ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第138話 わたくし、それも代行いたします。天に代わってお仕置きよ!

 逃げ込んできた難民たち。

 彼らに追手が掛かるまで、そう時間はかからない。

 

 数日後には、ヤバマーズ領の境界線に殺気が満ちた。

 

「ヤバマーズ男爵に告ぐ。我が領から逃亡した農奴どもを、直ちに引き渡せ! ここに逃げ込んだのはわかっておるぞ!」

 

 馬上でふんぞり返る男の姿。

 派手な羽飾りのついた兜が、激昂に合わせて揺れている。

 

 そう、彼こそがドラクロワ男爵だ。

 ドラクロワの私兵たちも、ガシャンガシャンと不揃いな音を立てて威圧。

 

「農奴らは、我が領の『財産』である! 隠匿は明確な侵犯行為、ひいては焔王国の法への挑戦と見なすものである! この正義の槍が、貴様の喉笛を突き破ることになるぞ!」

 

 僕は思わず独りごちた。

 

「おー、おー。デカい声でそれっぽいこと言ってくれるなあ」

 

 農奴は、土地に紐づく財産に等しい扱い。

 奪えば窃盗扱い。そこは特に間違ってなかった。

 

 すると、ビクビク怯えるヘイホーが不思議そうにした。

 

「あれれ、変ですねぇ……」

「ん? なにがだ、ヘイホー」

「いや、だって男爵閣下。あの方は“魔物を退治する余力はない”って仰ったそうじゃないですか」

「らしいな」

「なのに、兵を率いて隣領まで走ってくる余裕はあるんですね……?」

 

 ヘイホーは、実に素っ頓狂なことを言った。

 純朴な平民でしかない彼には、心底不思議だったらしい。

 

 思わず、僕は吹き出した。

 

「お前、それさぁっ! すごい煽ってんじゃん!」

 

 猟兵(シャスール)たちも、思わず「ぶふっ」と吹き出した。

 

 ヘイホーだけが、なぜ笑われたかわからないと冷や汗をかく。

 

「あれ?! あれれ!?? ボク、なにか変なこと言っちゃいましたか!?」

「いやぁ、変っていうか。ははっ、腹痛い。お前のその天然具合、大学の議論で活かせればよかったのにな」

「えっ!? ええっ!?」

 

 僕は、笑いをなんとか鎮めると。

 隣の女性へ、「どう思う?」と投げかけた。

 

 佇むのは、凛々しく執事服を着こなし、聖剣を佩いた女執政代行(グヴェルナント)――リュスだ。

 

「簡単なことですよ、アスタ様。こんな大規模な逃亡を許してしまえば、他の村々でも連鎖反応が起きる。それを恐れているのでしょう」

「まっ、あっちのオヤジも必死なわけだな」

「それに、我が方は盗賊団を撃退したばかり。満身創痍と踏んでいるのでしょうね」

「実際、負傷兵もちらほらいるし、僕もこの通り。まあ、ナメられてるってことだな」

「……そのようにも言えるかもしれません」

 

 リュスは言いにくそうにしたが、否定しなかった。

 

 向こうは、こっちが退くと思っている。

 つまり、勝てる喧嘩だと。

 

「アスタ男爵、聞こえているか! 直ちに返却せよ、それは窃盗であるっ! さもなくば、宣戦布告と見なすぞっ!」

 

 再び吠える、ドラクロワ男爵。

 

 やっぱり、随分と強気だ。

 さてさて、ここはドカンと一発。舌戦と洒落こもうか。

 

 なんて、大声を張り上げようとした途端。

 

「ゲホッ、ゴホッ!! ……痛ってぇ」

「アスタ様っ!!」

「くっ……さすがに大声量は出ないか」

「ご無理を為さらないでください。まだ癒えていないのですから」

「だが……」

 

 リュスがそっと抱き着いてくる。

 むぎゅ、と柔らかな温もりが、僕の焦燥を宥めようとする。

 

 って、人前なんだけど!?

 

「はい、アスタ様。無論、ヤバマーズの正当性は示すべきですね。……あなた様の勇姿が見られないのは残念に思いますが――」

 

 リュスの瞳に、どろりとした暗渠(あんきょ)の熱が灯る。

 それは、どこか悦びに満ち溢れていた。

 

「どうか、わたくしを頼りにしてはいただけませんか?」

「え、でも……」

「……“なりふり構わず、君を頼りにしてしまう”では、なかったのですか?」

 

 ドキリ、とした。

 確かに僕の罪を受け入れてくれたら、そう望んでしまうとは言ったけど!?

 

「ほうら、わたくしが代わりを務めるだけではありませんか。……どのような論法を、お使いになられるおつもりでしたか?」

 

 僕は迷ったが、リュスに耳打ちした。

 すると、彼女はくすり、と悪戯っぽく微笑む

 

「――さすがはアスタ様。法と慣習を熟知されていらっしゃいます。……心得ましたわ」

 

 リュスは僕の腕から離れると、優雅な足取りで一歩、また一歩と踏み出す。

 

 ――その、瞬間。

 戦場の空気が一変した。

 

 背筋を伸ばし、顎を引く。

 染め上げられた黒髪が、眩き陽光を受けて神秘的な光沢を放ったかと思うと……圧倒的な威光(オーラ)が解き放たれた。

 

 王都の社交界で、数多の貴族をその一瞥だけで跪かせてきた――フルーリス公爵家令嬢としての、眩いばかりの輝き。

 

「ドラクロワ男爵とお見受けいたします。……わたくしはヤバマーズ家が女執政代行(グヴェルナント)リュシー(・・・・)! 男爵閣下に代わり、貴殿を弾劾させていただきます!」

 

 通る声。

 清流のように清らかでありながら、雷鳴のように芯を穿つ。

 

「……だ、弾劾?」

「ドラクロワ男爵よっ! 貴殿は民を魔物の牙へと晒し、統治者としての聖なる義務を放棄した!」

「なにを……!? 私は農奴に“待て”と言っただけだ、今は領地を守るために手が離せぬと……」

「わたくしは起きた『事実』を述べているまでっ! そう、事実だ! 助けを求めたはずの民は傷つき、不作為によって犠牲となった。統治を怠りし領主よ、その罪こそ神の御前で裁かれるべき不徳!」

「な、なんなんだ……この女は……っ!?」

 

 ドラクロワ男爵は気迫に押され、馬上の手綱を引き絞った。

 

「自らの民を救う剣は持たずして、逃げた資産を連れ戻す槍だけは速やかに振るう。実に滑稽ッ! 領地を任せた王に、どう申し開きをするおつもりか!」

「ぬぐぐぐ……」

 

 王妃となるべく、法と秩序を学んできた彼女にとって。

 田舎貴族の言い訳を捻り潰すなど、実に容易きこと。

 

 統治能力の欠如は、領地を没収される理由となりえる。

 

「我らヤバマーズは、農奴たちの命を保護したに過ぎませんっ! 貴殿らの不始末によって、我々は既に損害を被っている。むしろ償うべきなのは貴殿の方だ!」

 

 チャキン、と。

 

 リュスが恢復聖剣レストラシオンを抜き放てば。

 青白い刀身が反射し、ドラクロワの兵たちの目を灼き。

 

「改心のつもりがあれば武器を捨て、頭を垂れて民に詫びよ。……さもなければ、悪しき領主に天誅を下すっ! 」

 

 切っ先が、ドラクロワ男爵へと向けられた。

 

「――返答やいかにっ!」

 

 目を焼くほどの、苛烈なる輝き。

 それが……僕の目の前で蘇っている。

 

(リュシエンヌだ。これが、まさにあの頃の……リュシエンヌだッ!)

 

 そう、僕が憧れた公爵令嬢リュシエンヌとは……まさにこのような女性だったのだ。

 

 ドラクロワの兵たちは、そのあまりの神々しさに。

 また一歩、また一歩と後退り始めていった。




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