「黙れ、黙れ、黙れぇぇえええッ! どこの馬の骨とも知れぬ小娘が、この私を諭そうなどと――片腹痛いわッ!」
ドラクロワ男爵の顔は、屈辱でどす黒く膨れ上がっていた。
「我が名誉を傷つけた報いをくれてやろうっ! 太陽の女神シャムスよ、照覧あれ! これは正当なる
ドラクロワ男爵は、槍を掲げる。
それが開戦の合図だった。
「者共、突撃せよッ! あの執事服姿のふざけた道化娘を、我が前に引っ立ていっ!」
「「「うぉぉおおおおおおおっ!」」」
ドラクロワの私兵たちは、一斉に駆け出す。
その光景に、僕は歓喜に震えた。
思わず、グッと拳を握る。
「よっしゃ。よくやったな、リュス! 貴女は最高だ!」
「……お褒めに預かり光栄です、アスタ様」
そう、これでいい。向こうから攻撃してくれなきゃ困る。
煽ってから、
「さあて、野郎ども。準備はいいな? だが忘れるなよ~、相手は大事な金づるだからな。殺すと請求できる額が減る」
「へーい。任せてくだせぇ、旦那様」
「こう見えて、半殺しは得意ですぜ」
ずいぶん気が抜けた返答。
やる気があるんだかないんだか。
しかし、ならず者ならいざ知らず、由緒ある貴族に毒を使うのは外聞が悪い。
貴族の紛争には、暗黙の作法があるのだ。
「しかし、幸い“熱いおもてなし”まで禁止する法律などない。まだだ、もっと引きつけろ……今だ」
「
僕の代わりに、リュスが凛と声を張り上げれば。
安全ピンを抜いて投げつけられたのは、金属製のボトル。
――シュパパァンッ!! プッシュッッウウウッ!
「あ、熱っ!? なんだ、この白煙はぁぁああっ!?」
「ぎゃあああっ! 肌が、顔が焼けるぅぅううッ!!」
「痛いっ、刺さった! なにか刺さったぁあ゙あああっ!」
阿鼻叫喚。
爆発したのは、火薬ではない。
「心配するな、中身は水だよ。……まあ、熱を扱えるなら、そいつはとんでもない凶器になるが」
つまり起きたのは、水蒸気爆発。
猛烈な水蒸気による熱傷と爆風。
さらには、金属の破片までもが、ドラクロワの私兵たちを襲う。
まあ、こんなものでも当たると、人は普通に死ねる。
「次弾、投擲開始!」
リュスのさらなる追撃命令。
次々に炸裂する蒸気爆弾に、馬はパニックを起こして嘶き。
敵兵の突撃陣形はあっけなく瓦解。
次から次へと繰り出される、破壊魔術に匹敵する理解不能な攻撃。士気はまるで保てなかった。
「もういいぞ……敵を逃がすな」
「総員、不届きな侵略者を、残らず生け捕りにしなさいっ!」
猟兵たちが「応ッ!」と野太い声を上げ、混乱する敵陣へと一気に肉薄。
対するは、泣き叫びのたうち回る兵士たち。
もはや組織的な抵抗など出来やしない。
指揮官であるはずのドラクロワ男爵も落馬し、地に伏していた。
「お、お助け……! どうか命だけは! 悪かった、私が、私が間違っていた……っ! だからっ!」
先ほどまでの威勢は、どこへやら。
立派な羽飾りの兜もどこかへ転がり、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした、哀れな老人がそこにいた。
「待てい、ヤバマーズの野蛮人ども! 父上に近づくな!」
だが、そんなドラクロワ男爵を庇うように、一人の若者が立ち塞がる。
彼は、王都の剣術大会でも名を馳せた、新進気鋭。
ドラクロワ男爵家が誇る最強の剣士――。
「――ドラクロワ男爵家が嫡男、フェルディナン! アスタ・ド・ヤバマーズ! 卑怯な策を弄し、我が一族の誇りを踏みにじる貴様の首、我が剣で断ち切ってくれるッ!」
流麗な動作で抜剣し、鋭い踏み込み。淀みのない剣筋。
確かに、その腕前は本物だった。
並の兵士なら、瞬く間に三枚におろされるだろう。
しかし……。
「我が奥義を以て、貴様の不遜を断ち切ってくれる! さあ、正々堂々と――」
――ズバァンッ!!
「が、はっ……あ……え……?」
フェルディナンの愛剣は、へし折れて宙を舞う。
リュスが手にした聖剣の柄頭が、彼の鳩尾へ深々とめり込んでいた。
「お静かに。わたくしの“主人との穏やかな時間”を……これ以上奪わないでいただけますか? 早く終わらせたいのです」
氷点下の声。
フェルディナンは、なにが起きたかすら理解できぬまま。
白目を剥いて沈んでいった。
「まあ、なんだ。……相手が悪すぎたとしか言いようがないな」
決着は、本当に一瞬。
あんなに騒がしかった境界線は、あっという間に静まり返ってしまったのだ。
「皆、ご苦労だった……あはは、はぁ……」
僕は首の包帯をさすりながら、力なく笑うしかない。
思わず、ドラクロワ男爵の手勢に、同情してしまうレベルだった。
てか、ちょっとこれやりすぎたかな。
……まあ、いっか。
「さあて、ドラクロワ男爵」
僕は、這いつくばる老人へと歩み寄る。
「決着もついたし、楽しい楽しい戦後交渉といこうじゃないか」
「戦後、交渉……?」
「そうだぞ。領地侵入、名誉毀損、宣戦布告。……これらの賠償について、話し合わないとな。え、死んで償いたい? それとも王都で裁判沙汰の方がお好み? ご近所のよしみだ、好きなの選んでいいぞ」
ガクガク震えながら、ドラクロワ男爵は首を振った。
貴族の
つまり、真実を掲げる正義にこそ、神は勝利を授ける……と、されている。
(勝った方が正義ってのは、
リュスは、また数を数え始める。
「アスタ様。ドラクロワ男爵家の一族と思われる者は、四名ですね。……十分な価値があるかと思います」
「そっかー、身代金だけでも潤いそうだな~。さて、ヘイホー。例のものをお渡しして差しあげてくれ」
「はい、男爵閣下。こちらに」
呼ばれたヘイホーが大変丁寧な所作で、ドラクロワ男爵へと書状を渡す。
「へ……? こ、これは?」
内容を一瞥した途端。
ドラクロワ男爵の顔から血の気が引いていく。
「難民の保護費用として、怪我の治療代に生活費?! さらには、今回の戦いで使用した物資代だと!? これとは別に賠償と、身代金まで払えと!?」
「おやおや、お高いとでも? でも、考えてみてくれよ。こっちは貴殿の統治不備の尻ぬぐいで、難民の面倒を見る羽目になったんだぜ」
「しかし……さすがにそこまでの金は……」
「払えねえってなら……別に、僕は現物でも構わないぞ。食料とか、衣服とかな。ついでに、難民もそのまま引き取らせてもらおうかな~」
優しく僕が提案すると、ドラクロワ男爵は項垂れたのだった。
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