ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第137話 他人の不幸は、蜜の味。っんなわけあるかッ! 面倒事の種だろ、バーカ!(後半)

 オノレは薄汚れた難民に、眉をひそめる。

 紡がれる声は冷たかった。

 

「アスタ。言うまでもないことだが……隣領の農奴を受け入れるなんて行為は、明確に『他領への政治干渉』だよ。下手すれば、戦争の火種だ」

 

 オノレの指摘、これは正論。

 

 波風を立てない方法は、今すぐ追い返すか。

 逃亡農奴として捕まえて、ドラクロワ男爵に引き渡すか、だ。

 

 一方のリュスは、静かな眼差しを向けて。

 難民の人数を淡々と数え始めた。

 

 その傍らでヘイホーは必死の形相、算盤(アバカス)の珠を弾く。

 

「アスタ様、ご覧ください。身重のご婦人に、生まれたばかりの赤子もいるようです。……これほど衰弱し、怪我人を抱えた彼らでは、次の夜は越せないでしょう」

 

 リュスの言葉。

 これもまた、目を逸らせない真実。

 

「お願げえしますだ、お願げえしますだ! せめて、せめて子供たちだけでも、どうか助けてくださいまし……この子らには、何の罪もねぇですだっ!」

 

 長老が土に額を擦りつけ、嗚咽を漏らす。

 赤子の泣き声が曇天に響くが、疲れ果てた母親の目は虚ろ。

 負傷した男たちは、肩を貸し合いながら絶望の味を噛みしめる。

 

「もし、見捨てれば――彼らは、間違いなく野垂れ死にするでしょう」

 

 結局のところ、リュスは“救え”とも“救うな”とも口にしなかった。

 ただ、事実として死の秒読みを宣告した。

 

 ヘイホーは弾いていた手を止め、青ざめた唇を固く結んだ。

 しかし、その表情が“無理です”と雄弁に語っている。

 

(わかってる、わかってるんだ。僕は……そんな御伽話に出てくるような立派な英雄じゃない。ヤバマーズだって、相変わらずクソみたいな不毛の地だし……余所者を受け入れる余裕なんてありゃしないんだ)

 

 同情はする。

 胸だって、キリリと痛むともさ。

 

 だけど、余所者……ましてや敵対領民を養ってやる義理なんて、これっぽっちもあるわけがない。

 

 もし、天秤に掛けろと言われたら。

 ヤバマーズの領民と、目の前のこいつらなら……僕は迷わず、前者を選ぶ。

 

 しかし、そんな渦中。

 じっと見つめてくる力強い視線があった。

 

 ――聖騎士ロダン。

 

「な、なんだよ。……なにか不満でもあるってのかよ」

「いいや。吾輩は貴公の決断を待っている」

「なんだと? ……いや、どうせ『正義の意見』みたいのがあるんだろ。さっさと言えよ」

「なにもない、吾輩は剣を振ることしか知らん。統治に関してはまったくの素人だ。……専門家である、貴公の判断に従おう」

「……なんだって?」

「貴公がどんな非情な決断を下しても。それがヤバマーズのためだと言うならば、きっと誇りを汚すものではあるまい。なにを言っても従うぞ」

「いや……お前……っ!? なんでそこで、物分かりが良くなってんだよ!?」

 

 ブスッと押し黙る、無骨な大男。

 内心には不満も憤りもあるだろうが、それでも僕に従うと言った。

 

(そこはいつものように暴れてさ、“なにがなんでも民を助けろ、この外道が”とか言って。僕の胸倉を掴むところだろ? なんでそんな、じっと僕を見るんだよ……)

 

 予想外の態度に、思わずたじろいでしまう。

 いっそ殴ってくれたらよかった。居心地の悪さが、じわじわと蝕んでくる。

 

 だが、聖騎士ロダンは口にした言葉を翻す男ではない。

 

(そんな風に言われても……僕は、断るしかないだろ?)

 

 脳裏に、以前ロダンにぶつけられた言葉が蘇る。

 

『貴様らは、農民が汗水たらして育てた作物を食い荒らし、特権と言う名のブーツで人々を踏みにじる! では、己の罪を問われたらどうだ? そら見ろ、今度は決闘で善悪を煙に巻き、剣を振り回し暴れだす! 辺境貴族めっ……貴様らこそが、真の害獣(バーミン)だっ!』

 

 ああ。本当に、その通りだよ。

 辺境貴族(ぼくら)はそんな生き物だ。

 

 せっかく芽生え始めたお前の信頼らしきもの、これに答えられる高潔さなんて僕にはないんだ。

 

(いや、だけどさ……)

 

 諦めようとしたのに。

 なのに、ふと。

 

 余計な考えが頭をよぎってしまった。

 

(少なくとも、僕が知る限り……ヤバマーズの歴代当主は――)

 

 ヤバマーズの歴代当主は、揃いも揃ってバカばっかりで。

 クソみたいな土地で、クソみたいな生き方をしてきた一族だけど。

 

(でも、民だけを魔物に戦わせて、自分だけぬくぬく生き残るような……そんな腑抜けた当主ってのは……もしかして、一人もいなかったんじゃないか?)

 

 いつだって自分なりに。

 どんなに滑稽で、どうしようもない方法だったとしても。

 

 彼らは問題に立ち向かって――派手にバカな死に方をしてきたのではなかったか。

 

『少しばかり毛色が違うらしい』

『そう、性根が……違うのだ』

 

 反響するのは、やはりかつてのロダンの言葉。

 

 さすがに、性根が綺麗と自惚れるつもりは毛頭ない。

 けど、ヤバマーズは……ドラクロワ男爵領とはなにか違う、かもしれない。

 

(ああ、もう! ろくでもない一族だとは常々思っていたが。……確かに、毛色くらいは違っていたかもしれないな。ほんの、ほんのちょっとは、なにかマシな部分があるのかもな? でも、だからって……)

 

 リュスもまた、じっと見る。

 暗渠(あんきょ)の瞳が、僕の魂の在り方を見守っている。

 

 僕はその目が怖かった、が……。

 

「わたくしは、あなた様がどんな決断を下しても……どこまでも、お傍にいたいです」

 

 そんな一言を聞いた途端。

 あまりに情けなくて、いっそ笑ってしまった。

 

「そう、か。……どう足掻いても、幻滅してくれないのか」

 

 僕はまた、逆転の芽すら模索しないで。

 “仕方がなかったんだ”と言い訳しようとした。

 

(僕が、かつて犯した罪の重さを思えばこそ。大切な貴女が見ていてくれる目の前で……またもや、なにひとつ足掻かず。本当は伸ばしたい手を、易々と引っ込めることが許されるのか?)

 

 いいや、否!

 ――断じて、否だっ!

 

「他人の不幸は、蜜の味。……なんて大昔に誰かが言ったらしいけどな。……っんなわけあるかッ! 面倒事の種だろ、バーカ! 誰かが不幸な目に遭ってたら、元が敵だろうが味方だろうが、胸糞悪くて悲しいに決まってんだろうがッ!」

「あ、アスタ様……?」

 

 突如、豹変した僕の剣幕に。

 仲間たちの誰もが、目をぱちくりとさせた。

 

「おい、僕より遥かに頭の良いみんな。一つ、大至急で計算してくれ。……その答えを聞いて、他でもない僕が(・・)決断を下すからさ」

 

 僕はニヤリと、不敵に笑みを浮かべた。

 

「ドラクロワ男爵領の食料庫。そして金。……あいつ、今どれくらい貯め込んでると思う?」




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