくて、自らの受動的なセンサー……術者の五感に作用させてるだけだもん。あ、いっそ教授に目つぶしでもする?」

「無茶言うなよ」

「だろ? ……もう言ってしまえば、教授自身が“歩く魔導学書”みたいなもの。さすがに俺にもお手上げさ」

 

 恐らくだが。

 ラ・ボアジエ教授は、僕たちが思っていた以上に……様々なことを見抜いていたのではないだろうか。

 

『世界は沈黙しているようでいて、雄弁に様々な事象を語り続けている。若き徒たちよ、ただ漫然と“見る”のではなく――その深きところ。真実の姿を“観察”したまえよ』

 

 脳裏にリフレインする。

 講義で賜った、威厳のあるセリフ。

 

 背中にじっとりと冷や汗が流れるのを感じながら。

 僕は深く、ため息をついた。

 

(ラ・ボアジエ教授が敵じゃなくて……本当に良かった)

 

 さあ、教授にこれ以上呆れられないためにも、死に物狂いでこの山のような資料に向き合うとしよう。

 幻滅されたら、さすがに困る。




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