ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第139話 魚心あれば水心。って、うおおおいっ!? ちょっ、請求書たっかすぎぃぃいっ!?

「黙れ、黙れ、黙れぇぇえええッ! どこの馬の骨とも知れぬ小娘が、この私を諭そうなどと――片腹痛いわッ!」

 

 ドラクロワ男爵の顔は、屈辱でどす黒く膨れ上がっていた。

 

「我が名誉を傷つけた報いをくれてやろうっ! 太陽の女神シャムスよ、照覧あれ! これは正当なる私戦(フェーデ)である!」

 

 ドラクロワ男爵は、槍を掲げる。

 それが開戦の合図だった。

 

「者共、突撃せよッ! あの執事服姿のふざけた道化娘を、我が前に引っ立ていっ!」

「「「うぉぉおおおおおおおっ!」」」

 

 ドラクロワの私兵たちは、一斉に駆け出す。

 

 その光景に、僕は歓喜に震えた。

 思わず、グッと拳を握る。

 

「よっしゃ。よくやったな、リュス! 貴女は最高だ!」

「……お褒めに預かり光栄です、アスタ様」

 

 そう、これでいい。向こうから攻撃してくれなきゃ困る。

 煽ってから、私戦(フェーデ)でボコボコにしてやった方が話が早いのだ。請求がとっても簡単になるからな!

 

「さあて、野郎ども。準備はいいな? だが忘れるなよ~、相手は大事な金づるだからな。殺すと請求できる額が減る」

「へーい。任せてくだせぇ、旦那様」

「こう見えて、半殺しは得意ですぜ」

 

 ずいぶん気が抜けた返答。

 やる気があるんだかないんだか。

 

 しかし、ならず者ならいざ知らず、由緒ある貴族に毒を使うのは外聞が悪い。

 貴族の紛争には、暗黙の作法があるのだ。

 

「しかし、幸い“熱いおもてなし”まで禁止する法律などない。まだだ、もっと引きつけろ……今だ」

擲弾兵(グレナディエ)、投げなさい!」

 

 僕の代わりに、リュスが凛と声を張り上げれば。

 猟兵(シャスール)のなかでも選りすぐりの精鋭が、自慢の剛腕をしならせた。

 

 安全ピンを抜いて投げつけられたのは、金属製のボトル。

 

 ――シュパパァンッ!! プッシュッッウウウッ!

 

「あ、熱っ!? なんだ、この白煙はぁぁああっ!?」

「ぎゃあああっ! 肌が、顔が焼けるぅぅううッ!!」

「痛いっ、刺さった! なにか刺さったぁあ゙あああっ!」

 

 阿鼻叫喚。

 爆発したのは、火薬ではない。

 

「心配するな、中身は水だよ。……まあ、熱を扱えるなら、そいつはとんでもない凶器になるが」

 

 黒銀結晶(クロシュライト)の鉄をも溶かす超高熱によって、密閉容器に閉じ込めた水を一瞬で気化させたのだ。

 つまり起きたのは、水蒸気爆発。

 

 猛烈な水蒸気による熱傷と爆風。

 さらには、金属の破片までもが、ドラクロワの私兵たちを襲う。

 

 まあ、こんなものでも当たると、人は普通に死ねる。

 

「次弾、投擲開始!」

 

 リュスのさらなる追撃命令。

 次々に炸裂する蒸気爆弾に、馬はパニックを起こして嘶き。

 

 敵兵の突撃陣形はあっけなく瓦解。

 次から次へと繰り出される、破壊魔術に匹敵する理解不能な攻撃。士気はまるで保てなかった。

 

「もういいぞ……敵を逃がすな」

「総員、不届きな侵略者を、残らず生け捕りにしなさいっ!」

 

 猟兵たちが「応ッ!」と野太い声を上げ、混乱する敵陣へと一気に肉薄。

 

 対するは、泣き叫びのたうち回る兵士たち。

 もはや組織的な抵抗など出来やしない。

 

 指揮官であるはずのドラクロワ男爵も落馬し、地に伏していた。

 

「お、お助け……! どうか命だけは! 悪かった、私が、私が間違っていた……っ! だからっ!」

 

 先ほどまでの威勢は、どこへやら。

 立派な羽飾りの兜もどこかへ転がり、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした、哀れな老人がそこにいた。

 

「待てい、ヤバマーズの野蛮人ども! 父上に近づくな!」

 

 だが、そんなドラクロワ男爵を庇うように、一人の若者が立ち塞がる。

 

 彼は、王都の剣術大会でも名を馳せた、新進気鋭。

 ドラクロワ男爵家が誇る最強の剣士――。

 

「――ドラクロワ男爵家が嫡男、フェルディナン! アスタ・ド・ヤバマーズ! 卑怯な策を弄し、我が一族の誇りを踏みにじる貴様の首、我が剣で断ち切ってくれるッ!」

 

 流麗な動作で抜剣し、鋭い踏み込み。淀みのない剣筋。

 

 確かに、その腕前は本物だった。

 並の兵士なら、瞬く間に三枚におろされるだろう。

 

 しかし……。

 

「我が奥義を以て、貴様の不遜を断ち切ってくれる! さあ、正々堂々と――」

 

 ――ズバァンッ!!

 

「が、はっ……あ……え……?」

 

 フェルディナンの愛剣は、へし折れて宙を舞う。

 リュスが手にした聖剣の柄頭が、彼の鳩尾へ深々とめり込んでいた。

 

「お静かに。わたくしの“主人との穏やかな時間”を……これ以上奪わないでいただけますか? 早く終わらせたいのです」

 

 氷点下の声。

 

 フェルディナンは、なにが起きたかすら理解できぬまま。

 白目を剥いて沈んでいった。

 

「まあ、なんだ。……相手が悪すぎたとしか言いようがないな」

 

 決着は、本当に一瞬。

 あんなに騒がしかった境界線は、あっという間に静まり返ってしまったのだ。

 

「皆、ご苦労だった……あはは、はぁ……」

 

 僕は首の包帯をさすりながら、力なく笑うしかない。

 思わず、ドラクロワ男爵の手勢に、同情してしまうレベルだった。

 

 てか、ちょっとこれやりすぎたかな。

 ……まあ、いっか。

 

「さあて、ドラクロワ男爵」

 

 僕は、這いつくばる老人へと歩み寄る。

 

「決着もついたし、楽しい楽しい戦後交渉といこうじゃないか」

「戦後、交渉……?」

「そうだぞ。領地侵入、名誉毀損、宣戦布告。……これらの賠償について、話し合わないとな。え、死んで償いたい? それとも王都で裁判沙汰の方がお好み? ご近所のよしみだ、好きなの選んでいいぞ」

 

 ガクガク震えながら、ドラクロワ男爵は首を振った。

 貴族の私戦(フェーデ)において、完敗した側が法廷で勝てる見込みなど万に一つもない。

 

 私戦(フェーデ)の結果は神判の顕現。

 つまり、真実を掲げる正義にこそ、神は勝利を授ける……と、されている。

 

(勝った方が正義ってのは、論理(ロジック)が美しくないと個人的には思うけどな。先に仕掛けてきたのはそっちだし、仕方ないよなあ?)

 

 リュスは、また数を数え始める。

 

「アスタ様。ドラクロワ男爵家の一族と思われる者は、四名ですね。……十分な価値があるかと思います」

「そっかー、身代金だけでも潤いそうだな~。さて、ヘイホー。例のものをお渡しして差しあげてくれ」

「はい、男爵閣下。こちらに」

 

 呼ばれたヘイホーが大変丁寧な所作で、ドラクロワ男爵へと書状を渡す。

 

「へ……? こ、これは?」

 

 内容を一瞥した途端。

 ドラクロワ男爵の顔から血の気が引いていく。

 

「難民の保護費用として、怪我の治療代に生活費?! さらには、今回の戦いで使用した物資代だと!? これとは別に賠償と、身代金まで払えと!?」

「おやおや、お高いとでも? でも、考えてみてくれよ。こっちは貴殿の統治不備の尻ぬぐいで、難民の面倒を見る羽目になったんだぜ」

「しかし……さすがにそこまでの金は……」

「払えねえってなら……別に、僕は現物でも構わないぞ。食料とか、衣服とかな。ついでに、難民もそのまま引き取らせてもらおうかな~」

 

 優しく僕が提案すると、ドラクロワ男爵は項垂れたのだった。




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