会議が終われば、みんなそれぞれ持ち場へと散っていく。
みんな、別に暇じゃないからな。
特に、日中は誰しも忙しいもんだ。
いつも優雅に見えるオノレですら。
コーヒーを嗜むその裏側では、使い魔のメンテナンスや、錯綜する情報整理に追われているのだから。
僕もまた、椅子から立ち上がろうとして。
「――っ、く……」
脚に走る鋭い痛みに顔をしかめた。
よろめき、負傷を庇うように歩き出そうとする。
「アスタ様……。どうぞ、わたくしのお手を」
「ああ、悪いね。助かるよ、リュス」
当然のように支えてくれるリュス。
当然であるかのように、僕の歩調に合わせてくれる。
本当は、絶対忙しいはずなんだよな。いやぁ、手を煩わせて申し訳ない。
……別にここまでしてくれなくっていいのにね?
そんな空気を裂くように、ぶっきらぼうに投げかけられた声。
「アスタ先輩って、つくづく意味わかんないっすよね」
出口に一人、佇んでいたのはジルだった。
いつもの使い込まれた研究衣に身を包み、ポニテを揺らす。
どこか釈然としない、不機嫌そうな顔。
「なにがだよ?」
「なにが、じゃないっすよ。……さっきの会議中、うちが襲って来た連中の情報を持ってるかもって、本当は思ったんじゃないんすか?」
ジルの大きな瞳が、僕を値踏みするように観察する。
「……アスタ様」
リュスが気遣しげに僕を見た。
共に死線を潜り抜けた僕らだけが共有する、暗黙の了解。
会議中、やけに静かだったリュスも……あえて口を噤んでいたのだ。
「そりゃあ、思ったよ。あのハーフオークとお前が知り合いだったのは、明らかだったからな」
「だったら、指摘すりゃよかったじゃないっすか」
「でも、みんなの前だったし……」
「人前だろうがなんだろうが、関係ないっしょ。……気になるなら、うちをみんなの前で論破して、叩き潰せばいい。ボロを出させて、ぜんぶ白状させりゃよかったんすよ」
ジルの言動には、隠しきれない熱がある。
それは僕の“甘さ”を糾弾するようでいて。
その実、どこか戸惑っているようにも、聞こえた。
「リュスさんも、リュスさんっすよ。なんで何も言わないんすか?」
「わたくしは……」
「二人ともそういうの得意でしょ? 弁論も言いくるめも、鮮やかにやれるじゃないっすか。ガンガン詰めりゃあいいだけでしょ」
そりゃ、やろうと思えば、やれたけどさぁ。
(たぶん、リュスもあえてやらないだけなんだよな。オコトギをやりこめ、村人たちをまとめあげる手腕は本物なんだからさ)
僕も、そしてリュスも。
言葉で相手を組み伏せる術は、心得ているわけだ。
「今まで、王太子だろうが、権威ある教授だろうが……噛みついてきた狂犬のくせに、変っすよ」
「それ、今は関係ないだろ」
「はあ?」
「どうして、僕が仲間にそんな真似しないといけないんだ?」
僕が言い返すと、ジルは呆気に取られた。
「それ、まさか……マジで言ってます?」
「マジもマジ、大マジだよ。ジル、お前は……わざわざ手紙一枚で、不毛の地に駆け付けてくれた大事な後輩だ。そんな奴に、どうしてそんなことをしないといけない?」
「でも、うちのことを怪しいって……裏切り者かもって思ってんでしょッ!」
「思ってない。僕は、お前を信じると決めたんだから。それ以上、なにを疑う必要がある?」
「――っ!」
ジルは居心地悪そうに、視線を彷徨わせる。
「……大学では散々、周りに牙を剥いて来たじゃないっすか。誰が相手でも、ボコボコに論破して」
「まあ、やったが」
「あれ、快感だったんじゃないんすか?」
「そりゃ快感だったぞ。自分より頭が良い奴をぶっ倒すのは――すごく楽しかった」
なにも隠すことはない。
本当に、楽しいのだ。
「僕は、押し黙った相手の顔を見るのが好きだ。特に、自分をバカにして来た貴族令息どもに勝った時は、スカッとしたとも。うん、実に刺激的な
嘘をつく気はない。
いつも後がなくて大変だったけど……楽しかった。
なんでもそうさ、勝つのは快感だ。
「でも、それは……やらなきゃならない時だったから、全力でやったんだ。議論の場に立つ以上、手を抜くのは対戦相手への侮辱だと思ったしな」
知的決闘こそが、議論。
貴族として、学徒として。
全霊を以て、相手を打ち負かすのが礼儀だと僕は思う。
ボコボコにやられたくないなら、最初から舞台に上がるべきじゃない。
「だが、今の状況は……まるで違うじゃないか。お前は敵じゃない」
「……」
「気持ちいいからって、誰かを追い込むのはよくない。仲間に疑いの種をバラ撒くのはもっとよくない。論破なんて……本当は軽々しくすべきことじゃないんだよ」
僕は、包帯の巻かれた喉をそっと撫でる。
この喉は……僕にとっての“武器”だ。
だから、抜剣には慎重でなければならない。
「あまりに強い言葉を向けるのは、抜き身の剣を突き付けるのと同じことだ。……理由もなく、仲間に剣を向ける奴がどこにいる?」
だいたい僕は……仲間にやりこめられるのは、別に嫌じゃない。
「また、仲間だからってやつっすか。先輩って、本当におめでたい奴っすね」
「そうだぜ。言葉ってのは、一度口から飛び出したら、取り消せないんだ。……突き刺した刃を抜いても、そこに傷跡は残っちゃうもんだからな」
僕が、そうだった。
ぶつけられた言葉の数々が、簡単には癒えない傷になっている。
ぶつけた方は……覚えてなくてもな。傷跡が覚えてる。
「言葉が剣なら、沈黙は鞘、だろ? ……言葉を扱う人間は、なにを言うかと同じくらい、なにを言わないかもきちんと選ばないとな」
そして、僕が“言わない言葉”を選ぶように。
ジルにもまた、“沈黙の鞘”に想いを収めておく権利がある。
「お前がなにかを隠しているってなら、それはお前なりの事情があるんだろ。それを無理やりこじ開けて、お前の心をズタズタにして……そんな勝ちを掴んだ先に、なにが残るっていうんだ」
「本当、バカっすね。先輩」
「ああ、知ってるよ。それこそが僕だからな」
「うちは……これでも親方への恩義とか、マクスウェル子爵家を継ぐ立場とか……色々あるんっすよ。うちは綺麗ごとだけで生きてるわけじゃないっす」
「まあ、そうだろうなぁ」
「そうだろうなあってッ!」
「あはは、実は僕もそうなんだぜ。……色んな人への恩義があって、投げ出せない立場とかがあるんだ。だから、ジルも“それでいい”と思うよ」
僕が冗談めかして笑う、と。
ジルは毒気を抜かれたように、肩を落とし。
逃げるように、ふいと顔を背けた。
「……これは、ただの独り言っすけど。ドラン親方の古巣。他国出身者の傭兵とか、他種族をかき集めて構成された……そういう部隊があったんすよ」
「そいつは、初耳だな……?」
「うちが拾われたのは、親方が爵位を貰ってからじゃなくて……もっと前。血生臭い戦場をあちこち巡っていた頃っす」
ジルの語る過去。
それは『才能ある弟子が、貴族の養子に選ばれた』という、美しいサクセスストーリーとは程遠い、もっと別の縁が始まりだった。
(もし、あのハーフオークともその頃に知り合っていたのだとしたら――?)
自然と、目が向くのは……ジルの両足。
ドワーフ製の特注義足だった。
「お前……」
「先輩にどう言われても……うちはうちで、要領よく立ち回るつもりなんで。んじゃ!」
捨て台詞を残し、ジルは足早に去っていっていく。
しかし、心なしか。
揺らすポニーテールは、軽やかに跳ねているように見えた。
「ジル様は……実に不器用ながら、まっすぐな男性のようですね」
見守っていたリュスが微笑む。
僕は頷いてから、また体重を預けた。
「そうなんだよなぁ。小生意気なことを言って、悪ぶってるけど。……根は、本当に義理堅い奴だよ」
「そのようですね」
「……で、リュスはなんで、さっき黙ってくれてたんだ?」
リュスがあえて、なにも追求せず。沈黙を選んでくれた理由。
僕には、それがわからなかった。
「あの方には、恩があります」
「恩?」
「はい。わたくしが到着するまで、命を張ってアスタ様を守ってくださいましたもの」
そこは僕が恩に感じるべき部分じゃないのか?
とは思ったが、ツッコむのは止めた。
「それに今回は……わたくしは、あまり出しゃばるべきではないと思ったのです」
「なんで?」
「出しゃばりな女は……殿方に、嫌われますから」
「また、そんなこと言って。……言っただろ、リュスを嫌いになったりなんかしないって」
すると、リュスはふと困ったような表情になった。
「ところで、アスタ様。一つ、確認したいのですが」
「うん?」
僕は首をかしげる。
「本当の、本当に……ジル様を、御寵愛されているわけではありませんよね?」
「どこ見て言ってんだ! そういう趣味じゃないって、何度言えばわかるんだよっ!」
僕の絶叫が、虚しくも賑やかに響き渡った。
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