ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第134話 言葉が剣なら、沈黙は鞘。仲間に剣を向ける奴がどこにいる?

 会議が終われば、みんなそれぞれ持ち場へと散っていく。

 みんな、別に暇じゃないからな。

 

 特に、日中は誰しも忙しいもんだ。

 

 いつも優雅に見えるオノレですら。

 コーヒーを嗜むその裏側では、使い魔のメンテナンスや、錯綜する情報整理に追われているのだから。

 

 僕もまた、椅子から立ち上がろうとして。

 

「――っ、く……」

 

 脚に走る鋭い痛みに顔をしかめた。

 よろめき、負傷を庇うように歩き出そうとする。

 

「アスタ様……。どうぞ、わたくしのお手を」

「ああ、悪いね。助かるよ、リュス」

 

 当然のように支えてくれるリュス。

 

 女主人代行(グヴェルナント)としての業務もあり、スケジュールが過密なはずなのに。

 当然であるかのように、僕の歩調に合わせてくれる。

 

 本当は、絶対忙しいはずなんだよな。いやぁ、手を煩わせて申し訳ない。

 ……別にここまでしてくれなくっていいのにね?

 

 そんな空気を裂くように、ぶっきらぼうに投げかけられた声。

 

「アスタ先輩って、つくづく意味わかんないっすよね」

 

 出口に一人、佇んでいたのはジルだった。

 

 いつもの使い込まれた研究衣に身を包み、ポニテを揺らす。

 どこか釈然としない、不機嫌そうな顔。

 

「なにがだよ?」

「なにが、じゃないっすよ。……さっきの会議中、うちが襲って来た連中の情報を持ってるかもって、本当は思ったんじゃないんすか?」

 

 ジルの大きな瞳が、僕を値踏みするように観察する。

 

「……アスタ様」

 

 リュスが気遣しげに僕を見た。

 

 共に死線を潜り抜けた僕らだけが共有する、暗黙の了解。

 会議中、やけに静かだったリュスも……あえて口を噤んでいたのだ。

 

「そりゃあ、思ったよ。あのハーフオークとお前が知り合いだったのは、明らかだったからな」

「だったら、指摘すりゃよかったじゃないっすか」

「でも、みんなの前だったし……」

「人前だろうがなんだろうが、関係ないっしょ。……気になるなら、うちをみんなの前で論破して、叩き潰せばいい。ボロを出させて、ぜんぶ白状させりゃよかったんすよ」

 

 ジルの言動には、隠しきれない熱がある。

 

 それは僕の“甘さ”を糾弾するようでいて。

 その実、どこか戸惑っているようにも、聞こえた。

 

「リュスさんも、リュスさんっすよ。なんで何も言わないんすか?」

「わたくしは……」

「二人ともそういうの得意でしょ? 弁論も言いくるめも、鮮やかにやれるじゃないっすか。ガンガン詰めりゃあいいだけでしょ」

 

 そりゃ、やろうと思えば、やれたけどさぁ。

 

(たぶん、リュスもあえてやらないだけなんだよな。オコトギをやりこめ、村人たちをまとめあげる手腕は本物なんだからさ)

 

 僕も、そしてリュスも。

 言葉で相手を組み伏せる術は、心得ているわけだ。

 

「今まで、王太子だろうが、権威ある教授だろうが……噛みついてきた狂犬のくせに、変っすよ」

「それ、今は関係ないだろ」

「はあ?」

「どうして、僕が仲間にそんな真似しないといけないんだ?」

 

 僕が言い返すと、ジルは呆気に取られた。

 

「それ、まさか……マジで言ってます?」

「マジもマジ、大マジだよ。ジル、お前は……わざわざ手紙一枚で、不毛の地に駆け付けてくれた大事な後輩だ。そんな奴に、どうしてそんなことをしないといけない?」

「でも、うちのことを怪しいって……裏切り者かもって思ってんでしょッ!」

「思ってない。僕は、お前を信じると決めたんだから。それ以上、なにを疑う必要がある?」

「――っ!」

 

 ジルは居心地悪そうに、視線を彷徨わせる。

 

「……大学では散々、周りに牙を剥いて来たじゃないっすか。誰が相手でも、ボコボコに論破して」

「まあ、やったが」

「あれ、快感だったんじゃないんすか?」

「そりゃ快感だったぞ。自分より頭が良い奴をぶっ倒すのは――すごく楽しかった」

 

 なにも隠すことはない。

 本当に、楽しいのだ。

 

「僕は、押し黙った相手の顔を見るのが好きだ。特に、自分をバカにして来た貴族令息どもに勝った時は、スカッとしたとも。うん、実に刺激的な競技(スポーツ)だったな」

 

 嘘をつく気はない。

 いつも後がなくて大変だったけど……楽しかった。

 

 なんでもそうさ、勝つのは快感だ。

 

「でも、それは……やらなきゃならない時だったから、全力でやったんだ。議論の場に立つ以上、手を抜くのは対戦相手への侮辱だと思ったしな」

 

 知的決闘こそが、議論。

 

 貴族として、学徒として。

 全霊を以て、相手を打ち負かすのが礼儀だと僕は思う。

 

 ボコボコにやられたくないなら、最初から舞台に上がるべきじゃない。

 

「だが、今の状況は……まるで違うじゃないか。お前は敵じゃない」

「……」

「気持ちいいからって、誰かを追い込むのはよくない。仲間に疑いの種をバラ撒くのはもっとよくない。論破なんて……本当は軽々しくすべきことじゃないんだよ」

 

 僕は、包帯の巻かれた喉をそっと撫でる。

 この喉は……僕にとっての“武器”だ。

 

 だから、抜剣には慎重でなければならない。

 

「あまりに強い言葉を向けるのは、抜き身の剣を突き付けるのと同じことだ。……理由もなく、仲間に剣を向ける奴がどこにいる?」

 

 だいたい僕は……仲間にやりこめられるのは、別に嫌じゃない。

 

「また、仲間だからってやつっすか。先輩って、本当におめでたい奴っすね」

「そうだぜ。言葉ってのは、一度口から飛び出したら、取り消せないんだ。……突き刺した刃を抜いても、そこに傷跡は残っちゃうもんだからな」

 

 僕が、そうだった。

 ぶつけられた言葉の数々が、簡単には癒えない傷になっている。

 

 ぶつけた方は……覚えてなくてもな。傷跡が覚えてる。

 

「言葉が剣なら、沈黙は鞘、だろ? ……言葉を扱う人間は、なにを言うかと同じくらい、なにを言わないかもきちんと選ばないとな」

 

 そして、僕が“言わない言葉”を選ぶように。

 ジルにもまた、“沈黙の鞘”に想いを収めておく権利がある。

 

「お前がなにかを隠しているってなら、それはお前なりの事情があるんだろ。それを無理やりこじ開けて、お前の心をズタズタにして……そんな勝ちを掴んだ先に、なにが残るっていうんだ」

「本当、バカっすね。先輩」

「ああ、知ってるよ。それこそが僕だからな」

「うちは……これでも親方への恩義とか、マクスウェル子爵家を継ぐ立場とか……色々あるんっすよ。うちは綺麗ごとだけで生きてるわけじゃないっす」

「まあ、そうだろうなぁ」

「そうだろうなあってッ!」

「あはは、実は僕もそうなんだぜ。……色んな人への恩義があって、投げ出せない立場とかがあるんだ。だから、ジルも“それでいい”と思うよ」

 

 僕が冗談めかして笑う、と。

 

 ジルは毒気を抜かれたように、肩を落とし。

 逃げるように、ふいと顔を背けた。

 

「……これは、ただの独り言っすけど。ドラン親方の古巣。他国出身者の傭兵とか、他種族をかき集めて構成された……そういう部隊があったんすよ」

「そいつは、初耳だな……?」

「うちが拾われたのは、親方が爵位を貰ってからじゃなくて……もっと前。血生臭い戦場をあちこち巡っていた頃っす」

 

 ジルの語る過去。

 それは『才能ある弟子が、貴族の養子に選ばれた』という、美しいサクセスストーリーとは程遠い、もっと別の縁が始まりだった。

 

(もし、あのハーフオークともその頃に知り合っていたのだとしたら――?)

 

 自然と、目が向くのは……ジルの両足。

 ドワーフ製の特注義足だった。

 

「お前……」

「先輩にどう言われても……うちはうちで、要領よく立ち回るつもりなんで。んじゃ!」

 

 捨て台詞を残し、ジルは足早に去っていっていく。

 

 しかし、心なしか。

 揺らすポニーテールは、軽やかに跳ねているように見えた。

 

「ジル様は……実に不器用ながら、まっすぐな男性のようですね」

 

 見守っていたリュスが微笑む。

 

 僕は頷いてから、また体重を預けた。

 

「そうなんだよなぁ。小生意気なことを言って、悪ぶってるけど。……根は、本当に義理堅い奴だよ」

「そのようですね」

「……で、リュスはなんで、さっき黙ってくれてたんだ?」

 

 リュスがあえて、なにも追求せず。沈黙を選んでくれた理由。

 僕には、それがわからなかった。

 

「あの方には、恩があります」

「恩?」

「はい。わたくしが到着するまで、命を張ってアスタ様を守ってくださいましたもの」

 

 そこは僕が恩に感じるべき部分じゃないのか?

 とは思ったが、ツッコむのは止めた。

 

「それに今回は……わたくしは、あまり出しゃばるべきではないと思ったのです」

「なんで?」

「出しゃばりな女は……殿方に、嫌われますから」

「また、そんなこと言って。……言っただろ、リュスを嫌いになったりなんかしないって」

 

 すると、リュスはふと困ったような表情になった。

 

「ところで、アスタ様。一つ、確認したいのですが」

「うん?」

 

 僕は首をかしげる。

 

「本当の、本当に……ジル様を、御寵愛されているわけではありませんよね?」

「どこ見て言ってんだ! そういう趣味じゃないって、何度言えばわかるんだよっ!」

 

 僕の絶叫が、虚しくも賑やかに響き渡った。




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