「タンポポって、煮て食べる以外にも役に立つなあ」
「アスタってばさぁ。俺の学術的発見を聞いて、最終的な感想がそれなの?」
思わず口走ったら、オノレに嫌そうな顔をされてしまった。
しかし、僕にとっては切実な話。
思い出すのは飢えをしのぐ日々。そう、お世話になった、タンポポおひたしディナーだよ!
「ちょっと前までの僕の主食……と言っても過言ではない!」
「そこは過言であって欲しかったな」
「まさかここに来て、食料以外でも助けになるとは! ……いっそ、ヤバマーズ男爵家の紋章に書き足してやろうか(真剣)」
「さすがに、おかしいでしょ。……いや、確かに我が家でも食卓に出るけどさぁ。タンポポ」
「え、ラプラス伯爵家でもタンポポ食べるのか!? 美食家気取ってるくせに、案外、庶民派なんだな!」
「なんだか悪意を感じる表現だった気がするね……?」
途端に、親近感が湧いた。
煌びやかなラプラス伯爵家が、僕と同じように道端の草を食べていたなんて!?
「勘違いしないでくれ。言っとくけど、俺は食べる物に困ってたわけじゃないから。君の“雑草ムシャムシャ生活”と一緒にされるのは心外だ」
「タンポポを雑草って言うな!」
「あ、怒るのそこなんだ?」
オノレによれば、王都の貴族にとってのタンポポは、庭園で厳重に管理される薬草であり、春の訪れを告げる野菜扱い。
その苦みが健康に良いと、わざわざ育てて調理するという。
「育てるぅ? タンポポなんて、その辺に生えてるじゃんよ……」
「いや、野生のものをそのまま口にするのは、さすがに品性を疑う」
「……その感覚は、よくわかんないな? なにがダメなんだ?」
「逆にどうして貴族なのに、その区別がつかないのかな」
「だってさ、ジビエや魚だって結局は野生だろ。同じじゃん」
「君、本っ当に理屈だけで生きてるねっ!?」
そうだが? なにか文句でもあるのかよ。
僕は理屈の男、アスタ・ド・ヤバマーズだぞ。議論するならいつでも受けて立つぞ。
「いいかい? タンポポの若葉は
「へえ……タンポポがねえ。都会だと出世してんだなあ」
「王都で学生してたくせに、なにを今さら……」
「あいにく、王都の
「はあ、威張って言うことじゃないよ。で、君、本当にその辺で生えていたやつを、引っこ抜いて食べてたんだね?」
「そだよ?」
僕がこれまで、どれだけタンポポに世話になってると思ってんだ。
もう、僕は畏敬の念を込めて、タンポポ“さん”って呼ぶべきかもしれないぞ。
「……貴族の籍がありながら、道草を食んで生きていたとは。もはや、不憫を通り越して怪談の域だ」
「なんだよ。さすがに、その場でムシャムシャしてたわけじゃないぞ?」
「そういう問題じゃなくてね」
じゃあ、どういう問題なんだか。さっぱりだ。
オノレは再び深く溜息を吐くと、僕の腕や、頬をまじまじと観察した。
「でも、アスタ。君って、動き回ってる割にちょっと食が細くないかい?」
「そうか? ……まあ、空腹なのが日常だったからなあ。胃袋が小さくなってるのかもな」
「これからはもっと食べなよ。君が倒れたりしたら、俺のせっかくの投資計画は台無しなんだからね」
「まあ、たぶん善処する」
椅子にふんぞり返って、優雅に政務をこなせるほど、地方貴族はヒマじゃない。肉体労働も日常茶飯事。
身体が資本なんだから、食べたほうがいいには違いない。
とはいえ、戦傷が残る僕の身体は、いまだに本調子とは言い難いのだが――。
「そこの者! ここは危険地帯。いつ何時、異形が襲い来るかわからないのです! もっと気を引き締めなさい」
「はっ! 失礼しやした、マダム・リュス!」
――僕の代わりに、リュスが何倍も働いてくれてるんだよなあ。
森に響き渡るのは凛とした一喝。
「リュスってば、前から屋敷の使用人たちは掌握してたけど……なんだか、私兵たちまで手懐けちゃいそうだな」
「アスタ。あれは手懐けてるんじゃなくて、心服されていると言うんだよ」
「なるほど、そう呼ぶのか」
リュスには、指揮官としての細やかな機微はまだ足りてない。
だが、一振りの剣で先陣を切り、魔物をばったばったと切り伏せる姿は、言葉よりも雄弁に人々を鼓舞していた。
「あれこそ、真の英雄の姿なんだろうなあ……僕と違って」
絶望のループを、幾百千と越えてきた彼女にしか纏えない――凄絶なる英雄の輝き。
リュスは、ヤバマーズにおける『
これからもどんどん、より強固な実権を握っていくことになるのだろう。
「さすがに彼女は覚えが早い。先日の戦場でも、敵領主相手に舌戦を繰り広げたと言うじゃないか」
「元々、アレくらいのことは出来たんじゃないか。リュスなら」
「いいや。……アスタ、君は少し彼女を買い被り過ぎだ。リュシエンヌはね、君の真似をしているんだよ」
「……僕の真似?」
まさか。あんなに格好良い彼女が、僕みたいな不格好な男の真似なんてするはずがない。
第一、どう考えても、僕はあんな感じじゃないぞ。
しかし、オノレは口では褒めるようだが……その眼は、ひどく冷めている。
「にしても、リュシエンヌも懲りない女だね。……ああやって張り切り過ぎるから、シャルル王太子に排斥されたんだろうに」
「……え?」
「君も気を付けるといい。彼女はその気がなくとも、パワーバランスを壊しかねない。いつだって少々、やり過ぎるんだ」
フルーリス公爵家の令嬢リュシエンヌが、婚約破棄された本当の理由。
政治的な罠にかけてまで、王都から消さねばならなかった意味。
(……あまり深くは、考えたくなかった)
でも、“考えたくなかった”と真っ先に思うこと自体が……どこかで考えていた、という証拠でもあった。
さて、拠点の設営と並行して行われている周辺調査だが。
実に、興味深い発見が続いていた。
「旦那様、見てくだせえ。これ、間違いなく道の跡ですぜ」
その表面を剥ぎ取れば、平らな石が敷き詰められていた。
「森の侵食がひどくて見る影もありやせんが……かなりの年月、使われていた形跡がありやす」
大部分は崩れ埋もれてはいるが。
それがかつて、重要な輸送路であったことは明白だった。
「道は、二手に分かれておりやす」
「一方は……湖か」
三代目サキオンが亡くなったとされる湖。
それは家の記録にも残っている、歴史上の符合だ。
「しかし、問題はもう片方だ」
その道は、明らかに――ヤバマーズの人間が立ち入ることを禁じられた、絶対禁域の深淵へと、真っ直ぐに伸びていた。
「どう見ても、さらに森の奥深くですな」
「森の深淵……『狂気樹海』行きじゃないだろうな?」
「そこまで続いているかはわかりやせんが、方向としては間違いねえです」
「魔人が這い出てくるとされる、地獄の世界。仮にそこまで繋いでいたとしたら……」
整備された道があるということは、かつてそこには“行くべき目的地”があったということ。
屋敷の書庫をどれほどひっくり返しても、西の森の正確な地図は残っていなかった。
当然、この道に関する公式な記録など、一切ない。
――まるで“意図的に消された”かのような欠落。
「これも……うちの先祖の足跡、なのか?」
実際のところ。
領地を少しでも開拓しようとするのは、領主としては自然な欲求だ。
ヤバマーズ歴代当主が、森を放置するとも思えない。
「だから、痕跡があるのはわかる。……でも、どうして立ち入りを禁じ、記録をことごとく抹消する必要なんてあったんだ?」
僕は石畳を指先でなぞる。
そこから伝わってくる手触りは――さながら、招かれざる者を拒絶するような冷たさだった。
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