ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第131話 今日から始める、領地改革における合理的な一手!(前半)

 正式な論文というやつは、ひどくめんどくさい。

 

 まず、伝統的に使用する紙は、丈夫な皮紙(ヴェラン)と決まってる。

 それも出来れば、最高級な子牛の皮紙(ヴェラン)が望ましい。

 

 なんでかって?

 もちろん、文書を何十年と保護するための、耐久性を考慮して――という、もっともらしい理由はある。

 

 あるのだが……。

 まあ、いささかカッコつけなのは否めない。

 

 おまけに、記述するインクまでも指定されてる。

 耐久性や耐水性が極めて高い没食子インク(アンクル・メタロ・ガリック)という、公文書に適した定番のもの。

 

 で、ガチガチに決められた書式にまとめていくわけだ。

 

 ようするに、ラ・ボアジエ教授から受けた指導とは。

 

王立大学(アカデミア)のエリート書記官が、文句もつけずに一発受理するような美しい体裁に整えろ。そのまま大学の永久保存記録(レジストラ)に、ドサッと載せられるように仕上げてこい』

 

 つまりは、そういう意味合いの愛の鞭である。

 ……すげえ、めんどくさい。

 

 ついでに、『私の記憶が鮮明なうちに送り届けたまえ』のコメントもそうだ。

 

 これも翻訳すれば。

 

『大学内での処理が最優先されるよう、指導教授として便宜を図ってやるから、四の五の言わずさっさとやれ』

 

 そんな意味なわけで。

 

 いや、ちょっと待ってくれよ。

 僕は大学を出てしまった身なのに、なんで今さらこんなことせなアカンの!?(切実)

 

「あー……あ、あ……うう……」

「……はい、そこまで。最終点検したら、俺が使い魔で送っておくからね」

「よ、よろしく、頼む……。あとは、任せた……ぞ……オノレ」

 

 ――バタッ。

 

 僕はデスクに突っ伏した。

 

 論文作成に、僕はほとんど戦力にならなかった気がするがっ!

 でも、頑張ったの! 頑張ったと言ったら、本当に頑張ったのっ! みんな信じてっ!

 

「うーん、さすがに俺も徹夜は堪えるね。点検に入る前に、軽くコーヒーでも淹れるかな。瞼が重すぎる」

「あ、オノレ先輩! うちの分もぜひ頼むっす!」

「わかったよ、アスタは?」

「……シュガーをこれでもかと、たっぷり山盛り入れてくれるなら……飲んでやらなくもない」

「はいはい、わかったよ」

 

 それにしても不思議だなあ。

 なんで頭がいい奴らって、脳が死にそうなほど疲れてても、書類のミスを見つけられるバケモノ染みた芸当が出来るんだろうなあ。

 

(僕なんか、頭がくらくら。視界がぐわんぐわんだぞ?)

 

 窓の外を見れば。

 すっかり昇りきった太陽が、なぜか黄色く明滅して見えた。

 

 よし、僕の仕事は終わった。

 あとは、王立大学(アカデミア)の方で、煮るなり焼くなりどうにでもしてくれ。

 

 

***

 

 

「――結局ですな。捕らえた盗賊たちも、食い詰め傭兵に冒険者崩れ。さらには、行き場を失くした難民……そんな集まりだったわけでして」

 

 コン、と杖をつきながら。

 老執事ゲロハルトがそう報告を入れた。

 

 会議室に集まった面々は、“そうだろうな”と納得顔。

 

「大きな戦も減ってたもんな」

「その上、太陽が弱まり、各地の収穫量が減っている昨今にございます……そこに来て、飢えの厳しい初夏ですからなぁ。なかなか切羽詰まった者は多かったようで」

「まあ、だとは思ってたけどさぁ……」

 

 要するに。

 ヤバマーズの恐ろしさを知らぬ賊を集めるのは、想像以上に容易かっただろう、と。

 

「だからと言って、情けをかけてやる理由なんて、僕らにはなかったわけだが……」

「ええ、街道で人々を襲っていた悪党まで混じっておりましたし、領民に無体を働いたであろうことは明らか。同情の余地なんぞはまったくありませんぞ」

「……うん、そうなんだけどな。いや、なんというか――」

 

 とはいえ、何にせよあまりに哀れな死に様ではあったのだ。

 

「ちょっと掘り起こせば……すぐそこに芋があったのにな」

 

 ヤバマーズ領民の飢えが、そこまで深刻にならないのは……。

 本来、家畜の餌と蔑まれる『芋』まで積極的に栽培し、手を出しているから。(その割に、一時は飢え死に寸前だった僕)

 

 ヤバマーズは辺境にあるが、辺境とは国の端を指す言葉である。

 逆に捉えれば、他国の未知なる文化が入ってくる境界線スレスレ。

 

 “わが国では家畜の餌でも、他国では立派な食材だ”と、ヤバマーズの当主たちは早くから知っていた。

 

「芋には気付かぬのでしょうな、なにせ土に埋まっておりますから」

「飢えた略奪者に気付かれず、奪われにくい。これは……芋の大きな利点ではあるが……」

 

 飢えに苦しみ、夏風に震えた盗賊たちは……芋が埋まる畑の上で、気付くこともなく死んでいた。

 これを哀れな死に様だと思ってしまうのは、僕の偽善だろうか?

 

(まっ、偽善なんだろうなあ)

 

 さすがに略奪者にくれてやるほどの余裕はなく……話し合いの余地などない。

 食うか食われるか、だったのだ。

 

「いずれにせよ、肝心の裏を引いていた首謀者の素性はわからずじまいか」

「ええ、サッパリです」

 

 雇い主の素性も、金の出どころも。

 明日のパンにも困っていた底辺連中は、気にも留めなかったらしい。

 

「支払われた金の出処まで追えれば、シャルル王太子に証拠を突き付けてやれたかもしれないけど……まあ。そんな隙はなし、だね」

 

 オノレが、軽く両手を広げてみせた。

 

「だいたい実行犯も素人じゃなかったし。鉄仮面のヤンだっけ? やれる範囲で追うけど……仮に、国の暗部組織だったなら、足取りを掴める気はまったくしないね」

「あーあ。おとぎ話の毒リンゴ売りみたくしてくれてたら、スパッと捕まえてやれたのに」

「あはは。老婆に変装した王太子が、直接現場で交渉してたとかなら、最高に笑えるねえ」

 

 まあ、常識的に考えてそんな間抜けなわけはない。

 

(本当は情報を握ってそうな奴が、今この場にいるんだけど)

 

 僕は、ジルをちらりと見やった。

 しかし、ニコニコとしたまま、ポニテを揺らして口を噤んでいる。

 

(連中の一味、ハーフオークと知り合いだった以上は……まあ、なにかしら知ってるんだろう)

 

 でも、ここで掘り返すべきかと言われたら。

 

 僕はなにも積極的に、国家を敵に回したいわけじゃないし。

 これ以上、ヤバマーズと大切な人たちに手を出さないで欲しい。

 そう切に願っているだけ、だ。

 

(そんな僕が……みんなの前で触れて欲しくなさそうなことを指摘して、仲間の間たちに疑惑の火種をもたらすべきか?)

 

 ジルの立場が悪くなるかもしれないなら。

 みんなを率いる者として、今、この場ではすべきでない。

 

 そう思った。

 

「ムムム……盗賊たち、か」

 

 聖騎士ロダンが、しかめっ面で唸る。ちょっとうるさい。

 

(いや、お前に関しては無駄に真面目な顔はやめて、なんで『お馬さん係』なんて名乗ったのかを教えて欲しいけどな?)

 

 そう名乗ったと、後から聞いた時の僕の気持ちよ。

 正体を隠すんでも、もっと他にマシな言い方があっただろ。聖騎士様よ。

 

 お前のアイデンティティ、お馬のおじちゃんの方なのか?

 

「で、お馬さん係。なにかその脳筋な頭で、思う所でもあんのか」

「……吾輩が戦場で相対した、黒騎士のことだが」

「ああ。いたなあ、そんな連中」

 

 確かに、何人も黒騎士らしき男がいた。

 ほとんど、素通りしてやったけど。

 

 騎士も食い詰めて盗賊に身を落とすとは、なんとも悲しい時代だねえ。

 

「いや、すまん。――なんでもない」

「なんだよそれ! そこまで言っておいて思わせぶりに黙るの、一番気になるからやめろよなっ!」

「それよりもだッ! この会議では……我が使命たる『魔の森』の調査についても、話し合うと聞いていたが?」

「僕の領地を勝手に、『魔の森』呼ばわりすんな! 失礼だろ!」

「フンッ。逆に問うが、あれほどの怪物が蠢く場所が『魔の森』でなかったら、世の中のあらゆる森に、むしろ失礼だとは思わんか?」

「な、なかなか言うじゃんかよ……(否定できない)」

 

 見渡しても、誰も味方してくれそうになかった。ひどい。

 

 確かに、僕の地元は魔物だらけの危険地帯だけどさぁ。

 余所の人間に、面と向かって『魔の森』って呼ばわりされるのは、ちょっと嫌な気分なんだぞ!?

 

「あー、コホン。諸君、我々は聖騎士ロダンと祓魔女(エクソシスター)リュスの使命……『西の森』の調査に協力することとなっているが」

 

 あえて、『西の森』と強調して口にした。

 魔の森なんて、僕は絶対言ってやんないからな!

 

 で、この会議の議事録は、ヤバマーズの公式記録に残る。

 教会に対する“僕たちはちゃんと協力してますよ”とポーズを示すためのアリバイ作りでもあったから、多少はカッコつけることにした。

 

「僕は調査における最初の一手として――『西の森』に前線拠点を設営する!」




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