スッと通った鼻筋に、切れ長な目元。
言ってしまえば、端正な顔立ちだ。
どうにも、どこかで見たような強烈な既視感がある。
しかし、じゃあ具体的にどこの誰なんだと記憶をひっくり返しても、まるで名前が出てこなかった。
おかしい。
村民だとしたら、バッチリ顔を把握している自信があるのだが。
「そこの野暮ったいの。もし、入水自殺に及ぶ気がないならば、速やかに退き給えよ。そこは危ないぞ?」
「はあ?」
ついに姿、声をはっきりと認識。
……少なくとも、ピンと来たことがある。
(あ、こいつ、嫌いだわ。なんか知らんけど、見てるだけでムカつく。理屈抜きで)
仕立ては良いが、時代遅れの古風なロングコート。
無駄に整えられた髪に、こちらを小馬鹿にするような薄ら笑い。
佇まいは“どこからでもかかって来い”と、言わんばかりの余裕な態度。
一言で言えば――最高にいけ好かない野郎だった。
「コラ、お前っ! そこの不審者、何者だ!」
「アスタ様……? どうかなさいましたか?」
「どうしたもこうしたも、あそこに男が……! そこのお前だ! 誰だか知らないがな、ここは僕の許可なく立ち入っていい場所じゃないぞ!」
ビシッと指を差し、警告する。
だが、返って来たのは、なぜか仲間からの困惑だった。
「男? ……貴公、なにを言っている?」
「旦那様、お疲れなんですかい。そこには岩しかありやせんぜ」
聖騎士ロダンが眉をひそめ、猟兵たちが顔を見合わせる。
「いや、そこにドッカリ座ってるだろうが! 態度のデカい奴が」
「一番、態度がデカいのは貴公であろう」
「違うっ! 僕の話を聞け、図体のデカい奴! ……あっ、ほら。今こっちを見て鼻で笑いやがったっ!」
すると、青年は首を左右に振ると。
げんなりした態度で髪をかき上げて、口を大きく動かす。
その唇が形作ったのは――。
『に・げ・ろ』
ドクンッ!!
左手のウロコが、皮膚から千切れんばかりに激しく拍動。
鼓動はもはや警鐘を超えて、悲鳴に近い。
「全員、湖から離れろッ!! 全力で退避ぃぃいいいッ!」
喉の傷が開かんほどの叫び。
湖が
――ブボォォォォォォォォンッ!!
静謐だったはずの鏡面が、裂かれて爆ぜる。
降り注ぐ凄まじい飛沫は、質量のある水柱と化していた。
そこから、ぬらり姿を現したのは――タチの悪い冗談を煮凝りにしたような巨躯。
「なっ!? 嘘だろ――なんで、こんな湖にっ!?」
うねりのたうつ数十本の巨大な触手が、空を覆い尽くす。
べっとりと濡れた吸盤の一つ一つが人間の頭ほどもあり、そこから無数に生えた鉤爪がウネウネ蠢きながら、こちらへとしのびよる。
それは決して、ここに存在するはずのない。
大海に住まう、おとぎ話の怪物。
――海魔、クラーケン。
「クラーケンだと!? 吾輩は夢でも見ているのか、ここは
ロダンは驚愕しながらも、条件反射で大剣を抜く。
しかし、驚いている暇などない。
巨大な触手が、岸部へと振り下ろされた。
――ズガァァァン!
「うぬぅッ、この軟体生物がぁッ!ヌメヌメしおってからにぃぃッ!!」
ロダンが身に宿る
渾身の一撃が、巨大な触手の側面に直撃。
肉が弾ける音が響いたが……悲しいかな、奴にとってはせいぜい痒い所に手が届いた程度の刺激でしかない。
「みんな、ぐっ……ゴホっ、ゲホっ」
「アスタ様!」
「リュス、貴女が指揮をとれ。全員を逃がせ」
「はい、承知しましたっ!」
クラーケンの猛威によって、砂浜がどんどん抉られていく。
すさまじい勢いだ。
「まずは、この勢いを削ぎますっ!」
リュスが恢復聖剣を閃かせて、迫りくる触手を次々斬り落した。
だが、切断面からは新しい組織が盛り上がっている。高い再生能力があるようだった。
「繰り返しますっ、退却! 我々が来た古道へと退却!」
僕は左手のウロコが知らせる『死の軌道』を必死に読み取る。
右から一本、上から二本、そして――えっ!?
「リュス、違う。あそこだ、足元だ」
「そこの者、今すぐその場から転がりなさい!」
猟兵たちが合図に従い、無様に転がる。
すると足元の砂に潜った触手が、突如として飛び出した。
「ひぇえええっ!? 砂の中から来やがった!?」
想定外のトリッキーな奇襲。さすがに全体に動揺が走る。
「コイツ、見た目より賢いぞ。下手に背中は見せられない、か……よし、煙幕だ」
「え!? 煙幕など、クラーケンに通用するのですか?」
「知るかよ、いいから指示を出せ」
「――
号令さえあれば、
ツンと鼻に突く不快な臭気。魔物除けの白煙が立ち込め、僕らを覆い隠した。
その効果はてきめんだった。
クラーケンの猛攻が……目に見えて鈍る。
「今です、一気に走りなさいッ!!」
僕も走ろうとするが、砂に足を取られもたつく。
すると、ふわりと視界が浮き上がって、上下に揺れた。
「えっ、あれ??」
見かねたリュスが、ひょいっと僕を抱きかかえたのだ。
って、これ、いわゆる花嫁運びじゃんかっ!?
「リュス!? やめて、ちょっと待って、これ恥ずかしいっ!」
「緊急事態です、どうぞご容赦を!」
「いや、降ろしてっ! お願いだからっ! せめて、せめて背負う形にぃぃっ!?」
「問答している余裕はありません、舌を噛みますよ!」
僕の情けない抗議は、無情にも風に流されてしまった。
(こんなの羞恥プレイじゃんかぁあああっ!? もう、ダメだ。お婿にいけないぃぃぃぃっ!!!)
僕の羞恥心は置き去りに。
背後では、煙幕を突き破る巨大な触手が、執拗に砂浜へドスドス叩きつけられていた。
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