ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第132話 今日から始める、領地改革における合理的な一手!(後半)

 僕の口から飛び出した爆弾発言に、全員が唖然とした。

 

 ヘイホーに至っては慌てふためいて、ペンを床に落とす始末。

 

 おー、そうそう! それそれ!

 僕はまさに、そういうリアクションを期待してたんだよ!(サプライズ大好き)

 

「アスタ、ちょっと待ちたまえ。君は今、領地改革しようとしている真っ最中だ。ただでさえ、人手も資金も足りないのに、そんな大掛かりなことをする余裕はあるのかい?」

 

 オノレが、こめかみを押さえながら問い詰めてくる。

 

「いやいや、オノレ。これはとっても合理的な一手だぜ」

「……どうしてそうなるのか、サッパリなんだが」

「この拠点は、調査のためだけじゃない! 我が領の特産品、黒銀結晶(クロシュライト)を製造する秘密工房も兼ねさせるからさ!」

 

 不敵な笑みを浮かべて。

 僕は会議机のド真ん中に、地図を勢いよく広げる。

 

 ――ドンッ!

 

 力強く置かれた木製のコマ。

 示された場所には……森の只中にある不自然な広場があった。

 

「場所はここだ」

 

 距離はそう遠くない。

 西の森を進んだ先、鬱蒼とした木々を抜けると突如として現れる。そこだけぽっかりと世界がひらけたかのような広大なタンポポ畑――。

 

「――かつて、綿毛の魔人エグレット。彼女を死闘の末に打ち倒した、因縁の決戦の地だよ」

 

 実際に見た者が多くないので、新参者たちは“なんのこっちゃ?”と首をかしげたが。

 ……時間が経つにつれて、理解が浸透する。

 

「まさか……それって噂の魔人が出た場所ってことっすか? アスタ先輩たちが命懸けで討伐したっていう……?」

「その通りだよ?」

「さすがに勘弁してほしいっすよ! そんなの事故物件もいいところじゃないっすか、ガチの呪われた危険地帯っす!」

「事故物件とは、上手いこという奴だな」

「褒めて欲しくて言ったんじゃないっすよっ?!」

「男爵閣下! ボクは森に入ったことすらありませんが……地図を見た限り、道すらまともに通っていません。物資輸送だけでもかなりの負担になるのでは?」

 

 ジルはポニーテールを振り乱し、ヘイホーは胃を押さえながら算盤(アバカス)を弾く。

 リュス、聖騎士ロダンすらも、当時を思い出してか表情は芳しくない。

 

 しかし、僕の確信は揺らがなかった。

 

「確かに、一見すると無謀に見えるだろう。けど、これこそが今の僕たちに残された唯一の正解なんだ」

 

 僕は地図を取り囲む一同を、じっくり見渡すと。

 指先でエリアをなぞっていく。

 

「まず、この地点。鬱蒼とした森の中で、まとまった土地が最初から開かれた数少ない場所だ。いちから巨木を切り倒して抜根するよりはよほどいい」

 

 だが、オノレは納得しない。

 

「それは“拠点を作るなら”の理屈だろう? 俺たちはその必要性に疑問を抱いているんだけど」

「必要性なら――あるッ!」

「へえ、アスタ。ずいぶんと自信満々だね……聞かせてもらおうじゃないか」

「いいか、諸君。魔物の生態系は複雑怪奇だが、一つだけ絶対的なルールがある」

「それは?」

「“強力な個体が存在する時、そこに不可侵な縄張りが形成される”というルールだ」

「……縄張りだって?」

「そう。こいつは厄介な性質であると同時に、見方を変えれば強力な抑止力になり得る習性なんだが――」

 

 苦い記憶が蘇る。

 

 魔人エグレットが現れる直前の異変。

 ゴブリンの群れどころか、生態系の頂点たる魔熊すらも人里に追いやられてきた事実。

 

「強大すぎる個体は、そこに存在するだけで周辺に圧力をかけ……結果として、弱い魔物は外へ押し出されていく。これが、あの時起きた騒動の正体だ」

 

 じゃあ、強大な魔物を片っ端から倒せば平和になるのか?

 答えは“否”だ。

 

「お次は、縄張りが生まれることのメリット。それは他の強力な魔物の侵入を防ぐ防波堤になることだ。王者が君臨している限り、その領域は一定の秩序に保たれ、雑魚共も勝手に通り抜けしにくくなる」

「……なるほど、国家間の緩衝地帯と似た概念だね」

「強い捕食者がいると、他の害獣(バーミン)の増殖が抑制されるんで、もっと切実だぞ」

 

 強力な捕食者がいなければ、雑魚が増える。

 雑魚が増えると、手に負えない環境被害があちこちで出る。

 

 実際、弱い魔物の大群ってのは、住人にとっては悪夢だ。

 

「だから、安易な討伐は禁物なんだよな。縄張りの空白地帯ができれば、魔物の生態系が激変して、大移動を引き起こしかねないからさ」

「え? ……強い魔物って」

「そう。不可抗力とは言え、僕らは魔人を倒しちゃったんだよな」

 

 おかげで、近隣一帯は空白地帯になっている。

 そのせいで、どんどん魔物が入り込む状況になっているのだ。

 

「そういえば……先日の盗賊騒ぎでも、かなりの数の魔物が動いていましたよね? まさか、あれって自然な状態じゃないってことですか?」

「当たり前だろ。いくらヤバマーズが魔物のいる土地だからって、人間の縄張り(・・・)に気安く入って来られたら生活が成り立たん」

「その割に、領民たちから“魔物の目撃証言”が毎日のように来てますけど!?」

「環境が流動的に動いてるってことだなぁ。その上、盗賊共を始末するためとはいえ――」

 

 僕は、あえて声を落として告げた。

 

「――魔物に、人の味を覚えさせちゃったしな」

 

 絶句。

 会議室に、刺すような沈黙が降りる。

 

「なにを驚いているんだ? まさか、すべての魔物が“最初から人間を襲うように出来ている”とでも思ったのか?」

 

 オノレが、代表するみたいに頷いた。

 

「……そりゃあ、そう思っていたよ。物語に出てくる魔物は、いつだって人を食らう存在じゃないか」

「面白いこと言うなあ。確かに攻撃性が高い奴は多いけど……食性で言えば、魔物はたいしてメシを食わなくても死なないぞ? さすがに、ゼロじゃ無理だけどな」

 

 普通の野生動物と、魔物は明らかにその点が違う。

 恐らく、代謝に魔素を利用しているからだろう。

 

「でも、機能としての“飢え”は残っているらしくてな。飢え死にすることがほぼないくせに、腹は減るっぽい」

「……だから、魔物は人を襲うのですか?」

 

 リュスはおそるおそる尋ねて来た。

 

「いや、そう単純でもない。腹減ってなくても遊びで襲う奴もいれば、普段は昆虫やキノコなんかを大人しく食う。……そんな連中だっているんだよ」

 

 でも、一度でも贅沢品(ニンゲン)の味を覚えたら別だ。

 

「人間を恐れる臆病者ですら、一度、“人間は狩れる獲物だ”と覚えれば、より狡猾に、より執拗に――人間を狙うようになる」

 

 ヘイホーが、自らの肩を抱くようにブルリと震えた。

 

「今が、そんな恐ろしい状況だったとは……」

「ついでに、そういう奴から生まれた子供も人間を狙うぞ。だから、魔物がいる地域を戦場にするのって……後始末がめんどくさいんだよなあ」

「……男爵閣下。何でもかんでも、“めんどくさい”の一言で片づけないでいただけますか?」

「いや、やらなきゃいけない仕事として、はっきり見えてしまったら、例外なく“めんどくさい”でいいだろ」

「アスタ先輩。それ、大学論文を片付けた時と同じトーンっす(真顔)」

 

 盗賊たちの死因に、魔物が多かったのは必然だった。

 こんな決壊寸前のヤバマーズに、攻めて来ちゃったんだから、な。

 

「だからこそ、今、この地点を獲るしかないんだ。魔物の流れに蓋をして、管理し直すには積極的な一手が必要だからな」

「でも、その空白地帯には、もう別の魔物が入り込んでいるんじゃないのかい?」

「いいや、エグレットはあまりに強力すぎた。残り香が消えるまでは安全地帯、何かが巣を作るまでには至ってないはず!」

「……それ、本当の、本当にかい?」

 

 疑いの眼を向けてくる、オノレ。

 

「あのなあ。魔人の巣に居座れるってなら、そいつはもはやエグレット以上のバケモノだぞ? そんな奴が移動したら、また森が大騒ぎだってば!」

 

 “誰のものでもない”けれど、“他の魔物が恐れて近づけない”。

 ……いわば、魔人の玉座だ。

 

 今すぐそこに旗を立てた者だけが。

 魔人の遺産、広大な縄張りを丸ごと手に入れられる。

 

「座して滅びを待つ趣味は、僕にはない。よって……よりヤバい奴が住み着く前に、僕らがそこを押さえる」

 

 魔人エグレット級のバケモノが、ポンポン出て来るとはさすがに思わない。

 

 だが、森の奥深くが、どんな魔境になっているかは誰にもわからないのだ。

 僕が把握している範囲なんて、広大な森の一割にも満たないだろうから――。

 

「ここに前線拠点を築き、僕らの村を守ろう。――そうして魔人の玉座を奪い取り、絶望ではなく、希望を生み出す工房へと作り変えるんだ!」

 

 守りか、攻めかの二択の時。

 知らず知らずのうちに、僕は――必ず、攻めをとるようになりつつあった。

 

「……あっ、ヘイホー。さすがに秘密工房ってのは、教会向けの議事録には載せないでくれよ。そこは空気読め(唐突)」

「書類を分けて書くなら、最初に言って欲しいんですよねぇっ!?」

 

 ついに、ヘイホーが泣き叫んだ。

 ごめんってば。




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