「……一瞬でしたね」
「ああ。本当に、一瞬だったな」
眼下に広がるのは、見事に瓦解した……軍団の成れの果て。
ついさっきまで、威風堂々と槍を並べていた兵たちが。
今は、恐れおののき地面に這いつくばっている。
「旦那様。こいつら、ぜんぜん手応えがなかったですぜ」
「ひぇぇええっ!? 命だけは、命だけはお助けをぉっ!」
その中央。
ヤバマーズ男爵家の
彼らにとって、これこそが“新生ヤバマーズ私兵団”としての輝かしい初陣。
その記念すべき捕縛対象は、あろうことか隣領を治める領主一族とその私兵たち。
……って、なんでやねん。
「まあ、なんだ。相手が悪すぎたとしか言いようがないな。……皆、ご苦労だった」
僕は首の包帯をさすりながら、力なく笑う。
「はぁ……。なんでこう、僕の人生には次から次へと面倒事が全力疾走してくるんだろうね?」
隣に立つリュスが、真剣な面持ちで考えこむと淡々と告げた。
「日頃の行い……ではないでしょうか」
「え、僕、そんなに素行悪いかなっ!? むしろ、いつも被害者側じゃない!?」
さて。
なぜ、僕がこんな大捕り物を演じる羽目になったのか。
時計の針を、ほんの数日ほど巻き戻すとしよう。
***
「……あの、アスタ先輩。ハッキリさせておきたいんすけど」
「なんだよ、改まって」
「うち、技師であって大工じゃないんすよ」
前線拠点、および工房『
設計やら、材木の切り出しやらが始まったのだが。
ジルがぷくーっと頬を膨らませ、不満の声を上げていた。
「設計ならまだしも……木を担いで地面を掘るなんて、うちの仕事じゃないっす!」
動きやすそうな作業着は、すでにオガクズまみれ。
自慢のポニーテールも萎れている。
「え、もしかしてジル……出来ないの?」
「は?」
「いや、ドワーフの技術者なら、てっきり家の一軒や二軒は鼻歌混じりに、パパっと建てられるもんだと思ってたから……期待しすぎちゃったかな?」
「で、出来な……っ、出来ないとは言ってないじゃないっすかッ!!」
「いや。別に出来ないもんは、素直に出来ないって言っていいんだぜ?」
「違うっすよ! うちは建築だって学んでるっす!ただっ、こんな――」
「ああ、わかったわかった。確かに、マクスウェル子爵家のご令息に無理なことはさせられないし」
「はぁああああっ!? 無理なことぉぉおっ!!?」
いきなり、ブチギレるポニテ技師。
「なんで、いきなりキレてんだよ」
「いいっすか、アスタ先輩! ドワーフの
「あー、つまり。小屋くらいならやれるけど、本格拠点はさすがに無理って話か。わかるよ、難易度高いもんな」
「……カッチーン」
「ん?」
「やってやりますよ、やってやりゃ文句ないんっすよねぇッ!!! ドワーフの意地、見せてやるっす!」
「おー、さすがジル。お前にならやれるぞー!」
ちょろい。
実にちょろいぞ、我が後輩。
「ふっふっふっ。追い込んだり、無意味に論破したり、心を傷つけたくないとは言ったが……仲間を言いくるめないとは、僕はまったく言ってないぞ(悪い笑み)」
そうして、ジルは屈強な男衆に混じり。
真っ赤な顔して、ヤケクソ気味に建材を担ぎ始めた。
さすが、マクスウェル子爵家の後継者。その腕っ節や技術は、際立っている。
(……なんだけど。如何せん一回りも二回りも華奢なもんだから、見ていてちょっとハラハラするな?)
まあ、ジルのやる気が百点満点だとしても。
根本的な問題は解決しない。
そう、人手不足ってやつだ。
「もうすぐ夏の最初の収穫だし。次の作物に向けた土づくりも始まってる……夏は夏で、みんな忙しいんだよな」
ヤバマーズの領民は今、農繁期に突入していた。
前線拠点と、工房の設営。
さらに、そこへ至るための物資輸送路の確保。
これらすべてを、既存の領民と
「でも、急ぎなんだよなあ。どこかにさぁ。メシさえ食わせれば、文句言わずにバリバリ働いてくれる。……そんな都合のいい人手、空から降って来ないかなあ……」
「その“食わせるメシ”も、ヤバマーズじゃ貴重品なんですけどねぇ?」
僕がぼやけば、ヘイホーがツッコむ。
それも、あまりに現実的なやつ。
「それはそう。なら、『麦が湧き出る魔法の壺』もセットでだな」
「男爵閣下、現実逃避が激しくなってますよ」
「世界は広いし、どこかにあるかもしれないじゃん」
今すぐ開拓を進めなきゃならんが、どうしても“外”からの労働力が必要。
だが、人手が空から降ってくるわけもなく。
……と思っていた矢先のことだ。
「だ、旦那様ッ! 大変でごぜえやす、隣領ドラクロワから団体客が押し寄せてきて来やがりやしたっ!」
報告を聞いた時、思わず耳を疑った。
――ドラクロワ男爵領。
かつてヤバマーズと水源を巡り、血で血を洗う小競り合いを演じてきた。
いわば、不倶戴天の宿敵。
「なんであいつらが、わざわざこんな時期に……?」
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