ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第143話 道草を食む男、歴史を喰らう樹海。不憫を越えれば、それは怪談である。

「タンポポって、煮て食べる以外にも役に立つなあ」

「アスタってばさぁ。俺の学術的発見を聞いて、最終的な感想がそれなの?」

 

 思わず口走ったら、オノレに嫌そうな顔をされてしまった。

 

 しかし、僕にとっては切実な話。

 思い出すのは飢えをしのぐ日々。そう、お世話になった、タンポポおひたしディナーだよ!

 

「ちょっと前までの僕の主食……と言っても過言ではない!」

「そこは過言であって欲しかったな」

「まさかここに来て、食料以外でも助けになるとは! ……いっそ、ヤバマーズ男爵家の紋章に書き足してやろうか(真剣)」

「さすがに、おかしいでしょ。……いや、確かに我が家でも食卓に出るけどさぁ。タンポポ」

「え、ラプラス伯爵家でもタンポポ食べるのか!? 美食家気取ってるくせに、案外、庶民派なんだな!」

「なんだか悪意を感じる表現だった気がするね……?」

 

 途端に、親近感が湧いた。

 煌びやかなラプラス伯爵家が、僕と同じように道端の草を食べていたなんて!?

 

「勘違いしないでくれ。言っとくけど、俺は食べる物に困ってたわけじゃないから。君の“雑草ムシャムシャ生活”と一緒にされるのは心外だ」

「タンポポを雑草って言うな!」

「あ、怒るのそこなんだ?」

 

 オノレによれば、王都の貴族にとってのタンポポは、庭園で厳重に管理される薬草であり、春の訪れを告げる野菜扱い。

 その苦みが健康に良いと、わざわざ育てて調理するという。

 

「育てるぅ? タンポポなんて、その辺に生えてるじゃんよ……」

「いや、野生のものをそのまま口にするのは、さすがに品性を疑う」

「……その感覚は、よくわかんないな? なにがダメなんだ?」

「逆にどうして貴族なのに、その区別がつかないのかな」

「だってさ、ジビエや魚だって結局は野生だろ。同じじゃん」

「君、本っ当に理屈だけで生きてるねっ!?」

 

 そうだが? なにか文句でもあるのかよ。

 僕は理屈の男、アスタ・ド・ヤバマーズだぞ。議論するならいつでも受けて立つぞ。

 

「いいかい? タンポポの若葉は淑女(レディ)たちにも大人気でね。体内の毒素を排出すると、美容面でも好まれる。タンポポ酒なんかも、仕込まれるくらいだよ。そんな事情もあって、古くから研究データは豊富なんだよね」

「へえ……タンポポがねえ。都会だと出世してんだなあ」

「王都で学生してたくせに、なにを今さら……」

「あいにく、王都の淑女(レディ)に縁がなくてな」

「はあ、威張って言うことじゃないよ。で、君、本当にその辺で生えていたやつを、引っこ抜いて食べてたんだね?」

「そだよ?」

 

 僕がこれまで、どれだけタンポポに世話になってると思ってんだ。

 もう、僕は畏敬の念を込めて、タンポポ“さん”って呼ぶべきかもしれないぞ。

 

「……貴族の籍がありながら、道草を食んで生きていたとは。もはや、不憫を通り越して怪談の域だ」

「なんだよ。さすがに、その場でムシャムシャしてたわけじゃないぞ?」

「そういう問題じゃなくてね」

 

 じゃあ、どういう問題なんだか。さっぱりだ。

 オノレは再び深く溜息を吐くと、僕の腕や、頬をまじまじと観察した。

 

「でも、アスタ。君って、動き回ってる割にちょっと食が細くないかい?」

「そうか? ……まあ、空腹なのが日常だったからなあ。胃袋が小さくなってるのかもな」

「これからはもっと食べなよ。君が倒れたりしたら、俺のせっかくの投資計画は台無しなんだからね」

「まあ、たぶん善処する」

 

 椅子にふんぞり返って、優雅に政務をこなせるほど、地方貴族はヒマじゃない。肉体労働も日常茶飯事。

 身体が資本なんだから、食べたほうがいいには違いない。

 

 とはいえ、戦傷が残る僕の身体は、いまだに本調子とは言い難いのだが――。

 

「そこの者! ここは危険地帯。いつ何時、異形が襲い来るかわからないのです! もっと気を引き締めなさい」

「はっ! 失礼しやした、マダム・リュス!」

 

 ――僕の代わりに、リュスが何倍も働いてくれてるんだよなあ。

 

 森に響き渡るのは凛とした一喝。

 祓魔女(エクソシスター)の法衣姿だが、民からはすっかり、女主人(メトレス)として扱われている。

 

「リュスってば、前から屋敷の使用人たちは掌握してたけど……なんだか、私兵たちまで手懐けちゃいそうだな」

「アスタ。あれは手懐けてるんじゃなくて、心服されていると言うんだよ」

「なるほど、そう呼ぶのか」

 

 リュスには、指揮官としての細やかな機微はまだ足りてない。

 だが、一振りの剣で先陣を切り、魔物をばったばったと切り伏せる姿は、言葉よりも雄弁に人々を鼓舞していた。

 

「あれこそ、真の英雄の姿なんだろうなあ……僕と違って」

 

 絶望のループを、幾百千と越えてきた彼女にしか纏えない――凄絶なる英雄の輝き。

 

 リュスは、ヤバマーズにおける『家政の女神(グヴェルナント)』から、実質的な現場指揮官へと役割を広げつつある。

 これからもどんどん、より強固な実権を握っていくことになるのだろう。

 

「さすがに彼女は覚えが早い。先日の戦場でも、敵領主相手に舌戦を繰り広げたと言うじゃないか」

「元々、アレくらいのことは出来たんじゃないか。リュスなら」

「いいや。……アスタ、君は少し彼女を買い被り過ぎだ。リュシエンヌはね、君の真似をしているんだよ」

「……僕の真似?」

 

 まさか。あんなに格好良い彼女が、僕みたいな不格好な男の真似なんてするはずがない。

 第一、どう考えても、僕はあんな感じじゃないぞ。

 

 しかし、オノレは口では褒めるようだが……その眼は、ひどく冷めている。

 

「にしても、リュシエンヌも懲りない女だね。……ああやって張り切り過ぎるから、シャルル王太子に排斥されたんだろうに」

「……え?」

「君も気を付けるといい。彼女はその気がなくとも、パワーバランスを壊しかねない。いつだって少々、やり過ぎるんだ」

 

 フルーリス公爵家の令嬢リュシエンヌが、婚約破棄された本当の理由。

 政治的な罠にかけてまで、王都から消さねばならなかった意味。

 

(……あまり深くは、考えたくなかった)

 

 でも、“考えたくなかった”と真っ先に思うこと自体が……どこかで考えていた、という証拠でもあった。

 

 さて、拠点の設営と並行して行われている周辺調査だが。

 実に、興味深い発見が続いていた。

 

「旦那様、見てくだせえ。これ、間違いなく道の跡ですぜ」

 

 猟兵(シャスール)の一人が指し示したのは、分厚い苔に覆われた地面。

 その表面を剥ぎ取れば、平らな石が敷き詰められていた。

 

「森の侵食がひどくて見る影もありやせんが……かなりの年月、使われていた形跡がありやす」

 

 大部分は崩れ埋もれてはいるが。

 それがかつて、重要な輸送路であったことは明白だった。

 

「道は、二手に分かれておりやす」

「一方は……湖か」

 

 三代目サキオンが亡くなったとされる湖。

 それは家の記録にも残っている、歴史上の符合だ。

 

「しかし、問題はもう片方だ」

 

 その道は、明らかに――ヤバマーズの人間が立ち入ることを禁じられた、絶対禁域の深淵へと、真っ直ぐに伸びていた。

 

「どう見ても、さらに森の奥深くですな」

「森の深淵……『狂気樹海』行きじゃないだろうな?」

「そこまで続いているかはわかりやせんが、方向としては間違いねえです」

「魔人が這い出てくるとされる、地獄の世界。仮にそこまで繋いでいたとしたら……」

 

 整備された道があるということは、かつてそこには“行くべき目的地”があったということ。

 

 屋敷の書庫をどれほどひっくり返しても、西の森の正確な地図は残っていなかった。

 当然、この道に関する公式な記録など、一切ない。

 

 ――まるで“意図的に消された”かのような欠落。

 

「これも……うちの先祖の足跡、なのか?」

 

 実際のところ。

 領地を少しでも開拓しようとするのは、領主としては自然な欲求だ。

 ヤバマーズ歴代当主が、森を放置するとも思えない。

 

「だから、痕跡があるのはわかる。……でも、どうして立ち入りを禁じ、記録をことごとく抹消する必要なんてあったんだ?」

 

 僕は石畳を指先でなぞる。

 そこから伝わってくる手触りは――さながら、招かれざる者を拒絶するような冷たさだった。




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