ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第144話 漁業を夢見たっていいじゃないの! いや、幻覚じゃねえよ!?(前半)

 まず、調査対象としたのは、湖だ。

 

 ただでさえ危険なこの森で、未知の深部に踏み込むよりは、多少はマシだと判断したのもある。

 

 けれど、それ以上に。

 もしも、湖を安全な領地として確保できれば、デカいと思った。

 

「ルートを確保できれば水源にもなる! その上、漁業だって始められるかもしれない! 僕らの食卓が一気に豊かになるぞ!」

 

 僕が張り切ると、聖騎士ロダンが水を差した。

 

「……フン。どうせ、魔物の巣窟になっているのがオチではないか?」

「やめろよ! 本当にそんな気がしてくるだろ!」

 

 けれど、実際問題。

 そこが有用な場所かどうかは、見てみないとわからないものだ。

 あれこれ検討するにも、判断材料が必要だった。

 

 メンバーは、僕。

 調査の主体であるロダンとリュス。

 そして、森の歩き方を知り尽くした五名の猟兵(シャスール)だ。

 

 オノレはもちろん、ジルやヘイホーは置いてきた。

 

 そもそも、アイツら戦闘員じゃないし。戦わせるのが勿体ない人材だし。

 

 朽ち果てた古道を辿るように、歩き出す。

 リュスが気遣わしげに、僕の足取りに目を向けた。

 

「アスタ様、あまりご無理はなさらないでくださいね。なにかあればすぐに仰ってください」

「わかっているよ、リュス。これでも慎重なのが売りなんでね」

「――え?」

「そんな困惑するような目で見るなよ?!」

「申し訳ございません。ただ、これまでのアスタ様の行動を振り返りますと、まったくそのようには思えなかったもので……」

 

 まったくもう、失礼しちゃうなあ。

 僕ほど臆病で慎重な男なんて、早々いないだろうが!(本気)

 

 魔物を警戒しながら歩くにつれて、景色が表情を変える。

 

 聳え立っていた木々は、徐々に背を低くし。

 代わりに、青々とした葦の群生が目立ち始める。

 

 乾いた土の匂いは消え、独特の水の腐った臭い。飛び交う羽虫。

 

「……湿地帯か。どうにも厄介であるな」

 

 聖騎士ロダンが、鼻を鳴らした。重厚な大剣を握り直す。

 

「ああ。まともに道も整備されていないから、足を取られかねない。……この脚じゃ、ぬかるみは堪えるな」

「アスタ様、あれを! なにやら不自然な揺らぎが」

「おっ、みんな止まれ!」

 

 腐り落ちた大木の残骸。

 そこに、半透明のドロリとした塊が這い回っていた。

 

 意識を集中するが、左手のウロコは反応しない。

 

「なんだ、スライムか。……“森の胃袋”がお出ましだな」

「森の胃袋、ですか?」

「こいつらは生態系における分解役でな。強力な消化液を分泌して、転がる死骸や腐った植物なんかを取り込み、消化して土に還すんだ」

「……不思議なものです。アスタ様にかかると、魔物の存在に崇高な意義があるように聞こえます」

「そう聞こえたなら、説明の甲斐があったよ」

 

 プシュ、と不気味な音を立てて。

 スライムが、枯れ枝をじわじわ包み込んでいく。

 

 愛嬌とは程遠い。

 まさに胃袋が露出したような、剥き出しの食欲。

 

 でも僕は、意外とこいつらが好きだ。

 

「落ち葉でも枯草でも、なんでも呑み込んで分解してくれる。……ヤバマーズがゴミだらけにならないのは、間違いなく連中のおかげさ」

「……言われれば、なるほどと思いますが。やはり不気味な生き物ですね。意思があるようにも見えません」

「実際、ないのかもなあ。ただ、あるがままにそこに在り、流れくるものを喰らう。本当に、それだけなのかも」

「あるがままに、そこに在る……」

 

 リュスはなにを思ったか、静かに反芻した。

 

 一方、聖騎士ロダンは嫌悪感が強いようだ。

 

「吾輩は汚らわしいと思うがな。……まあ、役目があるのは貴公の話で理解した」

「そうかい。なら、あまり刺激はしないでやってくれ」

「だが、吾輩のブーツを溶かそうとするなら、容赦はせんぞ!」

「はは、それは気を付けろよ。こいつら、食い意地はってるからなあ」

 

 僕たちはスライムを迂回し、さらに奥へと進む。

 

 ふと、思い出したので注意する。

 

「あと、アレだ。頭上に注意しろ。たまに、スライムが降ってくることがある」

「バカ者! 先にそれを言わんかッ!?」

「化けナメクジとかもいるぞ。油断すると、ヒルが足元から這い上がる場合もあって――」

「やめんか、おぞましいっ!?」

「今、先に言えって言ったじゃん。だから、親切心で気を付けろって教えてあげただけなのに……」

「うるさい! 吾輩は、ヌメヌメした生き物は苦手なのだ!」

「知らねえよ、そんな弱点」

 

 なにかとデリケートだな、この聖騎士様。

 

 さらに歩くと、より水が支配する領域へと変わっていく。

 周辺の水深も深まり、時折、大きな気泡が「ポコッ」と弾けた。

 

「おい、これが本当に道か?」

 

 僕は思わず確認したが、猟兵(シャスール)は首を振る。

 

「昔は木造の橋やら柵やらが、あったのかもしれやせんがねぇ……。手入れ無しで放置されたなら、十年、二十年そこらで腐り落ちて、泥と見分けがつかなくなっちまいますよ」

「つまり?」

「痕跡を追って進むのも、ここらが限界ってことですわ」

 

 なら、もはや引き返すべきか。

 調査を打ち切るべきか、悩む。

 

 目をやれば、浮かぶスイレン。ゆらゆら揺れる水草。

 葉の影に時折、銀色が光る。小魚がひるがえったのだ。

 さながら、水中にあるもう一つの森。

 

「……おい、待て。そこだ、調べろ」

「おや、何かありやしたかい、旦那様?」

 

 先導する猟兵(シャスール)が棒で地面をつつくと……。

 

 ――ガチリッ!

 

 泥に隠れ潜んでいた、カメが噛み砕いた。

 

 一歩間違えれば、人間の足首など噛み切られていただろう。

 これはもう、天然の罠である。

 

「ヒェッ!? 泥水に潜むこれを見抜けるなんて、さすがは旦那様だ。恐れ入りやした!」

「いや、感心してる場合じゃねえよ。……これ、左手のウロコがなかったら判別つかんな」

 

 ついでに、化けガエルの群れにも襲われ。

 仲間たちの緊張感が、ピークに達した頃。

 

「――これは」

 

 僕たちは、息を呑んで立ち尽くした。

 とうとう、一気に開けた視界。

 

 そこには波紋ひとつない水面が、鬱蒼とした景色を飲み込んでいた。

 あまりにも巨大な鏡のように、天と地を上下反転させている。

 

「綺麗、ですね」

「ああ。嘘みたいに、な」

 

 ヤバマーズの土地はどこもかしこも魔素の影響を受けている。

 どこか、どんよりしているのが普通なくらいだ。

 

 なのに、この湖だけは――ここだけ切り離されたかのように、あまりにも清浄に見えた。

 

「おい、見てくれよ!」

 

 痛み始めた足を引きずって、水際へと歩み寄る。

 

「ここなら本当に、本格的な漁業ができるかもしれないぞ!」

「……貴公は、こんな絶景を前にしても食い気が来るのか。……だが、確かに。この水質なら水源としての価値もありそうだ」

「だろ? どんな魚がいるのかなあ。ざっと調べてみないと……うん?」

 

 今、目の前の水面が、不自然に動いたような……?

 いや、見間違いか。まさかな。

 

 そう思ったのは、一瞬のこと。

 

「――おやおや、ずいぶんとみすぼらしい身なりの男ではないか。まさか、斯様なところまでピクニックに参った物好きかな」

 

 不意に、鼓膜を震わせたのは――ひどく高慢ちきな男の声。

 

「――っ!? 誰だ!」

 

 振り返った先、突き出した岩の上。

 一人の青年が、ひどく退屈そうに腰を下ろしていた。




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