僕の無謀な宣言に、仲間たちは互いに顔を見合わせていた。
意外にも、その沈黙を真っ先に破ったのは聖騎士ロダン。
「以前、貴公は……吾輩に忠告したな。魔物に安易に手を出すな、と」
「え、僕、そんなこと言ったっけ?」
「ああ、ゴブリンや魔熊と戦った際のことだ。その時の言葉が、今になって胸に刺さる」
言われたら、うっすらそんな記憶もある気がする?
でも、かなり前じゃん??
僕が困惑しているのも、そっちのけで。
聖騎士ロダンはおもむろに、椅子の軋む音と共に姿勢を正すと。
実に沈痛な面持ちで、頭を下げてきたのだ。
「――すまなかった。吾輩は危うく、この地の民をさらなる危機に晒すところだったのだな」
「えっ、あ、いや……?」
「吾輩はこれまで……魔物の生態系とやらへの影響など、まるで考えたことがなかった。騎士としての武勇を誇るがあまり、独りよがりな戦いをしていた」
「そんな殊勝に謝られると、こっちの調子が狂うって!? ……はあ、冒険者とか密猟者って、金になりそうな魔物がいたら、後先考えずにすぐ殺そうとするからさ。管理側にとっちゃマジで害悪だったんだよ」
それは民の生活を守る、僻地領主としての立場だ。
でも、きっと……。
「たださ、あんたは別に……そういう小銭欲しさの私心で戦ってきたわけじゃないだろ?」
「私心かどうか、か。……どうだかな」
なんだよ。
今日のコイツ、やけにアンニュイじゃない?
あまり素直にされると、どう接していいかわかんなくなるんだよな。
「まあ、聖王教会がどういう方針で動いているかは、僕の知るところじゃないけどさ。余裕があれば今後は専門家にでも、聞きながらやったらいいじゃないの?」
「……そうか、心得た」
「えと、それじゃあ、みんなも状況は理解できたか?」
僕が見まわすように問いかけると。
ぽつらぽつらと、反応が返ってくる。
「アスタ先輩の理屈はわかったっすよ」
「おう、そりゃよかった」
「でも、もしその防衛拠点が、うちらの想定をぶっ壊すくらいのヤバい魔物に襲われたら……どうするっすか?」
「その時は、いつでも放棄する。……実は、そこが最大のミソだ」
僕は指を立てて、自信ありげに笑ってやった。
「どんなに凶悪な魔物だろうが、情報さえあれば対策の練りようはある。この村は絶対に放棄できない本陣だが……前線拠点ならば使い捨てに出来る」
「使い捨てっすか」
「そうだ。一度負けて拠点を失っても、本陣で迎撃準備が出来ればいい。領民を守るためにも、これから来訪する客人たちを守るにも、僕らには防波堤が必要なんだ」
すべては安全のためだ、と。
そう説けば、彼らも次第に理解を示し始めた。
「防波堤。確かに……盾になる場所は必要ですよね」
「これから本格的な調査なんかを始めるんだったら、なおさら森を刺激しちゃうっすからね」
「うぬぅ。異変が起きた際、村が戦場になることだけは避けねばならぬな」
そして、知恵袋であるオノレが、最も重要な利点に気付いた。
「しかもこれ、考えようによっては……
「その通りだ。魔物の死体をいちいち、こんな人の多い村まで運び込むのもリスクだしな。なにより、手間が省ける」
「森の只中なら素材の鮮度も保てるし、多少、危険な研究をしても、苦情を言う隣人はいないってわけだね」
実際、研究開発が危険なものになりそうなのは確かだ。
なにせ、エネルギー資源だからな。
「僕は材料の見直しをしたいとも思ってるんだよなぁ。
「……アスタ。君、魔物の話になると饒舌じゃないかい?」
「僕を魔物オタク扱いすんな!」
「そこまでは言ってないよ?」
魔物の家畜化は、基本的に不可能とされている。
だが、魔素の安定確保を図るなら、比較的、御しやすいだろう草食獣や、定点確保できる植物系魔物の選定は避けて通れない。
「それに、アスタ。製造工程で出てしまう廃水問題も解決しないとね」
「そう、それも頭が痛い問題なんだよ。せめて、人里から離れて処理方法を考えなきゃ……」
「建前は、『教会の任務のための前線基地』だしね。多少、トラブルが起きても、魔人が出た恐ろしい森まで、わざわざ視察に来る役人がいるとは考えにくい。最高のカモフラージュだよ」
オノレがはっきりと賛成へと回り、具体的な利点を整理したことをきっかけに。
空気も一変、建設的なものへと変わる。
「それなら防壁の素材は――」「物資の輸送路は――」と、次々に具体的なアイデアが出されていく。
僕の突拍子もない案は、確かな輪郭を持ち始めた。
「よかった。……これなら、どうにかなりそうだ」
ホッと胸をなでおろす。
もし、案が上手くいかなかったら、また眠れなくなるところだった。
(みんなの命を預かる立場だからな、僕は……)
つくづく思う。
領主なんて仲間の命をチップに、賭博をしているみたいな立場だ、と。
だが、実は……。
今回の計画には、個人的な感傷もわずかに混じっていた。
(まあ、誰にも言うつもりはないんだけどな。こんなの、口にするだけ野暮だし……)
あまりに、身勝手がすぎるから。
僕だけの想いにしておこう。
すると、僕のすぐ傍ら。
リュスが衣服のすれる音と共に、寄り添ってきた。
「アスタ様」
耳元で、震えるほどに甘く、湿り気を帯びた吐息が囁く。
「あそこは……エマちゃんが、遊んでいた場所でもありますものね」
隠していたはずの気持ちを、はっきりと言い当てられて。
心臓が激しく、動いている。
「え……ああ。そう、だな」
どうして、バレたんだろうか。
戸惑っていると、じっとりと昏い瞳が僕を捉えた。
「わかりますよ。アスタ様なら……きっと、理屈の裏側で。死者の居場所すらも大事にされると思っていましたから」
この手で、我がヤバマーズ家の墓へ埋葬した。孤独な少女エマ。
魔人と化し、すべてを失ってもなお、“おにいちゃん”の帰りを待ち続けたあの子。
あそこは、あの子が最後に。
そして生前からも、無邪気に遊んでいた場所だろうから。
もし許されるなら、二度と寂しくないように。
人が集まり、声が響き、温かな明かりが灯る場所に変えてあげたい。
僕は、エマを……忌まわしき呪いや、憎しみの生贄のままで終わらせたくなかった。
「……工房の名は『
夢で、エマが僕に被せてくれた……タンポポの冠。
あの時感じた、ずしりとした重さ。
それに相応しい領主に成れるかはわからない。
「でも、あの地こそが――僕たちの逆転の拠点となるんだ」
けれど、猛毒と絶望の象徴だったあの地が、希望の地へと。
黄色いタンポポが、僕らの幸福の象徴になればいい。
そうほのかに思っていたが……。
「アスタ様。人々はその気持ちの行く先、目指す果てを――野心と呼ぶのですよ」
やけに強く、リュスの言葉が耳に残った。
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