ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第133話 魔人の玉座にて、僕は黄金の冠をいただく。芽生えたのは、そんな野心。

 僕の無謀な宣言に、仲間たちは互いに顔を見合わせていた。

 

 意外にも、その沈黙を真っ先に破ったのは聖騎士ロダン。

 

「以前、貴公は……吾輩に忠告したな。魔物に安易に手を出すな、と」

「え、僕、そんなこと言ったっけ?」

「ああ、ゴブリンや魔熊と戦った際のことだ。その時の言葉が、今になって胸に刺さる」

 

 言われたら、うっすらそんな記憶もある気がする?

 でも、かなり前じゃん??

 

 僕が困惑しているのも、そっちのけで。

 

 聖騎士ロダンはおもむろに、椅子の軋む音と共に姿勢を正すと。

 実に沈痛な面持ちで、頭を下げてきたのだ。

 

「――すまなかった。吾輩は危うく、この地の民をさらなる危機に晒すところだったのだな」

「えっ、あ、いや……?」

「吾輩はこれまで……魔物の生態系とやらへの影響など、まるで考えたことがなかった。騎士としての武勇を誇るがあまり、独りよがりな戦いをしていた」

「そんな殊勝に謝られると、こっちの調子が狂うって!? ……はあ、冒険者とか密猟者って、金になりそうな魔物がいたら、後先考えずにすぐ殺そうとするからさ。管理側にとっちゃマジで害悪だったんだよ」

 

 それは民の生活を守る、僻地領主としての立場だ。

 でも、きっと……。

 

「たださ、あんたは別に……そういう小銭欲しさの私心で戦ってきたわけじゃないだろ?」

「私心かどうか、か。……どうだかな」

 

 なんだよ。

 今日のコイツ、やけにアンニュイじゃない?

 あまり素直にされると、どう接していいかわかんなくなるんだよな。

 

「まあ、聖王教会がどういう方針で動いているかは、僕の知るところじゃないけどさ。余裕があれば今後は専門家にでも、聞きながらやったらいいじゃないの?」

「……そうか、心得た」

「えと、それじゃあ、みんなも状況は理解できたか?」

 

 僕が見まわすように問いかけると。

 ぽつらぽつらと、反応が返ってくる。

 

「アスタ先輩の理屈はわかったっすよ」

「おう、そりゃよかった」

「でも、もしその防衛拠点が、うちらの想定をぶっ壊すくらいのヤバい魔物に襲われたら……どうするっすか?」

「その時は、いつでも放棄する。……実は、そこが最大のミソだ」

 

 僕は指を立てて、自信ありげに笑ってやった。

 

「どんなに凶悪な魔物だろうが、情報さえあれば対策の練りようはある。この村は絶対に放棄できない本陣だが……前線拠点ならば使い捨てに出来る」

「使い捨てっすか」

「そうだ。一度負けて拠点を失っても、本陣で迎撃準備が出来ればいい。領民を守るためにも、これから来訪する客人たちを守るにも、僕らには防波堤が必要なんだ」

 

 すべては安全のためだ、と。

 そう説けば、彼らも次第に理解を示し始めた。

 

「防波堤。確かに……盾になる場所は必要ですよね」

「これから本格的な調査なんかを始めるんだったら、なおさら森を刺激しちゃうっすからね」

「うぬぅ。異変が起きた際、村が戦場になることだけは避けねばならぬな」

 

 そして、知恵袋であるオノレが、最も重要な利点に気付いた。

 

「しかもこれ、考えようによっては……黒銀結晶(クロシュライト)の秘密を守るにも、資源を集めたり、研究開発するにも良い立地じゃないかい?」

「その通りだ。魔物の死体をいちいち、こんな人の多い村まで運び込むのもリスクだしな。なにより、手間が省ける」

「森の只中なら素材の鮮度も保てるし、多少、危険な研究をしても、苦情を言う隣人はいないってわけだね」

 

 実際、研究開発が危険なものになりそうなのは確かだ。

 なにせ、エネルギー資源だからな。

 

「僕は材料の見直しをしたいとも思ってるんだよなぁ。吸血植物(ヴァンプラント)を始めとする、植物型の魔物を研究して利用できたら、材料の安定供給も狙えるんじゃないかって」

「……アスタ。君、魔物の話になると饒舌じゃないかい?」

「僕を魔物オタク扱いすんな!」

「そこまでは言ってないよ?」

 

 魔物の家畜化は、基本的に不可能とされている。

 だが、魔素の安定確保を図るなら、比較的、御しやすいだろう草食獣や、定点確保できる植物系魔物の選定は避けて通れない。

 

「それに、アスタ。製造工程で出てしまう廃水問題も解決しないとね」

「そう、それも頭が痛い問題なんだよ。せめて、人里から離れて処理方法を考えなきゃ……」

「建前は、『教会の任務のための前線基地』だしね。多少、トラブルが起きても、魔人が出た恐ろしい森まで、わざわざ視察に来る役人がいるとは考えにくい。最高のカモフラージュだよ」

 

 オノレがはっきりと賛成へと回り、具体的な利点を整理したことをきっかけに。

 

 空気も一変、建設的なものへと変わる。

 「それなら防壁の素材は――」「物資の輸送路は――」と、次々に具体的なアイデアが出されていく。

 僕の突拍子もない案は、確かな輪郭を持ち始めた。

 

「よかった。……これなら、どうにかなりそうだ」

 

 ホッと胸をなでおろす。

 もし、案が上手くいかなかったら、また眠れなくなるところだった。

 

(みんなの命を預かる立場だからな、僕は……)

 

 つくづく思う。

 領主なんて仲間の命をチップに、賭博をしているみたいな立場だ、と。

 

 だが、実は……。

 今回の計画には、個人的な感傷もわずかに混じっていた。

 

(まあ、誰にも言うつもりはないんだけどな。こんなの、口にするだけ野暮だし……)

 

 あまりに、身勝手がすぎるから。

 僕だけの想いにしておこう。

 

 すると、僕のすぐ傍ら。

 リュスが衣服のすれる音と共に、寄り添ってきた。

 

「アスタ様」

 

 耳元で、震えるほどに甘く、湿り気を帯びた吐息が囁く。

 

「あそこは……エマちゃんが、遊んでいた場所でもありますものね」

 

 隠していたはずの気持ちを、はっきりと言い当てられて。

 心臓が激しく、動いている。

 

「え……ああ。そう、だな」

 

 どうして、バレたんだろうか。

 

 戸惑っていると、じっとりと昏い瞳が僕を捉えた。

 

「わかりますよ。アスタ様なら……きっと、理屈の裏側で。死者の居場所すらも大事にされると思っていましたから」

 

 この手で、我がヤバマーズ家の墓へ埋葬した。孤独な少女エマ。

 魔人と化し、すべてを失ってもなお、“おにいちゃん”の帰りを待ち続けたあの子。

 

 あそこは、あの子が最後に。

 そして生前からも、無邪気に遊んでいた場所だろうから。

 

 もし許されるなら、二度と寂しくないように。

 人が集まり、声が響き、温かな明かりが灯る場所に変えてあげたい。

 

 僕は、エマを……忌まわしき呪いや、憎しみの生贄のままで終わらせたくなかった。

 

「……工房の名は『黄金の冠(クロンヌ・ドール)』にしたい」

 

 夢で、エマが僕に被せてくれた……タンポポの冠。

 

 あの時感じた、ずしりとした重さ。

 それに相応しい領主に成れるかはわからない。

 

「でも、あの地こそが――僕たちの逆転の拠点となるんだ」

 

 けれど、猛毒と絶望の象徴だったあの地が、希望の地へと。

 黄色いタンポポが、僕らの幸福の象徴になればいい。

 

 そうほのかに思っていたが……。

 

「アスタ様。人々はその気持ちの行く先、目指す果てを――野心と呼ぶのですよ」

 

 やけに強く、リュスの言葉が耳に残った。




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